第28話:青空魔術教室
誤字報告感謝です。
「凄いよね、これ」
「うにゃ?」
朝の挨拶を終え、フィルニイリスが魔術で生み出した水球で顔を洗うレキとフラン。
フィルニイリスが使用したのは青系統の基本魔術ルエ。
手の平から水を生み出すだけの魔術である。
通常、基本魔術のルエはただ水を出すだけで、その場に留める事は出来ない。
生み出した水は桶や水筒などに入れて使用するのだ。
基本魔術にもかかわらず、生み出した水を水球としてその場に留める為には、魔術を発動させるだけではなく生み出した水をも制御する必要がある。
下位の魔術士では困難なそれを、フィルニイリスは当たり前のように制御している。
宮廷魔術士長と言うのは伊達ではないのだ。
なお、それほどの技術によって生み出した水球で顔を洗うのが正しい魔術の使い方かどうかは、不明である。
「これはただの基本魔術。
魔力と詠唱、イメージさえあれば誰でも出来る」
「そうなの?」
村にいた頃、両親が魔術を使っているところをレキは見たことがあった。
自分も使ってみたいとお願いしても、返ってきた答えは「もっと大きくなったらね」だった。
実際、子供の頃は魔力が安定せず、簡単な魔術でも暴発する可能性がある。
安定するのは大体十歳前後と言われているが、早い者なら七~八歳くらいで己の魔力を認識し、魔術を扱えるようになるらしい。
「わらわも出来るぞ」
「ほんと!?」
「うむ!」
ちょうど八歳のフランは、フィルニイリスの指導の下既に魔術の鍛錬を始めていた。
今はまだ基本魔術のみだが、使える事に変わりはない。
むんっ、と胸を張るフランに、レキが羨望のまなざしを送った。
魔力こそ膨大だが、レキは基礎魔術すら扱えない。
今まで誰にも教わっていないのだから当然だろう。
「簡単な魔術ならレキにも出来る」
「ほんとっ!!」
魔術に必要なのは魔力と詠唱、そして使用する魔術の正しいイメージ。
この三要素さえ完璧なら、大抵の者なら魔術が扱えるという。
本格的な授業は王宮に着いてからと断りを入れ、簡単ながらレキへの魔術指南が始まった。
「見てるのじゃぞレキ」
「うん!」
まずお手本としてフランが魔術を使って見せる事にした。
普段は教わる側のフラン。
レキに良いところを見せようと張り切っているようだ。
「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ、我が意に従え"・・・"リム"っ」
フランが詠唱したのは緑系統の基本魔術リム
魔力により風を生み出す魔術である。
両手を前に突き出し、フランが呪文を詠唱した。
一瞬の溜めのあと、魔術名を唱えながら気合を込めたフランの両手から風が生み出される。
風は両手から真っ直ぐ流れていき・・・。
「わぷっ!?」
フランの前に立ち、わくわくしながら魔術の発動を待っていたレキの顔面を襲った。
「どうじゃ!」
再びむんっ!と胸を張るフラン。
フランの魔術は正しく発動し、レキの髪の毛がくしゃくしゃになった。
――――――――――
「フランが使ったのは緑系統の基本魔術リム。
魔力で風を生み出す魔術」
「風?
風ってあの?」
フィルニイリスの説明を真剣に聞くレキ。
くしゃくしゃになった髪の毛は、リーニャに直してもらった。
魔術に必要なのは魔力と呪文、そしてイメージ。
この内、魔力は魔術の元となる要素であり、量を調節する事である程度魔術の威力を増減させる事が出来るらしい。
先ほどのフランも、レキに良いところを見せようと少しばかり気合を入れすぎている。
それでもレキの髪の毛をくしゃくしゃにする程度で収まったのは、使用したのがあくまで基本魔術だったからだろう。
「フラン凄い!」
「ふふん、そうじゃろそうじゃろ」
因みに、レキが驚いているのはフランの魔術が完璧だったから・・・ではない。
父親は赤系統を、母親は青系統の魔術をそれぞれ使えたし、村の中には他にも魔術を使える人が何人かいた。
普段の生活ではあまり見ることは無かったが、狩りをする時やけが人の治療を行う時などで何度か魔術を使われていたのだ。
そんな大人達が使っていた魔術に比べ、ただ風を生み出すだけの魔術など文字通り児戯に等しい。
「ぶわっって髪の毛がこう」
「うむうむ」
驚いたのは、自分と同い年の少女が魔術を使って見せた事。
料理も狩りも、朝起きる事すら出来ないただの女の子が、自分が使えない魔術を使って見せた事に、驚き興奮していたのだ。
「レキもやってみる?」
「いいのっ!?」
子供らしく目を輝かせるレキに、フィルニイリスが魔術を教えるべく声をかけた。
元々人一倍魔力を持っているレキである。
ちゃんと教えてやれば間違いなく習得できるだろう。
「おい、そんな時間は・・・」
「基礎だけ」
レキが喜ぶならと、フィルニイリスは移動しながら簡単な魔術を教える事にした。
強いとはいえレキはまだ子供。
攻撃手段も森で拾ったという二本の剣のみ。
レキの身体能力なら魔術が使えなくとも十分強いのだが、攻撃手段が増えるならそれに越した事はない。
レキが魔術を使えるようになればフランの安全も増すだろうし、何よりレキほどの魔力の持ち主が魔術を使えないなど宝の持ち腐れだ。
宮廷魔術士として、これほどの逸材をいつまでも放置しておくわけにはいかなかった。
という事で、フィルニイリスによる青空魔術教室が急遽開かれる事になった。
「基本魔術には他にエド・ルエ・エルがある。
エドは火を、ルエは水を生み出し、エルは土を操る」
これにフランが使用したリムを加えた四つの魔術が、四系統の基本魔術となる。
「魔術には相性がある。
人によって得意な系統、不得意な系統が存在する。
フランは緑系統が得意、黄系統は不得意」
魔術の系統と相性は生まれつきだという。
相性の良い魔術は習得もし易く、使う際にも制御や威力の面で差がでるらしい。
反面、相性の悪い魔術は習得し辛く、発動に失敗する事もあるそうだ。
なお、あくまで習得が難しいというだけで習得できないわけではない。
実際、フィルニイリスは緑以外の系統との相性が悪く、習得に時間はかかったものの、四系統全ての魔術を扱う事が出来る。
全てはフィルニイリスの努力の結果である。
「わらわは赤と緑じゃ」
フランは先ほど見せた緑系統に加え、赤系統とも相性が良いらしい。
現段階ではどちらも基本魔術が使える程度だが、ゆくゆくは上級魔術も身に着くだろうとの事。
「ミリスは?」
「私は赤だな」
ミリスは赤系統のみ。
もちろんこれも、他の系統の魔術が使えないわけではない。
ただ、ミリスは騎士であり、戦闘でも魔術より剣を振るって戦う為か、魔術自体あまり扱わないそうだ。
「リーニャは?」
「私は青ですね」
侍女であるリーニャも魔術は使える。
もちろん戦闘の場に出るような真似はしないが、それでも己とフランの身を護る程度には戦えるとの事だ。
そこら辺のごろつき程度なら難なく倒せるらしく、魔物であっても万全の状態なら倒せるらしい。
最悪、フランを逃がす事は出来ると言うが、もちろんそんな事をするつもりは二度と無い。
なお、リーニャは青系統のみならず赤系統も扱えるそうだ。
「お~・・・」
魔術は魔術士と呼ばれる者か、冒険者みたいに習った事のある者しか使えないとばかりレキは思っていた。
両親は元冒険者であり、村で使える人達も誰かに教わったから使えるのだと。
村の半数以上の人が魔術を使えなかったので、誰でも使えるとは思っていなかったのだ。
レキの考えはある意味間違っていない。
何故なら、魔術を扱う為の三要素の内、呪文に関しては誰かに教わらなければ知りようがないからだ。
魔力に関しては、レキのように無意識に使える者もいるにはいるが、それでも精々が身体強化と自己治癒程度。
火や水を生み出したり、風や土を操ったりする事は出来ない。
魔力を使えば出来るという事を知らないが故に、脳内にイメージを描けないからだ。
魔術に必要な三要素。
魔力・呪文・イメージ。
これらの内、呪文は教わらなければ唱えられず、魔術を知らなければイメージが出来ない。
逆を言えば、魔力があり、呪文を知り、イメージさえ描ければ魔術は使える。
適性もあるが、騎士であるミリスや、侍女であるリーニャでも使えるのだ。
習いさえすれば、レキも必ず出来るようになるだろう。
「えとえと・・・"青にして慈愛が卑しい・・・?」
「違う、"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」
「ふんふん」
自分も使えるかも知れない。
それを知ったレキが、目を輝かせながらフィルニイリスに呪文を教わった。
魔力はある。
無意識に使っていたが、使える事に変わりはない。
イメージはフィルニイリスのお手本を見れば問題ない。
後は呪文だけ。
「青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ」
「我が手に集え」
「わ、我が手に集え」
「ルエ」
「る、ルエっ!」
先ほどのフラン同様、両手を前に突き出した格好で叫ぶように呪文を唱えたレキだったが、残念ながら魔術は発動しなかった。
「・・・あれっ?」
「魔力を込めていない」
「あっ!」
呪文の詠唱にばかり気を取られ、魔力を込める事を忘れてしまったようだ。
無意識に使えるとはいっても、それは全力で森を駆けたり平原を駆け抜けたり、あるいはオーガを全力で蹴り飛ばしたりする時で、普段から魔力を使っているわけではない。
呪文を詠唱した時も、気合こそ入れていたが魔力は使っていなかった。
いかに正しい呪文を唱えても、魔力を込めていなければ魔術が発動するはずもないのだ。
初歩的な失敗。
それでもめげず、レキが再度呪文を詠唱する。
「おそらくイメージが出来ていない」
「あっ、そうだった」
今度は呪文と魔力を練る事に意識が行き過ぎ、使用する魔術のイメージを忘れていたようだ。
魔力を練り、脳内にイメージを描きながら呪文を唱える。
簡単なようで意外と難しい。
「ん~・・・」
「そんな簡単に出来たら苦労は無い」
「そうですよ、フラン様だって使えるようになったのは最近ですから」
「うにゃっ!?」
魔力は日々の鍛錬と共に増えていくと言われている。
幼い頃はごく僅かだった魔力も、体を動かす事で魔力の流れが安定し、魔力が流れた状態で更に体を動かす事で自然と消費され、魔力量が増えていく。
ある程度の魔力量に達する事で、自身の魔力に気付く事が出来るようになる。
魔術を扱うのはそれからだ。
個人差はあれど八歳~十歳くらいで魔力が一定量に達すると言われ、魔術の鍛錬が出来るようになるという。
八歳になったばかりのフランが魔術を扱えるのは、比較的優秀だからだろう。
宮廷魔術士長のフィルニイリスが指南役に付いているとはいえ、普通の子供なら魔術を扱うどころか己の魔力すら感じ取れない年齢なのだから。
とはいえ、感じ取るどころか魔力による身体強化を無意識に行えるレキは、フラン以上に優秀であると言ってよい。
後はその魔力を使って魔術を発動させるだけ。
意識的に魔力を扱うという事ができれば、レキの魔力ならどんな魔術でも扱えるようになるだろう。
そのフィルニイリスの考えは・・・ある意味で正しかった。
「えっと、魔力を出して、頭の中にイメージして・・・えいっ!」
意識的に魔力を使い、頭の中にしっかりと魔術をイメージする。
今まで行った事のない二つの作業に集中するあまり、もう一つの要素である呪文の詠唱をレキは忘れていた。
普通に考えれば、魔術など発動しないはずのだが・・・。
「うにゃあ~!?」
「うわわっ!」
「えっ!」
フランのように両手を前に突き出し、気合を込めたレキの両手から、まるで滝のように水が流れ出した。




