第285話:二回戦の行方
誤字報告感謝です。
『おおぉ~~!!』
観客席はこれ以上ないほど盛り上がっていた。
一年生が四年生に勝った、と言うのもあるが、レキが見せた様々な剣技と魔術が試合を見ていた生徒達を熱狂させたのだ。
騎士の様に洗練された剣術ではない、どちらかと言えば荒々しさすら感じさせる双剣と、時折繰り出される無詠唱魔術。
それらを連続で繰り出し、昨年の個人の部準優勝者であるティグ=ギを圧倒する様は、レキの圧倒的な実力を十二分に魅せ付ける結果となった。
「レキ・・・」
「レキ様・・・」
もちろんガージュ達の戦いも称賛に値した。
ガドの鉄壁なる前衛、カルクの猛々しき剣、ユーリの柔軟な遊撃、そしてガージュの指揮と魔術。
どれも一年生の域を超えていると言えるだろう。
粗っぽさは残るが、それでもティグ=ギ以外の四年生を真正面から打ち破った事に変わりはない。
ティグ=ギがなすすべもなく倒された様子に隙が生まれたのは確かだが、実力が無ければそれまで持ちこたえる事は出来なかったはず。
「なんか、凄かったね」
「はい・・・」
だが、そんなガージュ達の活躍が薄れるくらい、レキの戦いは凄まじかった。
昨日の個人の部、一回戦二回戦共にほぼ一撃で試合を終わらせていたレキ。
アランとの決勝はそれなりに刃を交えたが、両者が放った赤と青の魔術によって発生した霧のせいで、試合内容はあまり良く分からなかった。
レキが強い事は分かっている。
だが、どのくらい強いのかと言われると、具体的には語れなかったのだ。
そんなレキの強さの一端が見えた試合だった。
少なくとも、レキの剣技と魔術に関しては十分知る事が出来ただろう。
長剣の様に振るったかと思えば槍の様に鋭く突き出し、更には双剣として素早く斬りつけ、蹴りを繰り出したかと思えば無詠唱で魔術を放った。
一つ一つの剣技は鋭く、連続で繰り出す様は荒々しかった。
「・・・」
観客席でレキの試合を見守っていたフラン達。
彼女達の中に、熱いモノがこみ上げていた。
レキがあれほど荒々しく攻めるのは珍しい。
大抵の場合、レキは一撃で倒してしまうからだ。
元々身体能力に優れるレキは、例え相手が騎士団長であろうと一撃で終わらせてしまう。
身体強化込みなら魔の森のオーガすら一撃である。
いくら昨年の準優勝者とは言え、たかが生徒相手にレキがあれほどの攻撃を繰り出した理由。
「私達の分まで、戦ってくださったのですね」
それは、フラン達の想いを汲んだからに違いない。
「嬉しいが、なんか違う気もするのう」
「そうだね~。
別に私達みたいに戦わなくても良かったのにね~」
「で、でも攻撃の合間に魔術を放てるなんて。
やはりレキ様は凄いです」
「当たり前じゃない。
だってレキよ?」
一撃で下せる相手にわざわざあれほどの攻撃を繰り出したのは、レキがフラン達みんなの技をぶつけたかったから。
想いだけでなく、彼女達の剣や蹴りや魔術をぶつけたかったのだ。
「一撃で終わらせなかった」
と言えば、それだけレキが怒っていたとも言えるが、試合中のレキの表情を見る限りそうは見えなかった。
感情に任せて攻撃すれば、ティグ=ギどころかこの大武術場すら無事では済まないだろうし、それこそ武闘祭予選でルミニアの槍を切ったように、刃引きされた剣でティグ=ギもろとも武舞台を切り裂いてしまいかねない。
そうならなかった事からも、レキが感情に任せて戦っていた訳ではない事が分かる。
レキは、フラン達の分まで戦ってくれたのだ。
「ふふっ、そうですね。
レキ様ですからね」
「私達の分まで」という言葉を、フラン達の技をぶつける事でレキは果たした。
その想いは嬉しく、自分達を負かした相手を圧倒したレキはやはり格好良く。
レキへの恋心を自覚している者もしていない者も、その胸は今までにないほど高鳴っていた。
――――――――――
「少しやりすぎではないか?」
「ん~、フラン達の分まで戦わなきゃって」
「いや、別にフラン達の剣技で戦う必要は無かっただろう?」
「そうかな?」
控室では、自分の分までティグ=ギを滅多打ちにしたレキに、アランが称賛しつつも軽く釘を刺していた。
幸い、ティグ=ギの命に別状は無く、打撲は多いが治癒魔術で問題なく回復するとの事。
刃引きされた剣で、手加減もしっかりとしていたレキの攻撃は、少なくともティグ=ギの体には何の後遺症も残さないだろう。
体には。
「あそこまで滅多打ちにされてはな。
まあ少しはおとなしくなるだろう」
「なんで?」
「プライドの問題だ」
魔術を遠距離からしか攻撃できない卑怯者の技だと断じ、昨日負けたミームにはチーム戦を無視して喰ってかかったティグ=ギ。
そんなティグ=ギを、彼のフィールドである近接戦で圧倒、至近距離からの魔術すら放って見せたレキだ。
ガージュの挑発もあり、一回戦同様開始直後から全力で挑んできたティグ=ギに油断も無かったはず。
言い訳する余地は無く、ティグ=ギは彼が見下した一年生に完敗したのだ。
これでまだ噛みついてくるようなら、それはそれで大したものだと言えなくもないが。
「ふふっ、でもすっきりしました。
私も正直、彼の言動には思うところがありましたから」
アランの婚約者であるローザも、一年生を見下したり、チーム戦であるにも関わらず個人を優先するティグ=ギにあまり良い感情は持っていなかったようだ。
確かにフロイオニア学園は実力主義である。
最上位・上位・中位・下位というクラス分けといい、武闘祭のような催しといい、どれも競争を煽り推奨しているとすら言える。
だが、強ければ何をしてもいい訳ではない。
むしろ、強い者が弱い者を導き、弱い者はその背を見て努力し、追いつこうとする姿こそが正しいのだと、ローザはアランを見て学んでいる。
そんなローザの考えとティグ=ギの言動は相いれず、ティグ=ギをフラン達の技で倒したレキの姿は、まさに皆の想いを受け取り戦う英雄の姿にふさわしかった。
「時間かけすぎだ」
「どうせなら俺の剣も真似てくれよ」
「ははっ、なら僕の剣もお願いするよ」
「む!」
レキの仲間達。
一緒に戦った、と言うより、今回の場合はレキがティグ=ギに専念できるよう戦ってくれた、と言うべきだろうか。
フラン達の悔しそうな顔を黙って見送った彼等も、仇が取れて満足気だ。
「ガージュ、ありがと」
「・・・ふんっ」
特に、ティグ=ギを挑発し、その意識をこちらに向けてくれたガージュはこの試合の立役者だろう。
こういった舌戦はフィルニイリスの得意とする分野だが、ガージュにもその素質はあるようだ。
レキの様に何も考えない者には決してできない、試合をコントロールする技術。
ガージュを指揮官に置いたのは大正解だったと言える。
「うん、さすがガージュ。
素晴らしい"口撃"だったよ」
「ガージュの口の悪さは一年生でも一番だよな」
「む!」
「なっ、貴様らっ!」
試合が終わり、肩の荷が下りたのだろう。
レキ達が軽口を交わし合う。
残すは決勝のみ。
レキ達は何の憂いも無く、全力で望む事が出来るだろう。
――――――――――
「アラン殿下・・・」
「ん、どうしたベオーサ」
二回戦第二試合。
ベオーサ=キラル率いる四年生第一チームとアラン達三年生第一チームの戦い。
個人の部にも出場しているベオーサを先頭に並ぶ四年生チームと、こちらも個人の部で準優勝したアランを筆頭に並ぶ両チームが武舞台上に整列した。
「ティグ=ギの件、誠に申し訳ございませんでした」
そう言って、ベオーサがアランに頭を下げる。
同じ四年生として、彼もティグ=ギの所業に思うところがあったようだ。
「ベオーサが頭を下げる必要は無い」
「いえ、ですが・・・」
アランとしても、ティグ=ギの言動、特にフラン達に勝利した後の控室での物言いには思うところはあったが、試合自体は特に問題視していなかった。
チーム戦でありながら個人プレイに走った事も、相手チームのエースを抑える為だとすれば一つの作戦と言える。
実際、ミームは個人の部の出場者であり、その一回戦でティグ=ギを倒しているのだ。
相手チームの要である選手を早々に倒すのは立派な戦術。
リベンジする気持ちを抑えきれなかったという気持ちも考慮に入れれば、仕方ないと言えるだろう。
「同じ四年生として、ティグ=ギを諫めるべきでした」
それでもベオーサはアランに頭を下げる。
彼もまた、試合ではなく控室での発言を気にしているのだろう。
「勝者は胸を張る。
それは敗者に対してすべき事の一つだと私も思います。
そうする事で敗者は奮起するのだと。
悔しさを抱かねば強くなれないのだと。
ですが、先ほどのティグ=ギはただ己は弱くないのだと吠えているだけ。
あれは敗者に唾を吐くような行為です」
「ふむ・・・」
確かに、ティグ=ギの台詞には己が負けた事に対する言い訳じみたモノが多かった。
昨年の決勝で負けたのは相手が遠距離から魔術を撃っていたからで、ミームに負けたのは油断したから。
一転、そのミームのチームに勝った後はこれでもかとミーム達を非難していた。
自分が撃破したミームのみならず、後方から魔術による支援をしていたファラスアルムや、ミームの分まで奮闘したフラン。
指揮をとりつつ槍を振るったルミニアに、一度は場外に落ちても諦めず立ち上がったユミまで。
それはもはや胸を張る等と言った話ではなく、屍を踏みつける行為である。
ベオーサが謝罪したのは、そんなティグ=ギの言動を諫められなかった事に関してだ。
「確かにティグ=ギの言動は目に余ったが、やはりベオーサが謝罪する必要は無いな。
仇ならレキが取ったし、気に入らないのであれば私が後で一戦交えればいいだけの話だ」
「それはそうなのですが・・・」
ティグ=ギの言動に憤ったのはアランも同じ。
だが、その思いはレキが晴らしてくれた。
アラン自身がやりたかったという思いも無くは無いが、フランが元気だったのと、レキがそんなフラン達の分まで滅多打ちにした事で、ティグ=ギに対する憤りもだいぶ冷めている。
「第一、一番悔しい思いをしたのはフラン達だろう。
そのフランが立ち直った今、これ以上私がティグ=ギを攻めるわけにもいくまい」
「はい・・・」
本来なら負けたフラン達本人がリベンジを果たすべきだった。
それはアランもレキも、何よりフラン達本人が一番分かっているだろう。
残念なのは、ティグ=ギとフラン達が戦う機会はおそらく無いという事だ。
武闘祭は年に一度。
四年生であるティグ=ギは来年卒業してしまう為、少なくともフラン達が武闘祭で借りを返す事はもう無い。
「結局はフラン達の実力が足りていなかったのだ。
レキに揉まれて大分腕を上げたようだがな」
「レキ、ですか・・・」
入学前からレキと鍛錬を重ねていたフランとルミニア。
ミーム、ユミ、ファラスアルムもレキと鍛錬を重ね、負けはしたものの四年生とあれほど戦えるくらいには実力を上げている。
もし来年も戦えるのであれば、次は勝てたかも知れない。
そう考えれば、敗北も悔しさもフラン達の糧になったはずだ。
「レキは何者なのですか?」
フラン達があれほど実力を上げたのはレキのおかげ。
個人の部で優勝し、先ほどもティグ=ギを圧倒して見せたレキ。
ベオーサ自身、昨日の個人の部でレキに一蹴されている。
ベオーサも子爵家の子供であり、レキの事は聞いている。
どれもが荒唐無稽な、過大を通り越してどこぞの英雄譚でも引っ張ってきたのではと思えるほどの内容で、少なくとも昨日までは信じていなかった。
実際に戦ってみれば、少なくとも実力に関してはそこまで無稽な話ではない事が分かった。
「そうだな・・・英雄だな」
「英雄、ですか」
「ああ、少なくともレキがいなければフランは死んでいた。
そういう意味では、レキは我が国の英雄だろう」
「・・・そう、ですね」
そして今、アラン本人がレキを認める発言をしたことで、ベオーサもレキの認識を更に改めた。
「だが、レキとて子供。
絶対に勝てない訳ではない」
「殿下?」
「聞けば、フラン達もチーム戦ならレキに土を付けた事があるそうだぞ?
私達とて力を合わせればレキに勝てるかも知れん」
「・・・ほう」
補足をするなら、フラン達は最後までレキを倒す事は出来ず、時間切れによる判定勝ちをしただけ。
連携訓練を始めたばかりで、ガージュの指揮もまだ未熟だったからこその勝利だったが、負けは負けだと他ならぬレキ達が認めている為、フラン達も素直に勝利を喜んだのだ。
あれから、レキ達の連携もだいぶ上達した。
今戦えばレキ達がほとんど勝つだろう。
それでも、フラン達がレキ達に勝った事に変わりはない。
フラン達でも勝てたのだ。
総合力で勝るアランやベオーサのチームなら、レキ達のチームにも勝てる可能性は十分ある。
何より
「負けると分かっていても最後まで戦うのが本当の強者というものだ。
フラン達もそうだっただろう。
まだ一年生のフラン達があれほどの戦いを見せたのだ。
私達が諦めてどうする」
フラン達は、誰もが最後まで諦めず戦った。
あのファラスアルムですら、最後まで魔術を行使し続けたのだ。
そんなフラン達が見守る前で無様な真似が出来るはずもない。
フランが誇れる兄になる為、アランは日々精進しているのだから。
「そう、ですね。
一年生のフラン殿下達があれほど戦ったのですから、私達も負けていられません。
ティグ=ギも思い知ったでしょうし、むしろティグ=ギの分まで戦う事にします」
「うむ、それでいい。
この試合に勝った方がレキに挑めるのだ。
悪いが全力で挑ませてもらおう」
「こちらこそ、アラン殿下と言えども遠慮はしません」
「望むところだ」
両者が構える。
チームのメンバー達もそれに倣い、戦意を漲らせた。
この試合の勝者が、レキ達の待つ決勝戦に進める。
「それでは、二回戦第二試合、始めっ!」
レキ達への挑戦権を賭けた試合が、今始まった。




