第282話:敗者達
「フラン・・・」
「うにゅ・・・」
控室へと戻ってきた彼女達に何と声をかけて良いか分からず、戸惑ってしまうレキ。
そんなレキの横を、フランが分かりやすく落ち込んだ表情で通り過ぎて行った。
「すいませんレキ様。
勝てませんでした」
「あ、うん・・・」
その横を、ルミニアが何故か謝罪しながら通っていく。
空元気を出そうとしたのだろうが、その笑みに力は無かった。
「う~・・・」
「ユミさん・・・わたし・・・」
「・・・っ」
最初に脱落した悔しさからか、ユミが頬を膨らませながら続く。
そんなユミと手を繋いで歩くファラスアルム。
最後尾を歩くミームは歯をこれでもかと食いしばっていた。
様々な感情が、レキに伝わってくるようだった。
「今はそっとしておいてやれ」
「・・・うん」
今のフラン達に必要なのは慰めの言葉ではなく、ただそっとしておく事なのだろう。
負けたショックで感情が乱れ、こちらからの声も届きそうにない。
下手に慰めても、彼女達の心は癒されないに違いない。
ガージュ達もまた、何も言わずにフラン達を見送った。
「はっは~!
どうだ!
オレ様の勝ちだっ!」
「ティグっ!」
そんなレキ達の感情を煽るかのように、勝利した四年生達が控室へと戻ってきた。
勝者は喜び、敗者は去る。
昨日のリベンジを果たしたティグ=ギは、その掟に従い胸を張る。
それは勝者に許された権利。
ミームも以前、勝った者は胸を張らなければならないと言っていた。
だがら、ティグ=ギの行為は間違っていないのだろう。
「見たかっ!
油断さえしなきゃ俺が負けるはずねぇんだ」
ティグ=ギの言い分。
昨日までのそれはただの言い訳にしか聞こえなかった。
だが、それが違う事をティグ=ギ自ら証明してみせた。
証明しなければならなかった。
最上級生として胸を貸すつもりで挑み、予想外のミームの一撃にダメージを受けてしまった。
得意のスピードを生かした攻撃も、レキとの模擬戦で馴れていたミームに見極められ、反撃を喰らいダウンした。
相手の力量を見誤った。
それだけならまだ良かった。
だが、相手を侮りつつ全力を出さなかった事は後悔してもしきれなかった。
昨年の準優勝者としての矜持もあったのだろう、ティグ=ギは何としてもミームに勝たなければならなかったのだ。
ミームの実力を認めていない訳ではない。
試合中に言った通り、昨日の試合はミームの勝利だと納得している。
だからこそ、ティグ=ギは初めから全力でミームに挑んだのだ。
強者に挑むのが獣人なのだから。
「あいつらも一年にしちゃ強かったぜ。
ま、勝ったのは俺だがな」
フランは遊撃要員としてミームの分まで奮戦した。
ファラスアルムは仲間を支援するべく、魔力が空になるまで魔術を放ち続けた。
指揮官として指示を出しながら、ルミニアも槍を振るい続けた。
最初に脱落したユミだって、最後まで立ち上がろうとしていた。
何度も倒れ、場外に落ちても、仲間の為に何度も立ち上がったのだ。
「森人もいたが、所詮は魔術士。
接近すりゃなんてことぁねぇ」
昨年の武闘祭、ティグ=ギは魔術士相手に距離を詰められず、早々に試合を投げ出したらしい。
相手がティグ=ギの接近を許さず、距離を取り続けたからだ。
「後ろからちまちま魔術を撃つ臆病者」など戦う価値も無い、と言うのが彼の言い分だった。
真っ向から戦う事を良しとせず、相手の土俵に立たず自分の有利な戦い方で勝利を得る。
相手が強者であるからこそ、それに対抗する手段を模索するのも正しい戦い方である。
昨年の優勝者は、そうやってティグ=ギに勝利したのだ。
それはティグ=ギにとって満足のいく戦いではないのかも知れない。
だからと言って、最後まで諦めず戦った者を笑って良いはずはなかった。
「まあ所詮は一年ってこった」
フランもルミニアもユミもミームもファラスアルムも。
皆最後まで戦ったのだ。
それを貶めるティグ=ギの発言に、レキの中で何かが燃え上がった。
「あん、なんだその目は?」
睨みつける視線に気付いたのか、ティグ=ギがレキの方を見た。
「てめぇは確かレキだったな。
なんだ、仇でも討とうってのか?」
「っ!」
「面白れぇ。
優勝者の実力を見せてもらおうか」
試合の興奮もあったのだろう、ティグ=ギがレキを挑発する。
昨日の個人の部はティグ=ギも当然見ている。
レキが圧倒的な実力で優勝したのも、その相手がミームを倒したアランだった事ももちろん知っている。
「そういやてめぇも魔術使ってたな。
無詠唱っつったか?
森人みてぇにちまちまとよ」
その試合を見たティグ=ギは、やはり魔術の撃ち合いが気に入らなかったようだ。
昨年までの武闘祭では、無詠唱魔術がまだ広まっていなかったせいもあり、試合で魔術を使う者は少なかった。
チーム戦であればまだしも、一対一で戦う個人の部では魔術を放つ隙を見いだせず、仮に放とうとしても詠唱中に距離を詰められ、そのまま負けてしまう者がほとんどだった。
昨年の優勝者はその距離の取り方が上手く、また相手の隙をついて詠唱する技術を持っていた為、魔術を駆使して優勝する事が出来たのである。
魔術は決して卑怯者の技術ではない。
ましてや無詠唱魔術など、フィルニイリスが研究し、フランやルミニア、ユミが最上位クラスに入る為必死に努力し、ファラスアルムが頑張って鍛錬した成果だ。
それを馬鹿にする権利など誰にも無い。
ましてや、その魔術を前に逃げ出した者には・・・。
「ファラを馬鹿にするなっ!」
「まてっ!!」
ティグ=ギへ踏み出そうとしたレキを、アランが止めた。
「っ、アラン!
離し・・・」
「ここで倒しても意味は無い。
やるなら試合でやれ」
振り返りアランを見たレキは、その表情に己の怒りを抑えた。
アランもまた怒っていた。
レキの様に全身で怒りを表すのではなく、努めて冷静に振る舞おうとして、それでも抑えきれない感情が漏れていた。
レキの肩を掴む腕も振るえている。
まるでさっきのミームの様に、アランも必死に己を抑えているのだ。
「今ここで倒してもフラン達は喜ばん。
フラン達を思うなら、正々堂々試合で倒せ。
いいな、レキ」
「・・・うん」
この場でティグ=ギをぶちのめすのは簡単だ。
だが、それですっきりするのはレキだけだろう。
フラン達は最後まで正々堂々戦った。
そんな彼女達を思うなら、彼女達の分まで戦い試合で倒すしかないのだ。
「なんだ、やんねぇのか」
レキが引いたのを見て、ティグ=ギも矛を収めた。
やる気のない者には興味が無いのだろう。
「言いすぎだティグ」
「うるせぇ」
仲間にたしなめられながら、ティグ=ギが遠ざかっていく。
ティグ=ギは気付かない。
決して犯してはならない過ちを犯した事を。
例えばそれは、眠っているアースタイガーの尾を踏むような行為。
あるいはそう、何も身に着けず魔の森へ入るような行為だ。
「レキ・・・」
「大丈夫」
レキの全身からは、黄金の光が滲み出ていた。
――――――――――
一方、控室を出たフラン達は、観客席へ向かう前、頭を冷やす為なのか大武術場の外へと出ていた。
先程の試合を振り返っているのだろう、フランは腕を組みながら首を傾げている。
ルミニアは反省すべき点がこれでもかと思い浮かんでいるらしく、目をつぶり、ただ静かに思い返していた。
ユミもフランに倣い、頭を捻る。
ファラスアルムは自分のふがいなさに項垂れていた。
「あたしがっ、あんな奴にっ」
ミームは、近くにあった木に拳を打ち付けていた。
「あたしがもっと早くあいつを倒せてたら・・・」
負けて悔しいと言う気持ちは誰もが持っていた。
その気持ちを無くしたら、強くなれないのだ。
だから、負けた試合を悔いるのは当然の行為だ。
「私が、もっと早くユミさんのフォローに入れてたら・・・」
「違う、わらわじゃ。
わらわが一人でも倒せてたら・・・」
拙い部分はたくさんあった。
彼女達はまだ一年生、入学してからまだ半年しか経っていないのだ。
実力も経験もこれからいくらでも伸びるだろうが、今はまだ十歳の少女たち。
足りないモノは多く、敵わない相手もまた多いのだ。
今日戦ったのが、その相手だっただけの話。
「ごめん。
わたしがもっと頑張ってたら・・・」
「ユ、ユミさんのせいじゃありません。
私の回復が、足りなかったから・・・」
作戦を指示したルミニアが、戦況の変化についていけなかった事を悔やんだ。
最初に脱落したユミが己の力不足を反省し、遊撃要員として相手を一人でも多く倒す事を役目としていたフランが、その役目を果たせなかった事を皆に謝罪した。
ファラスアルムは、魔術の支援が間に合わなかった事に己の実力不足を嘆いた。
「違うっ!
あたしがあんな奴に苦戦したからっ!」
そしてミームは、一度勝った相手にくぎ付けにされ、あげく倒された事に声を荒げた。
おそらくはそのどれもが今回の敗因なのだろう。
そして、それは彼女達の実力と経験が足りていない証拠でもあった。
負ける事には慣れていた。
フランやルミニアは入学前からレキや騎士団に揉まれ、ユミも領主の屋敷で領主や騎士、冒険者に教わってきた。
ファラスアルムは元々落ちこぼれであり、ミームは入学前こそ負けなしだったが、入学してからはレキやフラン、ルミニアなどと何度も戦い、少なくない負けを経験している。
だが、これほど悔しいと思ったのは初めてだった。
それは相手がレキ達ではないからだろう。
そして、そのレキと戦うという目標が叶わなかったからだろう。
「ティグ=ギさんの実力を見誤ったのは私の責任です。
むしろ相手のエースを引き受けてくれたミームさんは素晴らしかったと思います」
「わらわがミームの抜けた分まで倒すべきだったのじゃ」
「もっと相手を引き付けなきゃダメだったのに」
「魔術が間に合いませんでした・・・」
「昨日は勝ったのに・・・」
この仲間達となら勝てると思っていた。
レキのチームにだって勝った事があるのだ。
優勝だって夢じゃなかった。
それでも勝てなかったのは、様々なモノが足りなかったからで。
「もう少し指揮を学ばねば・・・」
「剣だけでは足りん。
魔術の鍛錬を増やさねば」
「わたしも魔術頑張る。
前衛ももっともっと頑張る」
「わ、わたしも魔術と、あとルミニアさんの補佐を」
「あたしはもっと強くなる。
もう二度とあんな奴に負けない」
だから彼女達は反省し、そして顔を上げるのだ。
次は勝とうと。
皆で今まで以上に頑張って、もう二度と悔しい思いをしないようにと。
「そろそろ行きましょう」
「うむ、そうじゃな」
一通り話し合い、反省し合ったフラン達が立ち上がった。
「早くいかなきゃレキ達の試合が終わっちゃよ~」
「だ、大丈夫ですよ、多分」
「そうよ、どうせ勝つんだし」
彼女達の武闘祭は終わった。
だが、武闘祭自体はまだ続いている。
仲間の試合はまだ終わっていないのだ。
「ふふっ、レキ様ならきっと私達の仇も取ってくれます」
「うむ、あ奴らを倒し、兄上も倒し、優勝するじゃろう」
「そうだね~、レキだもんね~」
「はい、レキ様ですから」
「あたしの分までぶっ飛ばしてもらわなきゃね」
彼女達は立ち上がり、仲間の応援に向かう。
自分達の分まで活躍してくれるだろう、仲間の試合を見る為に。




