第281話:みんなの為に
「うらっ!
どうしたミームっ!
てめぇの実力はそんなもんかっ!」
「うるさいっ!
あんたなんかに構ってらんないのよっ!」
自分が抜けた事で、フランの負担は大きくなってしまうだろう。
ユミだっていつまでも相手を引き付けてはいられない。
いざとなればルミニアが前に出るだろうけど、そうなればファラが無防備になってしまう。
仲間の実力は知っているし信じているが、それでも早く戻らなければとミームは思う。
フランとミーム。
二人の遊撃要員がいるからこそ、このチームは時にレキ達のチームにも勝てるのだから。
「てめぇはオレ様に勝った。
つまりてめぇは強者だ。
強者に挑むのが獣人だろうがっ!」
「そんなことっ!」
フランが双短剣を振るい、相手が気を取られた隙にミームが横から一撃をくらわす。
あるいはミームの蹴りにひるんだ相手に、すかさずフランが双短剣をおみまいする。
そうして一人ずつ確実に倒していくのがミーム達の戦い方なのだ。
今はその戦い方が出来ない。
試合開始直後から、ミームがティグ=ギに捕まっているからだ。
いくらフランやルミニアというミームより実力で上回る者がいるとは言え、相手は経験と連携力で上回る四年生。
いつも通りの戦い方が出来ない以上、苦戦するのは当然だった。
「あうっ!」
「ユミさんっ!!」
相手の魔術がユミを捉えた。
詠唱魔術、それも初級。
威力は弱く、更には詠唱の為魔術の種類もタイミングも読めてしまう。
・・・だからこそ、後方のファラスアルムに当たらないようユミが身を挺してしまった。
長剣で切り払いはしたが、その余波はユミに僅かなダメージを与えた。
「ユミっ!
今行くのじゃ!」
「させんっ!」
その隙をついて、相手チームの一人が槍を突きだした。
先ほどユミを攻撃した魔術士が再び詠唱を始め、指揮官も全力でユミを狙うよう指示を出す。
相手はターゲットをユミに絞ったようだ。
フランとミームの二人で一人ずつ倒していくのがルミニア達の作戦であるように、相手もまた一人ずつ倒していく作戦に出たのだろう。
フランはその速度で縦横無尽に駆け回っており、捉える事が難しい。
ルミニアは中衛に位置し、実力も高い事から倒すのには時間がかかりそうだ。
後方に位置するファラスアルムを倒すには、ユミとルミニアを抜かなければならない。
前衛に位置するユミが狙われるのは必然だった。
フランの援護は相手チームの一人に妨害された。
ルミニアも槍を手に前に出るが、それより先に相手の魔術が再度放たれた。
「きゃあっ!」
相手チームの槍使いと切り結んでいたユミは、その魔術を避ける事が出来ずまともに食らってしまった。
「ユミっ!」
「ユミさんっ!」
「ユ、ユミさんっ!!」
「ユミっ!?」
「どこ向いてやがるっ!」
聞こえてきたユミの悲鳴。
武舞台に倒れたユミに気を取られ、ミームが視線をそらした。
そこにティグ=ギの拳が伸びてくる。
今すぐにでもユミの下へ駆けつけたかった。
フランと協力し、ルミニアの指示で相手をかく乱、あるいは倒す。
そうして時間を稼いでいる間にファラが治癒魔術でユミを治す。
ティグ=ギに応戦しながら、ミームは仲間達の事を考え続けていた。
今はチーム戦。
ミームの思考は、この場では当然だろう。
だが、ミームと戦うティグ=ギにそのような思考は無い。
あるのは「自分を倒した相手を倒す」ただそれだけ。
目の前のミームに集中し続けるティグ=ギ。
そんなティグ=ギに対し、ユミの方へ意識が向いてしまったミームが致命的な隙を晒してしまった。
「あぐっ!」
ほんの一瞬、ユミの方へ眼を向けたミームの腹にティグ=ギの拳が突き刺さった。
それは昨日の試合と同じ。
だが、ミームのそれは決して油断ではない。
仲間を気遣ったが故だ。
それでも攻撃を受けてしまった事に変わりは無く、ティグ=ギの一撃はミームにかなりのダメージを与えた。
「ミームっ!」
「ミームさんっ!」
「そんなっ、ミームさんまでっ!」
ミームがフラン達を気遣っていたように、フラン達もまたミームを気遣った。
それは仲間なら当然である。
だが、それこそがフラン達の敗因となった。
ユミに続いてミームまで倒されてしまえば、フラン達の連携は破綻してしまう。
魔術により場外へ落とされたユミが何とか戦線に復帰しようと立ち上がり、一撃を喰らったミームも膝を着き踏みとどまる。
「うらぁっ!!」
「ぐっ!!」
ミームの前にはティグ=ギが立ちはだかり、さらなる攻撃をミームに繰り出した。
先ほどの一撃が足に響いたのか、持ち前の速度を活かせず、棒立ちの状態でそれでもミームがティグ=ギに応戦する。
フラン同様、ミームの戦い方も速度を活かしたもの。
それが出来ない今、ミームにティグ=ギを打破するのは難しい。
「ファラさん!
ミームさんをっ!!」
「は、はいっ!」
「フラン様はあの槍使いを」
「うむっ!」
「私も前に出ますっ!」
ルミニアの指示にフランとファラスアルムが応える。
フランはユミと対峙していた槍使いを引き受け、ファラスアルムがミームを癒す為魔術を放った。
そんなファラスアルムを妨害すべく、相手チームから魔術が放たれる。
それを阻止せんと、ルミニアが槍を持って特攻する。
立ち上がったユミが、武舞台に復帰した。
誰もが勝負を諦めていなかった。
ミームとて必死に戦っている。
皆と力を合わせて、この試合に勝ち、レキ達のチームと戦う為に。
だが。
「あめぇっ!」
「きゃあっ!」
ファラスアルムの魔術が届くより前に、ティグ=ギの蹴りがミームを吹き飛ばした。
同時に、戦線に復帰したユミに相手の魔術が再び放たれる。
フランは槍使いを引き受け、ルミニアは相手指揮官と戦っている。
戦況は圧倒的にフラン達が不利だった。
それでも、フラン達は最後まで諦めなかった。
ミームの腹にティグ=ギの拳が突き刺さり、ユミの防御の上から相手選手の斧が叩きつけられた。
後方で癒しの魔術を放ち続けるファラスアルムに、相手チームの魔術が飛んだ。
フランの援護は槍使いに阻まれ、ルミニアも相手指揮官に捕まった。
――――――――――
「フラン・・・」
「あなた・・・」
観覧席。
フランの父親である国王ロランが拳を握りしめ、悲痛の表情で試合を見ている。
その隣では、王妃フィーリアがロランの拳に手を置き、娘であるフランの試合からそれでも目を背けられないでいた。
ミームが倒れ、ユミが倒れ、ファラスアルムが倒れた。
そんな仲間達を庇いながら、ルミニアが槍を振るい魔術を放つ。
フランも相手チームの槍使いに真正面から挑んでは迎撃されている。
幾度かは槍をかいくぐり、短剣の届く距離にまで接近できていたが、別の選手からの援護もあり決定打を与えられていない。
人数差が生まれれば、相手チームからの攻撃は苛烈さを増していく。
それでも諦めず、一人でも倒そうと双短剣を振るうフランの姿は、王宮にいた頃の無邪気な子供のそれでは無かった。
「うにゃぁ!」
「甘いっ!」
「あぐぅ・・・」
今また、相手選手の槍の石突がフランの腹に刺さった。
槍さばきならルミニアの方が上かも知れない。
だが、相手には四年間の研鑽と、四年生の矜持があるのだろう。
「わらわだって・・・」
相手にも矜持があるように、フランにも譲れないモノがある。
この試合に勝ってレキ達と戦いたい。
父上と母上に良いところを見せたい。
皆と最後まで戦いたい。
その気持ちは誰にも負けていない。
何故なら、それはフランだけではないからだ。
倒れたミームが起き上がろうとしている。
ユミは長剣を杖代わりに地面に刺し、武舞台へ戻ろうとしている。
魔術を喰らい、武舞台の端に飛ばされたファラスアルムが、起き上がれないままそれでも仲間に手を伸ばそうとしている。
仲間達を背に、ルミニアが懸命に槍を振るう。
そんな仲間達の為、フランも最後まで戦おうとしていた。
「フラン、頑張れ」
「フラン・・・」
そんな娘を誇らしく想い、ロランとフィーリアは目を背けることなく試合を見続けた。
――――――――――
最初に倒れたのは誰だろうか。
ユミの剣が武舞台に転がり、ミームが腕を伸ばしたまま倒れている。
ファラスアルムが場外に転げ落ち、フランは最後まで双短剣を手放さなかった。
そして・・・。
「せめて、一人だけでも・・・」
最後に残ったルミニアは、それでも諦めず前を向いていた。
武人として、フラン達の仲間として、最後まで諦めるわけにはいかなかった。
勝ち目はもう無い。
一人倒したところで、何か変わるわけでもない。
それでも、ルミニアは最後まで槍を振るった。
「勝ち負けなど二の次」
昨日、久しぶりに会った父ニアデルはそう言った。
だが、ルミニアは勝ちたかった。
フランの為、ミームの為、ユミの為、ファラスアルムの為。
次の試合で待つレキ達と戦う為。
その為に、今日までずっと頑張ってきたのだ。
だからこそ、ルミニアは最後まで諦めずに槍を振るい続けた。
――――――――――
そんなルミニアの奮戦を、貴族専用の観覧席で父ニアデルが静かに見守っていた。
武人でもあるニアデルには、今のルミニアの気持ちが痛いほど分かった。
最後まで戦い抜こうとするルミニア。
勝敗など既に付いている。
ルミニアがどれだけ槍を振るおうとも、今から逆転などまず不可能だ。
ユミが倒れ、ミームが倒れ、ファラスアルムが倒れ、フランが倒れた。
体力が尽きたのだろう。
少女達はもう誰も起き上がれないでいる。
それでも、ルミニアは最後まで戦い抜くつもりでいる。
勝ち負けなど二の次。
強者と戦う事こそが武人の誉れだと、ニアデルは昨日ルミニアに語った。
ルミニアは今、強者と戦っているのだ。
勝てない相手とは思わないが、今のルミニア達では経験が足りていない。
それでも最後まで戦い抜こうとするルミニアの姿は、ニアデルの考える武人の姿そのものだった。
だが、今のルミニアにあるのは武人の矜持や誉れなどではないのだろう。
仲間達が倒れ、それでも槍を振るい続けるのは、そんな仲間達との絆を証明する為。
次の試合で待つレキに追いつく為に。
「頑張れ、ルミニア」
自分とは違う武人となったルミニアに、ニアデルが決して届かないであろう声を投げかけた。
――――――――――
それから僅かな時間が過ぎた。
仲間達は倒れ、試合の勝敗は誰の目にも明らかだった。
それでも、ルミニアは最後まで槍を振るい続けた。
彼女の姿は全生徒の目に焼き付いただろう。
いつまでやってんだよ。
いい加減諦めればいいのに。
そんな声が聞こえてきたのは最初のみ。
今は誰もが、分かり切った試合をそれでも最後まで見続けようとしていた。
そして・・・。
「それまでっ!
四年生第二チームの勝利!」
フラン達一年生第二チームは、初戦で敗退した。




