第274話:アランとローザの関係
「アランアランっ!」
「お、おぉ。
どうしたレキ」
試合終了後、レキが控室に駆け込んできた。
先程知った驚愕の事実を、アラン本人に確かめる為だ。
「け、けっこっ!」
「ん?
なんだ?」
「だからけっこんっ」
「・・・ああ、ローザか」
珍しく慌てるレキに戸惑いつつ、アランは試合中の話の事だと理解したようだ。
控室で見ていたアランは、試合中に交わされた話も当然聞いている。
風の魔術の応用で、武舞台上での会話は控室や観客席にいる者達にもしっかり届けられているからだ。
相手を侮辱するような言動はもちろんの事、身分などを盾に相手を脅すような真似をすれば、教師や生徒全員に知られるだろう。
と言う事で、ローザが頬を染めながら語った内容もまた、アランや他の生徒全員にしっかりと伝わっているのである。
「確かにローザは私の婚約者だ。
将来的には婚姻を結びたいとも思っている」
ローザの語った内容に偽りはない。
アランもまた、ローザとの婚姻を望んでいる。
時に貴族は本人達の意思を無視して婚姻させられる事がある。
それがいかなる理由であろうとも、貴族に生まれた子供達は従うしかない場合も。
だが、アランとローザは本人の意思で婚約を結んでいる。
ティリル侯爵家もイオニア王家も認めている為、二人の婚姻については今のところ何の問題も無い。
因みに、アランとローザの婚約については三年生の間で周知されている。
事あるごとにローザが言っている為、嫌でも耳に入るのだ。
周囲へのけん制の意味もあるのだろう。
アランがモテるという事もあり、主張しなければアランが盗られてしまうと思っているのかも知れない。
「フランはいいの?」
レキが何より驚いたのは、フラン至上主義を掲げるアランがフラン以外の女性に目を向けている事だった。
もちろんフランはアランの実の妹であり、結婚など出来るはずもない。
それでも、アランならフラン以外の女性に興味を向けず、結婚しない事も十分考えられたのだ。
そんなアランに婚約者がいた。
レキにすれば、これほど驚く話は無い。
それこそ、試合そっちのけでアランにいろいろ聞きたかったくらいだ。
「いや、フランは妹だぞ?」
「知ってる。
でも・・・」
「ふふっ。
大丈夫ですよレキ君」
妹だからという理由でフランへの愛着を捨てられるなら、王宮であれほど付きまとったり、レキに突っかかったりしないだろう。
そう思うレキに、遅れて控室へ戻ってきたローザから二人の想いを語られた。
「アラン様は確かにフラン殿下を愛しています。
でもそれはあくまで庇護対象として。
妹として愛しているだけで、恋愛対象として愛していたわけではないのです」
「ひご?」
「はい。
フラン殿下をお守りしたいと言う気持ちはあれど、結婚したいという気持ちは無いのです」
「ん~・・・」
なんだかんだでまだ十歳のレキである。
色恋沙汰には疎く、興味も無ければ知識も無い。
あるいは姉か妹でもいれば話は違っただろうが、あいにくとレキは天涯孤独の身である。
死に別れた両親にレキの知らない子供でもいない限り、レキの家族は一人もいない。
その為、異性に関するあれこれについて非常に疎いのである。
「例えばですね。
レキ君はフラン殿下をどう思ってますか?」
「どう?
う~ん・・・」
「好きですか?」
「ん~、うん」
「結婚したいですか?」
「ん~・・・」
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きと言える。
ただそれは家族に近い感情であり、まだ幼い故にその手の感情も芽生えていない為か、恋愛をすっ飛ばして結婚したいかと言われても答えられないのだ。
「ローザ、レキにはまだ早い」
「そのようですね」
「ん~~・・・・・・」
見かねたアランがローザを嗜めた。
決して、レキにそのような感情を芽生えさせないよう止めたわけではない。
「まあ、フランを娶るというなら少なくとも私より強い者でなければ許さんがな」
「あら、でしたらレキ君ならぴったりでは?」
「本人にその意思が無い以上、婚姻などさせるつもりはない」
「まあ」
要するに、本人同士が望み、アランが認めた者としか結婚させないという事だろう。
フランの事を第一に考えた答えに、ローザがほほ笑んだ。
「フランもまだ子供。
色恋沙汰など早いし、興味も無いだろう」
「ですが、結婚するならレキ君がいいとおっしゃっていましたよ?」
「なにっ!?」
レキ同様、フランも今のところ色恋沙汰に興味は無い。
レキの事ももう一人の(アランより頼りになる)兄としか見ていない節があるが、異性の友達の中では一番仲が良い。
もし誰かと結婚しなければならないとなれば、フランなら間違いなくレキを選ぶだろう。
そのくらいレキを気に入っているという事だ。
「そ、そんな話聞いて無いぞ」
「ふふっ、女性同士でしか話せない事もあります。
将来の義妹として、フラン殿下とは仲良くなっておきたかったですし」
因みに、ローザがフランと仲良くなったのは光の祝祭日の休暇中である。
宴そのものはアランはローザ達と、フランもレキやルミニアと行動していたが、それ以外の日や学園から王宮への道中などではちょくちょく話をしていたらしい。
ローザは将来の義妹となるフランと仲良くなる為に、フランはただアランと仲の良い女生徒に興味があったが故に。
おかげでフランとローザの仲も良好である。
将来、フランを公私ともに補佐する予定のルミニアも交えて、女性同士様々な事を語り合ったそうだ。
「えっ、じゃあフランも知ってるの?」
「ま、まあな」
「ええ」
つまり、アランとローザの関係を知らなかったのはレキだけという事になる。
「む~・・・」
仲間外れにされたと思い、レキが拗ねた。
その辺り、レキもまだまだ十歳の子供らしい。
「ふふっ、レキ君も可愛らしいところがありますね」
「いや、実力はともかく中身は子供だぞ」
子供らしい無邪気さを持ちながら、魔の森のオーガすら容易く屠る力を持つのがレキである。
以前はそのちぐはぐさを危惧され、フロイオニア国王直々に庇護下に入れている。
下手に他の貴族が取り入れてしまえば、政治バランスと言うより戦力的に、もっと言えば軍事バランスが崩れただろう。
他国に攻め入る事はもちろん、クーデターなど起こされれば、それこそレキ一人で国が滅びかねない。
二年前のフロイオニア国王の決断はやはり英断だったと言えるのだ。
「さ、詳しい話は後程。
アラン様も一度観客席に赴かれてはどうですか?」
「そうだな」
「えっ、なんで?」
先ほど二回戦が終わり、残すは決勝のみ。
レキとしては今すぐアランと戦っても問題ないのだが・・・。
「決勝は午後からだ」
「お昼ご飯食べてからですよ」
「あっ、お昼ご飯っ!」
一応、本日の予定は事前に聞かされていたレキだが、いろいろあって忘れていたらしい。
いろいろ無くても忘れていた可能性は高いが。
「折角ですからご一緒しませんか?
もちろんフラン殿下達も」
「うむ、たまには他の学年と一緒に食べるのも良いな」
「うんっ!」
そうして、三人は仲良く控室を後にした。
――――――――――
「おお、レキが来たぞ!」
「お疲れ様です、レキ様」
「うん!」
観客席へとやってきたレキを、フラン達が温かく出迎えた。
称賛の声が少ないのは、レキなら当然と皆思っているからかも知れない。
「さすがミリス様の一番弟子っ!
素晴らしい戦いでしたわ」
「けっ」
反面、レキの本気を知らない上位クラスの生徒からは、一年生にしながら決勝まで進んだレキを英雄の様に持ち上げる者がいた。
素直に褒められない者や、嫉妬や敵意を露わにする者もいるようだが。
ある意味これが普通の反応である。
「それではお昼にしましょう」
「あ、それなんだけど」
決勝戦は午後から。
早くお昼ごはんを食べなければ決勝戦を空腹でむかえる事になってしまう。
腹が減ったくらいでレキが負けるとは思わないが、レキを空腹でいさせるわけにはいかない。
「どうしたのですか?」
「んとね、アランが一緒に食べようって」
「アラン様が?」
アランはフランの身内であり、ローザも将来のフランの義姉(予定)である。
一緒に食事する事にフランやルミニアに否は無いが、他の者も都合もある。
「あたしは構わないわよ」
「う~ん、わたしも大丈夫」
「あ、わたしも・・・」
ミーム、ユミ、ファラスアルムは問題なし。
「僕は遠慮しておこう」
「そうだね、さすがにアラン殿下と食事をするのは光栄だけど恐れ多いと言うか・・・」
「ユーリ達が嫌なら俺もやめとく」
「むぅ」
ガージュ、ユーリ、カルク、ガドは別行動をとる事になった。
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「オ、オレは慣れ合いなんざしねぇ」
上位クラスのミルは同行を希望し、別に誘っていないライ=ジは良く分からない理由で離れて行った。




