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黄金の双剣士  作者: ひろよし
二章:王都への旅
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第26話:初めての野営

張り切りすぎた為、食べきれないほどの魔物を狩ってしまったレキ。

遥か彼方に見える丘まで、余った分の魔物を返し(捨て)に行ったレキは、フランがグラススネークの解体を終える前に戻ってきた。

手つかずだったホーンラビットを、レキは自分で解体する事にした。


ホーンラビットは平原にいる兎の魔物である。

兎とは言ってもその体格は人の赤子ほどあり、額に生えた鋭利な角は岩をも穿つほど硬く鋭い。

素晴らしく発達した後ろ足を用いた跳躍は人の背丈を軽く超え、全力での突進は時にオークすらも倒してしまうという。


ただし、性質は温厚で人を襲う事はめったにない。

集団で行動している限り、近づいてすらこないほど臆病な魔物なのだ。

食生も草食に近い雑食であり、その点からも人を襲う事は稀と言える。


厄介なのは、人が育てた畑の作物を食べてしまうと言う点だろう。

体格が大きい分食べる量も多く、集団で群がれば畑の一つくらい軽く食べ尽くしてしまう怖れがある。


直接的な危険は無いが放置も出来ない、それがホーンラビットという魔物なのだ。


今、そのホーンラビットはレキの手により美味しそうな肉へと変わった。

途中からリーニャも手伝った為か、それほど時間も経たず解体が終わった。


因みに、ホーンラビットの肉は一般の家庭でも食される、比較的ありふれた肉である。

街の食堂でもよく見かけ、高級ではないが十分に美味しい。

角は矢じりや槍先にも使え、毛皮も衣服や家具などに用いられる、なかなかに有用な魔物だったりする。


一方、グラススネークはと言えば・・・。

肉はそれなり、皮も鎧や盾の表面に張れば少しは強度が増す程度。

魔物としての強さはグラススネークが上だが、素材としての価値はホーンラビットの方が高いのだ。


それらの肉を焚き火で炙っただけの簡素な夕食。

とはいえ、星空の下みんなと食べる食事はそれだけで美味しかった。


レキが仕留め、みんなで調理した肉。

肉だけではとフィルニイリスがいつの間にか採ってきた(毒の無い安全な)野草の料理。

それらを焚き火を囲い、笑顔で食べる。

反省からか少々落ち込んでいたレキも、食べ始める頃にはすっかり元気になっていた。


食事も終わり、日も沈み切った頃。

昨日同様早々に寝入ってしまったフランをよそに、四人は話し合いを行った。


「レキ君は見張りに立つ必要は無いのでは?」

「大丈夫!」

「夜ももう遅い。

 子供は寝る時間だ」

「見張りは重要な役目。

 つい眠り、気が付けば魔物に囲まれていたなんて事もある」


議題は本日の見張りについて。

元々はリーニャ達大人だけで行う予定だったのだが、何故かレキが参加したがったのだ。


今のところ理由は不明である。

ただ「大丈夫」「できる」としか言わない。

魔の森でもたまに小屋以外の場所で寝た事もあるらしく、魔物が近づけば嫌でも気づくとの事。

そう聞けば、野営時の見張りとしては優秀だろう。

だからと言って子供のレキに無理をさせるつもりは無く、こうして説得を続けているのだ。


「魔物の接近に気をつければ良いという話ではない。

 野盗、他の冒険者、移動中の商人や騎士団などの相手もしなければならない。

 レキにはその経験が足りない」

「う~・・・」

「見張り役を買って出てくれた事は感謝する。

 でもここは私たちに任せるべき」

「う~・・・う~・・・」

「レキ君、私達は昨日からレキ君に頼りっぱなしです。

 せめて見張りくらい私達に任せてくれませんか?」

「う~・・・でも~・・・」

「・・・何故そんなに見張り役をやりたがるのだ?

 正直見張りなど好んでやりたがる奴などそうはいないぞ?」


フィルニイリスはレキの経験不足を指摘し、リーニャはレキにだけ苦労をかける訳にはいかないと情に訴える。

それでも引き下がらないレキに、ミリスがその理由を尋ねた。


「父さんがね」

「うん?」

「冒険者は見張りもするんだって。

 見張りは辛いけど、月や星を独り占めだとか、夜空の下で飲む酒は格別だったとか、火を囲んで仲間と語り合う夜は最高だったとか、他にもいろいろ。

 すごく楽しそうだったから・・・」

「だからやりたかったと?」

「うん」


要は父親の真似をしたかった、という事だった。

その、なんとも子供らしい理由に大人達が笑みを浮かべた。

純粋な憧れから来るレキのお願いに、つい頷きたくなるリーニャ達だったが。


「レキ君が見張りをやりたい理由は分かりました」

「じゃあ!」

「見張りは楽しいだけではない。

 常に周囲に気を配らねばならない。

 何より寝たら最後、自分だけでなく仲間も危険に陥る。

 レキはその責任が取れる?」

「ん~・・・」


そう簡単にやらせる訳にはいかない。


見張りに必要なのは、第一に注意力。

野営時は特に、辺りが暗く見通しが悪くなる為、些細な事でも見逃さない注意力がなければ見張りは務まらない。

夜行性の魔物などはその特性を活かし、夜の闇に紛れて襲ってくるのだから、より注意が必要となるだろう。


「レキはどう?」

「ん~・・・森で寝た時は大丈夫だったよ?」

「大丈夫、とは?」

「魔物がきてもちゃんと気付いたし、ちゃんと倒した」

「いや、倒す必要は無いが・・・」

「それは寝てても気付いたという事?」

「うん!」


その点、レキの注意力(と言うより気配察知能力)は、少なくとも森では問題なかったようだ。


「そうか・・・」

「野生児」

「まあ、あのような生活を続けていれば・・・」

「ん?」


そう。

レキは三年もの間魔物が闊歩する森で生きてきた少年である。

魔物の気配を察知するなどお手の物。

寝ていても飛び起きれるくらいには、感覚も鋭敏なのだ。


これはレキに限った事ではなく、森や山などで暮らす者なら自然と身に着いてしまう能力である。

狩猟を生業とする者なら特に、そうでなくとも周囲に危険が多い場所で暮らす者なら、そういった感覚はおのずと磨かれるのだろう。

この大陸でもっとも危険な場所である魔の森で生きてきたレキなら、当然備わっててもおかしくは無い。


「寝てても異変に気付くのは素晴らしい」

「へへ~」

「ええ、そうですね。

 レキ君がいれば安心です」

「うん!」

「これで私達も安心して見張りが出来るな」

「うん」

「ええ、いつどこから魔物が襲ってくるか不安でしたが、レキ君が察知してくれるなら私達の負担はかなり減りますね」

「うん・・・うん?」

「レキは寝ながら魔物を察知する。

 私達はその分、起きて火の番をする」

「交代制で火の番をする私達に比べて、一晩中魔物の探知をするレキの負担が大きくなってしまうのは申し訳ないが」

「レキ君、お願いできますか?」

「えっと、うん?」

「そうですか、ありがとうございますレキ君」

「そうと決まればレキはもう寝た方がいいな」

「私達は引き続き火の番をする。

 安心して寝て良い」

「うん・・・」


寝ながらにして魔物を察知できるなら、わざわざ起きている必要は無い。

レキをおだて、寝かせる事にまんまと成功したリーニャ達である。

レキも途中で気づいたようだが、時は既に遅かった。

大人の話術に翻弄され、まんまと寝る事になってしまったのだった。


「あれっ?」


大人はずるいという事を、レキは学んだ。


――――――――――


毛皮にくるまり、先に寝たフランに並び横になったレキ。

しばらくの後、レキからも寝息が聞こえてきた。


「・・・寝たようだな」

「ええ」


仲良く眠るお子様二人を見守りながら、大人達は小声で話し合う。


「これ以上レキ君に頼るのは申し訳ないですからね・・・」

「交代制とはいえ夜起きているのは子供にはつらいはず」

「それでもやりたいと言うだろうがな」

「ええ、「大丈夫」とか言いながら」


なんだかんだでちゃんと寝ているのは子供の証だろう。

・・・レキの言う事が本当なら、魔物が来れば起きてしまうのだろうが。


「少なくとも今夜は魔物の襲撃はないだろうがな」

「・・・そうなのですか?」

「おそらく」


魔の森周辺は何故か魔物が少ない。

考えられる根拠としては、魔物は魔素の強い場所を好む為、魔の森に惹かれ入った魔物は逆に森から出てこなくなるという事が挙げられた。

周辺の魔物は軒並み魔の森に移動している為、魔の森の周辺部には魔物が生息していないという話だ。


実際、魔の森を抜けてからここまで魔物の姿は確認されていない。

それどころか、今ここにいる五人以外生きている存在すらいないようだった。


多少離れた場所になら魔物も存在している。

先ほどレキが狩ってきた魔物だ。

それもレキが張り切りすぎた為、大半は狩りつくし、後は逃げたようだ。


つまり、目に見える範囲には初めから魔物はおらず、多少離れた場所にいる魔物は討伐済みという、実に安全な状況にリーニャ達はいるのだった。


「こんな平原のど真ん中で火を起こすなど、本来ならば自殺行為なのだがな」

「自分達がここに居ると周りに知らせるようなもの」

「確かにそうですね」


今こうして焚き火を囲いながら談笑できるのも、魔の森という特殊な環境が生み出した状況と、レキのおかげだった。


「これ以上頼るのは申し訳ない、と言ったばかりですのに」

「これはあくまで結果論。

 むしろレキがあんなに魔物を獲ってくるとは思わなかった」

「確かに、あれは流石に獲りすぎだ」

「レキ君は頑張り屋さんですから」


出会ってまだ二日ほどだが、レキという子供はある程度理解できた。


力はあれど傲慢にならず、困っている人には手を差し伸べる優しい子供。

性格は素直で純粋、仲間の為に率先して働こうとする頑張り屋。

身分差を気にせず気さくに接してくる、純朴な少年。

最も、身分差に関しては単純に良く分かっていないだけかも知れないが。


世間知らずで、ある意味フランより幼い面もある。

狩りを張り切り過ぎたり見張りをしたがったり、森を出てからずっとはしゃぎ続けていたり。


「それでもレキはかなりしっかりしていると思うがな」

「それはまあ、フラン様に比べれば・・・」

「魔の森に三年もいれば、必然的にそうなる」


あんな危険な森に三年もいたのだ、嫌でも成長するのだろう。

力もそうだが、それ以上に主に生活力の面で。

フランと同い年ながら狩りに解体、簡単な料理など、大人顔負けである。


「ふふっ、でもレキ君は十分子供ですよ?」

「ああ、確かにな」


反面、レキは年相応な純粋さもしっかり持っている。

自分の家である森の小屋にみんなを嬉しそうに招いたり、一緒に寝ていいか聞いてきたり、自分達と一緒にいたいと願ったり・・・。

レキがいろんな事に名乗りを上げるのも、みんなの役に立ちたいという思いからなのだろう。

やり過ぎてしまうのは考え物だが、思いだけなら実に純粋なものだ。


実際は「ただやってみたかっただけ」という、三人が思う以上に子供な理由なのだが。


「それこそ魔の森に三年もいた影響でしょうね」

「なるほど」

「どういうことだ?」


リーニャの言葉にミリスが首を傾げる。


レキの純粋さは年相応のもの。

だが、両親を失い一人孤独に生きてきた子供が、あれほど無邪気なままでいられるだろうか。

子供の、特に精神的な成長の多くは他者との接触によりもたらされる。

自分以外誰もいない状況下で数年も過ごせば、成長するどころか感情を失ってもおかしくは無いのだ。


「ご両親のお墓にも話しかけていましたし、それに・・・」

「ウォルフ達」

「ええ」


言葉を失わなかったのは語り掛ける相手がいたから。

感情を失わなかったのは・・・共に過ごす友人がいたから。

それがたとえ人ではなくとも、レキにとっては大切な、家族のような存在だったのだろう。


レキは友人と称していたが、ウォルフ達がいなければ、それこそ言葉も通じない野生児になっていた可能性もあった。


「レキは強いがまだ子供だ。

 あまり頼るわけにはいかんな」

「レキには経験が足りていない。

 私達で上手くなだめる必要がある」

「はい」


ここ二日間のレキの行動、その原動力は好奇心もさる事ながら皆の役に立ちたいという思いが強い。

それはそれで嬉しいが、その思いが強すぎるが故にやりすぎてしまう事もある。

大量の魔物を獲ってきた事もそうだが、魔物を狩るため遥か遠くの丘まで行ったこと自体がやりすぎなのだ。

見張りをやりたがったのも、役に立ちたいと言う気持ちが少なからずあったに違いない。


レキに対する今後の接し方を話し合いながら、野営の夜は静かに過ぎていった。

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