第261話:一年生の武闘祭を終えて
「元々の実力もあっただろうが、武闘祭の結果はお前達の半年の成果だ。
素直に誇るがいい」
フロイオニア学園最大のイベントである武闘祭。
その予選でレキ達は素晴らしい成績を残した。
個人戦ではレキが優勝、ミームが準優勝を果たし、チーム戦では何とレキ達最上位クラスの男子チームが優勝、女子チームが準優勝と、個人、チーム両部門に置いてレキ達最上位クラスが独占した形となったのだ。
元々成績順で組み分けされている都合上、最上位クラスの生徒が優勝するのは珍しい話ではない。
身分や種族関わらず平等をうたうこの学園は、ある意味純粋なる実力主義という面を持っている。
弱ければ王族であっても評価されず、優秀なら平民や他種族であっても評価を得られる。
武闘祭は、その純粋な実力を見る為の場でもあった。
翌日は学園も休みだった。
昨夜は早く眠ったにも拘わらず、皆いつもより少しばかり寝坊した。
いつも通り起きたのはレキだけで、早朝から相変わらずの元気さで一人鍛錬を行っていた。
予選とは言え一つの目標でもあった武闘祭が終わり、気が抜けたのだろう。
本戦が控えているとは言え、レキ以外は誰もが心身ともに疲れていたという事だ。
今日はその翌日。
レイラスの称賛に照れる者や悔しがる者、様々な思いの下で始まった武闘祭終了後の授業である。
今日はミームもちゃんと起きて、レキと共に朝の鍛錬をこなした。
武闘祭が終わり、秘密特訓する必要もなくなったのだろう、鍛錬には姿もあった。
更には大会中に仲良くなった上位クラスのミル=サーラまで加わり、朝の中庭はより一層賑やかになっていた。
他の方も誘ってよろしいでしょうか?とミルが言っていた為、夕方の鍛錬はさらに賑やかになるかも知れない。
因みに、フランはいつもどおり朝食ギリギリまで眠っていた。
「二日後には本戦がある。
武術や魔術の評価は日々の授業と先日の武闘祭で大体決まるが、本戦も評価の対象だ。
活躍すれば個人、チーム共にさらなる評価を加えるのでがんばるようにな」
『はいっ!』
「本戦で優勝した者は、翌月六学園合同で行われる大武闘祭のフロイオニア学園代表になる。
とは言えお前たちはまだ一年生だ。
あまり気負わず、己の実力を発揮する事だけを考えろ。
いいな」
『はいっ!』
「よし、では本日の授業を始める」
二日後に本戦を控えているとは言え、座学の授業はいつも通り行われるようだ。
本戦に出場するのは個人戦一位のレキと二位のミームの二人。
チーム戦は一位と二位が共に最上位クラスであり、他クラスの生徒は見学こそすれ出場はしない。
出場しない生徒達は通常通りの授業に戻るわけで、ここでレキ達だけ大会の為に座学を免除などしてしまえば、座学の進行度に差が出てしまうのだ。
仮に、本戦でも優勝したら今度は大武闘祭が待っているわけで、そこでも特別扱いなどしてしまえば座学の進行度の差は更に大きくなるだろう。
レキ達が座学も優秀なら、二日程度の遅れなど気にせず武闘祭に向けて鍛錬を行えたかも知れない。
だが、少なくともレキとミーム、カルクの三名は座学を苦手としており、学園に来る前王宮で勉強していたレキはともかく、ミームとカルクは正直危うかったりするのだ。
幸い武闘祭でそれなりの成績を修めたミームとカルクである。
座学でも「そこそこ」評価を得られたなら、来年も問題なく最上位クラスに入れるだろうとお墨付きを貰っている。
・・・「そこそこ」以下だった場合は、来年はミル=サーラ辺りが最上位クラスに在籍しているかも知れないが。
そんなわけで、レキ達は座学の授業(睡魔との戦い)を頑張った。
午後からは武術と魔術の授業である。
こちらは、本戦に向けてしっかりと鍛錬を行うようだ。
「個人戦とチーム戦、どちらの鍛錬をしましょうか?」
「ん~・・・ミームどうする?」
「もちろん個人戦・・・って言いたいけどいいわ。
連携訓練しましょ」
「ほう」
最上位クラスの中で個人戦に出場するのはレキとミームだけ。
他はチーム戦にのみ出場する為、二日しかないこの期間にどちらの鍛錬を集中して行うかという問題があるのだが、ミームがあっさりと譲ったため二日間みっちり連携訓練を行うことになった。
「よろしいのですか?」
「ふふん、その分朝と夕方は私が優先させてもらうからね」
「ふふっ、分かりました。
ミームさんも私達の代表ですからね。
頑張ってください」
「もちろんよっ!」
普段ならフラン辺りが不満を述べたであろうミームの発言だったが、自分達の代表であるミームを応援する気持ちの方が強かったらしい。
ルミニア達に説得されるまでもなく、フランもあっさり引いた。
「わらわ達の分まで頑張るのじゃぞ」
「あったりまえよ!」
「レキもじゃ。
めざすは優勝じゃ!」
「うん!」
一年生の生徒が本戦で勝つなど滅多に無い。
予選で優勝したとは言え所詮は一年生の中での話である。
入学してわずか半年の生徒と、自分達より一年以上研鑽を積んだ生徒達とでは、実力に加えて経験の差があるのだ。
レキならともかく、ミームではおそらく初戦を突破できるかどうかと言ったところだ。
「レキ様ならきっと優勝出来ますよ」
「うん、頑張ってね!」
「お、応援していますから」
そう、レキならともかく。
「そういえばレキは身体強化してなかったんだったな」
「うん。
でも次はしていいって」
「ほう・・・手加減しろよ?」
「うん、大丈夫」
一年生の中では隔絶した実力を持つレキである。
先日の武闘祭ではその実力差を考慮して身体強化無しというハンデを負い、それでも優勝して見せた。
本戦では、そのハンデを無くしても良いらしい。
他学年は最低でも一年以上の研鑽を積んでいる為、経験という点では不利になる。
身体強化の解禁はそれを埋める為の処置なのだ。
三年もの間魔の森で戦い続け、その後二年間、王宮で騎士や魔術士達と日々研鑽を重ねたレキ。
経験でも上級生達を上回っているのだが、その点は考慮に入れられなかったらしい。
――――――――――
「ご指南の程よろしくお願いします、レキ様」
「うん!」
武闘祭を経て一番変わった事と言えば、他のクラスとの交流が更に盛んになった事だろう。
武闘祭以前も、何人かの生徒は中庭での鍛錬やお茶会に参加していたが、武闘祭でぶつかり合った事でより分かり合ったのだろうか。
特に、チーム戦でレキ達と競ったミル率いる上位クラスの生徒達は、元々それなりの実力を有していた為か、中庭で行われているレキ達の鍛錬に参加するようになった。
剣姫ミリスに憧れ、卒業後は家を継ぐより騎士団への入団を夢見るミル=サーラ子爵令嬢。
その剣姫ミリスの弟子であるレキと、同じくミリスの指南を受けていたフランとは、武闘祭を通じて友誼を得ている。
他にも、上位クラスには同じ獣人のミームを目の敵にするライ=ジ(ミームは気にしていない)や、準男爵という領地も無ければ貴族としての役割も無い、平民とほぼ同じ地位だが一応は貴族であるタム=イフィス等も、レキ達の鍛錬に乱入しては元気に返り討ちにあうようになっていた。
上位クラス第二チームの指揮を担当していたライラ=イラは、同じく最上位クラス男子チームの指揮官ガージュ=デイルガと良く話をするようになった。
時にはミルやルミニアを交え、戦術論を交わしているようだ。
中庭での鍛錬以外にも、ミルやライラなどは食事も一緒にする仲となっている。
もちろん他の中位、下位クラスの生徒とも挑まれれば手合わせするが、武闘祭で実力差が浮き彫りになったせいかあまり挑んでは来ない。
光の祝祭日前には良く乱入していた生徒達も、自分達の実力を理解できたのか無理に乱入する事は無くなっていた。
それでも、武闘祭以前までのような「同じクラスの生徒だけで集まる」という事は無くなったと言えるだろう。
個人戦で遠慮なくぶつかり合ったからか、それともチーム戦で共闘したからか、元々薄かったとはいえ多少は残っていた身分や種族の違いと言うのも、武闘祭以降はすっかり無くなったようだ。
森人が武術で獣人に勝利したり、平民が優勝したり。
そこにあるのは純粋な実力のみ。
貴族だから強い訳ではなく、獣人だから強い訳でも無かった。
それを身をもって知ったからか、以前よりいっそう仲良く、そして賑やかになった一年生の生徒達。
中庭での鍛錬も、今まで以上に活発となった。
ただ、人が増えればその分問題も起きるようになっていた。
――――――――――
「ちょっと、次はあたしだからっ」
「あん、ミームはさっきもやっただろうが」
中庭で口論するのは獣人のミームとライ=ジ。
二人は同じ街の出身らしく、ミームはあまり覚えていないが幼い頃はしょっちゅう喧嘩していたらしい。
ミームが覚えていないのは、ライ=ジ以外にも多くの子供達をぶっ飛ばしてきたからというのと、入学前の数年はライ=ジ含めて交流が無くなっていたから。
負けた奴などいちいち覚えていられない、と言うのはミームの台詞である。
そんなミームを目の敵にし、入学前はミームに勝つ事を目標に隠れて鍛錬していたというライ少年。
彼女がプレーターではなくフロイオニアの学園に入学する事を知り、彼女を追いかけてここフロイオニア学園に入学したのは良いが、先日までは他クラスとの交流があまり無く、中庭で行われている鍛錬もレキとミームとの手合わせを見て歯噛みしつつ、武闘祭で勝つまではとここでも隠れて特訓していたそうだ。
レキに追いつく為、武闘祭前に隠れて特訓していたカルクと実は仲良くなっていたりする。
そんな武闘祭の個人戦で見下していた森人のファラスアルムにすら負けたライ=ジは、まずはファラスアルムへのリベンジを果たす為という名目で、こうして中庭での鍛錬に乱入するようになった。
そんなファラスアルムが武術の鍛錬をあまりしていない為、代わりにミームを下したレキに目を付けたのだろう。
強くなる為、手っ取り早くレキに模擬戦を挑もうとしてはミームを始めとする最上位クラスの生徒達と口論を起こしていた。
「あたしは本戦の特訓しなきゃいけないの」
「そんなん授業でできっだろが!」
「授業はチーム戦の鍛錬してんのっ!」
「知るかっ!」
武闘祭予選の個人の部で準優勝を果たしたミームは、優勝したレキと共に一年生代表として二日後の本戦に挑む。
本戦は予選同様個人の部とチームの部があり、レキもミームも両部門に出場する為、武術の授業はチーム戦の鍛錬に当て、その分朝夕の鍛錬はこうしてレキとの手合わせを優先してもらっている。
仲間達もまた、一年生の代表であり、授業中は連携訓練を優先してくれるミームの為、中庭での鍛錬はミームに譲ってくれているのだが、ライにそういった考えは無かった。
他の上位クラスの生徒はと言えば、ミルやライラはレキとミームを応援してくれている。
タム=イフィスは貴族位の最高位であるフランがいる為、非常におとなしくしている。
ライだけが、こうして突っかかっているという状況だった。
「ど、どうしましょう」
「私がライをとっちめましょうか?」
ライがこうしてミームと張り合うのも、強くなる為レキに突っかかるのも、ある意味武闘祭で自分が勝ってしまったから。
そんな考えを持ってしまったファラスアルムがあたふたし、上位クラスの二番手であるヤック=ソージュがミルの代わりにライを止めるべく手を挙げた。
ライが暴走する度ミルやヤックが物理的に止めているらしく、つまりはライより強い者が上位クラスにも二人いる事に他ならない。
ならばファラスアルムより先にミルやヤックにリベンジするのが先じゃないか?
等と最上位クラスの面々は思ったのだが。
「上位クラスで一番になっても意味がねぇ」
「この学園で一番強い奴を倒せば手っ取り早ぇ」
と言うのがライの考えだった。
「最上位クラスで一番弱いファラスアルムに負けているようじゃ、レキに勝てるはずもないがな」
「あっ!
なんか言ったかコラ!」
ガージュの嘆息気味な言葉にライが反応した。
事実、魔術込みの模擬戦でも今のところファラスアルムが最上位クラスで一番弱い。
いくら無詠唱で魔術が発動できるようになったとはいえ、威力もまだ弱く、発動までの時間も詠唱するより多少早い程度。
元々武術がからっきしだった事もあり、油断さえしなければ勝てる相手だったりする。
武闘祭での快進撃は、相手の油断と事前にしっかりと策略を練ったおかげ。
他のクラスで無詠唱魔術を習得している者がいなかった事もあり、武闘祭ではブロックの決勝まで進めたものの、無詠唱魔術に慣れている最上位クラスの生徒と対するには不十分なのだ。
ライはそんなファラスアルムにすら負けている。
ガージュで無くとも、レキに挑むのは無謀で早すぎると考えるのは当然だろう。
「レキとやりたければせめてカルクかユーリに勝てるようになってからにしろ」
「あぁ!?」
「いや、ガージュ?」
「つかガージュのが先だろ」
「ふんっ、僕は頭脳担当なんだ。
あんな脳筋どもに構ってる暇はない」
武術の順位でいえば、ガージュは最上位クラスの九位である。
ファラスアルムのすぐ上、ファラスアルムを除けば一番弱い。
一応、最近はその上のガドやユーリともよい勝負が出来るようになってはいるが、レキを含めた最上位クラスの上位陣より弱い事に変わりはない。
そんなガージュと、上位クラスの三番手であるライが戦った場合どうなるか。
「中庭では魔術は禁止ですからね。
魔術ありでの戦いに慣れてきている私達では少々不利かも知れませんよ?」
初級魔術だろうと場合によっては相当な被害が出る為、授業以外での魔術の使用は原則禁止されている。
元より種族的に魔術が不得手なミームとライは、中庭だろうが武術場だろうが魔術を使うつもりは無い(というか使えない)が、ファラスアルムやガージュ、ユーリの様に魔術と武術を併用して戦う者からすれば魔術禁止はただのハンデでしかない。
そもそも魔術無しでも他の種族と互角に渡り合っている獣人である。
魔術有りでなければ五分の勝負とは言えないだろう。
もっとも、最上位クラスにはミームと魔術無しで互角に渡り合うルミニアやフラン、圧勝するレキという例外もいる。
最近では、武闘祭で互角に渡り合ったユミも例外に含めても良いかもしれない。
「え~」
とは言え、ルミニアはフランのお世話で忙しく、仮にも王族であるフランが早々手合わせをするわけにもいかない。
本人は良くとも、ルミニアやミルが止めるのである。
ユミもルミニアと共にお茶やお菓子の支度をしているし、何より三人ともライと戦う理由が無い。
ライの実力がどの程度か正確には分からないが、ルミニアやフラン、ユミなら間違いなく勝てるだろう。
だが、それでライが引き下がるとは思えず、むしろリベンジの相手を増やすだけ。
下手に負けて調子づかせるのも正直面白くない。
何より、手合わせや模擬戦でわざと負けるなど、最上位クラスに所属する者としてあってはならない。
最上位クラスとは、身分や種族関係なく実力者のみが所属するクラスなのだから。




