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黄金の双剣士  作者: ひろよし
二章:王都への旅
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第24話:旅の空

「ぬ~、待つのじゃレキっ!」

「こっちこっち!」


見渡す限りの平原を、少年と少女が楽し気に駆け回っている。


ここはとある大陸のほぼ中央に位置する、この大陸でもっとも危険な場所と言われる魔の森から二時間ほど歩いた平原。

二時間前、三年もの月日を過ごした森に別れを告げ、森で出会った仲間達と共に新たなる一歩を踏み出した少年は、この広大な大地をその仲間と共に駆け回っていた。


少年の名はレキ。

三年前、生まれ育った村を野盗の襲撃で失い、母親の言葉に従って魔の森にある賢者の建てた小屋へ逃げ延び、以降三年もの間たった一人で生きてきた少年。

そんなレキが共に駆け回る少女と出会ったのは昨日の事。


少女の名はフラン=イオニア。

この大陸に存在する六つの国の一つ、フロイオニア王国の王女である。

親友のいるフロイオニア王国フィサス領へのお見舞いの帰り、野盗の襲撃から逃れる為に逃げ込んだ魔の森で魔物に襲われ、危ういところをレキに救われた。

自分はもとより、従者達をも救ってくれたレキに、同い年という事もあってすっかり懐いた彼女は、今もそのレキと仲良く平原を駆け回っている。


森を出て既に二時間。

少年と少女はまだまだ元気だ。


レキは魔の森で生き抜いてきただけあって人一倍元気。

フランも王宮ではちょくちょく従者達の目を盗んでは城内を駆け回っている為か、そんなレキと追いかけっこするくらいには元気だった。


見渡しの良い平原。

魔物の気配も野盗の影も、それどころか目立った物が何もない広々とした平原である。

天気は快晴。

まるでピクニックにでも来たかのような、とても穏やかな空気が流れていた。


「フラン様、レキ君。

 あんまりはしゃぐと転びますよ~」


そんな二人に声をかけたのは、フラン付きの侍女リーニャ。

フランが生まれた頃より仕えているリーニャは、フランにとっては姉や母親のような存在である。

リーニャにとってもそれは同様で、身を挺してフランを庇い、フランを逃がす為に己が身を犠牲にするほど。

その献身は主と従者を超え、まさに母娘のような関係だった。


「大丈夫~」

「なのじゃ~」

「全く・・・ふふっ」


すっかり仲良くなったフランとレキを軽く叱責しつつも笑みを浮かべるリーニャ。

一度は諦めた命。

それを救い、フランをも救ってくれたレキには心から感謝していた。

だからと言って甘やかすわけにもいかず、こうして腰に手を当てながら小言を述べるわけだが。


「野盗の待ち伏せはなさそうだな」

「あれから一日経った。

 入った場所からも離れている。

 おそらくは撤退した」

「諦めたか?」

「それは分からない」


そんな三人の後方、周囲の状況を確認し合いながら歩く二人の従者がいた。

フロイオニア王国騎士団小隊長にして王族の専属護衛も務めるミリスと、フロイオニア王国宮廷魔術士のフィルニイリスだ。

今回の道中でもフランの護衛を務める彼女達は、王国でも屈指の実力者である。


野盗の追撃からフランを逃がすため、一か八か魔の森へと逃げ込んだ彼女達。

魔の森の魔物の想定外の強さに苦戦し、あわや全滅しかけたのを救ったのが、怪我を負い森の入り口で別れざるをえなかったリーニャを救い、共に駆け付けたレキだった。


レキに救われ、魔の森の小屋で一晩過ごした彼女達は、街や王都に憧れを持つレキを仲間に加え王都への帰路についていた。


雲一つない青空の下、一行は最果ての街エラスを目指し歩いていた。


――――――――――


「そろそろ食事にしましょう」

「おおっ、ごはんじゃ」

「ごはんっ!」


それからしばらく歩き続けた一行は、太陽が真上に登る頃に休憩を取った。

森を出て四時間、旅は実に順調である。

大量の書物を背負うフィルニイリスが大変そうではあるが、これはある意味自業自得だろう。


最初はレキが「俺持つよ?」と声をかけたが、「書物を背負う私をレキが背負って」と良く分からない事を言い出したので背負うのをやめた。

レキだって森で狩った様々な魔物の素材を持っているのだ。

街に着いたら換金し、旅の資金にする予定である。

フランにも少しばかり渡してはいるものの、レキの荷物は一行の生命線と言ってよい。


リーニャも毛皮などの荷物を、ミリスは街に着くまでの食料となる干し肉を持っている。

なんだかんだで皆荷物を抱えているのは、馬車も無く人数も少ないからだ。


街に着いたらまず馬車の手配を、と強く思うフィルニイリスだった。


リーニャが毛皮を地面に敷き、ミリスが干し肉を配る。

レキお手製の干し肉は、材料となった肉が上質なせいかそこらで買う干し肉よりはるかに美味い。

高濃度な魔素の影響か、魔の森の魔物たちはどの個体も通常の物より遥かに強く、一流の冒険者であってもうかつには踏み入る事が出来ない。

その分倒した魔物から得られる素材はどれも上質で、特に肉などはろくに味付けをしなくとも焼くだけで非常に美味だった。


「おぉ、この肉も美味いのじゃ!」

「これはオウルベアの肉ですね」

「へ~、そうなんだ」

「いや、仕留めたのはレキだろ?」


「この肉もとても美味」

「それはソードボアか?」

「うん」


素晴らしい景色の中で食べる上等の肉。

はたから見れば、実に楽しい旅行に見えた。


ちなみに、オウルベアは森に住む夜行性の熊の魔物である。

日中は地中や洞窟に潜み、日が沈む頃に活動を始める。

魔物としての強さはオークと同程度。

オークより一回りほど小さい体にオーク並の力を備えたこの魔物は、見た目に反して俊敏で、時に木の上から襲いかかってくる事もある。

夜行性という性質を持つ魔物故に、夜の闇にまぎれ襲い掛かる点で言えばオークより厄介と言えるだろう。

昼間の活動で疲れた者が森の中で野営を行う場合は、何よりこのオウルベアに注意する必要がある。


「しかし、良くオウルベアの干し肉などあったな」

「いっぱいいるよ?」

「そうなのか?」

「うん、森の中で寝ると襲ってくるし」

「も、森の中で寝たのか?」


強力な魔物が跋扈する魔の森で一夜を明かす・・・。

考えるまでもなく危険極まりない行為であり、むしろ自殺行為とすら言える。

それを平然と行えるのが目の前の少年、レキなのだ。


「ソードボアは大丈夫なのか?」

「ソードボアは日中活動する魔物。

 仕留めるのは容易」


もちろん容易なのは通常のソードボアの話。

魔の森の魔物は、どんな魔物だろうと油断できない強さを持つ。

ソードボアに至っては、その突進で大木すらへし折るほどだ。


「ソードボアの肉はたくさんありましたね?」

「うん!

 いっぱい倒した」

「いやまぁ、数は多いだろうが」

「強さで言えばフォレストウルフとオークの間くらい。

 弱い魔物とは言えない」

「え~、でも突っ込んでくるだけだよ?」


ミリスやフィルニイリスの言葉にレキが首を傾げた。

生前の父親もソードボアを狩っていたせいか、レキの中でソードボアは狩りの獲物の代名詞らしい。


レキが父親の狩りを見たのは一度だけ。

その時の獲物がソードボアだった。


ソードボアの突進を避けつつ剣を振るう父親の姿ははっきりと覚えている。

レキもそんな父親の狩りを真似、幾度もソードボアを狩ってきたのだ。


「お父様が・・・」

「うん、すっごくかっこ良かったんだ!」

「ふむ、レキの御父上は一流の狩人なのだな」

「うん!」


父親を褒められ、嬉しそうなレキ。

そんなレキが狩った魔物の干し肉を食べ終え、一行はエラスの街を目指して再び歩き出した。


――――――――――


大量の書物を背負うフィルニイリス。

旅は慣れているとはいえ、もともと魔術士は体力も低く普段は馬車で移動しているだけあってか疲労も色濃い。

昼の休憩の後はレキが代わりにその書物を背負う事になったのだが、その際フィルニイリスが自分ごとレキの背に乗ろうとしたのはお約束だろう。


道中は休憩前と変わらず順調。

休憩前より少しばかりおとなしくなったとはいえ、レキとフランは相変わらずはしゃいでいる。

ミリスとフィルニイリスが周囲の警戒を行い、リーニャはレキ達に小言を言いながら歩き続ける。

平原にはまばらに木や岩などがある程度で、魔物の気配はどこにも無かった。


仮に襲ってきても、接近する前にフィルニイリスが魔術で撃退するだろう。

倒しきれずとも、こちらには騎士であるミリスと、何よりレキがいる。

例えオーガクラスの魔物が群れで出てきても問題はない。


一行が更に歩く事数時間。

日はかなり傾き、時刻は夕暮れを迎えようとしていた。


「今日はここで野営をしよう」

「「お~!」」

「ふふっ」


ミリスの言葉にフランとレキが手を上げて応える。

すっかり仲良くなった二人は、もはや仲の良い兄妹のようであった。

そんな二人を見守るリーニャはもはや母親である。


「ミリス、どう?」

「まあ大丈夫だろう」


見渡す限りの平原とはいえ、それでも野営に適した場所とそうでない場所というのはある。

具体的には、近くに身を隠す岩や小山がある場所、あるいは周辺に視界を遮る物が無い場所。

後者は一見適さないようにも思えるが、敵の接近にさえ気づければ魔術での迎撃が出来る為、無駄に視界が遮られる場所より適している。


逆に、障害物の多すぎる場所や下手に視界を遮る物がある場合は注意が必要だろう。

障害物の陰から襲ってくる場合もあれば、障害物にばかり気を取られ別の方から襲われる可能性もある。

特にレキ達のような少人数での野営は、見張りにさく人員も少ない為よりいっそう注意が必要なのだ。


「わらわも手伝う」

「そうですね、では火をおこすための薪を取りに行きましょうか」

「薪?

 どこにあるのじゃ?」


幸いにしてこの場所は視界を遮るような物もなく、野営をするには問題のない場所のようだ。


早速とばかりに野営の準備に入った一行。

いつもは馬車の中でおとなしくしているフランも、今日はお手伝いを頑張るようだ。


平原とはいえ何もないわけではなく、背の低い木々はそこかしこに生えており、枯れ枝もしっかりと確保出来そうだ。

これだけ視界も良ければフランを見失う事も無いだろう。


「生えている木々は生木と言って火をつけても燃えにくいですからね。

 落ちてる、良く乾いた枝を拾ってきてください」

「分かったのじゃ!」

「あっ、姫」


元気よくかけて行くフランを、ミリスが慌てて追いかける。

森ではあまり手伝えなかったせいか、ここぞとばかりに張り切るフランである。


「皆の分もわらわが集めるのじゃ~!」

「そんなにいりませんよ~」


と言ってもフランが集められる枝などたかが知れているだろう。

張り切って薪を集めるフランを、リーニャが苦笑交じりに見送った。


「俺も手伝う!」

「本来なら天幕を設置する。

 でもここでは必要ない」

「ありませんしね、天幕」


天幕など野営に必要な物は全て馬車の中であり、それらは魔の森の入り口に置き去りにしてきてしまった。

幸い天気も良く、気温もさほど低くない。

焚火を起こし、魔の森の小屋から持ってきた毛皮を敷けば、本日の寝床には十分だろう。


「狩りは?」

「食料がなければそこら辺の魔物を狩って食べる事もある」

「ただ今回は干し肉が結構ありますからね」

「そっか~」


どうやら本日の野営の準備はこれで終了らしい。

初めての野営にワクワクしていたレキとしては正直肩すかしであった。


「狩り、したかったのですか?」

「う~ん」


狩りがしたかった、というよりレキはただお手伝いがしたかったのだ。

一緒にはしゃいでたフランが薪拾いに行ってしまい、手持無沙汰というのもあるのだろう。


「えっとね、父さんと母さんも野営してたから」


両親の冒険譚を聞かされていたレキにとって、野営とは冒険者が行うものという認識を持っていた。

もちろん冒険者で無くとも野営は行うが、レキの知る野営とは冒険者が冒険の途中に行う儀式のようなものだ。

両親を尊敬しているレキとしては、その両親と同じように野営をしたかったのだろう。

だからこそ手伝う事が無いと知りしょんぼりしたようだ。


「必要は無い、でも食料はあっても困らない」

「!」

「干し肉も限りはある。

 節約の為にも狩りをするのは悪くない」

「うん!

 行ってくるっ!」


フィルニイリスの言葉を聞いたレキが、両手に剣を取り飛び出していった。


旅といえば野営、野営といえば狩りというのがレキの思う冒険だった。

両親とて野営の度に狩りをしていたわけではなく、むしろ食料が尽きたがゆえに仕方なく狩りをした、という苦労話を面白おかしく言い聞かせたはずなのだが、レキの中では野営と狩りはセットらしい。


「・・・よろしいのですか?」

「ここは見晴らしが良い。

 日もまだ沈みきっていない。

 多少の単独行動は問題ない」

「いえ、レキ君にその心配は必要ないでしょうけど」

「?」

「変なものを狩ってこないかな、と思いまして」

「・・・」


レキを見送ったリーニャの言葉にフィルニイリスが思わず黙りこんだ。


正直その考えは無かった。

レキは普段森で狩りをしている。

故に森の魔物に関しては詳しいが、ここは平原である。

出没する魔物は森とは異なり、おそらくそのどれもがレキにとって初見であろう。

だからこそ、何を狩ってくるか全くもって予想できなかった。


自分達が食べられない魔物を狩ってくる恐れがあった。

例えば毒持ちの魔物。

ゴブリンのような微量な毒ではなく、この世界には一口で死に至るほどの毒を持つ魔物もいる。

もしそんな魔物を狩ってきた場合、リーニャ達は当然食べられず廃棄するしかない。

折角狩ってきてくれたというのに、若干申し訳ない気持ちになってしまうだろう。

レキなら平気で食べられてしまうのがなおさらだ。


「ちなみに、この辺りにはどんな魔物が?」

「ホーンラビット、ダークホーン、ブラッドホースは美味しい」

「ホーンラビットならいそうですね」

「アースタイガー、マッドスネーク、ロックフォックスは不味い」

「マッドスネークはそもそも食べられないのでは?」

「泥みたいな体をしてても泥ではない。

 よって食べられない事も無い」

「レキ君なら問題なく食べてしまいそうですね」

「美味しくないから大丈夫」

「だと良いのですが・・・」


平原の魔物を、分かり易いようフィルニイリスが味を基準に説明する。

リーニャとしてはレキが狩りそうな魔物を知っておきたかったのだが、レキならどんな魔物だろうと平然と狩ってきてしまう。

森では見ないような魔物なら、珍しさからも率先して狩ってくる可能性が高い。

さすがにオーガクラスの魔物はいないだろうが。


「それで、魔物はいるのでしょうか?」

「少なくとも見える範囲には居ない」

「ええ、それは良く分かります。

 何せ何もありませんからね、ここ」

「それでもレキなら何か狩ってくる、と思う」

「・・・ゴブリンとかじゃ」

「・・・」


普通の人ならまず食べないゴブリンでも、レキは普通に食べられる。

いや、不味いと本人が言っている以上好んでは食べないはずだが、あまりにも他の魔物が見つからなければ最悪ゴブリンで妥協する可能性もあるだろう。


「どうか食べられる魔物でありますように」

「リーニャ、そういう場合は美味しい魔物を願ったほうが良い」

「いえ、あまり高望みするのもどうかと思いまして」


狩れずに戻ってくる可能性を考えない辺り、レキの実力は信頼しているようだ。

見える範囲に魔物の姿は無いが、同時にレキの姿も見当たらない。

ほんのわずかの内に、リーニャ達の視界の外へと飛んで行ってしまったようだ。

おそらくは、何か狩ってくるまで戻ってこないのだろう。


願わくばそれが食べられる魔物でありますように・・・。

リーニャはただ、そう願うしかなかった。

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