第242話:チーム戦に向けての話し合い
「ん~・・・」
「すまない、レキ」
「すまねぇ」
「むぅ・・・」
「・・・すまん」
武舞台上で一仕事終えたように呑気に体を伸ばすレキに、仲間達が頭を下げていた。
指揮官のガージュが一番深く頭を下げたのは、レキへの負担が大きかった事をちゃんと理解しているからだろう。
最上位クラスで行われたチームの模擬戦。
女子チームそれぞれの特性が上手くかみ合った結果、レキという強者を抱えた男子チームを総合力と連携能力で見事に勝利した。
男子チームにはハンデがあったのは確かだが、それはレキ一人だけ。
他は全員が全力で挑んだ。
魔術に関しては無詠唱魔術を使えるか否かという差があったが、言うなればそれは鍛錬が足りていないだけだ。
実際、この試合では元々使えていたレキやフラン達以外に、なんとファラスアルムが無詠唱で魔術を放っている。
森人の癖に一系統しか扱えない落ちこぼれと称され、劣等感を抱き逃げるようにここフロイオニア学園にやってきたファラスアルム。
学園で出会ったフラン達と共に過ごす内、彼女達に置いていかれたくないと必死に努力した成果だった。
祝祭日の休暇中、フィルニイリスを始めとした王国の魔術士団の面々にもいろいろと相談に乗ってもらったのも功を奏したのだろう。
元々ファラスアルムの感じていた劣等感など些末なもので、純人族でありながら無詠唱で魔術を放つ者もいれば、ファラスアルム同様一系統しか扱えないにもかかわらず王国で活躍する魔術士も存在する。
誰もが日々努力を重ね、才能の有無など関係なく自己を高めている。
ファラスアルムもまた、努力をしなければフラン達に置いて行かれてしまうのだ。
初めてできた友人。
そんな彼女達とこれからも共に歩む為、ファラスアルムは己の劣等感と向き合い、そして努力を続けたのである。
「やはりフラン様とミームを放っておくのは・・・」
「だが二人の相手をするのは・・・」
「ユミだって強ぇぜ?」
「むぅ」
ファラスアルムだけが努力していたわけではない。
だが、もともと強い劣等感を抱いていたファラスアルムは、己を変えたくて必死だった。
今回はその成果が出たという事だ。
「いっそのことレキを突っ込ませるってのは?」
「それでは何も変わらないだろう」
「むぅ」
そんなファラスアルムの成長もあり、レキ有する男子チームに勝利したフラン達。
一方、負けた男子チームは先ほどの試合を振り返っていた。
実力で劣り、更には連携で負けた男子チーム。
以前ならファラスアルムなど戦力外だっただろう。
だが、後方支援として有用となったファラスアルムを加えた女子チームには、穴らしい穴が無くなっていた。
反面、男子チームは前衛と遊撃ばかりで後衛がいない。
後方支援を行うのはガージュくらいで、そのガージュは無詠唱で魔術を放つ事が出来ないでいる。
レキは出来るが、レキを後方支援に回すという選択肢など考えられない。
実力で負けている以上、今回のようにレキが二~三人の相手をしなければ早々に負けるだけだ。
レキを突っ込ませて二~三人の相手をしてもらうか、レキを中衛に配置して突っ込んでくる二~三人の相手をさせるか。
結局はレキ頼りな男子チームなのであった。
「勝てはしましたが、次は難しいかもしれませんね」
「そう?」
女子チームも先程の試合を振り返っていた。
「レキ様が魔術中心で戦われれば、間違いなく対処しきれませんから」
「うむ、レキの魔術は強いからのう」
「あんまり強い魔術は使っちゃダメなんだよね?」
「で、でもレキ様の魔術は範囲も広ければ速さも・・・」
今回は勝てたが、次はどうか分からない。
何せ相手チームにはレキがいるのだ。
たった一発の魔術、あるいは剣の一振りを受ければ敗北は必至。
余裕など欠片もない。
「せめて二人で対応出来れば・・・」
「あたしとフランで持たせるしかないんじゃない?」
「ルミには指示してもらわねばのう」
「あたしはガドかカルクの相手で精いっぱいだよ?」
「わ、私はもう少し魔術を頑張ります」
個々の実力はレキを除けば女子が上。
連携に至っては一年生のレベルを遥かに上回っている。
だが、そこに甘んじてしまえば次は負けるかも知れない。
何故なら、先ほどの試合時間切れによる判定で勝利はしたがレキを倒した訳では無いのだから。
「次は完璧に勝つのじゃ!」
「お~!」
「うん!」
「はい」
「は、はい」
「レキになら負けても仕方ない」
そんな事をフラン達は考えない。
フランはレキと共に歩む為、ルミニアはレキを支える為。
ユミは強くなった自分を見せる為に、ミームはそれこそレキに勝つ為に。
そんなみんなに置いて行かれぬよう、ファラスアルムも頑張っている。
そんなこんなで、最上位クラスは誰もが武闘祭に向けて必死に頑張っていた。
あのファラスアルムでさえ、フラン達の仲間として全力を尽くすつもりだ。
――――――――――
授業が終わればいつもの通り寮での鍛錬が待っている。
今までも十分真面目に行っていた中庭の鍛錬だが、武闘祭の話があってからはより一層鍛錬に身が入るようになった。
だがそれは、他のクラスも同じなようで・・・。
「うわぁ~・・・」
武闘祭が控えているとあってか、中庭で鍛錬をする者が格段に増えていた。
なお、以前のようにレキに手合わせを挑む者は今のところ現れていない。
理由はもちろん武闘祭。
要するに、この場にいる者は全員がライバルなのだ。
手の内を晒すのを控え、戦うのは武闘祭までに取っておき、今は己の実力を伸ばす事に専念しているのだろう。
どん欲に己の実力を伸ばしたいと望むのであれば、レキや己より強い者に挑み、稽古をつけてもらった方が効率が良い。
ついでにライバルであるレキの実力も把握出来るかも知れない。
もっとも、それで理解できるのはレキと己との間に広がる絶望的なまでの実力差なのだろうが。
「ま、適当でいいんじゃね?」
「そうよ、別に空いてないわけじゃないんだし」
「見たところそれほど派手にやっているわけでもなさそうだしな」
「む」
中庭で鍛錬をする生徒達。
そのほとんどがが素振りや軽い手合わせのみで、本格的な模擬戦や連携訓練を行っている生徒はいない。
学園側に止められているからだ。
指導者のいないところで模擬戦を行い、怪我でもされればそれは学園側の監督責任となってしまう。
ちょっとした不注意で怪我をしかねず、魔術を使えば被害は周囲にも及ぶだろう。
その為、寮で行える鍛錬は素振りか型稽古、軽い手合わせのみだと厳命されているのだ。
「・・・そうなの?」
「はい」
今まで、レキ達はそれなりにしっかりと打ち合いをしていた。
改めてルミニアから説明をされ、「あれっ?」とレキが首を傾げた。
その後ろでは、ミームとカルクも同じように首を傾げている。
レキ達は入学して以来ほぼ毎日のように中庭で鍛錬している。
それも、目の前で行われているような軽いものではなく、それなりにしっかりとした鍛錬をだ。
「治癒魔術が扱える人と、指南役がいれば大丈夫だそうですよ」
「・・・あっ!
って事は」
「はい」
そんなレキ達の疑問に答えるように、ルミニアが説明を加えた。
治癒魔術の使える者、そして指南役。
そのどちらも当てはまるのが、他ならぬレキである。
レキがいれば本格的な模擬戦も中庭を目いっぱい使っての連携訓練も出来る。
何かあればレキが止め、怪我をすればレキが治癒すれば良い、という事なのだ。
今までさんざん模擬戦などを行ってきたが、寮母に咎められた事は一度も無かった。
怒られるのは、大抵夜遅くまで騒いていた時などだ。
「それじゃ僕達も鍛錬を始めよっか」
「まずは素振りからだね~」
「基本だな」
「は、はい」
問題が無い事を理解したところで、レキ達もいつもどおり鍛錬を開始した。
こちらは素振りに始まり手合わせと指南、そして模擬戦という流れだ。
チーム戦を行えるほどの広さは無く、武術の鍛錬は良くとも攻性魔術は禁止されている為、授業ほどの連携訓練は出来ないだろう。
それでもこうしてレキ直々に鍛えてもらえる機会を逃すわけにはいかない。
他クラスと違い、最上位クラスの生徒達は全員がレキの実力を嫌というほど理解しており、今更レキとの手合わせを拒む者はいない。
武闘祭までの間少しでも強くなる為、全員がレキに稽古をつけてもらうつもりだ。
フランやルミニア、ミームにカルクの四人に至ってはレキに勝つ事を諦めていないのだから。
武闘祭まであと二十日。
一年生のやる気は高く、故に時間はあっという間に過ぎていった。




