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黄金の双剣士  作者: ひろよし
十一章:学園~レキと学園の子供たち~
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第238話:怠慢がもたらした報い

「少しは手加減をだな・・・」

「いえ、十分されてますよ?」


試合を見ていたアランが頭を抱えた。


試合が始まったと同時、一瞬で懐に入ったレキが一撃でぶっ飛ばしてしまった。

完膚なきまで叩きのめして欲しかったとはいえ、あれでは何が起きたか理解できず、足を滑らしただの開始の合図の前に攻撃しただの、あるいは魔術を使っただのと言いがかりをつけかねない。

見る者が見れば手に持つ剣でぶっ飛ばした事が分かるのだが、それはある程度の実力があっての事。

レキは身体強化すら用いず、手加減に手加減を重ねた一撃を見舞っているのだが、それを理解できる者がこの場に何人いるやら・・・。


「なっ、何が・・・」

「おい、今のは・・・」


案の定理解できなかったのだろう、対戦相手の子供が頭を押さえながら起き上がった。

手加減が功を奏したのか、軽く地面に打ちつけただけで意識を失うような事は無かったらしい。


その子供に駆け寄る貴族が一人・・・おそらくは親なのだろう。

子供を支えるようにしながら、武舞台上のレキを睨みつけている。


「あ~・・・やはりだめか」

「情報収集能力に難ありですね」


出来る事ならこのまますごすごと退散して欲しかった。

子供ならともかく、親ならレキの素性を知っていて貰いたかったとも思う。


この場に集う貴族の中にはレキを知る者も多いはず。

息子の晴れ舞台(?)である。

親なら相手が何者なのか気にならないはずは無い。

にもかかわらず調べようとしなかったのは、周囲にレキを知る者がいなかったからか、あるいは息子の実力を過信した親ばか故か。

まあ、周囲に尋ねるより先に試合が終わってしまったという可能性も無くは無いが。


二年前の御前試合の時にはいなかったのであろう貴族で、それから二年もの間レキの事を詳しく知ろうともしなかったという事は確かだ。

それは同時に、自国の王女たるフランが危機に陥った事も知らず、その王女の恩人の話を聞こうともしなかった末端の貴族という事でもある。


にも関わらず子供があれほど偉そうなのは、まぁ教育の失敗なのだろう。


「い、いや・・・だから僕は」

「ふ~ん?」


二年前の光の祝祭日の宴の日。

自分は世界で一番偉いのだと勘違いし、一応王族だからとそれなりに下手に出ては見たものの、その王族たるフランは自分の事など欠片も知らず袖にされた経験をしているガージュ。

武舞台の外で父親にすがる生徒の姿を見て、昔の自分を思い出したのだろうか。

それでも否定するのは今の自分は昔とは違うのだという思いからか、あるいはいくら何でもあそこまで愚かでは無かったはずと思いたいからか。


「き、貴様、私の息子に!」


ミームのじとっとした目線から逃れるガージュをよそに、倒された子供の代わりにその親が抗議を始めた。

愛する(馬鹿)息子に剣を振るったレキに対し、貴族の身分を笠に着て文句をつけているのだろう。


武器は模擬戦用に用意された木剣。

防具こそ身に付けていないものの、十二分に手加減された一撃では骨折すらしていないはず。

事実、相手は武舞台から落とされた際に軽く頭を打っただけで、怪我一つ無くぴんぴんしている。


「その武器を見せろっ!」

「えっ、うん」

「・・・。

 そ、そうだ、身体強化だ。

 身体強化していただろう!

 卑怯だぞっ!」

「えっ、してないよ?」

「うそだっ!

 身体強化もせず息子があれほど飛ばされるなどありえん!」


騎士団の中隊長ミリス立会いの下、大勢の観衆が見守る中で行われた模擬戦である。

一方的だったとはいえ反則行為など出来るはずがない。

仮に反則していたのであれば、ミリスを始めとした騎士団やフィルニイリス率いる魔術士団が指摘するからだ。


それでも貴族の親は対等の勝負だと認めず、武器やら身体強化やらとレキの粗を見つけようとしている。

なお、身体強化に関してはむしろ相手の方が施すつもりだったりする。

間に合わずレキにぶっ飛ばされたわけだが、仮に間に合っていたとしても結果は変わらなかっただろう。


「そこのおん・・・ミリス殿」

「はい」

「そこのガキは何かおかしな事してなかっただろうな?」

「はい。

 レキは何も」

「ほんとうだな?」

「はい」


レキは知らずともミリスは知っていたらしい。

それでも己の立場を盾に、あくまで貴族としてミリスを問い詰めるも、当然ミリスからは何ら有益な台詞など得られるはずもない。


「そもそもレキの実力は私はおろかガレム団長をも上回っています。

 あなたのご子息が敵う相手ではありませんよ」

「はっ?」

「魔の森のオーガを倒したレキです。

 手加減しなければあなたのご子息もそのオーガと同じ運命を辿っていたでしょう」

「い、いや、何を」


それどころか自分の知らないレキの強さを教えられ、動揺し始めた。

先ほどのレキの動き、与えられた情報に頭が混乱しているようだ。


「ご存知ではありませんか?

 二年前の事件を。

 フラン王女殿下の危機を救った幼き英雄の話を」

「二年前・・・っ!?」

「王国最強の騎士を下し、魔術士団に無詠唱魔術を授けた」

「あ、あれはただの噂話では」


さすがに王女たるフランの窮地は、レキの事を知らぬ貴族でも知っていたようだ。


各地で野盗の被害が増大している中、フランまでもがその被害に遭った。

当然、各領地を治める貴族にはその情報が周知されている。

ただフランが襲われたという話だけではなく、当然その顛末までも。


すなわち、魔の森に逃げ込んだフランをレキという少年が救い、王都まで送り届けたという話だ。


末端まで情報が行き届かなかったとはいえ、「フラン王女を救った少年」の存在ならこの国の貴族なら誰でも知っている。

もちろんその実力についてもだ。

レキの存在は、本人が思っている以上にこの国に広く伝わっているのである。

貴族の親が気付かなかった、いやこの場合思い出せなかったと言うべきだろうか。

その理由は単に、この貴族の領地はそれほど野盗の被害に遭っておらず、もたらされた情報を気にしていなかったからだろう。


「それが彼です」

「そ・・・そんな」


加えてミリスに言われるまで思い出せなかったのは、存在は知られていても姿までは伝わっていなかったから。


それでも、フラン王女やルミニア公爵令嬢と懇意にし、朝から王宮騎士団と鍛錬を共にする少年というだけでも、ただの子供ではないと分かったはず。

学園での言動は知らずとも、王宮での行動を見ていれば分かる事だ。

にも拘わらず平民というただそれだけの理由で見下した結果がこれである。


自分達が誰に挑み、そして難癖をつけようとしたか。

親の方はようやく理解したらしい。

さすがにこれ以上醜態を晒す訳にもいかなかったのだろう、顔を青ざめたまま息子の手を引いて王宮から出て行った。


――――――――――


「くそっ、あの平民め。

 フラン様の恩人だからと言ってデカい顔しやがってっ!

 あんな奴フラン様やルミニア様がいなければ・・・」


親は理解したが子供は違った。

父親に手を引かれて王宮を出た子供は、宿の部屋で盛大に文句を吐き出していた。


平民でありながらフラン王女やルミニア公爵令嬢と仲が良かったり、剣姫ミリスの弟子だったり、宮廷魔術士長フィルニイリスに無詠唱を教えたりと、誰もが羨む立場にいるレキだが、それは全てレキ自身の功績によるものだ。

功績に対して正しく評価し報酬を与えるのが国王の務めであり、今のレキの厚遇に意見があるなら文句はレキではなく国王に言うべきである。


今回の件に関しても、そもそもレキに模擬戦を挑んだのはこの少年であり、負けた後で文句をつけたのはその親である。

勝負は極めて公平なもので、ただ実力差がありすぎただけの話。

格上の者が格下の者に勝負を挑み弄んだのであれば問題視する事も出来ただろうが、今回は格下の少年が実力差も知らずに格上のレキに挑んだのだ。

レキはただ胸を貸しただけである。


レキに悪い点など何もなく、その一部始終を王族たるアランとフランを始め多くの貴族達が見ている。

勝負の公平さを証言する者は多く、勝負を挑んだ事や決着がついた後で文句を付けた事、さらには王家の恩人たるレキを軽んじた事など、今回は明らかに貴族の親子側の方が問題である。

かろうじて親は理解し引き下がったが、子供はそうもいかず、こうして宿で鬱憤を発散しているのだ。


「学園に戻ったら何としてもあいつに吠え面をかかせてやる。

 取り巻きどもを使ってもだ。

 何としても奴を蹴落としてやらねば・・・」


一応、実力では敵わない事だけは理解したのだろう。

一対一では勝てずとも複数で挑めば勝算はあると考えている辺り、完全には理解出来ていないようだ。

仮に、少年の実力がゴブリン並であったとした場合、レキなら剣の一振りで首を跳ね飛ばせる。

その少年が100人集まったところで結果は同じ。

100の首が飛ぶだけだ。


ついでに言えば、彼が自分の取り巻きだと思っている生徒は、実際はただ同じクラスに所属しているだけの生徒でしかなく、当然この少年の命令に従う義理もなければ従うつもりもない。

たまたまレキを平民としか知らず、平民なら見下してもいいだろうという残念な思考が似ているだけの集団なのだ。


レキの素性を知った後で、どれだけの子供が彼と行動を共にするやら。

むしろ彼を見限りレキの方にすり寄る可能性すらある。


「まずは宴だ。

 あいつは参加しないだろうから盛大に自慢してやる。

 奴の悔しがる顔が目に浮かぶようだ」


そうとは知らない少年は、学園に戻る前からレキに一泡吹かせようとあれこれ我策し始めた。


王宮で行われる宴は、流石に誰でも参加できるわけではない。

まずフロイオニア王国の貴族とその子供達。

参加する貴族と縁のある者や、貴族並みに力のある商人なども参加出来る。


例えばそう・・・フランやルミニアの恩人であり国王の庇護下にいるレキとか。

今回はフランやルミニアの学友であるユミ、ミーム、ファラスアルムも王女フランに招待されたという形で参加するが、レキは招かれずとも初めから参加する資格を有している。

二年前、王宮で暮らすようになってから毎年参加しているのだ。

レキの参加資格など今更問う必要もない。


レキが参加すると知れば、この少年はどんな顔をするのだろうか。


それを知る事は、残念ながらできないようだ。


「ち、父上。

 何故領地へ戻らねばならないのですかっ!」

「馬鹿者っ!

 王家の恩人たるレキ殿を平民と罵り、己が実力も顧みず騎士団の鍛錬に乱入、一方的に勝負を挑みあっけなく敗北。

 これだけの事をしでかしておいて宴になど参加できるかっ!」

「そ、そんな。

 でもあいつは宴にいないのでしょう?

 だったら俺たちが参加しても・・・」

「王家の恩人たるレキ殿が宴に参加しないはずなかろう!

 むしろフラン様の護衛として宴の席でも御傍におられるはずだっ!」

「なっ!

 へ、平民のくせに・・・」


少年は、宴に参加する事なく領地へ戻っていった。

レキの功績や立場を知ってしまえば、普通の貴族ならレキを下に見る事など出来るはずも無い。

王族の恩人という事は、すなわち王家に仕える貴族にとっても恩人である。

その恩人に牙を向くような真似が許されるはずも無いのだ。


少年の親はその点を理解したらしく、これ以上失態を増やさぬよう早々に王都を立ち去る決断をした。

子供を連れて行くのは当然。

祝祭日の休暇の間はおとなしく領地で過ごすよう、首に縄を付けてでも連れ帰る所存である。


なお、今回の件はあくまで子供同士の諍いとして、軽く注意するだけで終わった。


事の発端、原因が学園生活での出来事にあり、王子アランの提案による正式な模擬戦での決着と、その後レキの正体を知った貴族の親が子供の非を全面的に認めたのが功を奏したのだ。

もちろん注意を受けた事に変わりはなく、すなわち次は無いと言われたようなものだが。

それを理解し、領地へと引き返す決断をした親と、それが理解できず学園に戻ってからの復讐を心に誓う子供。

この親子が今後どうなるか、それは誰にも分らない。

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