第237話:貴族としての怠慢
翌日も、宴に参加する貴族達は続々と王都へと集まってきた。
王宮へと登城し、国王や王宮にいる貴族に挨拶をする貴族もちらほらと出ている。
そんな当主に連れられて王宮へと入った子供達の中には、レキ達と同い年の子供も当然いた。
「あっ、あいつは!?」
「ん?」
レキの功績はその名前と共に貴族社会に広まっている。
だが、全ての貴族やその子供が把握しているかと言えばそうではない。
そもそも当時八歳の子供が魔の森のオーガを倒しただとか、公爵家の娘を誘拐犯から救っただとか言われて、素直に信じられる者などそうはいない。
学園寮の中庭でさんざん手合わせをし、一瞬で敗北した生徒であってもそれは同じ。
学園に来る前から王宮で騎士団と共に鍛錬を積んでいただとか、騎士団長を毎日のようにぶっ飛ばしていたとか言われても、作り話としか思えなかったのだろう。
「騎士団に親でもいるのか?」
レキの事情を詳しく知るルミニアも、あえて説明をしない。
そもそもが王族や公爵家がかかわる話である。
知らなかったでは済まされない事など貴族社会には多すぎる。
貴族であればその辺りの情報など当たり前に把握しておくべきであり、知らないなら知らないで伝手を使って調べるべきだろう。
そんな、貴族として怠慢な彼らに対し、公爵家の娘であるルミニアがわざわざ教えてあげる義理など無い。
教えて欲しいのであれば、向こうから頭を下げて請わねばならないのだ。
いくら学園が爵位にとらわれず皆平等に学ぶ場だとしても、教えて欲しければ頭を下げてお願いするのは人として最低限の礼儀だろう。
「まあいい。
平民が参加出来るなら俺達だって参加出来るだろう」
レキの素性を知らない彼等は、相変わらずレキがただの平民であると疑わず、この場にいるのも何らかの伝手があるのだと考えた。
確かにレキは平民で、この場にいるのも「フランを救った事」で伝手を得たからだが、その伝手が国王である事など想像すら出来ないのだろう。
精々が騎士団の中に知り合いか親兄弟がいるのだと考え、鍛錬場にいるのも祝祭日の宴の為半ば開かれた状態である王宮に伝手を使って潜り込み、知り合いに頼んで鍛錬に参加しているに違いないと考えたのだ。
そして彼等は、自分達の方が身分が上である事を理由に、そのまま鍛錬場へと乱入した。
「おい平民!」
「ん?」
「代われ!」
「??」
武舞台上では、レキが騎士の一人が向き合っていた。
祝祭日の宴に参加すべく王宮へと戻ってきたレキは、相変わらず脳筋騎士団から引っ張りだこだった。
初日に王子アランを吹き飛ばした場面を見た彼ら騎士団は、レキが相変わらずだと笑みを浮かべ翌日から順にレキと手合わせを行っている。
そんな騎士達を無視し、レキを平民だと言ってどけようとした生徒。
「彼らは?」
「ん~・・・」
騎士からの問いかけに何と答えようかとレキが首を傾げる。
相手は中庭での鍛錬中に乱入して来てはぶっ飛ばしている生徒。
知らないわけではないが、友人と言うほど親しくは無い。
名前すら知らない以上、もはや他人と言っても良いかも知れない。
「誰か、団長を連れてこい」
「ミリス隊長でもいいぞ」
答えに困っているレキの様子に、騎士団が動き出した。
王家の、引いては国の、そして騎士団の恩人であるレキをただの平民扱いする子供。
今すぐにでも望みどおりに手合わせを行い、鍛錬と称してぼこぼこにしたい気持ちはあれど、相手が貴族の子供である以上下手な対応は出来ない。
祝祭日の宴を前にして、王宮騎士団が余計な騒動を起こすわけにもいかないのだ。
相手が貴族の子供である事は分かっても、家名や爵位までは分からない。
騎士団の誰もが知らないところを見れば、おそらくは末端の貴族なのかも知れない。
それでも平民出身の多い騎士団が手を出せば、あるいは騎士団全体の責任にもなりかねないのだ。
「なんだこの騒ぎは?」
「んにゃ?
レキが揉めてるのか?」
「いえ、おそらくレキ様に絡んでいるだけかと」
「あっ!
あいついつものっ!」
騒動の中、アランとフラン、更にはルミニアとミームまでやってきた。
全員、騎士団の鍛錬に参加する為である。
「ふむ、なるほど・・・」
やってきたアランは、ひとまずレキや騎士団から事情を聞いた。
アランも彼等を知らないようだが、学園での出来事に加え今回の話を聞けばある程度は推測できる。
自分を差し置いて憧れの騎士団と鍛錬したのが許せず、嫉妬からレキに突っかかった、といったところだろう。
「どうする?」
「なに、レキが相手してやれば良いではないか」
「えっ、いいの?」
「うむ、一度やれば静かになるだろう」
ならば話は早い。
レキを差し置いて騎士団と手合わせがしたいのであれば、まずは実力を見せてもらわなければならない。
王国騎士が稽古を付けるに足る実力だと分かれば、誰も文句は言わないはずだ。
レキと戦わせ、勝ったら鍛錬に参加する事を許可し、負けたら追い返せばいい。
ただ、学園でも何度か相手しているだけあって、彼らが一度や二度では懲りない事をレキは知っている。
ルミニアが対処したにもかかわらず、まるで彼女の目を盗むかのように突っかかってきたくらいなのだ。
「この場には私達がいる。
騎士団も、それに他の貴族達もな。
これだけの観衆の中で倒されれば少しは懲りるだろう」
寮の中庭と違い、この場には学生以外にも貴族や騎士など大勢の見物人がいる。
そんな中でコテンパンに叩きのめされれば、少なくとももう二度と騎士団の鍛錬に割り込もうとは思わないはずだと、アランは考えたようだ。
「レキの素性を知らないからこうも高圧的になるのだろう?
ならばレキがコテンパンにした後で素性を教えてやれば、今後は関わろうとは思わないはずだ」
レキの素性を知らないのは彼らの怠慢。
同学年とは言え公爵家のルミニアがわざわざ教えてやる義理は無く、知らない事を恥じるべきだとすらルミニアは考えていた。
だが、アランの考えは違う。
そういった貴族を正しく導いてやるのも王族の務めなのだ。
貴族だろうと平民だろうと、フロイオニア王国の民に変わりはない。
間違ったならば正してやるのが上に立つ者の役割なのである。
「お~・・・」
「なんだ?」
「アランが王子っぽい」
「おいっ!」
今まで、レキはアランの事をフランの事で突っかかってくる妹思いが過ぎる兄としか見ていなかった。
だが、道中のフランがいない時のアランもそうだが、王族としての自覚が芽生えたのかも知れない。
今のアランはレキの知るアランとはもはや別人のように頼もしかった。
アランも王族としての教育を受けている。
フランさえ絡まなければ実に優秀な、フロイオニア王国王子の肩書にふさわしい人物なのだ。
そんなアランの提案により、レキとどこぞの貴族の子供達との模擬戦が急遽行われる事になった。
見物人はフロイオニア王子アラン、同じく王女フラン、イオシス公爵家子女ルミニア、同級生のミーム。
騎士団長ガレムを始めとしたフロイオニア王国騎士団。
騒ぎを聞きつけてやってきた宮廷魔術士長フィルニイリス以下王国魔術士団の面々。
フィルニイリスに連れられてやってきた同級生ファラスアルム。
更にはレキと手合わせすべくやってきたニアデル=イオシス公爵。
イオシス公爵をここまで案内してきたリーニャと、リーニャの手伝いをしていたサリアミルニスとユミ。
同じく騒ぎを聞きつけたユーリと、ユーリに引きずられるようにしてやってきたガージュ。
そして、宴に参加すべく王宮へとやってきた貴族達。
レキと貴族の子供達との模擬戦は、見世物のようになりつつあった。
――――――――――
「よろしかったのですか?」
「ん、何がだ?」
着々と準備が整う中、ルミニアがアランにこっそりと尋ねる。
「これほど大事にして、後で陛下に怒られても知りませんよ」
「何、レキの実力を改めて見せつける良い機会だ」
レキの実力は貴族社会に広まっているが、それも十分では無い。
今回の騒動も原因はそこにあると言って良いだろう。
ならば、ここらで今一度レキの実力を見せつける事で、今後起こりえる不測の事態を極力回避しようとアランは考えてもいた。
「これほどの観衆の中で負ければさすがに難癖もつけられまい」
「はぁ・・・」
ついでに、身の程知らずな貴族の子供に大恥をかいてもらおうというのも。
貴族は面子を保とうとする。
寮の中庭で行われた手合わせであれば、正式な試合ではない事もあってうやむやに出来るだろう。
だが、これほどの場を用意され、王族を始めとした観衆の中で敗北したのであれば、誤魔化しようもない。
貴族の子供が平民の子供に難癖をつけ、大勢の観衆が見守る中で行われた模擬戦での敗北。
それを恥とするなら、初めから試合を申し込まねば良かったのだ。
学園で見知った間柄であればなおさら。
レキが最上位クラスの生徒だと知っているなら、実力など確かめるまでも無い。
「まぁ、あくまでこの場での話だがな」
「それは学園に戻った後の話でしょうか?」
「ああ。
本来ならかかわりを持たないよう過ごすだろうが、まだ子供だからな。
余計に突っかかってくる可能性も無くはない」
「それでは意味がないのじゃ」
「そこはほら。
親もいることだしな」
当人が納得できずともその親なら理解するだろう。
理解し、そして子供に言い聞かせるはず。
レキの存在を知る者は多く、今更ではあるが情報を求めればいくらでも得られるのだ。
王女と公爵家子女の恩人にして騎士団長をも超える強者。
国王の庇護下にあり、王女の護衛でもある少年。
そんな相手に難癖をつけ、勝てもしない勝負を何度も吹っ掛けたとあれば、親と言えども擁護しきれるものではない。
学園内での出来事で済んでいればまだ良かったが、多くの観衆の中で起こしてしまえば言い逃れも出来ないのだ。
万が一、レキに勝利する事が出来ればこれほどの名誉は無いのだろうが。
「さて、そろそろ良いか?」
「うん!」
「ああ!」
武舞台上では、準備が整ったらしい両者が向かい合い睨み合って(?)いた。
立会人を務めるのはミリス。
剣姫と称され、騎士団の中隊長を務める彼女であれば審判も公平に行ってくれるだろうという信頼と、ついでにレキの師匠なのだからレキ関連の揉め事はミリスに任せてしまおうという騎士団の思惑が重なった結果である。
レキの相手となる少年。
リーニャに確認したところ、相手は辺境に住む男爵家の次男らしい。
長男がそれなりに優秀で、ほぼ間違いなく後を継ぐ事は無いであろう彼は、だからこそ実力で己の存在を示したかったのかもしれない。
貴族としての教育を中途半端に受けたのか、傲慢さを隠そうともしない彼の姿は、まるで出会った当初のガージュのようだ。
「い、いや。
僕はあれほどではなかったはずだ・・・」
「そう?」
折角だからとユーリに誘われたガージュ。
否定はするものの声に力は無く、隣に立つミームが首を傾げた。
おそらくは思い出したのだろう、学園に来る前の自分を。
それを恥と思える辺り、ガージュもあの頃とは違うのだ。
「では、始めっ!」
「いく「ていっ!」ぞあっ!」
「それまでっ!」
そんなガージュも見守る中、レキととある生徒との模擬戦が始まり、そして終わった。
相変わらずの瞬殺であった。
生徒相手に全力は出さなかったらしく、生徒は武舞台の外へとゆっくり舞うように飛んで行った
これがガレムであれば、遠慮なく鍛錬場を囲う壁まで吹き飛んでいただろう。




