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黄金の双剣士  作者: ひろよし
一章:森の出会い
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第23話:森の外へ

「はい、おはようございますレキ君」

「ああ、おはようレキ」

「・・・へへ~」


レキの挨拶にリーニャとミリスが応える。

挨拶が返ってきた事に、レキが喜びをかみしめた。


「う~ん、上手に焼けたのじゃ~・・・」

「ん~・・・」


隣からは、レキの挨拶に反応したのか、フランの寝言が聞こえてくる。

昨日の食事の支度を夢で思い返しているのだろうか。

実際に焼いたのはリーニャだが、夢の中ではフランもお手伝いしているようだ。


反対側にはフィルニイリス。

こちらはレキの声がうるさかったのか、腕にしがみつく力を強め、さらには顔をレキの胸に押し付けた。


そんな二人の反応も、今日のレキには嬉しいだけ。

昨日まで、レキはたった一人で寝起きしていた。

おはようを言う相手もウォルフ達と両親の墓だけで、ウォルフ達は反応はすれどおはようを返してはくれないし、両親の墓は何も語らない。

フラン達の反応、その一つ一つがレキにはたまらなく嬉しかった。


幸せで、嬉しくて、それが今日からずっと続くという事実に、レキはなんだか寝ているのがもったいなく感じてしまった。

起きてくれない両サイドの二人。

その温もりも幸せだが、出来ればちゃんとおしゃべりしたい。

だからレキは、全身に力をこめてもう一度言うのだ。


「おっはよっ!」


と。


「うにゃっぶ!」

「あぅっぶ!」


二人を腕にしがみつかせたまま、レキが思いっきり飛び起きた。

そんな事をすればどうなるか、しがみついていた二人が驚きつつも床に顔をぶつけた。

布団代わりに敷いた毛皮のおかげか、おでこをぶつけてもさほど痛みは無かったようだ。

少々間の抜けた声を漏らし、おでこを抑えながら二人が起床する。

何が起きたか分からず周囲をキョロキョロする二人に、レキは笑顔で「朝だよっ」と告げた。


「ほら、フラン様もフィルニイリス様も、レキ君と一緒に顔を洗ってきてください」

「食事をしたら準備をして出発しよう。

 なるべく早く森を抜けねば、すぐ夜になってしまうからな」


既に起きていたリーニャとミリスも、レキの行動を咎める事なくむしろよくやったと言わんばかりに二人を催促する。

朝日が昇って間もない時刻だが、急ぐに越した事はない。

ここは魔の森。

この小屋は安全だが、森を抜けるまで油断は出来ないのだ。


「うにゃ・・・分かったのじゃ。

 フィル」

「了解。

 "青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ、我が手に集え"、"ルエ"」


そんなミリスの言葉を理解したのか、眠たそうな目をこすりつつ、それでも起きようとフランがフィルニイリスに催促した。

フランに名を呼ばれたフィルニイリスが呪文を唱える。

すると、フィルニイリスの手の平の上に水の塊が現れた。


「うわあっ!

 それも魔術?」

「そう」


青系統の基本的な魔術、ルエ

魔力により水を生み出す、昨日使用した赤系統の基本魔術であるエドと対を成す魔術だ。

大気中の水分を集めて生み出された魔術の水は、主に飲み水や傷口の洗浄などに用いられる。


差し出された水球をフランが受け取り、眠たそうな顔を突っ込む。

フィルニイリス特性、目覚めの顔洗いであった。。


「ねえ、俺もっ!」

「うん。

 "青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ、我が手に集え"、"ルエ"」

「お~!」


水は常に竈の傍に用意されている。

レキが毎日近くの川へ汲みに行っている為、切らす事は無い。

はっきりいって魔力の無駄遣い以外何物でもないのだが、寝起きの悪いフランを起こすにはこの方法が最も早いらしい。


ついでに、魔術をあまり知らないレキの好奇心をくすぐるのにも持ってこいだった。


「~ぷはあっ!

 ありがと、フィル」

「どういたしまして」


フィルニイリスの生み出した水でレキも顔を洗った。

残った水はフィルニイリスが小屋の外へと捨てる。

魔術で生み出した水は術者の支配下に置かれる為、水球の状態でその場に固定する事も、生み出した後どこかへ飛ばす事も自由自在なのだ。


最も、それはフィルニイリスだから出来る事で、未熟な魔術士なら水を生み出す事は出来ても球状のまま手の平の上に留めるのは難しかったりする。

例えばこれが初級魔術ならば、生み出した水球をそのままの状態で飛ばす事は出来るだろう。

ルエ・ボールと呼ばれる魔術は、魔術で生み出した水球を対象にぶつけ、攻撃する魔術だからだ。

水球を生み出し、そのまま対象に飛ばすまでが初級魔術であり、詠唱やイメージで保管される。

だが、基本魔術で生み出さした水を操作するのは、ある程度熟練した魔力操作が必要なのだ。


それをフィルニイリスは寝ぼけた頭で容易く行う。

宮廷魔術士の名は伊達では無いのだ。


「俺にも出来る?」

「もちろん、私が手取り足取り教える」

「やったっ!」


だからと言ってそれを純粋な少年の勧誘に使うのはどうかと思うが・・・。


「レキ君、フィルニイリス様。

 魔術のお勉強は後にして、まずはお食事を済ませて下さい」

「「は~い」」


今すぐにでも教わりたいレキと、今の内少しでもレキの関心を引いておきたいフィルニイリス。

そんな二人にリーニャが釘を刺した。

何度も言うが、本日はやる事が多いのだ。

魔術の勉強をしている暇はない。


「まったく・・・ふふっ」


リーニャに釘を刺され、仲良く返事をしたレキとフィルニイリス。

何とも呑気なやり取りに、釘を刺したリーニャも思わず笑みを漏らした。


ここが魔の森とは思えない、実に平和な光景だった。


――――――――――


昨夜同様賑やかな食事が終わり、一行はいよいよ森を抜けるべく準備にとりかかった。

とはいえやる事などほとんどない。

持っていく物もレキが提供してくれた魔物の素材くらい。

他の持ち物はすべて馬車の中に置きざりのまま、今頃はゴブリンか、襲撃してきた野盗が有難く頂いている事だろう。


それ以外の物、主に外套や鎧と言った物を、三人はこの小屋へ置いていく事にした。

王家の紋章の入った外套、王国騎士団の鎧、宮廷魔術士のローブ。

「なんで?」と聞くレキに、リーニャは「外套は森を移動するのに不便ですから」といい、ミリスは「エラスまでの移動を考えれば鎧は負担が多い」と返した。

フィルニイリスに至っては「邪魔」としか言わなかった。

純粋なレキは「ふ~ん」と納得したようだが、もちろんそれは建前だった。


「私達を追ってきた野盗がどこに根を張っているか分からない。

 私達の正体は極力隠した方がいい」


というフィルニイリスの提案に、リーニャとミリスが賛同した結果である。

それは、たとえエラスの街へたどり着いても安全ではないという事でもあった。


なお、フランは王家を示す物を何も持っていなかった。

ドレスすら「動きづらいのじゃ」と言ってまともに着ようとしない少女である。

下手に持たせてもどこかに置き忘れるのがオチだろう。


今回の旅行に持ってきた物もあるが、それらも全て馬車の中。

といっても、フランの持ち物など動きづらいドレスとフィサスの街で購入したお土産のお菓子ぐらい。

遠いフィサスの街でしか買えない美味しい焼き菓子。

魔の森のゴブリンが美味しく頂いたに違いない。


代わりと言っては何だが、レキが新たに提供したのは干し肉だった。

魔の森の魔物の肉で作ったというレキお手製の物である。


昨日も夕食までの繋ぎとして有難く頂いた干し肉を、エラスの街までの食料にする為持っていく事にしたのだ。


「えっとね、これはゴブリンの肉で、こっちが・・・」


昨日も見せてもらった干し肉の山。

美味しそうなオーク肉、硬そうなオーガ肉、独特の臭みのあるオウルベアの肉。

更には黒くてとても食べられそうにないゴブリンの肉など、それこそ食べる為というより趣味で作ったとしか思えない肉まで様々だった。


「ゴブリンの肉がこんなに・・・」

「だっていっぱい倒したし」

「いや、倒したからと言ってだな・・・」


魔物の肉にも食べられる物と食べられない物がある。

ゴブリンの肉は不味く毒もある。

普通は狩っても埋めるか焼却するか。

森なら他の魔物が食べてくれるだろうが、それをレキは干し肉にしていた。


「レキ君は食べたのですか?」

「うん、でも美味しくなかった・・・」


竜をも殺す毒草を平気で食べるレキでも、不味い物は不味いらしい。

作ったのは興味本位と、ウォルフ達は平気で食べるらしいので彼らのおやつ替わりである。


他の魔物の肉はゴブリンの肉ほど不味くはなく、味で言えばオーク、ソードボア、ついでオウルベア辺りが美味しい。

フォレストウルフやオーガの肉はあまり美味しくないそうだ。


森を出れば平原が続く。

まともに狩りが出来るとは思えず、レキが提供してくれる干し肉は非常にありがたかった。

量も十分で、この分なら街に着くまで狩りをする必要は無いだろう。


これで野菜でもあれば・・・と思うリーニャだが、野菜と聞いてレキが小屋の畑に行こうとしたので慌てて止めた。

リーニャ達一般人は竜殺しの毒草などとてもではないが食べる事が出来ない。

野菜は街に着いたら存分に摂りますから、とこの場はごまかし、準備を続けるリーニャだった。


――――――――――


レキが集めていた魔物の素材とレキが作った干し肉、そして小屋の書庫にあった様々な書物。

それらをレキが解体した魔物の毛皮で包めば、一行の準備は完了した。


「父さん、母さん。

 俺ね、この森を出るんだ。

 みんなが一緒に行こうって言ってくれたから、王都へ行くんだよ。

 すごいでしょ?

 王都ってどんな場所かな?

 父さんと母さんは行ったことあるんだよね?

 俺もすっごい楽しみなんだ」


小屋のすぐ傍にそびえ立つ大木。

他の木に比べても劣らない大きさの木は、ほんの三年前まではただの杖だった。

レキの母親が生前使用していた形見の杖。

世界樹の枝より作られたというその杖は、魔術士の杖としては最高峰の物である。

なんでも・・・レキの父親が初めて母親に贈った、何よりも大切な杖らしい。


村が襲われたあの日、母親はその杖を片手にレキを連れ出した。

父親に貰った何よりも大切な杖。

それは父親の愛情の証であった。

その杖で、母親は最後までレキを守り抜いた。

二人の愛が、レキを守ったのだ。


杖は父親の形見の剣を包み込むように成長し、今は大木となって小屋の傍にそびえ立っている。

あと数年もすれば更に大きく成長し、世界樹の名にふさわしい大樹となるだろう。

レキとともに成長してきた木を見ながら、レキはその大木へ旅立ちと別れの挨拶を告げていた。


「また来るから。

 ちゃんとお墓参りしに来るかね。

 父さん、母さん・・・行ってきます」


王都までは約半月、往復なら一月は森を離れる事になる。

王都に滞在する事を考えれば、再び森に戻ってくるのはいつになるか分からない。

幸い両親の墓は墓という名の大木であり、手入れなど全く必要としていない。

それに、ここにはレキの代わりに墓を守ってくれる友人、ウォルフ達もいる。

何の憂いも無く、レキは旅立てるのだ。


もはや第二の故郷とも言えるこの小屋。

物心着いてからの期間で言えばこの小屋で過ごした年月のほうが長い。

当然、後ろ髪引かれる思いは強いが。


「レキ君」

「レキ」


レキの心にこの場所への未練は無かった。

あるのは明日への希望、まだ見ぬ物への憧れ、そして・・・


「うん」


この森で出会った、新たなる仲間達。


「行こう!」


振り返り、レキを見守る四人に力強く返事をする。

目指すはこの森の外、そして王都。

フラン達の帰る場所にして、レキの生まれて初めての旅の目的地。


まだ見ぬ王都へ向け、レキの旅が始まろうとしていた。


――――――――――


「うお~、速いのじゃ~!」

「お~!」


森の中を、四頭のシルバーウルフが駆けた。

レキとフラン、そしてフィルニイリスを乗せたウォルフと、ミリスとリーニャを乗せたシロ。

その後ろからはレキ達の荷物を背負った子狼のギンローとギンコが続いた。


馬よりも速い速度で駆けるウォルンに乗り、フランがご機嫌な様子ではしゃいでいる。

オーガの威圧により意識を失っていた為、これが初めての体験である。

リーニャと違い、フランに恐がる様子は無かった。


フランの機嫌が移ったのか、彼女を乗せるウォルフもご機嫌だった。

その速さはまさに疾風。

森の外を目指し、風のごとく森を駆ける。


ウォルフの背に乗りながら、フランは無邪気にはしゃぎ、レキもまたそんなフランと一緒にはしゃいでいた。

フィルニイリスはフィルニイリスで、レキの背にしがみつきながらもウォルフの速度に興味津々の様子である。

流石にこの速度で走るウォルフの上で余計な真似など出来るはずもないが、昨日ぶりなレキの背中にしがみつきつつ、高速で過ぎていく魔の森の景色をしっかりと目に焼き付けていた。


シロに乗るリーニャとミリスはというと、こちらは昨日も乗っていた事もあってか幾分慣れた様子である。

馬の扱いに長けているミリスと、何事も器用にこなすリーニャ。

毛皮のせいか馬より快適なシロの乗り心地をそれなりに堪能していた。


「森の外までどのくらいなのじゃ!?」

「う~ん・・・あと二時間くらい?」

「もともと二時間くらいと言っていなかった?」

「ちょっとゆっくり走ってるみたい」

「そう」


鐙も鞍も無い狼上(?)である。

いくら深い毛皮に覆われえいるとは言え、万が一という事もありえる。

その懸念は、ウォルフ達の気遣いによってなくなったようだ。


ゆっくり走っているとはいえ、それでも馬より速いのは単純にウォルフ達が優れた個体だからだろう。

馬より多少揺れるが、その分馬より座り心地が良いのも、何もかもウォルフ達だからだ。

あまりの快適さに、今後は馬の代わりにフォレストウルフを・・・などと考えてしまうフィルニイリスである。

シロに乗るミリスもまた、同じ事を考えていたりする。


ウォルフ達は順調に駆けた。

この森でも最強に近いウォルフ達に襲いかかる魔物などそうはおらず、いたとしてもウォルフ達の速度に追いつける魔物などいない為、一行は安全かつ迅速に移動する事ができた。


ウォルフ達の背に揺られる事およそ三時間。


「あっ、見えてきた」

「ん、何がじゃ?」

「外っ!」

「おおっ!」


一行は森の出口へとたどり着いた。


「う~む、何やら久しぶりな気がするのう」

「ふふっ、本当にいろいろありましたからね」


視界を遮るもののない広々とした景色。

空を見れば、そこには木々の葉ではなく青空が広がっている。


「よく生きて出られたものだな」

「レキのおかげ」

「へへ~」


ウォルフ達の背から降りた一行は今、森の中と外の境界に立っていた。

後ろには、レキ達を見守るかのようにウォルフ達が並んでいる。

あと一歩足を踏み出せば、そこは外の世界。

フランたちには昨日ぶりの、レキにとっては・・・。


森の外へ出られなかった訳ではない。

出る必要が無かっただけだ。


それでも毎日森の中にいれば、森の外を見たくなる事もある。

そんな時は、少しだけ足を伸ばして森と外との境界線辺りまでやってくるのだ。

そこから外の景色を堪能し、そして森の中へと戻った。

森の外には何もなく、森の中には小屋と、両親の墓があるからだ。


今は違う。

森の外を目指す理由があり、森を出る必要がある。

何より、レキの隣には仲間がいた。


「・・・よし」


三年前、野盗の襲撃によって何もかもを失い、逃げ延びたこの森で生きてきた少年レキ。

父親の願いと母親との約束、それだけを胸にこの森で生きてきた少年は、共にいたいと思える人達に出会い、そして今日、その人達と共に旅立つ。


「・・・へへっ」

「ん、なんじゃ?」

「・・・なんでもない」

「変なレキじゃのう」


何度も見た森の外の景色も、今日はなんだかいつもと違って見えた。

空の青さも、風の匂いも、ここから見える何もかもが光輝いているようだった。

その理由は分からないが、それでもコレだけははっきりとしている。


今は一人じゃない。


いつもは一人て見ていた景色を、今日はみんなと見ている。

ただそれだけの事なのに、それがとても嬉しくて、思わず笑顔になってしまった。


手を繋ぎぎながらレキを見るフランは、そんなレキの様子に首を傾げた。

その後ろでは、そんな二人をにこやかに見守るリーニャ達がいた。


そして・・・


「ウォン!」


後ろから、今まで共に過ごしてきた友達の声が聞こえた。

森で出会い、今日まで共に生きてきたレキの大切な友達であるウォルフ達。

彼らがいなければ、レキは孤独のままでいただろう。

他者の温もりを忘れ、言葉すら忘れ、ただ森の中で生き続けるだけの、魔物の様な存在になっていたかも知れない。


そういう意味では、レキは彼らに救われていたのだ。

シルバーウルフとレキ、種族は違えど彼らは確かに友達なのだ。


「・・・行ってくる!!」

「ウォン!」


何もかもを失い、孤独のままに魔の森で生きてきた少年レキ。

第二の故郷と友人達に別れを告げ、新たに出会った仲間達と共に、レキは今日、新たなる一歩を踏み出した。

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