第228話:ルミニアの誤算
その日の夕方はいつもどおり中庭で鍛錬を行った。
念の為、昨日同様あらかじめ順番を決めておいたルミニアだが、見学者こそ多かったものの他クラスの生徒が割り込んでくるような事は無かった。
手合わせではなく稽古に楽しみを見出したミームが張り切りすぎて多少長めに行い、フランやカルクがずるいなどと騒ぎ出したりはしたが、問題と言えばその程度だった。
翌日以降、早朝はレキの自主鍛錬に数名の生徒が付き合い、その後ミームと稽古を、夕方は最上位クラスの生徒達だけで稽古を行うという日がしばらく続き、このまま何事もなく過ぎていくかに思えたのだが。
「勝負だっ!」
何事も、そう上手くはいかないらしい。
他クラスの生徒達が乱入しなくなって十日ほど。
早朝の自主鍛錬に参加していた他クラスの生徒が、倒れる事なく最後まで鍛錬についてこれるようになった頃だった。
それまで参加(乱入)してこなかった例の生徒達が、ミームが来るより先に現れたのだ。
夕方を避けたのはルミニアがいるからだろうか。
この時間に来たのも、レキの自主鍛錬が終わり、ミームが来るまでのわずかな時間を狙っての事だろう。
実のところ、早朝のレキ達を彼らはこっそり見ていたのだ。
レキはその事に気付いていたが、ただ見ているだけだったので特に気にしていなかったのである。
「えっと、もうすぐミーム来るんだけど」
「それまでには終わる」
「う~ん・・・分かった」
ミームが来たら騒ぐだろう事はレキにも分かっている。
だが、彼らとの手合わせならそれほど時間もかからないだろう。
夕方と違い、ここ最近の早朝鍛錬ではミームとしか手合わせをしていない。
以前はカルクもほぼ毎日参加していたが、最近ではその頻度が何故か減っていた。
もしかしたら、ギリギリまで眠れる事に味を占めてしまったのかも知れない。
授業や夕方の鍛錬では張り切っているので、強くなりたいという気持ちは無くなってはいないはずだ。
ミーム以外の参加者は、倒れる事は無くなっても手合わせできるほどの余力は無く、今の状況をただ見ている事しかしない。
乱入してきた生徒達がレキに勝てるなど微塵も思っておらず、ミームが来るまでの暇つぶしにはちょうど良いとすら考えたようだ。
見学している生徒達の予想は、ある意味正解で、ある意味不正解だった。
「えいっ!」
「ぐはっ!」
正解だったのはレキに勝てるはずもないという点。
乱入してきた生徒達は八名。
おそらくは高位の貴族の子供とその取り巻きなのだろう。
最初に挑んできた生徒をレキが一瞬で倒すと、敵討ちだと言わんばかりに次から次へと攻めてきてはレキに倒されていった。
不正解だったのは、ミームが来るまで持たなかったという点。
まるで十日ほど前の早朝に戻ったかのような光景に、見ている生徒達はただ呆れるしかなかった。
そして・・・
「・・・ナニコレ?」
中庭へとやってきたミームが、彼等が初めて乱入してきた日と同じ言葉を呟いた。
――――――――――
最近では、レキも中庭で倒れる生徒はそのまま放置するようになった。
下手に起こし、再戦を挑まれても困るからだ。
ミームに相談した結果「ほっとけば?」と言われた為、従う事にしたのだ。
再び乱入された件を、レキとミームは朝食の場でみんなに報告した。
十日ほど前と大体同じ内容な為、ルミニア以外の面々は「またか」とか「懲りないなぁ」と言った感想だったが、ルミニアだけは一人悔し気な表情をしていた。
「・・・私の予想が甘かったのでしょうか?」
てっきりレキに挑むのは諦めたとばかり考えていたルミニアである。
まさか、自分が見学をしない日を狙って挑んでくるなど、まるで自分の考えが見透かされていた気がして、机の下で思わず拳を握りしめた。
実際、彼らは微塵も諦めていなかった。
ただ、今の自分達ではレキに敵わないからと、乱入しなかった間こっそり特訓をしていたのだ。
鍛錬できる場所は何も中庭だけではない。
寮の裏手、建物で見えなくなっている場所にも鍛錬できる程度のスペースがあり、彼等はそこで鍛錬していたのである。
武術の授業もそれまで以上に真剣に取り組み、早朝や夕方もレキ達とは違う場所で一生懸命頑張っていた彼等ではあったが、指南役もいない状況での特訓などたかがしれていた。
彼等に出来る鍛錬など、素振りと手合わせ、ただそれだけ。
それでも彼らなりに一生懸命特訓し、それなりに自信がついたらしい彼らは、僅か十日間の特訓の成果を見せるべくレキに挑み、そして返り討ちにあったのである。
それが本日だったのは偶然ではない。
挑もうとして、だが昨日はミームに加えてルミニアまで中庭にいた為、日を改めただけの話なのだ。
そうとは知らないルミニアは、明日もまたレキの鍛錬を見守ろうと決意をした。
――――――――――
翌日、中庭に彼等の姿は無かった。
昨日の今日でレキには敵わないと知った彼らが、再び秘密(?)特訓を始めたのである。
その程度の鍛錬でレキに敵うはずもないのだが、それを理解できないのはレキが一撃で終わらせてしまうからだろう。
手合わせ前のレキの自主鍛錬をしっかりと見ていれば、自分達との格の違いが少しは理解できたかもしれない。
あるいは彼等との手合わせの後に行われる、ミームとの稽古を見れば気付ける事も多かっただろう。
だが、彼等がレキとの絶望的なまでの実力差に気付くのは、当分先の話であった。
――――――――――
結局、彼等が次に中庭へやってきたのは更に十日ほど過ぎてからだった。
それは奇しくも、ルミニアが「もう大丈夫でしょう」と中庭に出てくるのをやめた翌日の事であった。
まるで自分の行動が見透かされているようで、ルミニアが再び悔しそうな顔をしていた。
今回に限っては、彼らの更なる秘密(?)特訓が終わったのが十日後だったというだけの話。
終わった、というか十日も頑張ったのだから次は勝てるはずだと考えた末の乱入。
結果は言うまでもない。
十日程度で何かが変わるはずもなく、全員一撃で終わった。
真面目にやれば確かに十日でも実力は伸びるだろう。
何かきっかけでもあれば、それこそ爆発的に成長する事もある。
ただ、彼らは一撃でやられたにもかかわらず、レキと自分達とにそれほど差があるとは思っていなかった。
むしろ、貴族の子供である自分達の方が血筋という点で優れており、才能もあるはずだと考えていた。
いかに血筋が優れていようともそれと才能の有無は関係ない。
仮に才能があっても努力しなければ実力は身に着かず、実力が無ければ才能など何の意味もない宝の持ち腐れなのだが、彼らは血筋にこそ才能は宿り、才能があれば何もしなくとも実力は身に付くと考えていた。
フランやルミニアという学園でも最上位の爵位を持つ生徒を見れば、確かに血筋に優れる者ほど相応の実力を兼ね備えていると言えるのかも知れない。
だがそれは、彼女達が血筋に負けないよう日々努力しているからであり、さらに言えば優れた血筋の者には相応に優れた指導者が付く場合が多く、そんな指導者の下で日々鍛錬を重ねた結果でもある。
フランとルミニアに限れば、そこにレキという強者が加わる事で、最上位クラスの中でもレキに次ぐ実力を持つに至ったのだ。
そうとは知らない彼等は、フランやルミニアが強いのは血筋のせいであると考え、同じく高位の貴族たる自分達も相応の実力を持っているはずだと勘違いしていた。
レキに負けたのはその実力が発揮できなかった為(?)で、秘密(?)特訓はその実力を出し切る為の訓練だった。
そして、あえなく返り討ちにあった彼等は、再び秘密(?)特訓を重ねた。
彼等以外の生徒達も相変わらずだったが、流石に一月もレキの鍛錬に付き合えば多少なりとも体力はついてくる。
遅れてやってくるミームとレキとの稽古、それを気を失う事なく最後まで見学できる程度には、余力も残っていた。
レキと共に汗を流す者、時折中庭に来てはレキに手合わせを挑む者と、違いはあれど野外演習前には無かった他クラスとの交流。
それを快く思わない者もいるが、レキ本人はむしろ彼等の乱入を歓迎している。
同じ人との鍛錬ばかりでは新鮮味が無く、それは戦いの中での予想外な事態への対処が出来なくなる恐れがあるのだと、以前ミリスに言われたからだ。
反面、彼らの乱入によってレキとの手合わせの時間が減る事や、自分達の都合ばかり優先しようとする彼等の行動に、ミームやルミニアなどは明らかに不満を抱いていた。
「レキ様が良いとおっしゃるのでしたら・・・」とルミニアは渋々認め、ミームは「あたしとももっと稽古しなさいよっ!」と憤慨した。
暦は赤の月から真紅の月を経て、間もなく白の月を迎えようとしていた。
――――――――――
この世界では、真紅の月を一年の終わりとし、翌月の白の月から新しい一年が始まる。
その真紅の月と白の月の間に設けられたのが、一年の始まりとされる光の祝祭日だ。
この日の前後十五日は学園も休みとなり、可能ならば実家に戻る事も許可されている。
なお、高位の貴族とその子供の多くは、光の祝祭日に王宮で行われる新年の宴に参加すべく王宮へと集まるのが毎年の習わしであった。
王宮に住んでいた頃のレキも毎年この宴に参加していたが、さすがに今年は無いだろうと勝手に思っていた。
というかすっかり忘れていた。
「レキ様、王宮へ戻る準備は出来ていますか?」
「へっ?」
ルミニアにそう言われ、思い出すと同時に今年もあるんだと少しばかり驚いたレキである。
――――――――――
ガタゴトと揺れる馬車の中、レキ達は仲良く座っていた。
「父上と母上は元気かのう」
「陛下も王妃様もお変わりありませんよ」
馬車の中は穏やかな時間が流れていた。
迎えに来ていたリーニャの隣に座るフランは、楽し気におしゃべりをしている。
「レキ様も宴には参加されるのですよね?」
「ん、ん~・・・」
「レキはフランの護衛。
宴だろうと一緒にいるべき」
「そっか~」
宴の料理は楽しみだが、それまでに行われる挨拶やらなんやらは退屈で苦手だった。
出来れば途中から参加したいなどと思うのだが、さすがにそれは許されないらしい。
「苦行に耐えてこそのご褒美です」とレキに言ったのはリーニャかサリアミルニスか・・・。
毎年父親と共に宴に参加するルミニアは、そんなレキやフランと一緒に過ごせるこの宴を楽しみにしていた。
学園では常に一緒にいるのだが、それとこれとはやはり違うらしい。
宴で着る衣装などもルミニアにとっては楽しみの一つで、「ひらひらして動き辛いのじゃ」などと女らしさの欠片もないフランとは大違いである。
レキは意外にも宴の衣装を気に入っているらしい。
王族用の煌びやかなだけの衣装ではなく、専属護衛用に誂えた格好の良い衣装だからだろう。
ルミニア曰く「レキ様の宴衣装は実にお似合いで格好良いです」との事。
レキの姿を見るのもルミニアの楽しみの一つだった。
「領主様元気かな~」
「手紙は出されたのですよね?」
「うん!」
そんなフラン達に誘われ、今年はユミも王宮へと同行していた。
ユミは貴族ではないが、宴に参加する貴族の中にはユミが母子共々お世話になっているエラス領の領主も参加する予定である。
そんな領主のお世話係として、侍女見習いであったユミも王宮に招かれたのだ。
レキ付きの侍女であったサリアミルニスとも、ユミは侍女繋がりで仲良くなっている。
今は王宮侍女の業務内容についてあれこれと教わっているところだ。
「・・・なんであたしまで」
「わ、私もその・・・」
そんな中、馬車の中で身の置き所に困っているのがミームとファラスアルムの二人である。
二人もユミ同様貴族ではなく、そもそもが他種族、獣人と森人である。
光の祝祭日は世界共通ではあるものの、その過ごし方は国や種族、あるいは身分によって異なる。
そもそもフロイオニア王宮の宴に参加できるのはフロイオニア王国の貴族かその関係者だけであり、ミームとファラスアルムにとっては無縁な世界のはずなのだ。
「ミームもファラもわらわ達の友人じゃ。
問題ない」
「「え~・・・」」
フランにとってはミームもファラスアルムも大切な友人である。
彼女達を放って自分達だけが宴を楽しむなどあってはならないのだ。
「父上と母上にも紹介したいしのう」
「「えぇ~・・・」」
学園で出来た友人、それも他種族の友人となれば両親に紹介せざるを得ない。
というか自慢したい。
というフランの思いにより、彼女達は半ば強引に連れてこられたのである。
因みに、同じ王族でありフランの兄であるアラン=イオニア。
彼もまたフロイオニア学園の生徒であり、学年はフラン達の二つ上である三年生。
当然彼も光の祝祭日の宴には参加する為、フラン達同様学園から王宮へと向かっている最中である。
というか・・・
「ぐぬぬ、フラン・・・」
「アラン様落ち着いて」
「そうですよ。
もうすぐ休憩ですし、その時にでも」
「し、しかし・・・」
フラン達の馬車の後方、同じく学園で知り合い友誼を結んだ者達と共に、王宮へ向かっていたりする。




