第222話:連携訓練~フィルニイリスの実力
「最後にお手本を見せる」
フィルニイリスの話を聞きながら、レキ達は頭を働かせていた。
魔術を使えないミームですら、その魔術士を活かすにはどうすれば良いか一生懸命考えていた。
そんなレキ達に、フィルニイリス自ら手本を示すという。
レキやフラン、ルミニア達のように武術と魔術両方を習っている者達とは違い、フィルニイリスは純粋な魔術士である。
武術も多少こなせるらしいが、それはあくまで自衛の為、最低限だと聞いている。
フィルニイリスは運動はあまり得意ではないはず。
事あるごとにフィルニイリスを背負って(背負わされて)いたレキは良く知っているつもりだった。
「レキ、武舞台に」
「へっ?」
模擬戦の相手としてフィルニイリスが指名したのは、そんなレキだった。
「今から私とレキで模擬戦を行う。
レキは無詠唱。
私は最初は詠唱魔術を、次に無詠唱魔術でレキと戦う」
詠唱魔術を使えない、正しくは呪文を知らない(覚えていない)レキは当然無詠唱。
対するフィルニイリスは、前半は従来の詠唱魔術を、後半は無詠唱魔術を用いて戦うらしい。
後半はともかく、前半は明らかにレキが有利でありフィルニイリスに勝ち目は無いように思えた。
同じような条件で戦っていたガージュ達は特にだ。
先ほどの模擬戦では、詠唱魔術対無詠唱魔術の戦いも何度か行われている。
結果は全て無詠唱魔術が使える者の勝利で終わった。
前衛がレキであってもそれは変わらず、ほんのわずかな時間でもレキを食い止められれば、その間に魔術を放つ事が出来たのだ。
無詠唱の使い手では一番時間のかかるユミでも、かろうじて放つ事が出来ている。
無詠唱魔術の有用さを改めて理解できた手合わせだったと言えるだろう。
そんな無詠唱魔術の使い手の中で、最も早く魔術を行使できるレキを相手に、フィルニイリスが詠唱魔術で戦う。
フィルニイリスの魔術行使速度は高く、詠唱しても無詠唱のユミより速いほどだ。
それでもレキの無詠唱魔術より速いと言うことは無い。
同じ無詠唱で魔術を行使した場合ですら、若干レキの方が速いくらいなのだ。
有り余る魔力を元に、半ば強引に魔術を放ててしまうレキ。
先ほどの模擬戦同様、宮廷魔術士と言えど無詠唱魔術には勝てないと言う、無詠唱魔術の有用さを見せつける為のものなのだろうか。
ルミニアとガージュの二人はそう考えた。
その他の者は模擬戦の意図が良く分からないまま、とりあえず観戦する事にした。
「じゃあ始める。
ルミニア、合図を」
「あ、はい。」
「・・・はじめっ!」
フィルニイリスに指名されたルミニアが、一呼吸置いた後に合図を出す。
「ていっ!」
「・・・あまい」
すかさずレキが魔術を放つ。
放たれたのは緑系統の初級魔術リム・ボール
他の系統と違い、風には色も形もない。
塊として打ち出してはいるものの、基本的に緑系統の魔術は目視できないのだ。
にもかかわらず、フィルニイリスはレキの魔術を軽々とかわした。
「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ"」
「もう一回っ!」
「"我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち払え"」
更にレキが魔術を放つ。
今度もフィルニイリスは難なく、先ほどよりも少ない動きでレキの魔術をかわす。
しかも、先ほどレキ達に説明した通り呪文の詠唱をしながら。
「もういっ」
「"ルエ・ボール"」
そしてフィルニイリスが魔術を放った。
レキが三度目の魔術を放つより先に、青系統の初級魔術ルエ・ボールがレキめがけて真っ直ぐに飛んでいく。
こちらは誰の目にも見える水の塊である。
ルミニアやファラスアルムが放つ同魔術より速く、水の塊が狙い過たずレキへと飛んでいく。
「わっと」
「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ"」
さすがは身体能力も秀でているレキである。
フィルニイリスの放つ高速の水球を難なくかわしてみせた。
とはいえ、レキも魔術を放つ寸前だったのか、体勢こそ崩れなかったが集中力は大いに乱されたようだ。
「"我が手に集いて立ちはだかりしモノを討ち払え"、"リム・ボール"」
「あてっ!」
その一瞬の隙を付き、再び魔術が放たれる。
レキと同じ、緑系統初級魔術リム・ボール。
他の魔術より速度に優れる緑系統は、目視できないという特徴と合わせて非常に避けにくい。
通常ならその秀でた身体能力でかわしてみせるレキも、魔術行使の速さと隙を突かれた事、加えて放たれた魔術が目視出来なかった事もあり、まともに食らってしまった。
『お、おぉ~!』
レキとフィルニイリスの模擬戦、その初戦は皆の予想を裏切り詠唱魔術を使ったフィルニイリスの勝利で終わった。
――――――――――
「じゃあ次」
勝利の余韻に浸る事なく、二戦目へと移行する。
詠唱魔術対無詠唱魔術という、明らかに不利な勝負であるにも関わらず見事勝利を収めたフィルニイリス。
魔術の発動時間といい放たれた魔術の威力といい、どれをとってもフィルニイリスに勝ち目など無かったはずである。
それは、先ほどまで模擬戦を繰り返していた生徒達が良く分かっていた。
その生徒の中で圧倒的な強さを誇るレキがあっさりと負けた。
生徒達の驚きは思いのほか大きかった。
「次は勝つっ!」
「まだまだレキには負けない」
なお、当の本人達はこの結果を当然のごとく受け入れていた。
レキにとってフィルニイリスは魔術の師匠であり、この世界の事を教えてくれた先生の一人である。
例えレキに有利な条件でもフィルニイリスなら勝ってもおかしくはない。
そういった妙な信頼が、レキとフィルニイリスの間にはあるのだ。
続いて行われた無詠唱での対決。
こちらもフィルニイリスが勝利した。
無詠唱のレキに詠唱魔術で勝ったフィルニイリスである。
ある意味当然の結果と言えるだろう。
ただし、その内容に関しては皆の予想を大きく上回るものではあったが。
「・・・すごいです」
「うむ、さすがフィルじゃ」
「レキ様の魔術をことごとく撃ち落として」
「あんな事出来るんだ」
レキが放つ魔術。
そのことごとくをフィルニイリスは対抗する魔術で撃ち落とした。
レキが緑系統リム・ボールを放てば、フィルニイリスは赤系統エド・ボールで。
レキが青系統ルエ・ボールを放てば、フィルニイリスは黄系統エル・ボールで相殺した。
元々詠唱魔術でも無詠唱並に速いフィルニイリスである。
加えてその膨大な知識と経験により、相手が使用する魔術を即座に理解し、対抗する魔術を放つ事が出来るのだろう。
今回の模擬戦では、レキが放った魔術を即座に看破し、相反する系統の魔術によって撃ち落としたのである。
相反する系統。
赤に対して青というように、魔術にはそれぞれ有利な系統というものが存在する。
その有利系統の魔術をぶつける事で、相手の魔術を打ち消す事が可能なのだ。
お手本のようにそれを実行して見せた今回の模擬戦。
魔術士としての格の違いをこれでもかと見せつけたフィルニイリスだった。
――――――――――
「負けた~」
負けた事は悔しい。
だが、相手がフィルニイリスなら仕方ない。
でも悔しい。
と、武舞台上で寝転がるレキである。
「えいっ」
「わぷっ」
残念ながら今はまだ魔術の授業中。
これが魔力を使い果たし、起き上がれない状態であれば大目に見てもらえたかも知れないが、レキは体力も魔力も規格外に多い。
この程度で消耗しきるはずもない。
フィルニイリスの魔術を受け、レキが慌てて起き上がった。
「詠唱魔術でも経験を積めば無詠唱魔術に勝てる。
何より呪文を詠唱する事で魔力を抑え威力を高める事が出来る。
無詠唱魔術が出来ないからと言って負けるわけでは無いという事」
レキとフィルニイリスの模擬戦。
その初戦は詠唱魔術を用いたフィルニイリスが、無詠唱魔術のレキに勝利した。
「大切なのは魔術の選択と駆け引き。
魔術をわざとそらす、あえて避けさせる事で相手の注意をひき、その隙に攻撃を仕掛ける。
これは集団での戦闘でも有効」
レキの魔術を避けながら魔術を放ったフィルニイリス。
レキが魔術を放つ直前に放たれた魔術は、レキの身体能力すら計算に入れたもの。
だからこそレキは避ける事が出来なかった。
使用した魔術も考えられたものだった。
最初は目視できる青系統、次は不可視かつ速度に優れる緑系統の魔術という順。
どれも、戦闘における駆け引きである。
「無詠唱魔術が使えるからと言って勝てるとは限らない。
魔術の選択次第では後出しでも相手の魔術を相殺する事が出来る。
同程度の威力なら打ち勝つ事も出来る」
二戦目、レキの魔術をフィルニイリスは反する系統で相殺した。
本来であれば、相反する系統の魔術なら相殺ではなく打ち勝つはずだった。
勝てなかったのは、レキの魔術がフィルニイリスの魔術の威力を上回ったから。
逆を言えば、膨大な魔力で繰り出されるレキの魔術を、それに劣る魔力で相殺したという事となる。
相性次第では格上の相手を封殺できるという証明でもあった。
「魔術士は常に冷静でいる事。
相手の手を読み、対抗する手段を持っていれば、どんな相手にだって勝てる」
フィルニイリスは今回、基本的に後出しで勝利している。
初戦はレキの魔術を避けつつ相手の隙を作りだし、二戦目はレキが魔術を放った後に反する系統で相殺し続けた。
常に冷静に対処し続ける。
純粋な魔術士であるフィルニイリスらしい勝利であった。
「それとレキ」
「うん?」
「レキの魔術は分かりやすい」
「えっ?」
「詠唱がないから放つ系統は分からない。
でもかざした手の向きと視線でどこに打つのかは分かる。
後は掛け声さえ聞き逃さなければ避ける事は出来る」
「そっか~」
「武術と違い魔術は距離を取る。
気を付けていれば対処は出来る」
「う~ん」
レキへの指導も忘れず、本日の魔術の授業は終了となった。




