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黄金の双剣士  作者: ひろよし
十章:学園~野外演習 後編~
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第211話:森の外での再会

レキが探検に行こうと言い出したのにはいくつか理由があった。


一つは、この場所が本当に安全かどうか確かめる為だ。


一昨日はカルクとミームが危うく命を落としかけ、昨日は更に多くのゴブリンに襲われた。

その際何匹かのゴブリンを撃退しているが、森にはまだ多くのゴブリンが残っている。

そんな危険な森をこの後突っ切らなければならないとあれば、今の内に周辺を調査した方が良いだろう。


今レキ達がいる場所に張られている結界も、実を言えばそれほど完璧なものではない。

魔素を吸収し魔力として放出する事で魔素濃度を下げる事で、魔素を好む魔物を結果的に寄せ付けないというだけの簡易的な結界。

魔素が薄い場所を忌避する魔物が、それでもという強い何かがあれば、ゴブリンは結界内に侵入してくるかも知れないのだ。

例えば、結界内にゴブリンが好む女子供がいれば、嬉々として襲ってくるに違いない。


昼には結界を出て森を移動しなければならない。

結界の外はゴブリンの活動範囲内である。

今のうちに周囲のゴブリンを軽く撃退しておくのは有効なはずだった。


野草やら木の実やらを採取し、食糧の足しにしたいと考えたのも理由の一つだ。


学園から持ってきた食糧には限りがあり、特に野菜や果物と言った保存のきかない物は二日目には食べきってしまっている。

学園からこの森までは平原が続いた為、野草や木の実などが採取できなかったのも切らしてしまった理由である。


今日を入れてあと三日。

その程度の期間野菜を摂取しなかったからと言って影響は無いだろうが、それでもあった方が良いに決まっている。

野菜嫌いのフランですら、昨夜の食事に物足りなさを感じていたくらいなのだ。

フランの為にも食事に彩りを加えたい、そうレキは考えたのだろう。

これにはユミやルミニアも賛同してくれた。


それに・・・。

野外演習の目的は皆でこの場所まで辿り着く事だが、辿り着いて終わりでは少々物足りないというのも理由だった。

これは、先ほどユーリがガージュをからかう際に用いた言葉でもある。


そもそも今回の野外演習の目的は森の湖まで無事に辿り着く事であり、それ以外には特に目的が無い。

森に着いてどうするか、というのはレキ達次第なのだ。


もちろんそれは森にゴブリンがいないという前提の話。

そのゴブリンと対峙させる事もまた目的であり、野外演習としては既に達成されていると言えるだろう。


ルミニアが気付いたというその目的も、今のところは一緒に話を聞いていたユミ以外に気付いた者はいない。

ましてやゴブリンを脅威に感じないレキがその目的に気付く事はないだろう。

レキにとって今回の野外演習はちょっとしたピクニックのようなもので、目的地について終わりでは少々味気なかったのだ。


そういった理由をフランと相談しながら挙げてみた。

最後を除けばそれなりに説得力のあるものだったが、残念ながら却下されてしまった。


安全かどうかなど今更確認するまでも無い。

実際に襲われている以上、安全だなどと言えるはずも無い。

昼には森を抜けるが、ゴブリンと戦う必要が無いのであればやり過ごせば良い。

昨日の戦闘すら、実は必要のない行為だったのだ。

疲れが残っている状態であるなら尚更、不用意な戦闘は避けるべきだろう。


食糧に関しては、単純に「後二日くらい我慢しろ」と言う意見だった。

そもそも演習中に満足な食事を望む方がおかしい。

幸いにして干し肉はまだ大量に余っており、飢えに苦しむ事はないだろう。

野菜だとか果物だとかは学園に戻ってから思う存分食べれば良い。


そういった反対意見を述べたのは主にガージュだった。


ユーリに乗せられ、危うく森の探検隊の一員になりそうだったガージュ。

冒険者志望のカルクやユーリと違い、森にもゴブリン退治にも興味がなく、演習中の食事に贅沢を言うつもりもない。

やるべき事を済ませたならとっとと帰ってひと眠りしたい、というのがガージュの希望である。

まだまだ元気なレキやフランと違い、ガージュは十歳の平均的な体力しか持ち合わせていないのだ。


「え~」と、レキやフランが頬を膨らませた。

行く気になっていたカルクやミームにまでブーブー言われたガージュだが、とりあえず後者の二人には「貴様ら二日前に何をしたかもう忘れたのかっ!」という言葉を投げつける事で黙らせ、残りの者達は皆の後ろを指さす事で黙らせた。


ガージュの指さす方には、プルプル震えながら涙目で何かを懇願するファラスアルムがいた。


――――――――――


満場一致(?)で昼まで休憩する事が決まったとは言え、おとなしくしているかと言えばそうではない。

皆で探検するのがダメならと、レキは一人で森に向かったのだ。


フランが追いかけようとしたが、ルミニアとユミが止めた。


本音を言えばルミニアもユミもレキを追いかけたかったのだが、五人でようやく戦えていた昨日の戦闘を思えば、うかつに森に入るわけにはいかなかった。

フランも昨日の戦闘を持ち出されては黙る他無く、おとなしく森の比較的浅いところで野草やら木の実やらを採取するだけに留めた。

護衛としてミリスが付き添っている為、仮にゴブリンが出てきても問題はないだろう。


ミームもサリアミルニスを共につけて採取に励んだ。

二日連続で皆に迷惑をかけたミームである。

罪滅ぼしか恩返しか、普段はこのような作業は嫌いなミームが人一倍採取に励んだ結果、学園に帰るまでには食べきれないほどの野草が集まった。


「本日の昼食は野草のサラダですね」


サリアミルニスの発言に、野菜嫌いのフランが「採り過ぎたのじゃ・・・」と涙目になっていた。


こういった騒ぎには真っ先に参加するカルクだが、思うところがあったのかレイラスを捕まえていろいろと話をしていた。


一昨日の見張り、昨日の戦闘とまるでいいところのないカルクである。

フィルニイリスにお説教じみた指摘を食らい、大いに考えさせられたのだろう。

どうせなら違う人の意見も聞こうと、今回レイラスに相談したようだ。


他の生徒達もそれぞれおとなしくも思い思いに過ごしている。

ガドは武器の手入れに余念がなく、ユーリはそんなガドの手入れを見学していた。

先ほどまで涙目だったファラスアルムは、同族であり魔術の第一人者であるフィルニイリスにあれこれ教わっていた。


なんだかんだと、皆森を満喫しているようだ。


森に入ったレキはと言えば、こちらはまず近くにいたゴブリンを適当に追い返しつつ、木の実やらを採取した。

ただ遊んでいたわけではないという言い訳の為かも知れない。


あれこれ理由を付けたが、結局のところレキは森を探検したかっただけなのだ。


二年前までは魔の森で過ごしていたレキ。

故郷の村にもすぐ近くに森があり、亡き父親はその森で狩りをしていた。

一度だけだが、レキも父親に連れられて狩りをした事もあった。


だからだろうか。

レキにとって森は特別な場所なのだ。


もちろんこの森は魔の森とも村の森とも違う。

それでもレキは、なんだか懐かしい気持ちでいっぱいだった。


適当にゴブリンを蹴り飛ばし、適当に木の実やらを採取し、気が付けばレキは森の端まで辿り着いていた。


「ん~・・・ん?」


約一日ぶりの森の外で、レキは目いっぱい深呼吸をする。

懐かしい空気を目いっぱい吸い込んだレキが前方に目を向ければ、そこには見知らぬ集団がいた。


「ん~・・・野盗?」


全員武装しているようだった。

先頭に立つ男はとても大柄で、下手をすればフロイオニア王国騎士団長のガレムと同じくらいありそうだ。


武装している集団と言えば騎士団か野盗だろう。

前者ならともかく、後者なら見過ごすわけにはいかない。

森にはフラン達がいるのだ。


レキが戻り、昼食を食べたら森を出て学園に帰る予定である。

もし前方の集団が森の出口で仕掛けてきたら・・・。


最悪の事態を想定し、レキはひとまず前方の集団が何者であるか確認すべく、木の上に立って目を凝らした。


「ん~・・・なんか見た事あるような・・・」


野生児であるレキの視力は並ではない。

だいぶ離れているとはいえ、目を凝らせば前方の集団それぞれの顔まで識別できるのだ。


「・・・あれっ?」


そうして目を凝らしてみれば、集団の先頭に立つ男の顔が何となく見えてきた。

同時に、その身に纏う鎧や手に持つ盾なども。


・・・どこかで見たような鎧と盾。


先頭に立っている男は、レキの良く知るどこぞの騎士団長のように見えた。

というか、体格といい身に纏っている鎧と言い、どう見てもどこぞの騎士団長にしか見えなかった。


更にはその男の隣に立つ、鎧ではなく侍女服を身にまとっている女性にも、レキは見覚えがありすぎた。

いつもフランの傍にいて、レキにいろいろと教えてくれた、魔の森でレキが最初に出会った女性。


「リーニャだっ!」


フラン付きの侍女、リーニャだった。


――――――――――


「リーニャ~」

「レキ君っ!?」

「なにっ!

 レキだとっ!?」


森の外、レキ達が入ってきた方角とはちょうど反対側。

整列する騎士団と、その傍に立つ侍女リーニャを見つけたレキは、笑顔で手を振りながら近づいて行く。


なぜこんなところにいるのか気になったレキは、直接問いただす事にしたのだ。

一月前までは毎日顔を合わせていた人達。

レキにとってはもはや家族同然の存在である。

今更何の遠慮がいるだろうか。


騎士団長ガレムに至っては、毎日のように手合わせをしてきた相手である。

それも向こうから、ひっきりなしにだ。

遠慮する必要など欠片も無いだろう。


「何してるの?」

「レキ君こそここで何を?」

「そうだ、今は野外演習の最中だろう?」

「うん、探け、じゃなくて偵察してた。

 リーニャは?」

「探検ですか・・・」

「ほう・・・」


一応、森の安全確認と木の実の採取いう名目で単独行動していたのだが、実際はただの探検である。


建前というのが時に必要となる事をレキは王宮で学んでいる。

馬鹿正直に発言してはお説教を食らうフランとか、目の前にいるリーニャにお説教をされるどこぞの騎士団長などを見てきたのだ。

子供とは、常に学び成長するものである。


とはいえ、レキの人となりを良く知るリーニャにごまかしなど通じるはずも無い。

ただ、レキの実力も知っている為、あえて咎めようとは思わなかったようだ。

探検だろうと偵察だろうと、レキだけなら何の問題もない。

ついでにゴブリンをある程度間引いてくれるのであれば、フラン達の安全にも繋がる。

総合的に見れば、レキを咎める必要は無いだろう。


ガレムも同じ考えらしい。

そもそも森にはゴブリンしかおらず、周辺にも特に危険はない事を騎士団が確認している。

レキだけなら何も問題はないだろう。


「私たちはここで警戒を行っています」

「おい、リーニャ」

「警戒?

 何を?」

「そうですね、学園の生徒達を狙う不届きな人達を、ですね」

「ふ~ん」

「はぁ・・・」


王国の騎士団がこの場に展開しているのは、野外演習中の生徒を遠くから守る為だった。

見つからぬ様遠巻きに護衛する事で、生徒達は意識する事なく野外演習に集中できるのである。


「学園の生徒には貴族出身の子供も多いですからね

 そんな子供を狙う人達というのは、残念ながらそれなりにいるのですよ」


二年前、フランは野盗に襲われ、ルミニアも王都で人さらいに遭っている。

どちらも二人が高貴な存在である事を知った上での犯行であり、むしろ王族や貴族の娘だから狙われたと言って良い。


学園にはフランとルミニア以外にも多くの貴族の子供達が在籍している。

普段は学園と寮を行き来するだけで人攫いが手を出す隙など無いが、今回の野外演習のように学園の外へ出れば話は変わる。

子供達を狙う絶好の機会となってしまうのだ。


野外演習は毎年決まった時期に行われる為、生徒を狙う連中なら当然のごとく把握しているだろう。

故に、毎年こうして騎士団が警戒に当たっているのだ。


「今年はフラン様もいますし、万が一の事があってはいけませんからね」

「ふ~ん、そっか~」


フランだけではない。

ルミニアもユミもファラスアルムもミームも。

カルクにユーリにガドにガージュ。

学園で共に学ぶ友人達も皆、人攫いからすれば格好の獲物である。


ちなみに、騎士団が周囲を警戒しているという話は、生徒達には当然極秘である。

野外演習の裏の目的である「魔物の脅威をその身をもって知る」事を考えれば、王国の騎士団が周囲の安全を確認してくれているという話は、生徒達が感じる恐怖や不安を大きく和らげてしまうだろう。

何かあっても騎士団が助けてくれるなどと考え、無茶をしてしまう恐れすらあった。


故に、騎士団はあくまで極秘に周囲の警戒をしている。

それをあっさりとレキに告げてしまったリーニャに、ガレムが額に手を当てて嘆息した。


「ふふっ、いいではありませんか。

 レキ君も一応フラン様の護衛なのですから」

「だがなぁ・・・」

「レキ君、この件はフラン様には秘密にしてくださいね」

「うん、分かった!」


リーニャのお願いにレキが元気に頷いた。

リーニャはレキが絶対的に信頼する相手である。

そのリーニャが言うのだからと、あまり深く考えずに了承したのだ。


レキの性格上、こう言っておけばまず大丈夫だという事をリーニャは知っている。

素直な性格であり、約束は守ってくれる子供なのだ。


「あれっ?

 リーニャって宿屋にいるんじゃなかったっけ?」


それはそうと、レキは野外演習の初日にミリスから聞かされた話を思い出した。


生まれてからずっとお世話をしてくれていたリーニャを、フランは姉やもう一人の母親のように慕っている。

そんなリーニャと一月もの間離れ離れになって、フランも内心寂しかったのだろう。

ミリスと一緒にリーニャも来ていて、アデメアの街の宿で待っていると聞かされ、フランはとても喜んでいた。

喜んだのはレキも同じだが、フランの喜びようといったら・・・野外演習そっちのけでリーニャに会おうとしたほどだ。


「王宮の侍女として、ただ宿で待機するなどありえませんよ。

 こちらに来たのも騎士団の皆さまのお世話をする為ですから」

「そうなの?」

「ふふっ、まあフラン様に会う口実として、騎士団のお世話係を受けたのですけどね」

「お、おい」


何の事はない。

リーニャもフランに会いたいが為、騎士団の世話係としてここまでやってきたのだ。


「リーニャ・・・」

「あらっ?

 ちゃんと仕事はしていますが?」

「いや、それはそうだが・・・」

「レキ君はお時間大丈夫ですか?」

「ん~、うん。

 そろそろ帰るね」

「はい、お気をつけて」

「うん!

 団長もまたねっ!」

「あ、あぁ

 息災でな」

「うんっ!」


何か言いたそうなガレムをリーニャが笑顔で封殺する。

名残惜しくはあるものの、あまりこの場にレキを留めるわけにもいかず、森へ戻るよう促した。


学園の卒業生でもあるリーニャは、野外演習の日程も当然把握している。

今日は四日目。

例年ならば昼過ぎまで森の湖で過ごし、夕刻までには森を出なければならない。

道中はゴブリンの襲撃に備える必要がある為、その分足取りは遅くなるだろう。


レキがいればゴブリンごとき何の脅威にもならないだろうが、だからこそレキをフランの傍から離すわけにはいかない。


「アデメアの街の宿で会いましょうね」と約束を交わし、リーニャは森へ帰るレキを見送った。

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