第21話:明日からの事
「ふ~、食べた食べた!
お腹いっぱいじゃ!」
「ふ~、もう食べれないのじゃ」
楽しい食事も終わり、一同は小屋の中でゆっくりとしていた。
「食べてすぐ横になるとオークみたいになりますよ?」
「にゃ!」
満足感から横になろうとしたフランをリーニャが窘める。
ここが魔の森とは思えないほど、いつも道りのやり取りだった。
「さすがにいろいろありすぎた。
今日は早めに寝たほうが良いだろうな」
「そうですね、明日からも大変でしょうし」
「ぬ?
わらわはまだ眠くないぞ」
「寝たほうが良い。
明日からはかなり歩く事になる」
「そうなの?」
魔の森から王都までは約半月ほどかかる。
途中、いくつかの街や村に立ち寄るが、それでも過酷な旅となるだろう。
今は馬車を失っている為、少なくとも次の街までは徒歩で行かねばならないのだ。
日頃から鍛えているミリスはともかく、他の面々は相当辛いだろう。
「まずはエラスへ向かう」
「えらす?」
「街の名前ですよ。
魔の森に一番近い街です」
魔の森の周囲に村は無く、一番近い街でも徒歩で約三日ほどかかる。
以前は魔の森周辺にもいくつかの街や村が点在していたが、ある時期を境に魔の森周辺から人の姿は無くなった。
フラン達は、馬車はおろか食料すらもない状態である。
一番近い街で必要な物を用意する必要があった。
因みに、フラン達がやってきたのはエラスの街とは別の方角にあるフィサスという街。
フランの親友の少女が住む街であり、その少女の父親が領主を務める街でもある。
そこへ行けば領主の協力も得られるのだが・・・。
「野盗が待ち伏せしている可能性が高い。
今の私達では手に余る」
森へ逃げ込む時は、護衛部隊がその身を挺してフラン達の乗る馬車を逃がしてくれた。
だが、今はその護衛部隊も馬車もない。
一人二人くらいなら何とでもなるが、集団で囲まれればレキはともかくフランやリーニャの身が危うい。
万が一を考え、フィサスとは別の方へ向かう必要があった。
「倒しちゃえばいいんじゃない?」
「数が多すぎる。
時間をかければそれだけ姫の危険が増す」
「そっか~」
この森でなら、たとえゴブリン数十匹に囲まれても殲滅できる自信がレキにはあった。
だが相手が野盗となればそうもいかない・・・かも知れない。
野盗の集団と戦った事が無い為、確かな事が言えないのだ。
それでもフィルニイリスの言う通り、フランやリーニャの身を第一に考えれば敢えて危険を冒す必要が無い事は分かった。
「まずこの森を抜けなければいけませんけどね」
「それはレキとウォルフ達に協力してもらう」
「うん」
最初の目的は無事に魔の森を抜ける事。
これに関してはレキとウォルフ達の協力があれば問題は無い。
この小屋へ来た時のように、ウォルフ達の背に乗せてもらえばよいからだ。
自分達で走るより速く、魔物に襲われる心配も無い。
森の主とも呼ばれるシルバーウルフを襲う魔物などそうはいないからだ。
仮に襲われても、レキとウォルフ達がいれば撃退してくれるだろう。
魔素酔いに関しても、レキとウォルフに運んでもらえば問題ない。
小屋の魔石、魔素を吸収し魔力として放出する魔石の影響下から抜けた場合、およそ半日ほどで魔素酔いにかかり、満足に動けなくなってしまう。
だが、それはあくまで人の話。
ウォルフは魔物であり、魔素を取り込みそのまま力とする魔物は、当然ながら魔素酔いにはかからない。
そして、何故かはわからないがレキも魔素酔いになった事が無いらしい。
理由は不明だがそれは利点である。
ウォルフの背に三人が乗り、残る一人はレキが背負えば、移動に半日以上かかったとしても森を抜けられるのだ。
「レキ、森を抜けるのにどのくらいかかる?」
「ん~・・・どっち?」
「北へ」
「だったらえっと、二時間くらい?」
魔の森は大陸のほぼ中央に位置する広大な森である。
その大きさはフロイオニア王国の王都がすっぽり入って余りあるほど。
森の形は歪で、何よりレキ達のいる小屋は森の中央にあるわけでは無い。
当然、方角によって森の外へ出るのにかかる時間は変わる。
今いる小屋から森の外へ抜けるのにもっとも早いのは、フラン達がやって来たフィサスの街方面。
それでもフラン達の足では半日以上かかってしまう。
森の外へ出るだけならそちらの方が早いとはいえ、野盗が待ち伏せしている以上フィサス方面へ抜けるわけには行かなかった。
なお、小屋からエラスの街方面へは一日以上かかる。
その距離を、レキとウォルフは二時間ほどで移動できるらしい。
「レキ君は森の外に出た事があるのですか?」
「うん。
何回かあるよ」
「・・・そのままどこかの街へ行こうとは思わなかったのですか?」
「だって、街がどこにあるか分かんないし。
知ってる人もいないし」
「・・・そう、ですか」
レキに親族はいない。
いたかも知れないが、レキは知らない。
知ってる人など、両親を除けば住んでいた村の人達のみ。
その村も三年前の襲撃で無くなり、今のレキは天涯孤独の身なのだ。
「だから大人になるまで我慢してたんだ」
「なるほど」
下手に森を出ても街へたどり着けるか分からない。
仮にたどり着けても何をどうすればよいか分からない。
頼れる者はおらず、かといって一人で生きていくには幼すぎた。
だからこそ、レキは大人になるまで森で生きていくつもりだった。
冒険者になる為の唯一の資格である、大人になるまで我慢していたのだ。
「うにゃ?
じゃあわらわ達と一緒に行って良かったのか?」
「なんならレキ君が大人になるまで私達でお世話しましょうか?」
「へっ?」
「うむ、レキならいつでも騎士団に入団できるぞ?」
「えっ!?」
「魔術士団も歓迎。
なんなら私の助手でもいい」
「えぇっ!?」
リーニャとミリスは冗談だが、フィルニイリスは半ば本気である。
お城へ着いたら着いたで、また苦労しそうなレキである。
――――――――――
「エラスの街までは問題ないとして・・・」
魔の森を抜けるのはレキとウォルフがいれば問題ない。
森を出てからエラスの街までも、ミリスとフィルニイリスに加えてレキがいればどんな魔物が襲ってきても返り討ちに出来るだろう。
万が一野盗の追っ手が来たとしても、ミリスとフィルニイリスが盾となり、フランとリーニャをレキに託して逃がすつもりだ。
口に出さないが、ミリスとフィルニイリス、そしてリーニャの三人はそう考えている。
「問題は街に着いてからですね」
「うにゃ?
なにか問題でもあるのか?」
「ええ、馬車の手配に必要な物資の調達、宿も探さなければいけないのですが・・・」
「ぶっちゃけ金がない」
「にゃにっ!?」
フラン達の乗っていた馬車は魔の森に突入する際に壊れ、入口付近に放置されたまま。
当然、馬車の中にあった物も全てそのままだ。
お金や着替え、物資など全て馬車の中であり、つまり今のフラン達は一文無しであった。
「少しくらいなら持っていますが、さすがに馬車を購入するほどは・・・」
「私も自分の宿代くらいならあるが・・・」
「私も同じ」
「にゃあ~・・・」
フランは無駄遣いが多いのでリーニャが管理している。
三人が持っているお金を合わせても、残念ながら馬車の購入費用には足りないらしい。
普通に歩く分なら、馬と人はそれほど差は無い。
だが、馬は人より長時間歩き続ける事が出来、また多くの荷物を乗せても速度が変わらない為、長距離の移動に適している。
騎士であるミリスなら一昼夜歩き続ける体力はあるかも知れないが、フランやリーニャにそれを求めるのは酷だろう。
「じゃあ歩いて帰るの?」
「うにゃ!?」
「まあ、最悪はそうなりますね・・・」
「そっか~」
王都までの約半月を歩いて・・・。
フランは当然として、リーニャやフィルニイリスでも少々厳しいだろう。
休みながらの移動では時間もかかる。
少しでも早く王都へ帰還する為には、やはり馬車を手配する必要があった。
なお、仮に馬車を諦めたところでリーニャ達の懐に余裕は無い。
節約を考え宿は低ランク、食事も贅沢は出来ないだろう。
フランが期待していた街での買い食いなどもってのほか。
最低限の物資を購入したら、なるべく早く街を出る必要がある。
お金さえあればのう・・・。
王族であるフランが、我儘ではなく純粋にお金のありがたみを思い知った。
「お金・・・あっ!」
項垂れるフランの横で、レキが何か思いついたのか声を上げた。
「レキ君?」
「魔物の牙とかって売れるんだよね?」
「え、ええまぁ・・・」
「物による。
ゴブリンの牙や爪はせいぜい銅貨10枚。
オーガなら金貨100枚ほど」
「オーガって・・・あっ!」
「おおっ、そうじゃ!」
レキの憧れる冒険者。
彼らは魔物を討伐してはその素材を冒険者ギルドや素材屋に売り、金銭を得ている。
魔物の素材はその種類や部位にもよるが、武具の素材等として重宝されている。
魔物の牙などに含まれる魔素が、金属の結合をより強くするからだ。
魔素を含んだ金属は魔力の通りが良くなるという効果もあり、剣に魔力を通して切れ味を良くしたり、杖に魔力を通して魔術の威力を上げたり出来るのである。
もちろん魔物の素材なら何でも良いという訳ではない。
ゴブリンなどの低ランクな魔物から得られる素材は、含まれる魔素の量も少なく、金属に混ぜてもわずかに硬くなる程度でしかない。
魔力の通りもあまり向上せず、正直無いよりマシと言った程度。
それでも駆け出しの冒険者には重宝される為、素材屋も一応は買い取ってくれる。
オーガほどの魔物であれば、牙や角、爪に含まれる魔素の量も多く、金属に混ぜれば頑丈を通り越して別の金属へと変質する場合すらある。
鉄なら魔鉄、銀なら魔銀、金なら魔金と言ったように、金属は魔素によって上位の金属へと変わる。
上位の魔物の素材には、それほどの魔素が含まれるのだ。
「レキ君が倒したオーガを回収すれば・・・」
「う~ん、もう無いと思う」
「そうですか・・・」
一瞬、これでお金の問題が解決したのだと喜んだリーニャ達だったが、そうやらそう甘くは無いらしい。
フラン達の馬車同様、魔の森に放置された魔物の死骸はほぼ例外なく他の魔物の餌となる。
それは屈強なオーガでも同じで、まさに自然のサイクルと言ったところだ。
「でも爪とか牙ならいっぱいあるよ?」
「にゃ!」
「そ、それは本当ですか?」
「うん!」
落ち込んだところにもたらされる朗報。
レキが魔の森で倒してきた魔物の素材となれば、それはまさに宝の山。
魔物の素材には牙や爪、角のみならず皮膚や毛皮なども存在する。
毛皮は椅子や寝台、衣服などに用いられるほか、鎧の内側に張る事で防御力と着こごちが増し、場合によっては魔術に対する抵抗値も上がる。
オーガの皮膚など、下手な鎧より頑丈なくらいだ。
高位の魔物の素材ならそれだけで金貨100枚の価値がある。
銅貨一枚でパン一つ、一月過ごすのに大体銀貨一枚が必要で、金貨一枚あれば一年は暮らせるだろう。
金貨100枚あれば、馬車を購入してもまだまだ余裕がある。
お金が無ければ低ランクの宿、それすら厳しければ野宿すらと覚悟をしていたリーニャ達に降って湧いた朗報。
贅沢をしたいわけではなく、低ランクの宿や野宿では疲れが取れないのだ。
食事も同様、量もさる事ながら美味しい食事は明日への活力に繋がる。
フランの買い食いはさておき、それなりの宿と食事は理由があっての事なのだ。
「おおっ!
お菓子食べ放題じゃな!」
「食べ放題っ!」
「フラン様、それよりまずレキ君にお願いしなければ」
「うにゃ?」
魔物の牙も爪もレキが狩った物。
当然それらを売却して得た金銭もレキの物。
決してフランの物ではない。
「大丈夫!
みんなで食べよう!」
「「お~!」」
「ちょ、フラン様っ!
フィルニイリス様も乗らないでくださいっ!」
レキがそう言うのならと、遠慮なしに乗り気になるフランとフィルニイリスである。
無遠慮な二人はともかく、お金に余裕が無い以上レキの厚意にすがるしかない。
馬車も買えず、質素な宿に粗末な食事。
このままでは王都へ辿り着けるかすら分からない。
レキのお金は、いわば一行の生命線だった。
「まぁまぁ、折角のレキの厚意なんだ。
有難く受け取ろう」
「ミリス様まで・・・いえ分かってはいるのですが、もう少しですね・・・」
「エラスの街の名物はなんじゃ?」
「エラスは最果ての街。
名物は魔の森の方に作られた高い壁」
「それっておいしいの?」
「おそらくはまずい」
「そっか~」
拒否するという選択肢が無い以上、感謝して受け取るのが当然。
にもかかわらず、礼も言わずにはしゃぐフランとフィルニイリスに、リーニャが頭を抱えた。




