第208話:三日目の見張り~ユミ&ルミニア、フラン&ミーム&ファラスアルム
「そろそろ交代の時間じゃないか?」
「あっ、そうですね」
それから三人で雑談をしつつ、ルミニアとユミは見張りの時間を終えた。
「では私達はこれで」
「ありがとうございましたっ!」
「うむ、ゆっくり休め」
二人の表情は見張りを始めた時より幾分すっきりとしている。
反省すべき点は多く、考えなければならない事も増えたが、その分自分達がしなければならない事が何となく分かったような気がしていた。
ルミニアは指揮官としてあらゆる角度から物事を考えられるように。
ユミは侍女見習い時代に見てた屋敷の使用人達のように、皆に気を配れる者になろうと。
それぞれが成すべき事、その道標が示されたような気がしたのだ。
その後、戦いの疲れもあってかいつも以上に寝起きの悪いフランと、そんなフラン以上に疲れを残すミーム、体力もなく慣れない戦闘で疲れ果てているファラスアルムを何とか起こし、ルミニアとユミは就寝した。
「ふわぁ~・・・うにゃ」
「う~・・・眠い~」
「はふっ・・・はい、眠いです」
「おいおい、そんなので見張りが務まるのか?」
疲労と、中途半端な睡眠時間のせいで眠たそうな目をこすりながら天幕を出る三人を、引き続き見張りを行っているミリスが苦笑交じりに出迎えた。
「うにゃ~、そうは言うても・・・」
「眠いんだから仕方ないじゃない・・・」
「えっと、すいません」
「昼間の戦闘で疲れているのはお前たちだけではないぞ?
見張りだって平等に行うのだろうが」
「うにゃ・・・」
「う~・・・」
「はい」
三者三様の返事に再び苦笑をするミリス。
野外演習も今日で三日目。
加えて昼間は戦闘も行っているが、それはミリス達も同じ事。
もっとも、大人であり騎士として遠征や野営、戦闘にも慣れているミリスと違い、彼女達はまだ子供。
眠たいのも無理は無い。
「大丈夫そうだな」
「うにゃ?」
ミームの様子を、ミリスがそれとなく確認した。
野営に入る際に様子を見ておいてくれとレイラスに頼まれていたが、ミリスも昼間の戦闘で気にはなっていたのだ。
騎士団の中隊長であり、フランやレキの剣術指南役として人を導く立場にいるミリス。
ミームの抱えている問題も何となく察していた。
「何がじゃ?」
「いや、ミーム=ギの事だがな」
「あたし?」
「ああ、昨夜の件を引きずっていないかレイラスが気にしていたが、吹っ切れたようだな」
「うっ・・・」
「ははっ」
罰が悪そうに、ミームが顔を逸らした。
昨夜の件はミームとカルクの失態であり、レキを初めとしてみんなに迷惑をかける結果となった。
本人も死にかけた事で、傷とまではいかずとも心に大きな蟠りが残っていた。
それを抱えたまま昼間の戦闘が発生し、仲間の足を引っ張る結果となって更に迷惑をかけてしまった。
不甲斐なさや悔しさが爆発し、それら全てを目の前の敵、すなわちゴブリンにぶつけたおかげでだいぶ調子を取り戻してはいるが、全てが解消されたわけではない。
「功を焦って無謀な戦いに挑むのは新人騎士にはありがちだ。
それで隊の足を引っ張るのもな」
「うぅ・・・」
ミームのような無謀な若者は騎士団にも現れる。
毎年といっても良いくらいだ。
騎士に憧れ、念願叶って入団したものの、最初は鍛錬や雑用ばかりで鬱憤が溜まるのだろう。
そんな新人騎士を遠征に連れ出せば、余計な面倒ごとを発生させてしまう者がいるのだ。
例えば今回のミーム達のように、森の奥に潜む魔物に不用意に攻撃を仕掛け、余計な戦闘を発生させてしまったり。
例えば街中で酔っ払いに絡み、それが街の冒険者で騎士団とその街の冒険者ギルドの間に余計な軋轢を生じさせたり。
とはいえ、例年起きているせいかミリス達も慣れたもので、大抵は大事になる前に解決している。
ゴブリン程度であれば騎士団で問題なく討伐できるし、酔っ払って暴れる冒険者など大抵ランクの低い者だからだ。
オーガなどの強力な魔物が住む場所へ新人騎士を連れていくはずもなく、高ランクかつ性質の悪い冒険者とはなるべく遭遇しないよう配慮している為、元々大事になりようがないという理由もある。
ミームがやらかした事は新人騎士がやらかした事と同じである。
野営中にゴブリンを見かけ、よせばいいのに手を出して、結果自分が追い込まれて死にかけた。
まさに自業自得としか言いようがない所業であり、生きて戻れただけ良かった。
その根幹にあるのは自身の力に対する過信。
新人騎士や駆け出しの冒険者によくある事だ。
己の力を過信し、ゴブリンごときと侮った結果が昨夜の失態である。
昼間の戦いで足を引っ張ったのは、昨夜の件で自信を無くし、実力を存分に発揮できなかったからだろう。
いつものミームならというルミニアの見立てと、現在のミームの状態に齟齬が発生し、結果チームワークが破綻しかけた。
「侮ったのはルミニアも同じだがな」
「?」
「先ほどルミニアにも言ったが、そもそも戦う必要の無い相手なのだ。
先に手を出したのはこちらだが、ある程度剣を交えたらそのままこの場所まで逃げ込んでも良かったのだぞ」
ゴブリンの脅威は個体の強さではなくその数にある。
例えば二年前、ユミの故郷カランの村を襲ったゴブリンは約百匹ほどだった。
レキが一振りで倒したとはいえ、レキ達がいなければカランの村は滅んでいただろう。
この森にどれほどの数のゴブリンが潜んでいるかは分からないが、だからこそ慎重に挑むべきだったのだ。
仮に百匹のゴブリンがいたとして、レキが片側を受け持ってもまだ五十匹残っている事になる。
その五十匹を相手取るには、今のフラン達では正直荷が重い。
不調のミームや戦いが不得手なファラスアルムまでいるのだ。
下手をすればそのままやられていた可能性もあった。
そもそも戦う必要のない相手である。
下手に迎え撃つより、今いる結界内まで退避すれば良かったのだ。
思いつかなかったのは、ある意味ルミニアの驕りと言えた。
「昨夜ミームとカルクが殺されかけた。
にもかかわらず戦う事を選んだ時点で、ルミニアも十分相手を侮っていたと言えるだろう。
ミームは負けたが皆で力を合わせれば大丈夫と思ったのかも知れんな」
「うにゃ~、難しい事は分からんのじゃ」
「あ、あたしは、負けっぱなしはいやだし」
「えっと、こちらは皆様がいましたので・・・」
フランはあまり難しい事は考えず、基本的にルミニア任せである。
ルミニアが戦うなら自分も、という考えであり、つまりはルミニアを信頼していると言う事。
考えを放棄しているとも言えるが。
ミームは昨夜の件を引きずっていた。
基本負けず嫌いなミームは、殺されかけた恐怖も確かにあったが今度こそはという気持ちの方も無くは無かった。
慣れない連携やら多対一の戦いやらで本来の戦いが出来ず、皆の足を引っ張った。
ルミニアが戦いを選択したのはファラスアルムの考えと同じなのだろう。
数で攻めてくるゴブリンに対し、こちらも数と戦略で対抗すれば倒せるはずだと考え、撤退よりも迎え撃つ事を選んだのだ。
ゴブリンとの戦闘経験もあったからこその選択肢。
森という環境と、レキを除く子供達だけで挑むという状況、更にはミームの精神状態や大半の仲間が初戦闘だったという様々な理由が、ルミニアの計算を狂わせたのである。
「逃げる事は恥ではない。
むしろ目的を考えれば手段の一つだ。
例えば昨夜、ミームは森の奥まで進んだな?
そこでゴブリンの数をある程度把握し、速やかに戻ってくればその情報を元にルミニアが戦術を練れたかもしれん。
あるいは迎え撃つなどという選択をせずに済んだかもな」
「うぅ・・・」
「負けっぱなしが嫌だというなら、次は負けない策を考えるべきだったな」
「う~・・・はい」
昨日の今日で勝てる相手ではない。
少なくとも今のミームの実力では、群れで攻めるゴブリンには勝てないだろう。
だからこそどうすれば良いか考えるべきだったのだ。
ただがむしゃらに挑み、数に翻弄され、仲間の足を引っ張った。
何とも情けない結果に終わったが、それが今のミームの実力である。
――――――――――
「さて、助言はこのくらいにしておこう。
・・・こういうのはレイラスの役目なのだがな」
「うにゃ~・・・」
「う~・・・」
「はぅ~・・・」
そのレイラスからよろしくと頼まれたミリスの助言。
騎士として、戦いに身を置く者としての言葉は、ミームにしっかり届いたようだ。
ちなみに、フィルニイリスは「脳筋の事は脳筋に任せる」などと言っていたが。
「何か聞きたい事はあるか?
見張りをしながらで良ければ答えるぞ?」
「うにゃ?
それじゃ父上や母上は元気か?
城の皆は?
リーニャはちゃんと宿で待ってくれておるか?」
その後は、ルミニア&ユミコンビ同様見張りを続けながらいろいろと話をして過ごした。
フランは主に自分が学園に来てからの王宮の様子を。
ミームは戦いやレキの強さについて。
ファラスアルムは純人族の騎士の暮らしっぷりなどをそれぞれ教わった。
剣姫と称され、フランとレキの剣術指南役であるミリスとの話は、ミームにとって実りのあるものだったに違いない。
フィルニイリスがいれば「さすが脳筋同士」などと揶揄しただろうが。
実際、好戦的な種族である獣人のミームと、脳筋であるガレムを団長に据える騎士団は共通するものがある。
ミリスも、中隊長として隊員に指示は出すものの、どちらかと言えば考えるのは苦手としている。
頭脳でフィルニイリスに敵わないと理解している為か、基本的な指揮はフィルニイリスに一任しているのだ。
フィルニイリスもそれは理解しており、ミリスに対する脳筋発言はあくまで冗談の一種である。
ガレムに対してはかなり本気で言っているが。
四人もいれば話題は尽きず、気が付けば見張りの時間は終わっていた。




