第205話:三日目の見張り~レキ、ユミ&ルミニア
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「先生も見張り?」
「ああ。
昼間の戦闘でお前達も疲れているだろうし、森にはまだゴブリンがいるからな。
ここでは生徒と一緒に見張りを行うのが通例なのだ」
「ふ~ん」
魔物がいる森での野営。
魔物除けの結界はあれど、獲物がいると分かれば侵入してこないとも限らない。
万が一に備え、今日はレイラス達護衛陣も生徒と共に見張りを行う事になっているのだ。
「お前なら万が一もなさそうだがな」
「うん、大丈夫っ!」
「ふっ」
気持ちの良い返事にレイラスが苦笑する。
レキの優秀さについては理解しているつもりだったが、この三日で認識を改めざるを得なかった。
実力もそうだが、索敵能力に関してこれほど有用な者はいないだろう。
森から半日ほども離れた場所からゴブリンの存在に気付いたのだ。
仮に、湖の周囲にいるゴブリンがいたとしても、レキなら既に把握しているに違いない。
襲ってきたところで、レキなら問題なく対処するだろう。
「万が一というのは何事にもある。
油断だけはするなよ」
「うんっ!」
それでも一応、教師として釘を刺すのを忘れない。
どれだけ強くともレキはまだ子供で、何よりレイラスの生徒である。
危険な役割を任せる事はあっても生徒は生徒。
教師としてこれ以上扱いを変えるつもりは無く、言うべき事は言わねばならないのだ。
元気よく返事を返したレキに満足げに頷き、レイラスはミリス達がいる天幕へと引き返した。
ちょうど、レキ達生徒の背後を守る位置に用意された天幕で、レイラスはここでも侍女として振る舞うサリアミルニスが入れてくれたお茶で喉を潤した。
「レキは大丈夫だったか?」
同じ天幕で就寝の準備をしていたミリスが声をかけた。
レキの様子がおかしいとレイラスに告げたのはミリスである。
普段から剣を教えていただけに、普段とは違うレキに目ざとく気づいたのだ。
もちろん気づいたのはミリスだけではない。
レキ付きの侍女であったサリアミルニス、普段からレキの観察を怠らないフィルニイリスも気づいている。
要するに、皆が気が付く程度にはレキの様子がおかしかったという事だ。
「ああ、皆と戦えなかったのが不満というか、その理由が分からずに悩んでいただけのようだ」
「理由?」
「自分の抱えている感情が分からず悩んでいた?」
「ええ、そういう事です」
首を傾げたミリスに代わり、フィルニイリスが答える。
まだ子供のレキは、自分が抱える感情が分からず悩んでいた。
レイラスとの会話でその感情がなんであるかを知り、それですっきりしたのである。
「不満は良かったのか?」
不満そのものが解決した訳ではないのだが、レキとしては問題なかったらしい。
あまり助言を与えすぎてはレキの心の成長の妨げになるからと、レイラスも求められる以上の事は言わずに引き返した。
「本人が良いというのだから良いのだろう」
「皆と戦えなかった事より皆が無事だった事の方が嬉しいはず。
フランとルミニアの成長ぶりにも喜んでいた」
フィルニイリス曰く、レキは自分の強さをそれなりに理解している為、そんな自分とフラン達が肩を並べるのはまだまだ難しい事も分かっているらしい。
学園に来る前はさんざんフランやルミニアの鍛錬に付き合っていたレキである。
実力差も手伝い、二人の武術指南役のような立場でもいるのだ。
そんなレキとフランやルミニアが肩を並べて戦うなど、少なくとも現時点では無理だろう。
フランやルミニアが力を合わせても勝てない相手だろうと、レキなら剣の一振りで片が付いてしまう。
共に戦う必要など無く、レキの邪魔にならぬよう後ろに控えていた方が効率的であり、安全面でも良い。
レキもそれが分かっているからこそ、皆と戦えなかった不満より皆の無事を素直に喜んでいるのだ。
「純粋なのだな」
「うん。
レキは良い子」
「もう少し我儘になっても良いとは思うが・・・」
そんなレキの性根を誉めつつも、レイラスはレキの我の弱さが気になっていた。
王宮にいた頃から、あるいは出会った時から、レキはとても純粋で余り我儘を言わない子供だった。
精々が不満そうな声を漏らす程度で、本気で反抗したのも女の子の服を着せようとした時くらいだろう。
その時ですら文句を言いつつ渋々着ていたのだから、もはや良い子どころではない。
その性格は学園に来てからも変わらず、座学の時間こそ眠そうにしているが、それ以外ではとても聞き分けの良い生徒である。
ただ、あの年の男の子にしては聞き訳が良すぎるきらいがあった。
カルクやガージュのような我の強さこそ、年相応の子供らしさと言えるだろう。
「あの強さで我儘になられても困るが」
もちろん我儘を言えばいいというわけではない。
レキほどの力の持ち主が思いのまま行動すれば、それは害悪を通り越して災厄となりかねない。
我儘は、それを諫められる者がいてこそ許されるのだ。
レキがその力を行使して我を通した場合、いったい誰が抑えられるというのか。
レキが良い子である事。
それは周囲にとっても、この世界にとっても間違いなく幸運だった。
もちろんレキだってただ良い子というわけではない。
座学では基本的には居眠りを欠かさず、不満を感じれば「え~」と抗議くらいはする。
本当に嫌なら全力をもって逃げだすだろう。
そうなったレキを捉えられる者は、この世界にはいない。
レキが我儘をあまり言わないのは、単純に今の生活が気に入っているからだ。
二年前まで魔の森の小屋でシルバーウルフの親子と暮らしていたレキである。
人並み以下、どころか野性的とも言える生活を送っていたレキにとって、森を出てからの生活は毎日が刺激に満ちていた。
剣や魔術の鍛錬ですら、「誰か」と手合わせ出来るだけで楽しかったのだ。
フランにはその森から連れ出してくれた恩を感じており、ルミニアには知識面で助けてもらっている。
両親や、生まれ育った村の人々を失ったレキにとって、フラン達は人の温もりを与えてくれた恩人なのだ。
その恩に報い、また友人として守ってあげたいとレキは心から思っている。
だからこそ、仲間として戦えずとも無事ならそれで良いと納得してしまうのだろう。
胸のもやもやはあったが、理由が分かれば素直に飲み込めた。
今はまだ共に戦えずとも、いずれは皆と一緒に戦える日も来るだろう。
そんな日を夢見ながら、レキは一人見張りを続ける。
王宮で出会った人達や学園で知り合った友人達。
レキの世界は、今も広がっていく一方である。
「レキはあのままでいい」
「ああ。
そうだな」
見張りを続けるレキを見守りながら、レイラスはそう言って頷いた。
――――――――――
レキの様子を報告したレイラスは、再度レキと合流して見張りを行った。
状況が状況なだけに、今夜は終始生徒と合同で見張りを行うのだ。
二人で他愛もない雑談を続けた。
あまり気を張っていては疲れてしまい、最終的には眠気に襲われてしまう。
適度な雑談は集中力を維持する為と、眠気防止の為にも必要なのだ。
話題は主に学園での生活について。
と言ってもさすがに教師であるレイラスに対し、面と向かって不満などなかなか言えない。
とりあえず勉強が難しいとさらっと言ってみたところ、そのまま勉強会が始まってしまい危うく寝てしまいそうになった。
雑談も、内容によっては眠気を誘う事をレキは知った。
砂時計の砂が落ちた。
一度落ちれば三十分、二度落ちれば一時間が経過した事になる。
落ちたのはこれで二度目。
つまりはレキの最初の見張りは終了である。
眠りそうになったレキが慌てて話題を変えつつの一時間。
ようやく見張り(勉強会)から解放され、レキは意気揚々と次の見張りを起こしに行く。
この後はしっかり者のルミニアとユミのコンビである。
わずか一時間ほどの睡眠時間でも、この二人なら大丈夫だろうという考えの下決められた順番。
だが、二人がレキの後になったのにはもう一つ理由があった。
「ルミニア~、ユミ~。
交代の時間だよ~」
レキの次の相手はルミニアとユミ。
つまりは女子である。
女子である二人と交代するには、まずその二人を起こさねばならない。
二人が眠っているのは女子の天幕であり、起こすには女子の天幕へと入らねばならないのだ。
まあ、何が言いたいかと言えば・・・。
レキ以外の男子全員が女子の天幕に入る事に難色を示した為、このような順番になったのである。
レキが微塵もためらいを見せないのは初日に確認済み。
起こす相手が誰であろうと関係ない。
レキはただ、見張りを交代する為、一切の躊躇無く女子の天幕へと入って行く。
「ルミニア~、ユミ~、起きてる~?」
「・・・ん、レキ、様?」
「・・・ん~、レキ~?」
先日はカルクとガドに起こされる事なく自分で起きてこれた二人だが、流石に今日はそうもいかなかったようだ。
「見張り~、交代だよ?」
「あ・・・はい」
「・・・ん~・・・んっ!?」
好意のある相手に起こされるという、嬉し恥ずかしな状況。
ルミニアは何度か経験しているがユミはそうもいかす・・・。
「レ、レきゅ!?」
「し~・・・」
初日のファラスアルム同様、レキの顔を見て叫び声をあげそうになったユミ。
予想したのか、レキは即座にその口を塞いだ。
――――――――――
「う~・・・恥ずかしかった」
「ふふっ。
寝起きですから、仕方ありませんね」
火照る顔を抑えつつ、レキが用意してくれたお茶を飲みながらユミとルミニアが談笑する。
二人が入れるお茶より若干濃い目ではあったものの、レキがわざわざ用意してくれたということもあってか数段おいしく感じられる二人である。
「はぁ・・・」
「ふぅ・・・」
思わず漏れた吐息。
脳裏に浮かんだのは、やはり昼間の戦闘。
ゴブリンの群れを相手に、みんなで力を合わせて立ち向かい、撃退とまではいかずとも全員無事に生き延びた。
まだ十歳の子供という事を考えれば上出来である。
実際、レイラス達も良くやったと褒めてくれた。
だが。
「・・・まだまだですね」
「・・・まだまだだね~」
当然、二人は納得していなかった。
「もっとみなさんの事を見ていなければいけませんでした」
「わたしも、ミームがあんな状態だなんて気が付かなかったよ・・・」
戦いは何が起きるか分からない。
武人である父ニアデルや、ミリス、フィルニイリスといった者達から常々言われていた言葉である。
今回の戦闘を振り返り、確かにとルミニアは改めて思う。
だからこそ、何が起きてもいいように常に備える。
フィルニイリスはそう続けたが、それは何も武具や道具に限った話では無い。
皆の体調や精神状態を把握し、その時々にあった戦術を組む事も必要なのだ。
いつもミームは元気で、失敗や敗北を重ねても「なにくそ」と奮起する。
だからこそ、昨夜の失態も引きずるような事はないと思っていた。
魔物と戦った経験など、普通の子供ならそうはないだろう。
レキはともかくとして、フランとルミニアでさえ自発的にお願いしていなければ、きっと今回の戦闘が初めてになったはずだ。
少しでもレキに近づく為、みんなの足手まといにならない為に。
その思いで頼み込み、数回ではあるが魔物と戦った経験が二人にはあった。
もちろんそれはレキやミリス達が見守る中での戦闘であり、相手もホーンラビットやゴブリンなどの下級の魔物。
それでも普段の手合わせとは違う本当の戦いに、最初は手や足が震えて戦うどころではなかった事をルミニアは覚えている。
ルミニアでもそうだったのだ。
昨夜が初めての実戦であるミームが平常でいられない事は十分考えられたはず。
それを考慮に入れず戦術を練った事は、指揮を担当するルミニアの落ち度だろう。
ユミも、初めて魔物と対峙した時は恐怖のあまり逃げ出すしか出来なかった。
ただの村の子供のユミが魔物と戦えるはずもなく、逃げ出したのは正しい判断だった。
だが、当時八歳のユミの足では到底逃げ切れず、レキの助けがなければ間違いなく殺されていたに違いない。
その過去を乗り越えるべく鍛錬を積んできたユミだからこそ、今回の戦闘を乗り切る事が出来たのだ。
ミームは昨夜の戦闘が初めてだった。
ルミニアもユミも昨夜の詳細は聞いていないが、ただレキが間に合わなければ殺されていただろうという事は聞いている。
ルミニアが王都で攫われた時や、ユミが一人で森に入った時と同じだ。
だからこそ、二人ならミームの精神状態に気づけたはずなのだ。
それを「ミームなら大丈夫」と何の根拠もなく見過ごし、ミームを更に追い詰めてしまった。
立ち直ってくれたから良かったものの、最悪そのまま潰されていたかもしれなかった。
戦闘行為に忌避感を抱いたり、自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥ったり。
「ミームさんが立ち直ってくれた本当に安心しました」
「ね~」
ミームが潰される事で連携に穴が開き、結果全滅するという可能性すらあっただけに、あそこから立ち直ったミームに感謝し、同時にその心の強さに感心する二人であった。
━━━一




