第204話:三日目の見張り~レキ
のそのそ、あるいはもたもたと言った様子で進められる野営の支度は、レイラスの「このままでは晩飯は抜きだな」という言葉と、「もちろん見張りはやってもらうがな」という追い打ちによってペースがあがり、レキが戻ってくる前にはなんとか終わった。
夕食は持ってきた干し肉や調味料、そしてレキが薪拾いのついでに集めた野草や木の実、キノコの鍋である。
森にはゴブリンしかいないとはいえ、そのゴブリンも生き物である以上何か食さなければ飢えて死ぬ。
故に、森にはゴブリンの食料となる物があるという事になる。
雑食であり、基本的にはなんでも食べるゴブリンだが、さすがに毒性のある物は食べない。
つまり、森にある食べられる物の大半は、味を抜きにすればレキ達でも食べられるという事だ。
実のところ、レキはとある事情により毒に対しては耐性を持っている。
どの程度かと言えば、竜をも殺す毒草を食べても「ピリ辛で美味しい」とのたまう程だ。
だからと言って毒草を好んで食べるかといえば否である。
いくらピリ辛で美味しいとはいえ、それは他に食べられる物が無かった頃の話。
森を出て以降しっかりと調理された料理を食べるようになったレキは、ただピリ辛なだけの毒草よりも様々な味付けのされた料理を好むようになっている。
何より、友達にしてフロイオニア王国王女フランがレキの真似をして毒草を食べてしまえば一大事である。
その為、一般人が食べられる食材について、レキはリーニャやフィルニイリス、サリアミルニス達から徹底的に学ばされているのだ。
そんなレキの学習の成果が見事に発揮された今夜の食事は、空腹のせいもあり皆とても良く食べていた。
「ソードボアでも狩ってくれば良かったかな?」などと思うレキだが、流石にそれは単独行動が過ぎるというもの。
この森にソードボアがいない以上、狩る為にはどこぞへ飛んでいかねばならないからだ。
それでもレキなら小一時間もあれば狩ってこられるだろうが、非常識な力を持つレキは、その分常識を学ばされてもいるのである。
狩れる魔物はゴブリンくらい、だがゴブリンが不味いと言うのは身をもって知っている。
ついでに言えば微量ながら毒を持っている為、よほど困らない限りは食べないようにしている。
決して豪華とは言えない食事ではあったが、空腹こそ最高の調味料という言葉もあるとおり、皆満足したようだ。
今日ばかりは質より量を求めたのか、レキの採ってきた食材はすっかり食べつくされてしまった。
それどころか明日以降の干し肉なども手をつけそうになり、必死に我慢した程だ。
普段は食の細いファラスアルムですらおかわりをしたくらいである。
それだけ、今日は過酷だったのだろう。
その過酷な野外演習はまだ終わってはいない。
むしろようやく目的地に着いたばかりである。
野外演習の目的地でもあるこの場所は、森の湖を中心に多少整地されている。
何より、貴重な水源である湖があるというのに、周辺にゴブリンの姿は無い。
「この湖周辺には魔石が埋まっている。
それが結界の役目を果たしている」
レキが魔の森で住んでいた小屋にあった魔石。
そこにあった物と同様の物がこの湖周辺に埋められており、それが結界の役割を果たしているのだ。
「結界の種類は魔素の吸収と放出。
魔石が周辺の魔素を吸収し、魔力として放出している」
それがなぜ結界の役割を果たすかというと・・・。
「魔物は魔素を好む。
魔石が魔素を吸収する事により、この周辺は魔素が薄くなっている。
そのせいで魔物がこの周辺には寄り付かなくなっている」
人とは違い、魔物は魔素を直接取り込む事で力へと変えている。
そのため、極端に魔素の薄い場所には近寄らないのだ。
活動できないわけではないが、魔物の本能が嫌うのだろう。
とは言え、結界の中にゴブリンの餌となるもの、つまりレキ達がいればゴブリンも寄ってくる可能性がある為、本日も見張りを行う必要はあるのだった。
『えぇ~・・・』
その説明に、レキを除く生徒全員から不満の声が漏れた。
みんな昼間の戦闘で疲労困憊。
出来れば朝までぐっすりと眠っていたかった。
しかし、ゴブリンが襲ってくる以上見張りを立てねば、下手をすれば永遠の眠りへと落ちてしまうかも知れない。
目的地は安全だとばかり思っていただけに落胆も大きい。
だが、見張りを立てない訳にはいかない。
叶うならミリス達大人にお願いしたいところだったが、野外演習はあくまで生徒が主体である。
疲れているからといって安易に頼るわけにもいかないのだ。
実を言えば、今日くらいは頼っても問題はなかった。
そもそも昼間の戦闘すらミリス達に任せても良かったくらいなのだ。
なまじ優秀過ぎるが故にミリス達に頼る事をしなかったルミニア達。
今更眠いからとか、疲れているからという理由で、ミリス達に押し付ける事は出来なかった。
そんなわけで、今日も今日とで眠い目を擦りながら見張りに立つレキ達である。
演習と言うより、もはやなにかの罰に近かった。
――――――――――
本日の見張りはやや変則的となった。
通常なら実力に差が出ないよう強い者と弱い者とを組ませつつ、一時間半ほどで交代するのだが、今夜は一人を除いてみんな疲労困憊、戦う気力も体力も無い。
誰かはこのまま一睡もせず見張りを行わねばならないが、それすら困難だろうという事で唯一戦闘力を維持しているレキが最初と最後に一人で見張りを行う事となった。
時間は大体一時間ずつ。
多少短いのは、仕方ないとは言えレキ一人に負担を強い過ぎるのは良しとしなかった為だ。
最初にレキが見張りを行い、次に短時間でもしっかりと眠る事が出来るルミニアとユミが見張りに立つ。
その後は、お互い眠らないようしっかり見張るという仕事が増えた為か、ある程度気の置けない者同士で組む事になった。
フランとミームとファラスアルム、ガージュとユーリ、カルクとガドである。
フラン達女子が三名なのは、ファラスアルムをレキ以外の男子と組ませても意見など言えないだろうという事と、フランとミームのような短絡的(単純)な者にはファラスアルムのように知識面で補佐出来る者を入れた方が良いという判断からだ。
順番に関しては、レキ以外の男子が女子を起こしに行くのは気が引けるという事で、女子が先、男子が後となった。
食事が終わり、腹が満たされた子供達は昼間の疲れから即眠りについた。
ユミやルミニアと言った、比較的遅くまで起きていられる者ですら天幕内に入った途端に寝入ったのだから、どれだけ今日一日が過酷だったのかが良く分かる。
一人でゴブリンの群れの片側を受け持ち、野営の支度でも一人で薪を拾ったり木の実などを採取したレキが一番元気なのは、もうレキだからとしか言えなかった。
申し訳なさそうに天幕へと入っていくルミニアやユミに大丈夫だとレキが手を振る。
たった一人、焚き火の前に座りながらレキは今日の事を思い返していた。
左右から襲ってきたゴブリン。
挟み撃ちにならないよう、レキが片側を受け持った。
ある程度倒し、残りは倒さぬようぶん投げたり蹴っ飛ばしたりしてからフラン達の下へと戻り、見つからないよう木の上から見守った。
どれもレイラス達の指示であり、理由も一応聞いていた為素直に従いはしたが・・・。
「う~ん・・・」
与えられた役目はしっかりこなした。
フラン達も無事だった。
皆疲れ切ってはいるが、大きな怪我もなく戦闘を切り抜けた。
みんなとっても頑張って、終わった後はみんな笑顔だった。
レキが片側を受け持ってくれたからだとみんなに言われて、ありがとうとも言われた。
にもかかわらず、なぜかレキの胸は何とも言えないもやもやが残っていた。
「・・・なんだろう?」
みんなとっても頑張っていた。
それはレキも見ていたから知っている。
フランもルミニアも、ユミもミームもファラスアルムも。
ガージュにユーリにカルクにガド。
みんなが必死になって戦っているのを、レキはちゃんと木の上から見守っていた。
「ん~・・・」
その光景を思い返す度、やもやとした感情が沸いてくる。
理由がいまいち分からず、レキは一人で首を傾げた。
「昼間はご苦労だったな、レキ」
そんなレキに、レイラスが声をかけた。
「あ、先生だ」
「それとすまなかったな。
お前にだけ負担を押し付けてしまって」
そう言ってレイラスが頭を下げた。
昨夜の一件、本来ならばレイラス達が向かうべきカルクとミームの救出をレキに任せてしまった。
レキの方が適任だという進言があったとは言え、一生徒に危険な役割を押し付けてしまった事に変わりはない。
レキ以上にこなせる者がいなかったとしても、そしてレキだからこそカルクとミームが無事に戻ってこれたとしても、だ。
そもそもカルクとミームがあのような行動をとった事自体レイラス達の落ち度なのだ。
生徒の身を一番に考えるなら、まず昨夜あのような行動を取らないよう釘を刺しておくべきだった。
それが出来ず、さらには二人が危険な目にあった時点で教師としても護衛としても失格である。
その尻拭いを同じ生徒であるレキに任せてしまった。
せめて頭の一つでも下げなければレイラスの気がすまなかった。
加えて、レイラスはレキに対してもう一つ謝罪しなければならない事があった。
「お前だって皆と一緒に戦いたかっただろうにな」
「・・・あっ!」
「ん?
どうした?」
レイラスの発した一言にレキが声を上げた。
昼間の戦闘、レキが一人で片側を受け持った事でフラン達は挟撃される怖れが無くなった。
それは同時に、レキ一人だけがみんなと別行動を取ったという事である。
それはレキ自身が判断し行動した結果だが、最善だったとは言え「仲間外れ」になっていたと言えなくもない。
皆が協力し、肩を並べて必死になって戦っている姿を、レキは一人木の上から眺めていたのだから。
仲の良い生徒達。
王族貴族平民他種族入り混じる状況で、これほど打ち解けているクラスも珍しい。
だからこそ、昼間の戦闘では皆が協力する事で何とか切り抜けられたのだが・・・そこにレキだけがいなかった。
その事がどれほどレキに影響を及ぼしているかは正直分からないが、普段あれだけ仲が良いだけに、仲間外れになってしまったように感じているのではないかとレイラスは心配したのだ。
そして。
「そっか。
俺、みんなと戦いたかったんだ」
「・・・ふっ。
なんだ、今分かったのか」
「うん!」
レイラスの心配は一応は当たっていた。
レキ自身、レイラスに言われるまではっきりと分かってはいなかったようだが。
何となくもやもやしていた感情が、レイラスに言われてはっきりとしたようだ。
自分の抱いていた感情が分かったようで、レキはむしろすっきりとした表情を見せた。
先ほどまでの胸のもやもやも、どうやらなくなってしまったらしい。
「まあ、自分の本当の気持ちなど得てして分からないものだからな」
なんだかんだ言ってレキもまだ子供である。
他の子供よりずいぶんと濃い人生を送ってはいても、自分の気持ちがどんなものか理解できるほど大人ではないのだろう。
「今はまだ共に戦えずともいずれ追いつく。
その時まではお前が皆を守り、鍛えてやればいい」
「うん!」
そんな日が本当にやってくるかは分からないが、それでもフランやルミニアは二年前とは比べ物にならないほど成長している。
それは二人が王宮やフィサス領で頑張った成果であり、レキやミリス達が稽古をつけたおかげでもある。
今日だって、ゴブリンの群れを相手に、わずか十歳のフラン達は十分渡り合っていた。
これなら、レキに勝てるまではいかずとも、いずれは肩を並べて戦える日が来るかもしれない。
そんな未来に思いを馳せながら、レキは見張りを続けた。




