第203話:戦闘終了
「・・・そろそろ良いか」
フラン達が戦闘を開始して二時間が経過していた。
生徒達の体力も限界が近い。
それに、この辺りで戦闘を切り上げ森の中央へ向かわねば、下手をすれば夜の闇の中移動しなければならなくなってしまう。
「ようやく出番か」
レイラスの言葉に、ここまで護衛といいつつ特に何もしていなかったミリスが剣を手に反応を見せた。
学園から森までは特に危険などなく、野盗はもちろん魔物もほとんど出没しない地域。
本来なら、ミリスは森に入る際に生徒達の前へ出て護衛を務めるはずだったのだが、さまざまな事情から今までろくに出番が無かったのだ。
ようやく訪れた出番に、否応なく張り切るミリスだった。
「オレもっ!」
森という環境。
相手はゴブリン。
護衛対象であり、同じクラスの仲間であり、友達であるフラン達が戦っているのだからと、自分も加わろうとレキが手を挙げた。
「いや、あまりレキに頼りすぎるのもな」
「レキは十分頑張った。
後は私達護衛の仕事」
「そうだぞ、レキは十分仕事しただろう。
少しは私達も働かせろ」
昨夜からレキは活躍しっぱなしである。
本来なら、昨夜も今もミリス達こそが働かなければならなかったのだ。
状況が状況だけにレキに頼ってしまったが、このままではただ着いて行っただけの、役立たずな護衛という烙印を押されかねない。
昨夜はカルクとミームを救うべく夜の森を駆け抜け、本日もまたフラン達の負担を減らすべく一人でゴブリンを撃退したレキは、どう考えてもこの中で一番働いていた。
「レキ様はこちらに」
「ん~・・・」
そんなレキを労わるべく、元レキ付きの侍女であるサリアミルニスがそっとレキの手を引き後ろに下がらせた。
今回、サリアミルニスの役割は護衛として付いてきたレイラスやミリス、フィルニイリスのお世話係であり、レキのお世話はもちろん請け負ってはいない。
だが、レキの仕事が生徒の範疇を遥かに超えるものであり、明らかに護衛であるレイラス達以上に働いているとあれば、サリアミルニスがその労をねぎらう事に何の問題も無いだろう。
久しぶりにレキの世話が出来ると、表情には出さずともどこか嬉しそうな雰囲気を出すサリアミルニスに、レキも黙ってお世話される事にした。
「お前は昨夜から働きすぎだ。
少しは休め」
「え~」
周囲の思惑など知らず、仲間に加われないと分かったレキが不満の声を漏らす。
実際、レキがやろうがミリス達がやろうが結果は変わらない。
それだけレキやミリス達護衛陣と、ゴブリンとでは強さに差があり過ぎるのだ。
だが、同い年の子供であるレキが倒すのと、騎士や魔術士である護衛のミリス達が倒すのとでは、生徒達に与える印象は変わってくる。
「子供でも倒せる魔物」では無く「騎士や魔術士なら容易く倒せる魔物」とした方が、ゴブリンに対する脅威度を下げずに済むのだ。
ようやく護衛としての務めが果たせそうなレイラス達が、それぞれに武器を構え、フラン達の護衛をすべく駆け出した。
「ミリスとフィルニイリス殿はガージュ=デイルガ達の方を。
私はフラン=イオニア達を受け持ちます」
「分かった」
人数が少なく実力的にも劣る男子の方をミリスとフィルニイリスに任せ、レイラスはフラン達の方へと向かった。
実力的には誰がどちらを受け持とうが問題ない。
人数差に加え、現役の騎士や魔術士の方が我の強いガージュ達も不満は無いだろうという判断だった。
もっとも、危うく殺されかけたカルクを始め、戦闘開始から苦戦を強いられているガージュ達が、今更救われた事に不満を漏らすような事は無いだろう。
学園に来る前であれば、実力者とはいえ女性で、かつ平民の出であるミリスを下に見る事もあったかも知れない。
だが、学園で己より強い平民や女子に囲まれれば、いかにガージュと言えど考えも変わる。
爵位で優位に立てず、実力でも敵わないガージュは、いつの間にか学園の理念に従い、爵位も種族も男女の区別もなく平等に見るようになっていた。
接し方には、残念ながら若干の問題が残っているのだが。
さっそうと駆けつけ、目の前でゴブリンを撃退するレイラス達。
自分達があれほど苦戦していた魔物を苦もなく片付けていくレイラス達に、ユミやファラスアルムが、男子では単純なカルクが尊敬の眼差しを向けた。
実は、コレもまた野外演習の隠れた目的だったりする。
学園が始まって一月。
そろそろ学園生活に慣れた子供達は、教師に対しても慣れ、馴れ馴れしくなりがちなのだ。
平民の子供達はそれまで近しい大人しかいなかったせいか、教師に対しても親や知り合いの様に接するようになってくる。
貴族の子供は相変わらず爵位での考え方が抜けきれず、慣れた頃に再び持ち出してくる場合があった。
意識を改めさせ、教師としての尊厳を取り戻し、生徒からの敬意を取り戻す為にも、この野外演習での戦闘行為は教師陣にとっても重要なイベントなのだ。
フランやルミニアはともかく、ガージュなどはもっと早く助けろなどと口には出さないが思っていたりするが・・・。
ガドはレイラスやミリスの持つ武器の方に興味が向いており、ユーリはようやく終わった戦闘に深く息を吐いた。
――――――――――
「とにかく移動するぞ」
レイラス達が参戦して間もなく、襲ってきたゴブリンは撃退された。
だが、森にはまだ多くのゴブリンが生息している。
この場にはフラン達やゴブリン共の血が大量に撒き散らされており、それが別の魔物を呼び寄せる可能性もある。
幸いこの森はゴブリンくらいしかいないが、他の森であればすぐにでも様々な魔物がやってきただろう。
そう言った事も考慮に入れ、まずは野外演習の目的地である森の中央、そこにある湖へと移動する事となった。
「みな疲れているだろうが歩け。
倒れたらそのままゴブリンの餌だぞ」
先程の戦闘で生徒達は疲労困憊。
だが、レイラスはそんな生徒達を容赦なく歩かせる。
レキが戻り、ミリス達護衛が揃っている状況なら生徒達には危険など欠片もないが、一応はまだ野外演習の最中なのだ。
休むのは目的地に着いてから。
「うにゃ~・・・」
「・・・疲れました」
「あ、あはは・・・」
「・・・」
「くそっ・・・」
「まぁ、まだ演習中だからね」
「むぅ」
ゴブリン相手に全力を出し切ったフラン達。
ファラスアルムなどはもはや声も出せない程だ。
それでもこの場に留まるのは不味い事くらい分かるのだろう。
皆、渋々と言った様子で歩き始めた。
「・・・ちくしょう」
「あ~!
もうっ!」
疲労より悔しさが勝る者もいる。
カルクは先程の戦いに納得がいかず、ゴブリンが撤退していった方を見ながら悔し気に悪態を吐く。
ミームはミームで、己の中に溜まっていた何かを吐き出すように声を荒げた。
一行は、再び森の奥へと移動を始めた。
先頭はもちろんレキ。
昨夜に引き続き本日も一番活躍しているはずだが、まだまだ元気そのもの。
その後ろをフラン達が黙々と続いた。
無駄口を叩くものは誰もおらず、とにかく前へ前へと歩いていく。
そんな生徒達の後ろを、レイラス達が今度こそ護衛として付き添った。
昨夜の一件を除けば、今年の最上位クラスは実に優秀だ。
野外演習の隠された目的、すなわち魔物の脅威を知るという目的を超え、群れで襲ってくる魔物への対応すらも経験し、それなりの数を撃退してみせた。
野外演習終了後に教えるべき事を、生徒達は自分達で考えやってみせたのだ。
一年生という事を考慮に入れれば十分すぎる結果だろう。
実力に加え、女子はルミニアを、男子はガージュを中心に拙いながらも連携すら行って見せた。
特に男子達は、実力的にも人数的にも女子に劣る中、それぞれの役割をしっかりと果たしていた。
昨夜の件から心配していたカルクも、戦闘面での不満はあれど精神的には問題無いようだった。
ミームはといえば、こちらは戦いの中で克服した、というか吹っ切れたようだ。
遠目でしか見ていないが、戦闘の最初と最後では明らかに動きが違っていた。
相手からの攻撃を警戒するあまり、あと一歩が踏み出せなかった前半に比べ、後半は相手より先に攻撃する事で必然的に相手の攻撃を防いでいた。
実際は手当たり次第攻撃していただけだが、それでもミーム本来の動きに近いのは後半の方だったと言える。
下手な考え休むに似たり。
脳筋は考えるだけ無駄なのだろう。
野外演習の表の目的だけを考えれば戦う必要など無かったが、それでも成果はあったはず。
魔物の脅威を感じ、群れを成す魔物に対しこちらも連携でもって迎撃する。
カルクは戦い方を見直す必要性を感じ、ミームは昨夜のトラウマを物色した。
フランやルミニア達はレキがいない状況での戦闘を経験し、その他の者も実戦を経験する事が出来た。
一年生としては少々やり過ぎだが、得たものは大きいだろう。
後は目的地である森の中央、そこにある湖の周辺で一泊し、学園に戻るだけ。
疲労困憊な生徒達。
野外演習の日程は、まだ半分が過ぎたところだ。
――――――――――
「ほら、着いたぞ」
『・・・』
「ん?」
『着いた(のじゃ)~!』
「うわっ!」
森の中を歩き続けて三時間ほど。
日はだいぶ傾き、森の木々が邪魔をしてその明かりが満足に差し込まなくなった頃。
一行はようやく、野外演習の目的地である森の湖へと辿り着いた。
昼間の戦闘からずっと、森の中という事もあって警戒しながら歩き続けた生徒達。
湖が見えた途端にそれまでの疲労を忘れたかのように駆け出し、そして湖の傍でへたり込んだ。
一人遅れたレキが皆に合流した頃には、誰もが皆思い思いの体勢ですっかり寛いでいた。
「休みたいのは分かるが、早く野営の準備を始めねばあっという間に夜になるぞ?」
そんな生徒達に苦笑しつつ、レイラスが次の指示を出す。
何せここは森のほぼ中心。
周りは木々に囲まれ、今でさえ夕日を遮っている。
もうあと一時間もすれば、あっという間に闇に包まれてしまうだろう。
そうなってからではとてもではないが野営の支度など出来ない。
少なくとも天幕と、焚き火だけでも用意しなければならないだろう。
「うにゃ~・・・」
「うぅ・・・でも先生の言う通りです」
「はぁ~・・・もうひと踏ん張りだね」
「は、はいぃ~・・・」
「う~・・・」
「・・・レキ、貴様はこちらを手伝え」
「へっ?」
「いやいや、レキだって男の子なんだから当然こっちだよね?」
「オレは薪を」
「薪より先に天幕張ろうぜ!」
「でも今のうちに薪拾っておかないと」
「む~」
分かってはいても体は中々言う事をきかず、地面に根が張ったように体が起き上がらない。
ファラスアルムなど今にも眠りに落ちそうだった。
時間は刻一刻と過ぎ、元々森の中央という事もあってか傾いた日はレキ達を照らすには既に不十分。
今すぐにでも動き出さなければ闇の中での作業となってしまう。
焚き火さえ用意できれば作業を継続する事も出来るだろうが、それにはまず薪を拾いに行かねばならない。
その場所はといえば、当然ながら森の中。
薄暗い、ゴブリンが巣食う森の中での薪拾い。
今の生徒達ではおそらく命がけの作業となるだろう。
仕方なく薪はレキが一人で拾う事となり、その他の者は協力して天幕の準備と夕食の下ごしらえを始めた。




