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黄金の双剣士  作者: ひろよし
十章:学園~野外演習 後編~
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第200話:魔物との戦い

たかがゴブリン。

昨日まではガージュもそう思っていた。


自分で戦った事は無いが、ゴブリンの脅威はある程度知っているつもりだった。

ガージュの父親が治める領地にも少なからず魔物は出現する。

都度冒険者やデイルガ家の騎士達が撃退しては、その報告が家に届いていた。


一度だけではあるが父について騎士達の戦いを見た事もある。


その時の出現した魔物はフォレストウルフだったが、ガージュが魔物の驚異を知るには十分だった。

ただ、ゴブリンはフォレストウルフより弱い。

それが、ガージュがたかがゴブリンと思っていた理由だった。


その認識が間違っていたわけではない。

ただ、戦ったのが魔物の討伐を生業とする冒険者や鍛錬を重ね装備を整えた騎士や魔術士だったからこそ、フォレストウルフを討伐出来たのだ。


当然の事ながらガージュ達は騎士より弱い。

ガージュより強いカルクとミームが殺されかけた事でも分かるだろう。


ゴブリンと言えど魔物。

それが群れを成して襲ってくる。

その脅威を、ガージュは本当の意味で思い知る事となった。


「くそっ!」


ガージュが指揮する戦術は皆の長所を最大に活かしたものだ。

ガドの斧はユミの大剣を持ってしても破る事のできない不動の盾であり、援護に徹するユーリの攻撃は確かにガドの支えとなっている。


ただ、ガドと共に前衛を任せたカルクの動きだけが、普段と違い精細に欠けていた。


先程からカルクも積極的に攻めてはいる。

だが、その剣がゴブリンを捉えられないでいた。

大雑把な面が見えるカルクだが、剣の実力はそれなりに高い。

最上位クラスの中でも武術だけなら五番目に強いのだ。

レキに比べればまだまだだが、同年代の子供の中では十分強いと言えるだろう。


「うりゃあ!」


今振るった剣のように、ゴブリンの腕をかする程度では無いはずなのだ。


足は前に出ている。

目はしっかりとゴブリンを捉えている。

にも関わらず、振るう剣がゴブリンを捉えない。


「だりゃあ!」


再び振るわれた剣は、今度もゴブリンの足を掠めるに終わった。


届いていない訳ではない。

かすり傷とはいえ傷をつけた事に変わりはない。

だからカルクは、いつもの様に追撃をかけようとして・・・。


「くそっ!」


横から出てきたゴブリンの、伸ばされた腕を躱す為慌てて後ろに下がった。


剣を振るい、当たらずとも相手がひるめばそのまま押し込むのがカルクの戦い方だ。


武術の時間や朝晩の手合わせでも、カルクは相手の剣に怯む事無くただひたすら前に出て剣を振るってきた。

一対一での戦いではそれで良かったのかも知れない。

だが、今のような多対多の戦いではそれではダメだった。


一匹を仕留めてもすぐさま別のゴブリンが現れる。

それを倒してもまた次が。

攻撃が当たれば目の前のゴブリンは後ろに下がり、すぐさま別のゴブリンが腕を延ばしてくる。

それを避けてもまた別のゴブリンが現れる。


昨夜もそうして数匹のゴブリンに組み付かれ、危うく食われそうになったのだ。


「どりゃあ!」


一対一なら負けない。

今だってカルクの剣がゴブリンの腕を浅く切り裂いた。

だが。


「ちくしょう!」


すぐさま別のゴブリンが爪を立てる。

そいつに剣を振るおうとすれば、別の方向からまた腕や牙が迫ってくる。

捕まればそこで終わり。

後は次から次へとゴブリンが群がってきて、あっという間に地面に押し倒されてしまう。


そう、昨夜のように。


まだ十歳のカルクは多数との敵を同時に相手した経験がない。

目の前の相手にのみ集中すれば良かった普段の手合わせや模擬戦と違い、一匹を倒してもそれで終わりではないのだ。

だからこそ、追い打ちや止めを刺す事も出来ずゴブリンに捕まらないよう後ろに下がるしか無かった。


「なんでっ!」


カルクの目には涙が浮かんでいた。

恐怖ではない。

昨夜あんな事があったにもかかわらず、カルクはゴブリンを臆していない。

いつもどおりの戦い方が出来ず、ゴブリンに押されている現状が悔しくてたまらなかった。


こんなはずじゃなかった。


昨夜だって、現れた一匹のゴブリンを早々に倒し、何事もなかったように見張りを続けるつもりだった。

交代する時に「ゴブリン出てきたけど倒しちまったぜ!」と、胸を張って報告するつもりだったのだ。


振るう剣が空を切る。


追撃しようと前に出れば、別のゴブリンの爪が伸びてくる。

冷静に見れば、ゴブリンはただ目の前の獲物にひたすら腕を伸ばし、牙を突き立てようとしているだけ。

そこにはガージュやルミニアのような指揮官もいなければ連携も無い。


だが、一対一の戦いしか知らないカルクにはそれだけで十分厄介だった。


どんなに剣を振るっても、ゴブリンの命を絶つ事が出来ない。

あと一歩前に出る事が出来れば、あと少し振るった剣が深く相手を切り裂いていたなら。

それだけで、目の前のゴブリンを倒せるのに。


思いどおりにいかない戦いに、カルクは悔し涙を零していた。


――――――――――


ガージュの目にも、今のカルクは空回りしているように見えた。


確かにカルクの剣は荒削りで、正確さで言えばユーリやガージュの方がまだ上だろう。

それでもカルクは、男子の中ではレキに次いで強い。

それは、相手に臆する事無く常に前に出続けられるからだ。

前に出ながら剣を振るい、その剣が当たらなくとも更に前に出て剣を振るう。


それがカルクの戦い方。


だが、今のカルクにはそれが出来ていない。

あと一歩、もう一振りがどうしても出来ないでいる。

後方から指揮を取るガージュにもそれが良く分かった。


「カルクっ!

 ちっ!」


そんなカルクを見かねて、ガージュが剣を構えた。

ガージュの指揮では、ガドが左を抑えている間にカルクとユーリで右側を殲滅させるつもりだった。

群れを成すゴブリンに対し、一人で立ち向かえるほどガージュ達は強くない。

少なくとも今のガージュの実力では、一対一でも苦戦するだろう。


仮に倒せても相手は数十匹から成るゴブリンの群れである。

次から次へと襲いかかられ、やがてこちらの体力が尽きてしまう。


だからこそ、こちらは連携で対処するしか無いのだ。

ガドとカルクを前衛に、ユーリに遊撃を任せ、自分は指揮に専念する。

余裕があれば魔術で援護するつもりだったが、残念ながらそんな余裕は無かった。


初めての実戦。

思いどおりに戦えるはずも無い。


「僕も遊撃に移るっ!

 ユーリは引き続きカルクを助けてやれっ!」

「分かったっ!」


ガージュが指揮を執り、カルク達がそれに従い戦う。

実力的にも人数的にも劣るガージュ達が唯一出来る対抗手段だった。

だが、その戦い方もこれまで。


今から行われるのは総力戦。

ガージュが指揮を放棄し、それぞれがそれぞれを補いながら戦う。

ユーリはカルクと背中を合わせ、ガージュはガドが食い止めている間にとにかく攻撃を繰り出す。

無詠唱で魔術が使えず、切るより突きに特化した剣術を持つガージュが出来る最大の攻撃は、ガドを盾にしての一撃必殺の突きしかない。


ルミニアにあっさり弾かれた突きだが、威力だけなら十分通じる。

ルミニアも、「お父様の突きを知らなければ、あれほど上手くさばけなかったでしょうね」と後で教えてくれた。

それが本当かどうかは分からないが、それでもこの突きがガージュに出来る最大の攻撃なのだ。


カルクのフォローをユーリに任せ、ガージュはただひたすらゴブリンを突く。

自分が突いた分だけカルク達の負担が減ると信じて。


――――――――――


男子達の戦術は崩壊し、泥沼の戦いへと移行していた。

少し離れたところで槍を振るうルミニアは、しかしどうすることも出来ないでいる。


実力的には男子よりも女子の方が高い。

武術と魔術、そのどちらにおいてもフランとルミニアが二位と三位。

魔術を合わせた戦いならユミも強い。

武術だけならミームは四位で、魔術だけならファラスアルムが五位。


レキを除けば、皆男子より上なのだ。


ガージュ達が苦戦する相手でも、ルミニア達ならどうにか出来る・・・はずだった。


「ユミさんはそのまま前衛を。

 倒さなくても良いので、とにかく近づけさせないで下さい」

「うんっ!」

「フラン様は深追いせず、ファラさんの護衛を中心にお願いします」

「分かったのじゃ!」

「ファラさんは無理せず支援魔術を。

 攻撃は余裕があればお願いします」

「は、はい」

「ミームさんは・・・」

「うぅ・・・」


本来なら上手く行くはずの連携は、一人の不調でぎこちなく回っていた。


――――――――――


ルミニアは賢い。

それは幼い頃から読書を続けてきた事と、体を鍛える様になってからもフランとレキを補佐する為に勉強を頑張ってきた成果だ。


戦術も学んでいる。

レキやフラン、父ニアデルとの手合わせでは必要ないが、魔物と戦う上で連携は必須だからだ。

武人である父ニアデルに学び、過去の書物からも知識を得て、ルミニアは今回のような事態にも備えてきたつもりだった。


残念ながら、今のルミニアにはその戦術を正しく運用し続けるだけの経験が圧倒的に足りていなかった。


レキが単独で片側を受け持ち、もう片側から迫りくるゴブリンを男子と女子で手分けして受け持つ。

実力的にも人数的にも足りない男子の負担を軽減する為、ルミニア達の方が若干広い範囲でゴブリンと戦っている。


ユミはどちらかと言えば攻撃的な前衛である。

それでもユミの実力なら十分ゴブリンを抑えられる。

遊撃には素早く攻撃力も高いフランとミームの二人を配置し、防衛よりも攻撃を優先した。

少々の怪我ならファラスアルムが、手が足りなければ同じ青系統の魔術が使えるルミニアとユミも協力して癒やす事が出来る。

殲滅力だけでなく、継続戦闘力も男子より女子の方が遥かに高かった。


だからこそ、ルミニアは男子側より広い範囲を受け持つ事にしたのだ。

間隔を広げて立つユミとルミニアに、その横や隙間からフランとミームが攻撃するという布陣。


以前から考えていたこの連携は、全員が普段どおりの実力を発揮できていたならこれ以上なく上手く機能するはずだった。


「ミームさん!

 左ですっ!」

「くっ!」

「ミーム!

 無理するな、下がるのじゃ!」

「で、でもっ!」

「ミーム、こっちっ!」

「ユミっ!

 っごめん」

「"青にして慈愛と癒やしを司りし大いなる水よ、我が願いのもと、彼の者を癒やし給え"

 ミームさん、"ルエ・ヒール"」

「うっ、ありがとファラ」


フランと共に遊撃を受け持つミームが、襲いかかるゴブリンに一撃を入れるべく果敢に攻め立てる。

だが、その一撃は横から来た別のゴブリンによって邪魔をされた。


例えばこれが一対一の模擬戦であれば、ミームの攻撃は間違いなく当たっていただろう。


だがこれは実戦である。

相手は森に住むゴブリンの群れ。

同時に襲いかかってくるゴブリンに、あと一歩が踏み出せないでいる。


素早く相手の懐に飛び込み、一撃を加えて離脱するという戦い方が出来ればまだ違ったのだろう。

今のミームには、それすらも出来ないでいた。


ルミニアの見る限り、今のミームはとてもではないが普段どおりとは言えなかった。

思い切りが足りていないのだ。


「きゃっ!」


今の攻防もそうだ。

いつものミームなら、相手の攻撃を掻い潜って懐に入り込んだだろう。

攻撃を避ける為、あえて前に出るのが普段のミームの戦い方だ。


武器を持つ者を相手に、無手であるミームはどうしても間合いの差で不利になる。

それをミームは、相手の懐に入り込み、間合いを殺して戦う事でその不利を無くしているのだ。


ミームはいつも前へ前へと攻めている。

それがミームの持ち味で、それこそがミームらしい戦い方である。


今のミームにはその「らしさ」が無い。

ゴブリンの懐に入り込むよりも、ゴブリンの攻撃を避ける事に重点を置いている。

そんな風に見えるのだ。


これは実戦。

普段の手合わせとは勝手が違う。

相手は複数で、こちらも連携を取っている。

相手は魔物で、レキやフラン、ルミニア達と行う模擬戦とは何もかもが違う。


ゴブリンの大きさはルミニア達と大差なく、間合いの差も殆ど無いと言って良い。

どこから調達したか分からないボロボロの武器を手にする個体もいるが、やたらと振り回すだけの到底剣術とは呼べない代物で、その他のゴブリンとて爪や牙でひたすら食らいつこうとしてくるだけ。

普段のミームなら十分対処出来るはずだった。


にも関わらず、今のミームにはそれが出来ていない。


相手がゴブリンだからではなく、複数を相手にしているからでもない。

もっと違う理由があるように思えた。


「・・・やはり昨夜の」


思い当たるのは昨夜の事件。

殺されかけたせいで、ミームの中に死への恐怖が生まれてしまったのだろう。


学園に来るまで、ミームは負け無しだったと言う。

相手は同年代の獣人の子供達。

もちろん負けたら死ぬなどあり得ず、考えた事も無かったのだろう。


学園に来てからもそれは同じで、どれだけ負けても命を失うような事は無かった。


そんな、ある意味安全な戦いを繰り返してきたミームである。

自分の実力にもそれなりに自信はあったのだろう。


なまじレキが強すぎた為、レキには敵わずともゴブリン程度なら倒せると思いこんでもいた。


レキが魔の森での生活を語り、フランやルミニアがレキと共に魔物と戦った経験を語ったのも良くなかった。

勝ち気なミームが「自分だって」と思ってしまうのは当然だった。


そうして意気揚々とゴブリンに挑み、危うく殺されかけた。

戦闘経験豊富な冒険者なら兎も角、初めて実戦を経験したばかりの十歳のミームが一晩で立ち直れるはずもないのだ。

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