第20話:みんなでごはん
「わらわが王都を案内してやるのじゃ。
楽しみにしてるのじゃぞ」
「うん!」
王都に誘われ、嬉しそうなレキ。
フランもまた、生まれ育った街を新しい友達に案内できる事を喜んでいる。
同い年の少年と少女は、明日からの話をとても楽しそうにしている。
「レキ君ならフラン様の専属護衛になれますし、フラン様が学園に行く際には一緒に行けますね」
「同い年というのは何かと都合がいいな。
剣術に関しても、二年もあればそれなりに鍛えられるだろう」
「魔術は私が教える。
ついでにレキの魔力に関して調べなければ」
そんな二人を見ながら、レキのこれからについて話し合うリーニャ達。
実力的にはフランの護衛になる事に問題は無い。
人柄も、おそらくは大丈夫だろう。
同い年というのもこの際有利に働く。
フランが二年後から行くことになる学園にも、レキなら一緒に入学する事が出来るだろう。
王都から約三日ほど行った場所にある街アデメア。
そこにあるフロイオニア学園には、国中の子供達が様々な事を学ぶ為集まってくる。
全寮制であるその学園には、貴族や王族と言えど従者を連れて行く事は出来ず、当然リーニャ達も同行できない。
レキなら、同じ生徒として共に学園に通う事が出来るのだ。
入学時には試験があるが、入学までの二年である程度教え込めば良い。
学園は、知識もさる事ながら武術や魔術も学ぶ。
レキの実力なら、入学さえしてしまえばあとは問題なく過ごせるにちがいない。
二年後に備え、今から何を教えるかひそかに話し合うリーニャ達である。
「なんじゃ?
何を話し合っておるのじゃ?」
「いえ、レキ君にどこに住んで頂くかで少々揉めておりまして・・・」
自分達を置いて何やら話し込むリーニャ達にフランが気付いた。
別段隠しておくような事ではないが、フランにばれたら自分も何か教えるのじゃと騒ぎ出すに違いない。
フランとて学んでいる段階である。
レキに教える余裕は無く、それどころか逆にフランの勉強が遅れてしまいかねない。
「お城に住んで頂くというのは?」
「騎士団の宿舎でもいいぞ?
毎日騎士団の稽古にも参加できる」
「脳筋の鍛錬などより魔術士として研鑽したほうがいい。
将来の役にも立つ」
「えとえと・・・」
ごまかすついでに、いずれ考えなければならないであろうレキの住む場所について、三者三様の意見や希望を出し始めるリーニャ達。
レキの功績を考えれば、客人として王宮に住まわせる事は可能だろう。
将来の事を考え、フランと共に様々な事を学ばせる為にも何かと都合が良い。
騎士として剣術を学ぶならミリスの案も良い。
レキも一応は剣を使っているわけだし、ミリス達王宮騎士達が教えれば騎士として大成できるに違いない。
レキの持つ黄金の魔力。
その謎を解明しつつ魔術を学ぶなら、フィルニイリスと共に生活するのは最高の環境である。
研究家の側面を持つフィルニイリスの下でなら、効率よく魔術が学べるだろう。
もちろんそれは王都へ着いてからの話しであり、もっと言えばリーニャ達の希望である。
王都に着いたらどうするかなど、レキは考えていない。
王都へ行けば何とかなるという軽い考えすらなく、ただ王都へ行ってみたいという気持ちだけで浮かれている状態なのだ。
そんなレキをそっちのけで、リーニャ達は先の話をしているのである。
「わ、わらわが誘ったのじゃぞ!」
「レキ君の部屋なら王宮に用意できますし、なんなら私がお世話しますよ」
「いや、レキの部屋なら騎士団の宿舎に用意しよう。
皆気のいい連中ばかりだぞ」
「騎士団と一緒にいたら脳筋がうつる。
それより私の部屋で暮らせばいい。
今なら私のお世話が出来る特典付き」
「フィルニイリス様がお世話されてどうするのですか、それより・・・」
「いや、だったら」
「甘い、それなら・・・」
「じゃからわらわがっ!」
あたふたするレキをよそに、フランを交えた四人の会話はどんどんヒートアップしていった。
この混乱は、それからしばらくの間続くのだった。
――――――――――
「も、申し訳ございません」
「申し訳ない」
「ごめん」
「すまぬのじゃ」
「お腹空いた・・・」
夕食の支度をそっちのけで話に盛り上がっていた四人が、恩人である腹ペコ少年レキに頭を下げた。
レキが同行してくれる事に喜ぶあまり、そのレキの事をないがしろにしたのは許されない話だった。
ただでさえ、今日はお昼ご飯を食べていないのだ。
レキのお腹は、正直限界が近かった。
「い、今すぐ支度しますね。
ミリス様はお肉を焼くのお願いします」
「あ、ああ」
「フィルニイリス様は竈の用意を」
「任せて」
「フラン様は・・・」
「うむ!」
「えっと、レキ君とお皿を用意して頂けますか」
「分かったのじゃ!」
手分けして夕食の支度を再開するリーニャ達。
侍女であるリーニャの号令に、皆意気揚々と、あるいは汚名返上とでも言わんばかりに動き出した。
「"赤にして勇気と闘争を司りし大いなる火よ、我が意に従い火を灯せ"、"エド"」
「うわぁ~」
竈に薪を並べ、フィルニイリスが魔術を行使した。
使用したのは赤系統の基本魔術、エド。
魔力により火を生み出すだけの、単純な魔術である。
主に火種に用いられるそれは、赤系統魔術の基本中の基本、魔術の火だ。
「魔術を見るの初めて?」
「ううん、父さんも母さんも使ってた。
俺使ったことないけど」
「そう、ならお城に戻ったら私が教える」
「うん!」
「ずるいです・・・」
「ずるい・・・」
「ずるいのじゃ・・・」
切り分けられた肉や内臓にリーニャが下ごしらえを施し、フィルニイリスが火を点けた竈でミリスが焼く。
レキとフランは邪魔にならないよう見学しながらお皿を並べていく。
因みに、お皿はレキがそこら辺の木を切って作った物だ。
和気藹々と夕食の支度はすすむ。
日はすっかり傾き、木々に囲われた小屋は既に夜の様相を見せ始めている。
小屋の中央に設置されている魔石が絶え間なく魔力の光を放ち、用意された燭台にフィルニイリスが火を灯した。
簡易的な魔術ならフランでも使えるらしいが、加減が出来ないらしくこういった場合は手本代わりにフィルニイリスが行っている。
うっかり小屋に火をつけてしまえば大惨事だ。
「魔術は魔力と脳内でのイメージが重要。
詳しい事はお城で教える」
「うん!」
事あるごとにレキを勧誘するフィルニイリスにフランが頬を膨らましつつ、ようやく夕食の時間となった。
――――――――――
「では、いただきましょう」
「いただきますなのじゃ!」
「いただきます!」
「いただこう」
「いただきます」
食事の挨拶もほどほどに、五人は夕食を食べ始める。
よほどお腹が空いているのか、普段は小食なフィルニイリスも本日ばかりはよく食べた。
この中で一番上品に、あるいは優雅に食事をすすめるリーニャも、量だけなら負けていなかった。
ちなみに、オーク肉は比較的ありふれた食材である。
決して弱いとは言えない魔物だが、それなりに経験を積んだ冒険者が数名いれば倒せる程度の魔物であり、一流と呼ばれる冒険者なら単独での討伐すら可能。
個体数も多く、ある程度大きな森なら大抵生息している為、発見も容易い。
数十体で集まり巣を形成して生活するが、狩りなどの際は単独行動を取る場合が多く、比較的狩りやすいのも特徴である。
肉は一般的な豚肉に近い。
通常の豚肉よりも身が引き締まっており、意外かもしれないが脂肪分は少な目である。
だからと言って硬いわけではなく、肉厚ながら十分な柔らかさを持っている。
一体一体が大きく、肉の量もそれに比例して多くなる為、一体狩れば数人分の食料になる。
小規模の村なら数体も狩ればそれだけで村の食事を賄えてしまうだろう。
街や王都にある食堂でもほぼ毎日の様に提供されており、この世界の住人なら誰もが一度は口にした事があるに違いない。
オーク肉とは、それだけ一般的な食材であり、要するに食べなれた食材なのだ。
「うまいのじゃ!」
「うん、おいしいね」
かと言って決して不味い訳ではなく、むしろ普通の豚肉より美味しい。
レキにとってもオーク肉は好物の一つであり、フランも普通の豚肉よりオーク肉を好んでいる。
レキにとっては実に数年ぶりとなる「誰か」との食事。
フランもまた、疲労と空腹と、自分も手伝った料理という事もあってか、いつもよりさらにおいしく感じていた。
なお、美味しいのは何も感覚的な話だけではない。
「あら」
「ほう」
「む・・・」
普段から食べ慣れているはずのオーク肉を口にした三人。
ろくな野菜も調味料の類すらもなく、簡単な下ごしらえだけで焼いただけのオーク肉は、にもかかわらずいつも食べているオーク肉とは明らかに違っていた。
「すごいですね、コレ」
「ああ、とてもオーク肉とは思えん」
「・・・肉そのものの味が濃い。
あと肉厚、密度が濃い?」
「コレだけ硬ければ噛み切れないはずなのだが」
「ええ、歯ごたえはあるのに口の中でほどけていきますね」
「オークそのものが強い個体だったから。
その分肉がしっかりしている」
「なるほど・・・しかしこの味は?」
「焼いただけだというのに、何故か肉以外の味もしますね」
「肉に栄養が詰まっている?
食材となったオークがそれだけしっかり食べていたという事?」
「エサが良かった、という事ですか?」
「この森は食材が豊富という事か?」
「あんな希少植物が栽培できるくらいなのだから、魔物のエサも豊富に違いない」
「その栄養が肉自体にも染み渡っているのでしょうね」
「なんにせよコレは美味い」
「ええ、本当に」
お世辞ではなく、またレキやフランの様に感覚的な物でもなく、レキの狩ってきたオークの肉は本当に美味しかった。
フラン以上に食べ慣れている三人がそう感じるのだ。
間違いなく、魔の森のオークの肉は普通のオーク肉より美味いようだ。
「うにゃ?
どうしたのじゃ?」
そんな三人に声をかけるフラン。
自分が初めてお手伝いした料理の味が気になるのだろうか。
「いえ、美味しいですねフラン様」
「うむ、そうじゃろそうじゃろ」
リーニャの感想に、フランが満足げに頷く。
王族であるフランは、こういった手伝いなど今までした事が無かったのだ。
やりたくなかったのではなく、周りがやらせてくれなかったのだ。
今日はフランも頑張った。
新しく出来た友人と一緒に頑張って切り分け、焼かれた肉をお皿に並べた。
そんなフランの気持ちも込められた食事が美味しくないわけがない。
皆で食べる美味しい食事。
レキも含め、五人の食事は笑顔のまますすんだ。
「レキはいつもこんなおいしい物を食べてるの?」
「いつもってわけじゃないよ。
魔物が狩れない日もあるし」
「ほう、まぁいくら魔の森とてそんな日もあるか」
「オーク以外も食べるの?」
「うんとね、狼とか、あとさっきの・・・なんだっけ、大きいやつ」
「オーガ?
オーガは美味いのか?」
「オークより硬いけど結構おいしいよ。
大きいから運ぶの面倒くさいけど」
「なるほどのう」
「・・・オーガは食べられるのか?」
「倒すので精一杯。
そもそも食べる目的で倒さない」
「大抵の場合は死体もボロボロになってるだろうしな」
「まぁまぁ、レキ君ですし」
時にレキの普段の食生活を聞きながら
「内臓も美味しい」
「フィルはお肉食べないの?」
「内臓もある意味肉。
特に心臓は肉っぽい」
「これは?」
「肝臓はそうでもない」
「ええ、でも美味しいですね」
「お酒にも合う」
「お酒?」
「リーニャはこう見えて酒豪。
騎士団長と呑み比べても負けない」
「負けない、というか余裕で勝ってたな」
「ふふっ」
時に皆の意外な一面を聞きながら
「わらわはこれ嫌いじゃ。
なんかもさもさするのじゃ」
「もさもさ・・・」
「好き嫌いすると大きくなれませんよ?」
「こんなの食べずとも大きくなれるのじゃ」
「好き嫌いするとレキ君に嫌われますよ?」
「うにゃ!?」
「ほえっ?」
「レキ君は好きですよね?
肝臓」
「う~ん・・・まあまあ?」
「にゃにゃ!?」
「ほら、フラン様も食べないと」
時にフランをからかいながら
「魔物以外だと何を食べるのじゃ?」
「お肉以外にも食べ物いっぱいあるよ?」
「木の実とか?」
「きのことかか?」
「食べられるきのこ?」
「うん」
「・・・どう思う?」
「おそらく半分以上は毒きのこ。
でもレキにとっては食べられるきのこ」
「・・だろうな」
時に森の話を聞きながら
「ゴブリンは食べないのじゃな」
「だっておいしくないし」
「・・・」
「どうしたのじゃ、ミリス?」
「い、いやその・・・ゴブリンは食べられない魔物の代表格なので」
「そうなの?
美味しくないけど食べれるよ?」
「いや不味いとかそういう問題では・・・」
「ゴブリンは大地の精霊が毒素によりその身を変えた存在と言われている。
その肉もまた、人体に悪影響があると言われている」
「え~・・まぁいいや、おいしくないし」
「いや、味はともかくだな・・・」
「ウォルフ達は食べてるよ?」
「そうなのじゃな。
う~む、気になるのじゃ」
「いや、食べないでください」
時にたわいも無い話を織り交ぜながら
「普段からこんな上等なオーク肉食べてるなんてレキはずるい」
「え~・・・」
「うむ、レキはずるいのじゃ!
「俺が狩った魔物だし」
「一人で狩って解体して料理して・・・オーク一人じめ」
「ウォルフ達も一緒だよ」
「おお、そういえばウォルフ達はどこじゃ?」
「外で食べてるよ」
「なんじゃ、折角だから一緒に食べれば良かったのにのう」
「ウォルフ達あんまり小屋に入ってこないし」
「ふむ、ならわらわ達が外で食べれば良かったのじゃな」
「それもどうかと・・・」
「外には竈がありませんし」
「流石に生はきつい」
「いえ、オーク肉は火を通さないとお腹壊しますから」
「むぅ・・・せめてギンローとギンコだけでも」
「きっとウォルフ達も気を使っているのですよ」
「レキの分まで食べそう」
「え~・・・」
「今からでも一緒に食べればよいのじゃ」
「もう食べ終わっちゃってるよ?」
「むぅ、残念なのじゃ」
五人の食事は、楽しく続けられた。




