第198話:いざ森へ
「お前達、準備は良いか?」
野営の片付けが終わり、出発の準備が整ったところで、付き添いであるレイラス達がやってきた。
「本日は森へ入るわけだが、知ってのとおり森にはゴブリンがいる。
ゴブリンは確かに弱い魔物だが、それでも今のお前達では少々荷が重い。
カルクとミーム=ギは身を持って知ったようだがな」
「ぐぅ・・・」
「・・・」
ゴブリンの強さを嫌という程その身をもって知ったカルクとミーム。
二人はもちろんの事、その二人の実力を知っている他の面々も、レイラスの話を真剣に聞き入っていた。
真剣に聞かなければ、次の瞬間レイラスの鉄拳が振ってくるが。
「本日は私達も共に移動するが、それでも野外演習の主体はお前達だ。
我々は極力口を出さないつもりでいる。
何があってもまず自分達で考えて行動しろ。
いいな」
『はいっ!』
「「・・・はい」」
昨夜あんな事があったにも関わらず、そんな事を告げられた生徒達。
森に入る以上いつゴブリンが襲ってくるとも分からないと言うのに、最後まで助けない自分達で何とかしろと言われ、ルミニア達は身を引き締め、ファラスアルムは恐怖で涙目になった。
昨日までのルミニア達であれば、レイラスの言葉に「では皆さん頑張りましょう」と何も考えず行動しただろう。
例えゴブリンと遭遇しても、いつもどおりみんなで力を合わせて立ち向かったに違いない。
だが、ゴブリンの脅威を知ったカルクとミーム、そんな二人が命を落としかけた事を知ったガージュ達。
ゴブリンの脅威を知らなかった者達がその気を引き締め、ルミニアも仲間とどう力を合わせれば良いか再び考え始めた。
レイラス達が付き添う以上勝手な行動など出来るはずもない。
昨日の件についてはカルクとミームも大いに反省しており、レイラス達がいなくともさすがに自粛するだろう。
内心リベンジに燃えているカルクは怪しいが、それでも単身で突っ込むような真似はしないはず。
ミームはミームでシュンとなっており、こちらもおそらく大丈夫である。
「それと、レキはこっちに」
「えっ、うん」
フィルニイリスに呼ばれ、レキがレイラス達の下へ向かう。
おそらく、万が一に備えてレキにも何か役割を振ったのだろうとルミニアは考えたが、戻ってきたレキは何やら首を傾げていた。
「どうしたのじゃ?」というフランの問いかけにも「う~ん・・・」と唸るばかりである。
口止めされたのは、あるいはレキ自身良く分かっていないのか。
そんなレキを連れて、一行はゴブリンの巣窟である森へと向かう。
――――――――――
「では行きましょう」
ルミニアの号令で、レキ達最上位クラスの生徒達が森へと入って行った。
カルクとミームがゴブリンを見たところから少し離れた場所に、森の入口と思われる獣道があった。
昨夜はただでさえ暗い夜の森という環境と、ゴブリンを倒す事しか考えていなかった為か、カルクとミームは気付けなかったようだ。
森に入る時には周囲を良く確認すべきと、フィルニイリスが忠告した。
木々だらけの森の中、闇雲に走り回ってしまえば方向感覚を失ってしまう。
何か目印でもあれば別だが、昨夜の状況ではそんなものを見つける事は難しく、自分達で用意する事も出来なかっただろう。
つまり、仮にゴブリンの群れを全滅させても、そのまま森を彷徨う羽目になった可能性があったという事だ。
そして別のゴブリンの餌になった可能性も・・・。
そう言われ、改めて昨夜の自分達がいかに無謀だったか思い知らされ、再び反省する二人であった。
本日も先頭を歩くのはレキである。
索敵と戦闘、何より森に慣れている為に選ばれたのだ。
もちろん異論を挟む者などいない。
むしろレキが先頭を歩く事に、あのガージュですら安心したほどだ。
獣道は細く、人の手など全く入っていないように見えた。
毎年フロイオニア学園の生徒達が利用している以上、何らかの手が加わっていてもおかしくはないのだが、自然な環境での実習ということで極力手を加えずにいるのだ。
それでも慣れ親しんだ森。
レキはまるで平地を行くようにてくてくと歩いて行く。
歩く速度こそ皆に合わせてはいるが、すいすい進むレキとその後ろを枝を避けながら歩く他の面々。
不慣れで見通しの悪い森。
整地されておらず、木の根などに足を取られそうになり、そこかしこから伸びる枝に服が引っかかる。
何より、この森にはゴブリンがいる。
いつどこから魔物が襲ってくるか分からない場所を平然と歩ける者など、生徒の中ではレキくらいだろう。
レキを全面的に信頼しているフランとて、歩きづらさとゴブリンへの警戒で、いつも以上に慎重になっているほどだ。
二人がぎりぎり並んで歩ける程度の獣道。
レキの後ろを最上位クラスの生徒達が続く。
殿はルミニア。
地図を見るファラスアルムと並び、みんなへ指示を出す担当である。
幸い、この森の獣道は目的地である湖まで真っ直ぐ続いているらしい。
幾つかの分かれ道はあれど、曲がらずただひたすら真っ直ぐ歩けば辿り着くのだそうだ。
例年なら。
分かれ道で別の道へ向かおうとしたり、あるいは獣道をわざと外れて森の中へ入ろうとする生徒が出るのだが、ゴブリンがいると分かっている以上そんな馬鹿な真似をする者は今のところこの中にはいない。
昨夜の事が無ければカルク辺りが提案しそうなものだが、そのカルク自身が痛い目を見ている為、皆黙々と前だけを見て歩いていた。
生徒の後ろには護衛であるレイラス達が、前日と違いピッタリくっついて歩いている。
万が一にも生徒達を見失わないよう、こちらは周囲より生徒達を警戒していた。
昨夜の一件もあって、勝手な行動を取ろうとする生徒はこの場にはいない。
だが、得てして子供というのは突発的な行動を取ってしまうもの。
久しぶりに森へ来たレキなどは、先程から妙に足取りが軽いように見えた。
周囲への警戒のため左右をちらちらと見ながら歩くレキだが、見ようによっては森の景色を堪能しているようにも見えるのだ。
一応、ゴブリンと遭遇した際には極力こちらからは手を出さないよう注意している。
特に、レキには最後まで手を出さないよう厳命しておいた。
不用意な戦闘を避ける為、レキ以外の生徒に経験を積ませる為、何より森の保護の為である。
最後の理由に関してはレキが不満を訴えたが、ミリスやフィルニイリスが過去の所業を述べた為あえなく退けられた。
獣道をてくてくと進み、一行は若干開けた場所に出た。
昨夜カルクとミームがゴブリンを迎え撃った場所ほどではないが、それでも皆が休める程度には広い場所である。
森には時折こういう場所があるのだが、この場所に関しては生徒達が休めるよう少しだけ手を加えた空間だったりする。
そうとは知らないレキ達は、周囲を警戒しつつ少し早めの休憩を取る事にした。
昼食は持参した干し肉である。
多少開けているとは言え火を起こすには狭く、こんな場所では火事になりかねない。
それに、下手に火を起こせばゴブリンを引き寄せてしまう可能性もある。
カルクとミーム、それにレキが数匹ほど仕留めているとは言え、森の中にはまだ沢山のゴブリンが存在している。
煙を目印に飢えたゴブリンが寄ってくる可能性は低くは無いだろう。
何故なら、ここにはゴブリンの好物である人の子供がいるのだ。
どれほど警戒していようとも、ゴブリンはお構いなしに襲ってくるだろう。
「こない、か」
例年であればそろそろ仕掛けてくるはず。
そう思い警戒していたレイラスだったが、休憩が終わってもゴブリンは姿を見せなかった。
そもそも例年なら、道中は賑やかしく、休憩中も騒がしく、時には木の実などを求めて森の中へ入っていこうとする生徒が出るくらいで、それだけ騒がしくすれば嫌でもゴブリンを呼び寄せてしまう。
戦おうとする生徒も中にはいたが、実力不足かつ数にも押され、獣道を真っ直ぐ奥へと逃げて野営地へと辿り着く、というのが毎年の事だった。
「のうレキ。
ゴブリンはおるか?」
「ん~、あっちに何匹かいるけど」
既にゴブリンがいる事が分かっている以上、意識するなという方が無理な話。
カルクとミームという被害者が出ている為、慎重になるのも当然だ。
いつゴブリンが襲ってきても大丈夫なよう、レキ達は周囲を警戒しながら歩いている。
なお、この程度の森ならどこにいようともレキの探知の範囲内であり、ゴブリンの動向など手に取るように分かるようだ。
森にはまだたくさんのゴブリンがいる。
だが、そのゴブリン共はなぜか近づいてこないでいる。
ゴブリンの存在が明らかになっている以上、警戒は元よりゴブリンの動向を把握するのはもちろん正しい行為だろう。
近くにおらずとも常に警戒し、襲ってきてもすぐ対応できるよう準備しておくのは、森を歩く上でこれ以上ないほど正解である。
だが、それでは野外演習の裏の目的が達成できない。
生徒達の安全を第一に考えれば、ゴブリンが襲ってこないのはありがたい。
迎え撃つ体制が出来ている事も、むしろ褒めるべきだろう。
だが、この野外演習の裏の目的、すなわち魔物の脅威をその身をもって知るという点を考えたなら、警戒はまだしも容易く撃退されては少々まずいのだ。
カルクとミームは十分過ぎる程知ったようだが、他の面々は体験をしていない。
学園での手合わせで二人の実力は知っているだろうが、それでゴブリンの脅威が理解できるかと言えば微妙である。
襲われ、殺されそうになった恐怖というものは、話では伝わらないのだ。
目的を達成する為には、やはり生徒達が実際に戦ってみる必要がある。
「どうしたレイラス?」
思案するレイラスに、ミリスが声をかけた。
「ミリスか、いや少しな」
「ゴブリンが襲ってこない件?」
「フィルニイリス殿、ええまぁ・・・」
「皆様の安全を考えればこのままのほうがよろしいのでしょうが・・・」
「ですが、それでは裏の目的が」
「・・・仕方ない、レキ」
「ん?
何、フィル?」
野外演習の裏の目的については、当然ミリス達も聞かされている。
ゴブリンが襲ってきた場合、何も知らないままではミリスやフィルニイリスが容易く撃退してしまうからだ。
それでは生徒達に経験を積ませる事が出来ず、どころか魔物など大した事ないと勘違いさせてしまいかねない。
最悪の事態に備えつつも、基本的には生徒達に対処させるのがレイラス達の役目である。
なお、実際にゴブリンが襲ってきた場合、まずレキを抑えておかねば他の生徒達が戦う暇も無いだろう、というのはミリスの意見だった。
ゴブリンが襲ってこないという状況は想定していなかった。
多少知恵があるとは言え所詮は魔物。
昨夜の件はあろうとも、こちらにはゴブリンの好物である子供と女性が十四人もいるのだ。
数匹撃退された程度で諦めるほど、ゴブリンは潔くもなければ賢くも無い。
にも関わらず襲ってこない理由、それは。
「あまり魔力を放出しすぎると森にも影響が出かねない。
警戒はしつつ魔力は抑えるように」
「ん~、分かった」
警戒の為、レキが魔力を放出し続けているのが原因だった。
と言ってもあくまで索敵の為の魔力であり、その放出量は微々たるもの。
ゴブリン相手に警戒心を抱かせる程度で、皆の安全を考えればむしろ維持すべきである。
実際、ゴブリン共は遠巻きにこちらを伺っている。
レキが魔力の放出をやめればきっと、喝采をあげながら襲ってくるに違いない。
通常ならそのまま維持してほしいとお願いするところだが、野外演習の裏の目的を考えれば止めてもらわなければならなかった。
かと言って、バカ正直に「ゴブリンが襲ってこないから止めろ」などと言えるはずもない。
仕方なく適当な理由をでっち上げ、フラン達に聞こえないよう小さな声でレキの魔力による索敵を止めさせた。
しばらくして。
ゴブリン共の嬉々とした叫び声と、草木をかき分けて来る足音が近づいてきた。




