第194話:無知故の蛮勇
時間は少し遡る・・・。
見張りの交代の為、眠たい目を擦りながら天幕から出てきたカルクとミーム。
慣れてはいないが、二回目ともなれば少しばかり余裕が生まれていた。
前方、薄っすらと見える森にはゴブリンがいるらしい。
昼間、レキが言っていた事である。
二人はレキの実力に一目置いており、そんなレキを目標として毎日頑張っている。
そのレキが言うのだからと、二人は森にゴブリンがいる事を微塵も疑っていない。
ただ、ゴブリンの強さに関しては少々甘く見ている節があった。
魔物の中でも比較的弱い部類に入るゴブリンではあるが、それでも武器を持たない平民では倒せない程度には強い。
何より、ゴブリンは群れで行動する魔物である。
数によっては騎士団ですら苦戦する魔物なのだ。
それを知らないカルクとミームは、伝え聞いたゴブリンのそれも単体の強さのみを基準に、大した事ないと思い込んでいる。
「ふわぁ~・・・暇だなぁ~」
「見張りなんてそんなもんでしょ」
「でもよ~」
それでも一応、見張りは真面目に行っている。
辺りはすっかり暗くなり、空には満点の星空が広がっていた。
周囲に異常は無く、前方に見える森も静かだった。
レキに教えられなければきっと、ゴブリンがいるなどと思いもしなかっただろう。
それでもレキが言った以上は警戒しなければならない。
二人は森を気にしつつ雑談に興じる。
話題はやはり、目の前に広がる森と、そこにいるゴブリンについてである。
「もしゴブリンが出てきたらどうする?」
「は?
何言ってんの?
そんなの倒すに決まってんじゃない」
「だよなっ!」
残念ながら、二人には知識と経験が不足していた。
見張りと言うのは異常が無いか常に確認する仕事である。
異常があれば、まず責任者に報告しなければならない。
今回の場合は纏め役のルミニアか、付き添いの教師レイラスだろう。
己の判断で勝手な行動をとって良いはずがない。
「どっちが倒すか決めようぜ?」
「は?
そんなの早い者勝ちでいいじゃない」
「え~、それじゃオレが不利じゃね?」
「ふふん、当然よ」
例えば魔物と遭遇した場合、今回でいえば森からゴブリンが出てきた場合どうするか。
森から幾分の距離がある状況なら、二人で手分けして皆を起こすのが最善だろう。
間に合わない場合は一人が食い止め、もう一人がルミニアやレイラスに報告するという手もある。
だが、二人はゴブリンを侮り、発見次第即撃退するつもりでいた。
ゴブリンの一匹程度なら異常という程では無い。
こちらに襲い掛かってくる前に倒してしまえばそれで終わり。
ルミニアを起こすより早く事態を収拾したのなら、むしろ褒められるべき行動のはず。
などと考えたかは定かではないが、二人共皆を起こすつもりはないようだ。
森は静かで、報告すべき異常など起きそうにも無かった・・・少なくとも今は。
「あ~、それにしても暇だな」
「ホント、見張りって退屈ね。
・・・鍛錬でもしようかしら?」
「おっ?
だったらオレも付き合うぜ?」
異常が発生したのは、カルクとミームが見張りについて一時間程経った頃だった。
丁度、付き添いであるレイラス達の見張りがフィルニイリスからレイラスに交代するタイミングでもあった。
「皆、起こしちゃうよね?」
「あ~、だな」
「はぁ、やっぱおとなしく・・・ん?」
「どした・・・あっ!」
眠気を覚まそうと、ミームがその場で伸びをしたちょうどその時。
森の入口付近の草が揺れた木がした。
森からは距離があった。
木々の揺れる音は聞こえなかったが、それでも獣人であるミームの目には確かに揺れたように見えたのだ。
それはカルクも同じだった。
暇をしていたとはいえ一応は見張りを真面目に行っていた為、遠目であってもその異変に気付けたようだ。
「おい、ミーム」
「ええ、あれって・・・」
息を潜め、二人は森を注視する。
森からここまでは距離があり、夜の今はなおさら見えづらい。
それでも二人はしっかりと目を凝らし続けた結果、木々の間に見えるその存在に気づいてしまった。
「・・・ゴブリン、よね?」
「ああ、ゴブリンだな」
そこには、一匹のゴブリンがいた。
――――――――――
「ど、どうする?」
「どうするって・・・どうしよ?」
森のごく浅いところに現れたゴブリンに、カルクとミームは戸惑っていた。
ゴブリンがいる事は分かっていても、本当に現れるとは思ってもいなかったのだ。
口では出てきたら倒すなどと言ってはいても、所詮は子供の言う事。
いざその時が来れば、どうすれば良いか分からないのだった。
「と、とりあえず皆に知らせて・・・」
「で、でもよ、まだこっちに気づいてねぇかも知れねぇぜ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
見張りの役割に関しても、二人はあまり良く理解していなかった。
ただ漠然と、皆が寝ている間こうして火の番をしながら周りを見ていればいいだろう、としか考えていなかったのだ。
魔物がこちらに向かってきたのであれば皆を起こしただろうが、ただ魔物が見えただけの場合は一体どうすればいいのか判断出来ないでいた。
ゴブリンがこちらに気付いていないのも、二人の判断を鈍らせる要因だった。
それがオーガやアースタイガーと言った、騎士団でも容易に討伐できない魔物であれば即座に皆を起こしただろう。
だが、出てきたのはゴブリン、それも一匹だけ。
カルクやミームだけでも対処出来てしまう魔物だった。
「・・・なぁ、一匹だけだよな?」
「・・・そうね」
二人の前に姿を表したのはゴブリンが一匹。
最初は戸惑い、どうすればいいか分からなかった二人も、次第に落ち着きを取り戻す。
たかがゴブリン。
その気になれば倒せる、そう考えていた魔物。
つい先程も、出てきたら倒せばいいなどと冗談半分に語っていた二人である。
落ち着きを取り戻す内に、その事を思い出していた。
「早い者勝ちって言ったよな?」
「そうね、早い者勝ちね」
「見張り、どうする?」
「さっと行って倒しちゃえば大丈夫でしょ?」
「まぁ、あんまり離れてねぇしな」
幸いにして、いや不幸にも、だろうか。
ここは、前方に見える森を除けば見晴らしの良い平原である。
昨日からずっと異常らしい異常など見当たらず、魔物はおろか動物の一匹すら目にしていない。
今少しだけこの場を離れたところで、きっと何も起きないだろう。
そう考えてしまえるくらい、昨日からずっと平和で長閑だった。
もう一つ不幸だったのは、ゴブリンの方がこちらに気付いておらず、敵意や害意を持っていなかった事だろう。
ゴブリンがこちらに気付き、襲ってくるつもりであれば、レキも気付いて飛び起きたはずなのだ。
「じゃあ、せーので行こうぜっ」
「いいわ。
負けないわよ?」
「おうっ!」
見張りとして持ち場を離れる事がどれほど問題なのかも知らず。
たかがゴブリンと侮り、群れで行動するゴブリンがたった一匹しか見当たらない事に疑問も抱かず。
「「せーのっ!」」
己の実力すら過信し、カルクとミームは持ち場を離れ、森の入口付近に姿を見せたゴブリンめがけ、勢いよく駆け出していった。
――――――――――
身体能力で勝るミームが先にゴブリンと接敵した。
獣人であるミームの身体能力は高く、純人のカルクでは追いつけなかったのだ。
お互い身体強化を施したところで、その差は埋まるどころか広がる一方である。
種族的に魔術が不得手な分、体内の魔力を操作して身体強化能力を高める事に費やしてきたミーム。
その鍛錬の成果が十分に発揮された結果と言える。
あっという間、という程ではないが、それなりに早くゴブリンの下へと辿り着いたミームは、その勢いのままゴブリンへと殴りかかった。
ミームの武器は両手に装備した鉄製の小手と、両足に装備した同じく鉄製の脛当て。
それらを用い、徒手空拳で戦うのがミームの戦い方である。
「ギャギャ!」
接近するミームに気づいたゴブリンが種族特有の声を上げた直後、鉄製の小手を纏ったミームの拳がゴブリンの顔面を捕らえた。
「たりゃっ!」
「ギャア~!」
勢いを乗せたミームの拳。
それはゴブリンの顔面を陥没させながら、その背後にあった木へと叩きつけた。
「ギャギャ~」
仕留めるには至らなかったようだが、ダメージは大きかったらしい。
叩きつけられたゴブリンは、最後に一声上げたのち、意識を失ったようだ。
「ふぅ・・・」
「やっぱ速ぇな~」
「ふふん!」
後からやってきたカルクにミームが胸を張る。
相手が気づくより早く倒したのだから、普通なら大手柄である。
それが、ゴブリンで無ければ。
カルクもミームも、普段は模擬戦や手合わせといった一体一での戦闘しか経験していない。
それらはお互いの準備が整った上で開始されるものであり、つまりはお互いが認識しあっている状態からの戦闘である。
今回の様な、相手が気づく前に襲いかかるという、いわゆる奇襲などミームはした事が無かった。
にも関わらず、ゴブリンが気づくより先に攻撃できたのはミームの身体能力の高さ故であろう。
ただし、相手がゴブリンの場合は気づかせないだけでは足りない。
「ゴブリンに声を上げさせる」前に倒せて、初めて奇襲成功と言えるのだ。
また、ゴブリンに襲いかかる際、ミームは全力で相手へ向かっていた。
足音や草木を踏みしめる音など、様々な音を思いっきり発生させていたのだ。
何より、ミームの接近に気づいたゴブリンが、攻撃を受ける直前に声を上げている。
その個体は群れの斥候。
森の入口付近を警戒している個体の一匹だった。
一匹しかいなかったのは、その近くで分かれていたから。
倒されたゴブリンの上げた声も、ミームが発した様々な音も、そのどれもが周囲のゴブリン達を呼び寄せるには十分だった。
「ギャギャ!」
「ギャー!」
「ギャッギャッ!」
「ギャッギ!」
「げっ!」
「うそ・・・」
気がつけば、二人は十数匹のゴブリンに囲まれていた。




