第193話:提案
「何を言ってる?」
「いえ、ですからレキ様を・・・」
ルミニアの提案、それは「レキにカルクとミームを探しに行かせろ」と言うものだった。
ルミニアの言葉にレイラスが眉をひそめる。
もちろんルミニアは、レキの実力を過大評価している訳ではない。
レキならば容易いと「知っている」からこその提案だ。
人で溢れる王都で、はぐれたフランとルミニアをレキは容易く見つけ出した。
その王都より狭い森で、おそらくはカルクとミーム以外魔力を持つ生物はいないという状況下であれば、間違いなく見つけられるだろうという確信がルミニアにはあるのだ。
「出来るのか?」
「えっと、レキ様?」
「ん?
二人なら見つけたよ」
『はっ!?』
「えっとね、あっちの方。
なんか走ってる?
・・・あっ、逃げてる」
「なっ!」
レキは既に二人を見つけていた。
実は、レキは先程から二人を探す為魔力による探索を行っていたのである。
王都より狭いとは言え、それでも横断するには一日以上歩かねばならない程度には広い森。
そんな森の中を彷徨う二人を、レキは森の外から見つけ、更には今の状況すらも把握していた。
ルミニアの考えは正しかった。
もちろんこんなに早く見つけ出すとはルミニアも思っていなかったが。
広い王都内で大勢の人々の中からフランとルミニアを探すのに比べれば遥かに容易く、実際レキは探し始めてすぐに見つけ出していたのである。
レキだからこそ容易かった。
とはいえ、それでもレイラスはおろかルミニアですらも驚いていた。
「えっと、レキ様?」
「ん?
カルクとミームどこ行ったのかなって」
「それでレキ。
二人が森にいるのは間違いないのだな?」
「うん」
「そうか、それでまだ無事なのだな?」
「まだ大丈夫」
「そうか・・・良し」
どうやらレキは、ルミニアの様に森に行った事を心配したのではなく、ただ二人の姿が見えないのが疑問だっただけだったらしい。
探してみたら森にいた、というだけの事だった。
経緯はどうあれ二人の居場所と無事が分かったのは朗報である。
後は二人を連れ戻すだけだ。
「ですからレキ様を」
「いや、しかし」
ここでもまた、レキを連れて行く事にレイラスが渋った。
レキの実力は知っているつもりだ。
探索能力も、今ので実証された。
それでもレキは、レイラスにとって一生徒にすぎない。
元々生徒の安全の為に付き添っているレイラスからすれば、魔物がいると分かっている森に生徒を連れて行く事に抵抗があった。
どれほどレキが強くとも、ゴブリンが低級の魔物であっても、魔物である事に変わりはない。
魔物と戦いに行った生徒を連れ戻す為、別の生徒を連れて行く。
教師であるレイラスが抵抗を覚えるのは当然だろう。
だが、探索効率を考えれば連れて行った方が良いのも事実。
森の外にいながらにしてカルクとミームの居場所を突き止めたのだ。
二人を探すのであれば、これほど心強く有用な者はいない。
二人を救出する為にレキを連れて行くか、あるいは他の生徒同様レキもこの場に待機させるべきか・・・。
悩んだレイラスに決断させたのは、同行していたミリスの一言だった。
「レキはあの魔の森で三年もの間生きてきた子供だ。
場所が森なら、むしろ私達の方が足手まといだろう」
「・・・は?」
それは、レイラスにとって初耳だった。
レキ達が隠していたわけではない。
レイラス以外の者、すなわち最上位クラスの生徒達も話だけなら聞いている。
もっとも、素直に信じた者は僅かだが。
ファラスアルムは素直に信じたが、ガージュは当然としてユーリすらも半信半疑だった。
故に、学園でその話題が上がる事はほとんど無く、レイラスの耳にまで入ってこなかったのだ。
「こんな時に何を言っている?」
「いや、万全を期するならレキに任せた方がいいという話だが?」
「そうではない。
レキが魔の森にいたという与太話についてだ」
「与太話ではない。
実際私達は魔の森でレキと出会ったのだからな」
「だから何を・・・まて。
じゃあお前達が魔の森に入ったと言う話は」
「ああ、事実だ」
ミリスが、いやフランが野盗に襲われ魔の森に逃げ込んだという話は、フロイオニア王国の貴族を中心に広まっている。
彼女達を襲った野盗が捕まっていない為、警告という意味もあるが、王族が襲われたという事実と、それをレキという少年が救ったという英雄譚を同時に広める事で、レキの立場を確固たるものにする為でもあった。
流石に魔の森に住んでいたという話を信じる者は少なかったが、その後に行われた騎士団長との御前試合でレキの実力は確認されており、レキがフランを救ったという話と、王都まで護衛を務めたという話だけは疑われる事は無かった。
レキが学園に入学するに辺り、その話は学園側にも伝えられている。
魔の森の下りを信じる教師はやはり少なかったが、実力だけは入学試験の結果からも信じるには十分だった。
もちろんそれで特別扱いする事は無い。
他の生徒と同様に扱うよう王宮からも念を押されていた為、学園でも寮でもレキは他の生徒と何ら変わりない生活を送っている。
元々、王族だろうが貴族だろうが、生徒なら平等に容赦なく接するレイラスである。
言われるまでもなくレキはただの一生徒。
どれほど実力があろうとただの生徒であるレキを探索に当たらせるなど、特別扱いなどと言う言葉で済まされる話では無い。
だからこそ、今回のような窮地にレキを連れ出す事に抵抗があるのだ。
レキにこの場を任せ、自分達が森に向かうべきだとレイラスは考えている。
それならレキも他の生徒と平等であり、レキの実力なら安心して留守を任せられるというものだ。
レキへの負担が若干多くなるが、それはあくまで実力を考慮に入れた判断である。
生徒であるレキをゴブリンのいる森に連れて行く事を考えれば、幾分かマシだろう。
「・・・そうか、いやしかし」
そんなレイラスの考えも、ミリスの話で再考する余地が生まれた。
魔の森という、この世界で最も危険な場所で生きてきたという話が本当であれば、目の前に広がる森などレキにとっては取るに足らない場所だろう。
通常とは比較にならないほど強力な魔物が生息している場所、それが魔の森である。
同じゴブリンであっても、魔の森の個体は通常のゴブリンより遥かに強力になるいう話だ。
加えて、魔の森にはゴブリン以外の魔物も生息している。
それらの魔物もゴブリン同様強力な個体となっている為、一流の冒険者ですら生きて出られるか分からない森と言われている。
そんな森で生きてきたという話が本当ならば、レキの実力は一体どれほどのモノだろうか。
ミリスの話が本当なら、確かにレキ一人に任せてしまった方が良いかも知れない。
いや、効率を考えれば任せるべきだろう。
目の前の森ならレイラスも何度か入った事がある。
当然ゴブリンとも何度も遭遇し、都度撃退してきた。
日中であれば当然、夜であってもゴブリンごときに負けるほどレイラス達学園の教師は弱くない。
だが、今回は目的が違うのだ。
森へと入っていった生徒を探しつつ、おそらくは遭遇するであろうゴブリンも撃退しなければならない。
夜の森においてそれらを迅速にこなすのは、流石のレイラスでも容易ではなかった。
ミリスやフィルニイリスと手分けしたとしても難易度は高いと言わざるを得ない。
その点、レキは既に二人の居場所を突き止めている。
魔力探知による人探し。
ある程度の魔術士であれば出来るらしいそれを、レキは森から離れた場所で行い、既に見つけているというのだ。
レキの実力と、魔の森で生き抜いてきたという情報も加えれば、カルクとミームの安全を考えた場合、むしろレキに全てを任せるべきだろう。
実力に加えその出自や経験をも踏まえた上での役割分担。
それでもレキ一人に危険を押し付けている事に変わりはなく、教師としては躊躇いを覚えなくもない。
だからといって、自分がレキに同行する訳にはいかない。
言うまでもなく足手まといだからだ。
実力差は言うまでもなく、夜の森という環境下での移動もまた、レキとレイラス達とで随分と差が出てしまうだろう。
ただでさえはぐれ易い夜の森で、更には不意に遭遇するであろうゴブリンとの戦闘。
知らず知らずに分断され、気がつけば夜の森で孤立するのが目に見えている。
それを避ける為にも、森に慣れているレキに全てを任せるというのは悪い判断ではない。
捜索をレキに任せる事で、レイラス達がレキの代わりに生徒を守る事も出来る。
レイラス、ミリス、フィルニイリス、サリアミルニスの四人なら防衛戦力としては十分過ぎるだろう。
万が一森からゴブリンが出てきたとしても、この四人なら容易く撃退できる。
守るべき生徒が複数いる事を考えれば、レキ一人にこの場を任せるより遥かに適しているとすら言える。
「迷っている時間はないぞ?」
「・・・分かった」
十分な思考を得て、レイラスは一つの決断を下した。
それは教師としては最悪の判断。
だが、生徒全員の安全を考えた場合、最も最善の決断であった。
――――――――――
「じゃあ行ってくるっ!」
街へお使いに行くかのような気楽さで、レキが元気に片手を上げた。
レキにとって森は慣れ親しんだ場所である。
三年もの間魔の森で過ごしてきたのだ。
ゴブリン程度が巣食う森に、何の不安があるだろうか。
「うむ、頼んだのじゃ!」
「お怪我などならないように」
「あはは、頑張ってね」
「あ、あの・・・お気をつけて」
「レキだけに頼るのはどうかと思うが、よろしく頼む」
「・・・ふん」
「む!」
「不用意な戦闘は慎むようにな」
「魔術はできるだけ禁止。
森が滅ぶ」
「なるべく早くお帰り下さいませ」
「うん!」
フラン達からの激励。
ミリス、フィルニイリス、サリアミルニスからの助言(?)を受け、レキがこれでもかと張り切る。
皆に頼られるのが嬉しいというのもあるが、自分の行動が何となく冒険者っぽいからだろう。
「森に入った子供を連れ戻してきて欲しい」
冒険者ギルドにもたらされる依頼としては、おそらくこんなところ。
加えるなら「森には魔物の姿が確認されている」という情報と「その為一刻も早く見つけ保護して欲しい」というお願いが追記されるだろうか。
亡き両親が元冒険者という事もあって、レキは幼い頃より冒険者に憧れていた。
フラン達と出会い、王宮に住んでからと言うもの冒険者ではなくフランの護衛として実力を磨き経験を重ねてきたレキだが、幼い頃の憧れが無くなった訳ではない。
むしろ、魔の森から王宮に居を移し、新たな生活を送る事で、まだ見ぬ世界への憧れは強くなっていた。
フラン達には内緒だが、将来は冒険者として世界中を見て回るのがレキの夢である。
内緒なのは、言えばきっとフランやルミニアが泣いたり拗ねたりするからだ。
そんな密かな憧れを持つレキにとって、今回言い渡された役目は冒険者の仕事と同じであった。
まるで自分が冒険者になったようで、少しだけワクワクしているレキなのだった。
「いいか。
今回のお前の役目はカルクとミーム=ギの両名を見つけ、迅速に連れ帰る事だ。
ゴブリンと戦う必要はない。
いや、むしろカルクとミーム=ギの両名の安全を考えれば、戦いを避けるべきだ。
わかるな?」
「うんっ!」
もちろんカルクとミームの命も大事である。
出発前にレイラスから念を押された言葉。
それもまた新人冒険者への助言のように、何を優先すべきかを明確に示しているモノだった。
魔の森では毎日魔物と戦い、狩り続けてきたレキである。
カルクやミームと違い、あるいは新人冒険者にありがちな不用意な戦闘など今更行うつもりはない。
新しく出来た友人であるカルクとミーム、二人の命を助ける事が今回の最優先事項である。
学園から持ってきた剣を手に、皆の期待を背に森へ入る。
そのレキの後ろ姿を、レイラスが拳を握りしめながら見送っていた。
己の無力さを嘆いている訳ではない。
学園の教師であり、今回の護衛役として付き添っているレイラスは、当然のごとくゴブリン程度なら苦にならない程の実力を持っている。
だが、夜の森という環境下において、どこにいるか分からない子供二人を迅速に見つけ出すという仕事を生徒に押し付けた事が不甲斐なかった。
レイラスが未熟なのではない。
レキが特殊なのだ。
それでもレキはまだ子供で、レイラスが庇護すべき生徒である事に代わりはない。
だが、森へ入ったカルクとミームもまたレイラスの生徒である。
己の生徒を助ける為、同じ生徒に頼まなければならないというこの状況を、レイラスは歯がゆく思っていた。
もう少し生徒達に気を配っておけば、あるいはこんな事態にはならなかったかも知れない。
例年であれば森の直ぐ側で野営をする生徒が、今年はいち早く森の魔物に気づいたが為に離れた場所で野営を行ってしまった。
あの距離なら大丈夫だろうと、生徒達との合流を見送る判断をしたのはレイラスだ。
その判断が間違っていたとは思わないが、もう少し生徒達の動向に注意しておくべきだったと今更ながら後悔していた。
例年と違う行動をとったのだから、こちらも例年に倣わず早めに合流すべきだった。
今年の最上位クラスの生徒が優秀過ぎたから、レイラスも直前まで手を出さなかった。
いくら優秀と言っても子供は子供。
何をするかわからないのだから、こちらもあらゆる事態に備えるべきだったのだ。
大人なら決して近づこうとしない夜の森でも、子供なら、例えば度胸試しだとか言って気安く入ってしまう。
魔物の脅威も習性も知らない子供だからこそ、大人ではありえない行動をとってしまうのである。
教師であるレイラスは、それを良く知っているはずだった。
だからこそ、事前に対処出来なかった自分が歯がゆいのだ。
「そう気を落とすな。
レキならば大丈夫だ。
むしろ私達が向かうより早いだろう」
「分かっている。
だが、それでもレキは私の生徒だ。
生徒に全てを任せて私がこんなところにいるなど・・・」
そんなレイラスを見かねたミリスが、そっと声をかけた。
学生時代、二人は共に学び剣を交えた中である。
お互いの性格は良く分かっていた。
今のレイラスが何を考え、どんな気持ちでレキの背中を見送ったかも。
「まあ、コレはあれだ。
適材適所と言うやつだ」
「そんなこと・・・」
「レキは森で育った。
だから森はレキの領分。
レキは魔力探知が得意。
だから人探しはレキの領分」
「フィルニイリス様まで・・・」
そんなレイラスの心中を察し、ミリスが励ます。
森という場所も、魔力による人探しも、どちらもレキにとって得意分野である。
むしろ、レキ以上に上手くやれる者などまずいないだろう。
つまりコレはレキに任せるべき仕事であり、レキが行った方がレイラス達が行うより遥かに上手くいくのだ。
それが分かっているミリスと、フィルニイリスまでもがレイラスに伝えた。
「レキは集団戦闘が苦手。
だからここは私達の領分」
王宮での戦闘訓練にも何度か参加したレキだが、他の騎士や魔術士との実力差が大きすぎて連携がうまく取れなかった。
レキを先行させ、撃ち漏らした敵を残った騎士や魔術士が倒すという戦術くらいしか、レキの使い所は無かったらしい。
それはそれで十分役に立ってはいるのだが、今回のような防衛戦では扱いづらいのだ。
レキ一人でも守れるのだが、ゴブリンは森の至る所に存在している。
一方向のみに注意したが故に他方から攻められる、なんて事も大いに有り得るのだ。
レキが全力を出せばゴブリンなど群れごと殲滅できるが、その場合森にも甚大な被害が出てしまうだろう。
カランの村を攻めてきたゴブリンを殲滅した一撃、あれを放てば森の木々は綺麗に伐採されてしまうに違いない。
今回のような状況では、レキは意外と使い勝手が悪いのである。
「森はレキに任せればいい」
「その分私達は他の生徒を守れば良いのだ」
「・・・そう、だな」
ミリスとフィルニイリスの言葉に、レイラスもようやく拳を解いた。




