第191話:二日目の野営
毎年の事と言いつつ、レイラス達に油断はない。
例年どおり生徒達が森の入り口近くで野営するのを見届け、翌朝出発の準備を始めた頃、野外演習の目的地である森の中央の湖に関しての再確認の為に生徒と合流し、そのまま一緒に移動する予定である。
学園を出発してから森までは何もなく、実に平和な小旅行と言った雰囲気だった。
森に入っても続くだろうと子供達は考え、わいわいがやがやと賑やかしく森を進む。
それが、ゴブリンをおびき寄せる事になるとも知らずに。
例年はそうやってゴブリンと対峙させつつ、教師を含めた護衛陣で守りながら目的地へ向かうのだが、残念ながら今年は予定どおりにはいきそうになかった。
何せ、レキ達は森に入る前からゴブリンの存在に気づいているのだから。
レキ達は森から離れた場所で野営の準備を始めた。
森の側で野営を行えば、音や匂い、更には焚き火の明かりなどでゴブリンをおびき寄せる可能性がある。
かと言って夜は冷える為、火を使わないわけにはいかない。
森から距離を取り、更には火が目立たぬよう石や枯れ木で周囲を囲えば、少なくとも森の中からは見えないはずだ。
襲撃があった場合でも、森からある程度距離を空けておけば対処もしやすい。
少なくとも皆を起こして逃げるくらいは出来るだろう。
レキがいれば襲撃に気付かないという恐れも無い。
半日以上離れた場所からでもゴブリンに気付いたレキである。
森に近づけば近づくほど、ゴブリンの動向を詳しく察知出来るだろう。
今もレキは、森の中でうごめくゴブリン達を気にしつつ、皆と野営の準備を行っている。
幸いにして、ゴブリン達は先ほど察知した場所からあまり動いておらず、森の浅いところにはいないようだった。
それでもゴブリンは確かにいる。
半日も進めば森があり、近づき過ぎれば遭遇する可能性もある。
あるいは寝ている間に接近される可能性もだ。
だからこそ、今日の見張りはただ起きていれば良いと言うわけにはいかない。
むしろ本日の見張りこそが本当の見張りといえる。
昨夜は練習のようなものと思えば良い。
そう言った理由もあり、今夜の見張りは昨夜と違う組み合わせで行う事となった。
特に、フランとミームのコンビでは周囲への警戒という点で不安があるからだ。
昨夜の見張りも、眠りこそしなかったもののおしゃべりに興じすぎた為、周囲への警戒をおろそかにしてしまったらしい。
それはフラン達以外にも言える事だが、とりわけこの二名は警戒心というのが薄いようだ。
そんなわけで本日の組み合わせは以下のように決まった。
1組目:フラン、ユミ
2組目:カルク、ミーム
3組目:レキ、ファラスアルム
4組目:ユーリ、ガージュ
5組目:ルミニア、ガド
フランにはしっかり者のユミを組ませ、ミームには移動中共に周囲の警戒をしていたカルクと組ませた。
正直、カルクとミームの組み合わせには若干の不安があったが、他に候補がいなかった為仕方ない。
カルクとミームの行動を抑えられるのはレキとルミニア、言葉でならガージュもだろう。
だが、レキは実力的にファラスアルムと組まさざるを得ず、ルミニアと組ませてしまうと他のペアとの実力差が生じてしまう。
ミームはあれでも最上位クラスで三~四番目に強く、カルクも男子の中ではレキに次いで強いからだ。
強い者はなるべく弱い者と組ませねば、万が一の場合に対処しきれない可能性がある。
最上位クラスで二位に位置するルミニアは、レキに次いで頼りになる存在なのだ。
実力的には下から数えた方が早いガージュだが、彼とカルク、あるいはミームと組ませた場合二人の言動に我慢の限界がきて、思わず大声を上げてしまう可能性が生まれる。
多少距離があるとはいえ、近くにはゴブリンがいるという森があり、そんな場所で大声を上げればゴブリンを呼び寄せるかも知れない。
そもそもガージュにも性格的に難がある為、彼はユーリと組ませるしかなかった。
残ったのはガドだが、彼ではカルクもミームも抑えきれないだろうからと、結局お互いを見張らせるという名目でカルクとミームを組ませるしかなかったのである。
「お食事が出来ました」
野営の準備の為、それぞれ作業をしていたレキ達がルミニアの言葉に集まる。
昨日の食事はユミに任せてしまった為、本日はルミニアが担当したようだ。
なお、この面々で料理ができるのはユミとルミニア、それにファラスアルムとレキの四名。
ユミは侍女見習いとして、ルミニアは将来的にフランの補佐をする為にそれぞれ覚え、ファラスアルムは得意というほどではないが知識と経験がある。
レキは狩猟から解体、干し肉の作成まで完璧だ。
最後のは料理とは言えないかもしれないが、その他の面子よりもマシであろう。
むしろ、野外演習という点で見れば、本来ならレキの技術こそ有用なのだ。
もちろん今回はあくまで学園の授業の一環であり、レキの技術が必要になる事は無いが。
昨日に引き続き、本日も朝から歩き続けたレキ達。
疲労度は昨日以上。
そんな中ようやくの夕食だったが、流石に昨日の様に和やかにはいかなかった。
理由はもちろん、前方に見える森と、そこにいるゴブリンである。
目の前に魔物がいると分かっている中で、いつもどおりに過ごせる者などそうはいない。
いるとしたら、魔物退治を生業としている冒険者か、常に平常心を求められる騎士団。
あるいは魔の森で過ごしていたレキのような存在だろう。
今も平然と、それこそいつもどおりに食事をするレキを横目に、その他の面々は様々な様子を見せていた。
ファラスアルムはやはり恐いのだろう。
しきりに森の方を警戒しつつ、無意識に森から一番遠い場所で食事を取っている。
同じく警戒しているルミニアは、だが森から一番近い場所に陣取っていた。
丁度、森とフランの間である。
ユミはいつもどおりに振る舞おうと、ことさら明るく給仕に勤しんでいる。
「食事の支度はルミニアさんに任せちゃったから」と言うのがその理由だが、皆を不安にさせない様頑張っているのかも知れない。
同じく普段どおりに振る舞おうとしているのはユーリである。
こちらは案外肝が座っているのか、ユミ以上に落ち着いている様に見えた。
それでもチラチラと森を気にしては、時折食事の手を止めていた。
カルクとミームはあからさまに森の様子を気にしている。
どちらも恐怖からでも警戒からでもなく、どこか待ちきれないといった様子だった。
ガージュは先程からしかめっ面で、森よりもむしろレキ達を気にしている風である。
口には出さないが、勝手な事をするなよと目が訴えていた。
ガドはいつも以上に無口で、ただじっと森の様子を伺っていた。
一番警戒しているのかも知れない。
フランはレキと共に食事を楽しんでいた。
魔物と戦った事は無いが、魔物の恐怖は知っている。
にも関わらずいつもどおりでいられるのは、隣にレキがいるからだろう。
レキがいれば大丈夫。
そう心から信じているからこそ、フランはいつもどおりでいられるのだ。
――――――――――
生徒達から僅かに離れた場所で、レイラス達も野営を始めていた。
昨日同様サリアミルニスが食事の支度を始め、その他の面々は手分けして天幕の設置等を行っている。
一通り野営の支度を終えたレイラス達は、明日以降の行動について改めて話し合った。
レキによってゴブリンの存在は発覚し、生徒達は遠目でも分かりやすい程森を警戒している。
例年のような、不意の遭遇は起きないだろう。
レキがいる以上視界に入るより前に察知される事は確実で、察知されればレキの手によって危なげなく殲滅されるだろう。
生徒の安全を考えればその方が良いのだが、魔物との遭遇も野外演習の目的の一つである以上悩める所だった。
いっその事、全てを打ち明けた上で魔物と戦わせてみるか・・・。
そう提案したのは担任のレイラスである。
気が抜けた、あるいは自惚れた頃に魔物と戦わせる。
というのが目的である以上、不意の遭遇かそうでないかは些細な事。
むしろゴブリン程度と侮った上で挑み、敗北すれば己の未熟さをより実感できるだろう。
不意の遭遇では身構える事もできず、それが言い訳に繋がる可能性があるからだ。
今回の相手は魔物の中でも比較的弱い部類に入るゴブリンである。
「普段の実力さえ出せれば勝てた」など、それこそ言い訳でしかない。
それならばいっそ、こちらでゴブリンを探し、適当に間引いた上で戦わせた方が安全に敗北を経験させる事が出来るというもの。
正々堂々などと言う言葉は魔物には無いが、自分の実力を出し切った上での敗北なら言い訳も出来まい。
否、言い訳などさせない。
それが貴様らの実力だ、そう断言してやろう。
そこまで考え、レイラスはミリス達に提案した。、
無事賛同を得られた為、翌朝森へ入る前に生徒達に伝える事になった。
今日中に伝えておけば、あるいはあんな事態にはならなかったかも知れない。
――――――――――
夕食も終わり、レキ達は明日に備えて早めに就寝する事にした。
昨日に引き続き、本日も丸一日歩き続けたのだ。
二日目ともなれば歩くのにも多少慣れたが、初日の疲労も加わり、誰もが眠たそうな顔をしていた。
そんな中での見張りは、やはり辛いものがあった。
初日同様、最初に見張りを務めるフランの羨ましそうな視線を受けながら、レキ達はそそくさと天幕へと入って行った。
お茶はルミニアが用意済みで、後は約二時間ほど眠らずに過ごすだけ。
初日と違うのは、本日はただ起きていれば良いという訳ではない事。
何せ、目の前の森には魔物がいるのだから。
魔物の多くは昼夜問わず活動する。
特に、森に住む魔物は元々が薄暗い環境にいる為か、夜も変わらず活動する種類が多い。
中でも、ゴブリンは群れの中で昼に活動する個体と夜に活動する個体で別れているらしい。
力の弱い魔物であるゴブリンの、生き抜く為の知恵なのだろう。
また、ゴブリンは森だけではく山や洞窟、廃墟や平原でも活動する魔物である。
と言っても平原の様に見晴らしの良い場所では、騎士団や冒険者、あるいは他の魔物の餌食になる為、日中は森などに篭もっている事が多い。
平原に姿を表わすのは、移動する時か人や他の魔物を襲う時だ。
森の近くを通る人を襲う時も、ゴブリンは大抵近くの森から現れる。
その習性を利用して、森からおびき出し仕留めるという戦い方をする冒険者もいる。
商人などは森の傍を通らず、街道や平原を通行する。
間違っても森の傍で野営などはしないのだ。
森の傍で野営を行うなど、ゴブリンに襲ってくれと言っているようなものである。
そして、レキ達が野営を行っているのも、ゴブリンがいるらしい森からほど近い場所。
つまり、何時森からゴブリンが襲ってくるか分からない状況なのだ。
そんな緊迫した状況であるにもかかわらず、今見張りを行っているフランとユミは、全くもっていつもどおりであった。
「む~、見張りとはなんとも眠たいもんじゃな」
「仕方ないよ。
今日も一杯歩いたもん」
二年前に知り合い、再会を約束して別れた二人。
約束どおり学園で再会してからと言うもの、二人は既に親友と呼べる間柄になっていた。
「あれっ?
フランは見張りやった事あるんだよね?」
「あるにはあるのじゃが・・・。
いつも途中で寝てしまうのじゃ」
「え~」
目の前にはゴブリンの居る森があり、頼りになる友人達は二人を残して就寝中。
にもかかわらず、二人が平然としていられる理由。
「レキだって寝てたのじゃぞ?
でも魔物が来たとか言うて、パッと起きて飛んでったのじゃ」
「へ~。
流石レキだね~」
「わらわを置いて行ったのじゃぞ!
流石じゃないのじゃ」
「あはは」
それは、レキがいるから。
「全く、魔物がいたならまずわらわを起こすべきなのじゃ。
にもかかわらずレキは」
「ふふっ。
レキはフランに心配かけたくなかったんだよね~」
「心配などせん。
レキは強いからのう」
以前もレキは、寝ていたにもかかわらず魔物の接近に気がつき飛び起きた。
今回だって、森からゴブリンが出てきても、フラン達が気づくより先に起きて倒しに行くのだろう。
それが分かっているからこそ、フランもユミも安心して見張りが出来るのだ。
何より二人は、魔物に襲われているところをレキに救われた経験を持っている。
襲ってきた魔物こそ違えど場所は同じ森の中。
絶体絶命の窮地を救われ、以降二人のレキに対する信頼度はこの上なく高い。
そんなレキが傍にいる。
二人に不安などあるはずが無い。
「ゴブリンか~」
「ふふん、返り討ちじゃ!」
「うん、私も頑張る!」
二人もこの二年で実力を上げている。
フランはミリスに、ユミもエラス領の領主にそれぞれお墨付きをもらっている。
カルクやミームの様にこちらから仕掛けようとは思っていないが、もしゴブリンが出てきたらその時は自分達も戦おうと考えていた。
それが、二年前何も出来なかった自分達の、恐怖や後悔を拭い去る良い機会となるだろう。
「無茶したらダメだからね?」
「うむ、分かっておる」
気合を入れつつ、二人は見張りを続ける。
二年前の、自分の無力に嘆き、何も出来ずただ逃げ回るしか出来なかった少女達の面影は、今はどこにも無かった。




