第19話:王都への誘い
「ではそろそろご飯にしましょうか」
「「お~!」」
レキとフランが頑張って切り分けた肉と、ミリスが洗っておいた内臓をもち、レキ達は小屋の中へと移動する。
後は肉や内臓を焼いて、皆でおいしく食べるだけ。
「ねえ、ほんとに野菜食べなくて大丈夫?」
「え、ええ大丈夫ですよ」
「レキ、動物の内臓には肉には無い栄養がある。
だから大丈夫」
畑にある植物は、レキにとっては野菜でもレキ以外の者にとっては毒草だった。
食べてしまえば森を出るどころか森に骨を埋める事になってしまうだろう。
実際、レキと共に暮らすシルバーウルフ達も畑の植物には近づこうとすらしないらしい。
「好き嫌いはダメなのに」とレキは言うが、おそらくは本能的に察しているのだろう、食べてはダメだと。
「街へ行けば野菜も食べるのだ、今日くらい大丈夫だろう」
「そっか」
明日になれば森を出る。
そこから一番近い街まで徒歩で約三日。
その間は道中で狩った魔物の肉か干し肉が中心の食事になる。
とはいえ今日を入れてもたかが四日、野菜を断ったところですぐさま影響が出るわけでもない。
「街か~」
「なんじゃ、レキは街に行った事無いのか?」
「うん」
簡素な村の出身であるレキ。
近くの街まで徒歩二日ほどかかる距離に住んでいた為か、レキは生まれ育った村から出た事が無かった。
精々が父親の狩りに同行して村の傍の森に入ったくらいで、街など見た事すら無いのだ。
「ならば一緒に行くのじゃ!」
「フ、フラン様っ!」
羨ましそうにフランを見るレキ。
そんなレキにフランが放った一言は、レキよりむしろリーニャ達を驚かせた。
「一緒にって、えっ、俺?」
「うむ、レキにはお礼をせねばならぬ。
それに父上と母上にもレキを紹介したいしのう」
レキの両親の墓に告げた言葉は嘘でも建前でもない。
王族として、それ以前に人として、命を救われたからには相応の礼をしなければならない。
それにはまず、フランの家族が住む王都へレキを連れて行く必要があった。
今のフランにはレキに返せるものが何もない。
持っていた荷物は馬車と共に失った。
森の入り口に放置した馬車だが、今頃はゴブリン辺りが漁っている事だろう。
あるいはフラン達を追ってきた野盗共が、わずかばかりの収穫として持ち帰ったかも知れない。
取りに行くには危険が多く、むしろ放置しておいた方が野盗に対する良い目くらましになる。
道中には魔物もいるだろうし、万が一にも野盗と遭遇すれば折角の苦労が水の泡。
何より森の外へ行くにもレキやウォルフ達の力を借りねばならず、ますます借りを増やすだけだ。
レキへの恩は増えるばかり。
フラン達四人の命を救い、森の中で唯一安全な場所へ案内してもらい、更には食事も。
レキがいなければリーニャは野盗に殺され、フランやミリス、フィルニイリスもオーガの餌となっていただろう。
今こうして四人が無事である奇跡は、全てレキが起こしたもの。
レキには感謝してもし足りない。
フランだけではない、リーニャ達だってレキにはお礼をしなければと思っている。
レキを王都へ連れて行くと言う考えには賛成だが、物事には順序と言う物がある。
「フ、フラン様。
そういうことはもう少し考えてから」
「何故じゃ?
レキも街に行きたそうにしておるし、レキがおればわらわも心強いではないか。
のう、ミリス、フィル」
「そ、それはそうですが・・・」
「レキが来てくれるか不明」
レキが来てくれるならこれ以上心強い事は無い。
魔の森を抜けるにはレキの力が必要だが、抜けた後についてもレキがいてくれた方が良いに決まっている。
何せフランの護衛は今ミリスとフィルニイリスしかいない。
他の護衛部隊とは森に入る前に別れており、正直今の戦力ではいささか心もとない。
王都まで辿り着けるかすら不明なのだ。
故に、三人もレキが来てくれる事を望んでいる。
フィルニイリスに至っては、レキの黄金の魔力について調べたいという欲求もある。
だが、それもこれもレキの意思次第。
恩人であるレキに無理強いはしないと言うのは、フランを含めた四人の共通の意見なのだ。
「レキ、レキも来るのじゃろ?」
「うんっ!」
「「「えっ!?」」」
そんなレキは、フランの言葉に元気に頷いた。
あまりにもあっさりとした返事に、リーニャ達が思わず声を上げてしまう。
「えっと、レキ君」
「何?」
「ほんとに私達と来てくれるのですか?」
「うん!
あっ、ダメだった?」
至極あっさりと同行する事を決めたレキに、喜ばしくもつい訝しんでしまうリーニャ。
レキもまだ子供、思慮も深い方ではないのだろう。
フランのようにその場の思い付きで何かを決めてしまい、後で後悔されても困るのだ。
諸手を上げて歓迎するフランと違い、レキの事を考えた上でのあえての確認。
だがそれは、レキからすれば本当は来て欲しくなかったのかな?と不安がらせるには十分だったようだ。
「い、いえむしろ大歓迎なのですが。
でも、本当に良かったのですか?」
残念そうな、そして寂しそうな表情をするレキに、リーニャが慌てて態度を改めた。
来て欲しくないはずが無い。
それどころか、本心では無理にでも連いてきて欲しいとすら思っているほどだ。
「どういう事?」
「レキが何を考えているか、それが知りたい」
レキの言葉は嬉しい。
だが、本当にこのまま王都まで同行してくれるかは確認しておく必要がある。
途中でまた心変わりをし、魔の森へと戻られても困るのだ。
追いかけようにも追いつけず、魔の森に入られたら手も足も出ない。
レキの同行は歓迎すれど、同行するなら最後まで共にいてもらわねばならないのである。
ここにはレキの両親の墓があり、友達のウォルフ達がいる。
今日出会ったばかりのリーニャ達より、慣れ親しんだ小屋と両親の墓、友人達を取るのが自然だろう。
「ん~・・・」
どうしてと問われ、レキは改めて己の心情に問いかける。
そんなレキの姿に、やはり思い付きだったのでは?と疑問に思うリーニャ達。
「えっとね、男はいつか故郷を出て冒険の旅に出るもんだって、父さんが」
「お父様が?」
「うん、それで父さんは冒険者になって、いろんなところを冒険して、母さんと結婚して、それで俺が生まれて」
「えっと、要するにレキ君も冒険がしたいと」
「うん!」
冒険がしたい。
その言葉だけを取れば、ただの子供の憧れとも言えるだろう。
だが、レキの根本にあるのは父親と同じ道を歩みたいという気持ち。
敬愛する父の背を追いかけようとする、純粋な子供の願いだった。
あるいは、いつまでもここにいてはいけないのだと無意識に悟っているのかも知れない。
常人にとっては過酷なこの森も、レキの力があれば何の問題もなく過ごせてしまう。
少し歩けば魔物に出くわす危険性も、レキからすれば楽に獲物を狩れる森と言い換える事が出来てしまう。
小屋の裏に生えている毒草もレキにとっては美味しい野菜。
森のきのことて、毒性の有無にかかわらず食べられる食材なのだろう。
両親の墓とウォルフ達。
一人ではあれど孤独ではない環境で、それでも外を目指す理由は果たして父親の言葉だけなのか。
「ウォルフ達には何時でも会えるし、父さんと母さんのお墓参りだっていつでも来れるし」
「それはまぁ・・・そうだろうが」
元々王都住まいのリーニャと違い、ミリスとフィルニイリスは生まれ故郷を出て王宮に仕えている。
なかなか里帰りの機会もなかったりするが、それでも帰れないわけではない。
もちろん二人の故郷はレキとは違い至極安全な場所だが。
魔の森と王都は約半月ほどの距離がある。
往復でひと月かかる距離を、レキだけで移動できるとは思えない。
いや、レキの全力なら時間だけなら短縮できるだろうが、道中には街や村も多い。
レキの知らない様々な問題が発生するだろう。
例えば通行税の問題とか、宿代や飲食代とか・・・。
レキを王都へ連れていく以上、そこら辺のいわゆる一般常識は道中教えるつもりだ。
レキが望めばそれこそ王都へ着いてからも、なんならレキの身柄ごと引き取るつもりでいる。
衣食住の世話から教育まで、レキへの恩返しを兼ねて生活全般の面倒を見るつもりでいる。
もちろん、それには国王の許可も必要となるだろう。
「レキに対する恩はこの場で返せるようなものではない。
フロイオニアの王宮に来てもらい、王の下で功績を報告し、相応の対価をレキに払わなければならない」
「えっと・・・?」
「姫様のご両親にもレキの事を報告する必要があるという事だ」
何せフランは王族。
フロイオニア王国の王女である。
そんなフランを救った功績は、従者であるリーニャ達がお礼を述べて済ませるものではない。
むしろ国を挙げて礼を尽くさねばならないくらいだ。
レキが拒むなら、使節団をここへ派遣し礼をするという事も考えられるが、何せここは魔の森。
下手をすれば、王宮騎士団全てを護衛に付ける必要があるかも知れない。
レキが来てくれるというのであれば、お礼に関しては問題なく渡せるだろう。
「じゃあ行っていいんだよね!?」
「ええ、むしろこちらからお願いしたかったくらいです」
「やった~!」
フランに誘われた時点で身を乗り出していたレキが、リーニャ達の言葉を聞いてその場で飛び上がった。
憧れの街、そして王都。
まだ見ぬその場所は、生前両親が語ってくれた物語の舞台だ。
レキが生まれる以前は冒険者として活動していたという両親。
王都を始めとした、さまざまな場所での冒険譚は、村しか知らないレキにとってはおとぎ話のようなものでもあった。
自分もいつか・・・。
今はこんな森の中で生活しているレキだが、もう少し大きくなったら街に出て冒険者になるという夢を叶えるつもりだった。
冒険者になって、いろんなものを見ようと。
レキがフランの誘いに乗るのも当然だった。
「・・・レキ」
「何?」
「私達は明日この森を出て王都を目指す。
来てくれるなら、準備をしておいて欲しい」
「うん!
分かった!」
リーニャ達の不安をよそに、あっさりと王都への同行を決めたレキ。
そんなレキにほっと胸を撫でおろしつつ、リーニャ達も嬉しそうにしている。
この森で出会った少年とは、長い付き合いになりそうだ。




