第190話:優秀すぎるが故に
ルミニアの決意はともかく、野外演習中の個人行動は基本的に許されていない。
例えそれがレキだとしてもだ。
レキがあらかじめ危険を排除すると言う案はこの時点でとれず、かといってこのままここで話し合っていても仕方ないからと、レキ達は様子見を兼ねて予定どおり森の近くまで進む事にした。
レキが言った以上森にゴブリンはいる。
だが、襲ってくるかどうかは現時点では不明だった。
ゴブリンがいるのは森の奥で、レキ達が本日向かうのは森の入口付近まで。
ゴブリンが森から出てこなければ遭遇する事はなく、遭遇さえしなければ襲われる事も無い。
比較的好戦的なゴブリンではあるが、視覚や聴覚、嗅覚等はそれほど発達しておらず、レキのように気配や魔力を察知する能力も無い。
つまり、見つかりさえしなければ襲ってはこないのだ。
森に入れば不意に遭遇する事もあるだろうが、今日は森に入る予定は無い。
ゴブリンが出てこなければ大丈夫なはずである。
ゴブリンの習性についてレキから教わり、ようやく落ち着きを見せたファラスアルムを始め、気を取り直した一行は歩き出す。
「なあなあ、ホントにいるんだよな?」
「ふふん。
ゴブリンなんてどってことないわよ。
返り討ちにしてやるわ」
「おう、やってやるぜ!」
相も変わらず好戦的なカルクとミームである。
二人共ゴブリンに怯える事無く、むしろやる気に満ちていた。
「全く、コレだから平民は・・・」
「まあまあ、いざとなれば皆で戦えばいいさ」
そんな二人をガージュが呆れたように見ていた。
話しが纏まらない中、ここでこうしていても仕方ないと発言したのはガージュである。
レキの実力は知っていても、さすがに半日以上離れた森を察知出来るなどそうそう信じられる話ではない。
だが、それをこの場で言ってもフラン達から反感を買うのは目に見えている。
この一月で、ガージュもそのくらいの処世術は身につけているのだ。
森の奥にいると言うならそのまま出てこない可能性もある。
もしそうなら、こうして警戒することも意味がなくなるだろう。
そう言って、一先ずは行動すべきだと皆を促したのだ。
やる気に満ちたカルクとミームが先頭を歩き、その後ろをレキとフランが呑気に続く。
魔物のいるであろう森へ向かっているのに、四人はいつもどおりだった。
実際に何度も何匹も討伐経験のあるレキはともかく、カルクとミームは戦ったことも無いのにゴブリン程度と考えており、フランは何があってもレキがいれば大丈夫だと信じているからだ。
その後ろをやや警戒しながらガージュとユーリ、ガドが続く。
万が一を想定し、それぞれが武器に手を当てている。
三人は前方の四人ほどお気楽に構えてはいない。
更にその後ろをルミニアとユミ、ファラスアルムがついて行く。
緊張しているファラスアルムを、ルミニアとユミがフォローしている。
ユミはレキがいるから大丈夫だよと笑顔を見せ、ルミニアもレキ様を信じましょうとファラスアルムを励ました。
レキの言葉を信じたからこそ緊張しているファラスアルムだが、何かあればレキ様が森ごと燃やしますからと言われ、違う意味で緊張し始めた。
そんな彼らの後を、レイラス達が続く。
多少距離はあったが、レキが何かに気付き、それについて話し合っていた事は分かった。
ただ、具体的に何について話し合っていたのかまでは、あえて聞かなかったのだが。
「森にゴブリンがいる事を、レキが察知したのだろう」
伊達に長く付き合っていないミリスである。
レキやその後のルミニア達の様子から、何が起きたかを正確に見抜いたようだ。
「・・・は?」
「間違いない」
「はい」
フィルニイリスやサリアミルニスも同意見で、分かっていないのはレイラスだけだった。
「あの様子だととりあえず進む事にしたようだな」
「レキの実力とルミニアの判断力、姫の性格なら仕方ない」
「カルクさんとミームさんもやる気のようですしね」
混乱するレイラスをよそに、ミリス達はレキ達の行動について冷静に分析し始めた。
先を行くカルクやミーム、悩ましげなルミニアと怯えつつ付いていくファラスアルムの様子は、話の内容は分からずとも予想は立てやすい。
「・・・ちょっとまて。
レキの索敵範囲はそれほど広いのか?」
「ああ。
あの程度なら問題ないだろう」
「あの程度・・・まだ半日はあるぞ?」
「半日しか無い」
「この辺りは他に何もありませんしね」
ようやくレイラスも事態を把握したらしい。
レキの実力は理解していたつもりでも、野外における索敵能力については知らされていなかった。
とは言え、半日も離れた場所にいる魔物を察知できるなどレイラスで無くとも考えもつかないだろうが。
因みに、レキが全力で索敵を行えば範囲は半日程度では済まない。
ただ、それ以上の距離を索敵したところで、着いた頃にはいなくなっている可能性が高いのでやらないだけなのだ。
「しかし・・・いや、今更だな」
言いたい事は多々あれど、レキの実力を考えれば今更である。
「それにしても、今回は生徒達の能力の高さが仇になったか?」
「レキがいる以上問題はあるまい」
気を取り直し、レイラスはレキ達の行動について評価を始めた。
向かう先に魔物がいるという状況は、普通に考えれば異常事態である。
野外演習の目的は子供達だけで準備し、移動と野営を行う事。
魔物への対処については求められておらず、第一子供達だけで解決するような問題ではない。
「毎年の事ながら、どうしてこう無鉄砲なのだろうな」
「子供らしい、と言ってしまえばそれまでだろうがな」
なぜか皆、レキ達のように魔物がいようともお構いなしに進んでしまうのだ。
もちろんレキの様に半日程離れた場所から魔物の存在に気づく者などいないのだが、進んでしまえば同じだろう。
本来なら、魔物の存在に気づいた時点でレイラス達に報告すべきである。
子供達だけで対処する事が野外演習の目標だが、あくまで「出来る範疇」での事。
魔物を見つけた、あるいは遭遇してしまった等、子供達だけで対処できる範疇を超えている。
その時点でレイラス達に報告すべきなのだ。
それを怠ったレキ達は、本来ならば減点の対象である。
ただ、あくまで子供達だけで対処できない場合の話であり、今年の最上位クラスならゴブリンでも対処できてしまうのが問題だった。
「レキは当然として、フラン=イオニアとルミニア=イオシス。
あと辛うじてミーム=ギとユミくらいだろうな、戦えそうなのは」
「カルクはやる気はあれど実力が足りていない。
ユーリとガージュもそれは同様、ただ戦うつもりも無さそう」
「ガドさんは自分の意見をあまり言いませんし、ファラスアルムさんも同じですね。
もっとも、どちらも実力は足りてませんが・・・」
改めて考えてみても、まだ十歳の子供達だけでゴブリンと戦えてしまうのは異常である。
と言っても、戦えるのはその内の半数程、残りの生徒は正直危ういだろう。
レキは言うまでもなく、フランやルミニアも実力的には十分で、なおかつ彼女達は己の実力を十全に理解している。
フランは短剣と魔術、ルミニアも槍と魔術を今日まで研鑽し続けたのだ。
ゴブリン程度なら問題なく倒せるだろう。
ミームは己の実力を完全には理解していないだろうが、それでもゴブリンの数匹程度なら問題はないだろう。
他者と連携をとったり複数の相手との戦いを苦手としているが、そこはレキ達のフォローに期待するしかない。
魔術が不得手というのも、群れを成す魔物であるゴブリン戦では不利となる要因なのだ。
実力的にはユミも倒せそうだが、武器を選び直したばかりで、熟練度という意味では危ういかも知れない。
魔術が使える分ミームより戦えそうだが、慣れない武器に本人の性格も加わり、どうなるか不明である。
カルクは実力が足りていない。
現時点ではゴブリンと戦うには正直厳しいだろう。
しかも、彼は魔物との戦いを軽く見ている節がある。
冒険者に憧れるあまり、魔物との戦いが死と隣合わせである事に気づいていないのかも知れない。
ガージュとユーリはその点を弁えているようだが、この二人とガド、ファラスアルムを加えた四名は残念ながら実力が足りていなかった。
「正直レキ一人に任せてしまうのがてっとり早いのだがな」
「姫もルミニアもそれを良しとしない」
「最悪私達がフラン=イオニア達を守れば良かろう」
有効な手段は見いだせないまま進む事を選んだレキ達。
その判断が正しいかどうかは、行ってみれば分かるだろう。
最悪の事態を想定し、レイラス達も気を引き締めた。
――――――――――
実のところ、森にゴブリンがいる事についてレイラス達は事前に把握している。
と言うか、コレもまた野外演習の一環だったりするのだ。
すなわち「森の中魔物と遭遇した場合どう対処するか」という学園側で用意した課題なのである。
魔物はこの世界の至る所に存在する。
レキ達の目指す森にも、以前はゴブリン以外にも様々な魔物が生息していた。
脅威となる魔物は王都の騎士や冒険者の手によって駆逐され、今はゴブリンくらいしか残っていない。
それでも魔物は魔物。
魔物の中では比較的弱いゴブリンだが、平民にとっては十分脅威である。
一般的には、成人男性がそれなりの武器を持てば倒せると言われている。
それでも倒せるのは精々一匹。
ゴブリンは群れを成す魔物である。
群れに対しては、こちらもそれ相応の人数で挑む必要があるだろう。
もちろん訓練を積んだ騎士や冒険者であれば、一人で数匹のゴブリンを倒す事はできるだろう。
剣姫と称されるミリスであれば、一人でも数十匹のゴブリンを倒せる。
宮廷魔術士長フィルニイリスであれば、中級魔術の一発でも放てばゴブリンの群れを纏めて殲滅出来るだろう。
だが、それはあくまで力ある者の話。
野外演習で森に向かうのは、実力不足な子供達なのだ。
学園に入れるだけの力量を持つとはいえ子供は子供。
魔物という脅威に対し、実力以前に心構えや覚悟が備わっていない。
相手は魔物。
「負ければ死ぬ」のだ。
学園での模擬戦や手合わせとは違う。
負ければ命を落とし、勝っても止めを刺さなければ次の瞬間相手が食らいついてくるかも知れない。
手にした武器のみを用い、始めの合図で戦うのとは違い、魔物は森の中から突然襲い掛かってくる。
こちらが身構えるより先に攻撃をしかけ、待ったの合図などお構いなしに容赦なく命を奪いに来るのだ。
一人に対し、数匹の群れで襲ってくる事もあるだろう。
油断したなどという言い訳は通じず、卑怯だなどと言う罵声はあの世から投げかけるしかない。
これから生徒達に待ち受けるのは命のやり取りなのだ。
平民が武器を手に、命がけでゴブリンに立ち向かうのは、それに足る理由があるからだろう。
生徒達にはその理由が無い。
負けるとは思わず、死ぬなどと考えていない。
野外演習中という事もあり、どこか日頃の鍛錬の延長の様に思っているのかも知れない。
だからこそ、呑気に森へと向かうのだ。
そして突きつけられる現実。
それを味わうのも、野外演習の目的の一つであった。
もちろん生徒達を死なせるつもりはない。
その為に教師が付き添っているわけだし、王都からも騎士が護衛として駆けつけている。
先程レイラスが「毎年の事ながら・・・」と呟いた様に、生徒達が無警戒に森へ入るのも、その後魔物と遭遇するのも毎年の事。
生徒達が慌てふためき、泣きながら教師に泣きつき、護衛に救われて目的地へと逃げ込むのが恒例行事なのだ。
この時の恐怖を元に、生徒達は学園に戻ってからより一層鍛錬に励むのである。
言わばコレは、たるみきった気を引き締め、伸び始めた鼻っ柱をへし折る為の通過儀礼。
少々、いやかなり性質の悪い事学園行事なのだ。




