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黄金の双剣士  作者: ひろよし
九章:学園~野外演習 前編~
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第187話:ファラスアルムと見張り

今回起きてしまった問題。

すなわち男子であるレキが女子の天幕にずかずか入ってきた件は、つまりはレキのデリカシーの無さが問題なのだが、残念ながらそれは一朝一夕で改善する話ではなかった。

改善するにはレキの意識と、レキの行動を容認してしまうフランやルミニアを説得する必要があるのだ。


ファラスアルム自身、レキに起こされるのが嫌だったわけではなく、ただ突然の行動に驚いてしまっただけなのだ。


「レキ様が女子の天幕に忍び込んだ事にまず驚いてしまったわけで」

「へっ?」

「交代とはいえ寝ている女子を男子であるレキ様が起こそうとするのも、その・・・」

「そうなの?」


好意を抱いているレキに起こしてもらえた事、そのレキに寝顔を見られてしまった事、混乱した理由は多々あれど、それを正直に打ち明けるわけにもいかず、ファラスアルムはひとまず一般的な常識のみを話した。


自分が当たり前の様に行っていた事がダメだったと言われ、レキは首を傾げた。

騎士団の皆やルミニアもファラスアルムみたいに驚いていたのだろうか、などと考えてしまったのだ。


女性騎士達はレキが天幕内に入ってくるのを歓迎してくれていたように思えたし、ルミニアも最初は驚いていたがレキ様ならばと許してくれた。

レキ以外の男性に起こされた場合は、時と場合によっては容赦なく叫んだり攻撃してくるだろうが。

フランは驚く以前になかなか起きないし、起きても寝ぼけていたし、しゃっきりした頃にはいつもどおり。

驚く事も無ければ、声を上げる事も無かった。


更には男子が女子を起こすのはよろしくないとも言われ、レキはそうなのかな~と頭を悩ませる事になった。


とは言え、この問題を解決するには相応の時間が必要である。

今は見張りの時間であり、もっと言えば学園の野外演習中である。

男子が女子を起こすという行為については後でルミニア達に相談するとして、レキとファラスアルムはとりあえず見張りを始める事にした。


まだ暗い空の下、焚き火の傍でルミニアの用意してくれたお茶を飲みながら行う見張り。

何度もこなしているレキとは違い、初めてのファラスアルムは、焚き火の明かりだけという状況に心細さを感じずにはいられなかった。


夜の見張りで必要となるのは気配や魔力を察知する能力、あるいは暗闇でも見通せるほどの視力だろうか。

レキはそのいずれも兼ね備えているが、ファラスアルムはどれも持ち合わせていない。

そんなファラスアルムが出来る事といったら、レキが気づいた異変を皆に知らせに行く事くらいだろう。


天幕は男子と女子とで分かれている。

レキが男子を、ファラスアルムが女子をそれぞれ起こせば良いだろう。

先程の様に、レキが女子の天幕へ入っていく必要は無いはずだ。


もっとも、わざわざ起こしに行かずともその場で大声を出せば、あるいは魔術などで大きな音を出せば皆は飛び起きるだろう。

そうなればいよいよファラスアルムに出来る事はなく、せいぜい足手まといにならぬよう注意するくらいだ。


武術は並以下、魔術も青系統が使えるだけのファラスアルムに出来る事など何もない。

ファラスアルムは落ちこぼれなのだから。


森人族の落ちこぼれ。

普通の森人なら二~三系統使えるはずの魔術を、ファラスアルムは一系統しか使えない。

別におかしい事ではないとフィルニイリスは言ったが、そんなフィルニイリスは全系統使えるのだからなんの慰めにもなっていなかった。


フィルニイリスだけではない。

レキも全系統、フランやルミニアも二系統の魔術が使える。

三人共純人族であるにもかかわらず、だ。(レキは怪しいが)


更に言えば、レキ、フラン、ルミニアにユミを加えた四人は無詠唱で魔術を使用する事が出来る。

魔術が得意なはずの森人であるファラスアルムも知らなかった無詠唱魔術。

それをファラスアルムと同い年の子供が扱ってみせたのだ。

彼女が、自分は純人族にすら劣るのだと思うのも無理はなかった。


無詠唱魔術は、レキ達を除けば今のところフロイオニアの魔術士団くらいしか習得していない。

そこに純人族だとか森人族だとかいった区別はなく、あるのはレキやフィルニイリス達と共に努力したかどうかだけである。


森人だろうと使えるのはフロイオニアの魔術士団に所属している者だけで、森人族の国フォレサージ森国にも使える者は今のところおらず、伝えてはいるものの習得するには相応の時間と努力が必要だろう。


無詠唱魔術はこの世界で広まり始めたところ。

フィルニイリスから直接指導を受け、レキというお手本を傍に、日々鍛錬を重ねているファラスアルムはとても恵まれた環境にいると言えるだろう。

あるいはそれを知らないからこそ、ファラスアルムはただひたすらに努力できているのかも知れない。


知識は辛うじて持っているが、性格が邪魔をして率先して意見を述べる事は出来ない。

周りが気を使い、話を振ってくれたり意見を求めてくれるから、自分もなんとか皆の輪に入れているに過ぎない。

そもそもファラスアルムの持つ知識などルミニアと大差ないのだ。

書物による勉強だけでなく、様々な経験を通して知識を得ているルミニアの方が、ファラスアルムより遥かに「活きた知識」を持っている。


座学の成績なら一位だが、その知識でもあまり役に立てていないファラスアルムは間違いなく落ちこぼれ。

と、彼女は思っている。


今回の野外演習もまた、それを如実に物語っていた。


レキが索敵を。

カルクとミームが左右の警戒を。

フランとユミ、ガージュが遊撃を担当し、ガドが後方の警戒を受け持っている。

ルミニアは後方から皆に指示をだす纏め役で、ファラスアルムはそんなルミニアに言われて地図の確認をしているだけ。


今いるのは穏やかな平原である。

それは学園のあるアデメアの街を出てからずっと続いている。

まっすぐ歩けば目的地である森にた辿り着ける。

地図を見る必要などどこにも無いのだ。


そんな必要のない地図担当であるファラスアルムのやる事といえば、精々予定どおりに進んでいるかを確認するくらいである。

そんなのファラスアルムでなくとも出来るだろう。

最上位クラスの中で最も体力の無いファラスアルムがするのは、おそらくは自身こそが予定を崩しかねない要因だからに違いない。


自分が足手まといであるという自覚は持っている。


武術も魔術も落ちこぼれ、出来る事といったら地図を見るくらい。

こんな自分が一体なんの役に立てるというのだろうか。


今も、周りは何も見えず、誰かの気配も魔力も察する事も出来ず、焚き火の前にただ座っているだけ。

見張りの役になどたっていない。


落ちこぼれ、足手まとい、役立たず・・・。

自分を貶める言葉が次から次へと湧いてくる。

下手に知識が多い分、こういった言葉がいくらでも出て来る自分が恨めしい。


パチンッと薪の爆ぜる音がした。


周りには何もない。

耳を澄まして聞こえるのは風が草を撫でる音。

生き物の気配などまるで察知出来ないファラスアルムの胸に、誰もいない世界に一人だけ取り残されたような、そんな得も言われぬ不安がよぎった。


「ズズ~ッ」


ふいに聞こえてきた、お茶をすする音に目を向ければ、そこには一人の少年が座っていた。


レキ。

アデメアの街で出会い、救われ、同じ学園で学ぶ同い年の少年。

武術では武術講師のゴーズに勝利し、フランとルミニアの二人を同時に相手をして圧勝してみせた。

魔術では宮廷魔術士長フィルニイリスに自分より上だと称された少年。


ファラスアルムが敬意と好意を抱く少年。


レキと比べれば、ファラスアルムなどそこらの石も同然だろう。

武術は当然として、魔術だってファラスアルムはレキから教わる立場にある。

唯一知識だけは、レキが座学を苦手としている為か良く聞かれる事はあるが、それも誰もが知っているような内容だ。

ファラスアルムでなくとも教えられるに違いない。

実際、ファラスアルムよりルミニアの方が分かりやすく教えている。


見張りは二人でという決め事に従い、ファラスアルムはレキと一緒に見張りをしているが、それもファラスアルムという足手まといと組めるのがレキだけだから。


本来、見張りなどレキ一人で十分なのだ。

それでは何もかもをレキに任せ過ぎてしまうからと、交代して見張りをしているに過ぎない。


流石に一晩中見張りをやらせるわけには行かないので、交代制を取るのは当たり前なのだが。


交代はともかく、レキは一人で問題なく、ファラスアルムは一人で見張りなど出来ない。

つまり、ここでもファラスアルムは役立たずで足手まといで・・・。


「どしたの?」


レキという、自分とは何もかも違う少年と自分を比べ、ファラスアルムは更に落ち込んでいた。

座学以外では純粋に尊敬するだけで良かったのだが、こうして共同作業をしてしまえば自分の役立たずっぷりが嫌でも気になってしまう。


自分さえいなければ、あるいはもっと距離を稼げたのでは?

ちゃんと予定どおり進んでいるにもかかわらず、そんな事すら思ってしまった。


「あ、いえ・・・」


なんでもありません、とファラスアルムは手に持っていたお茶をこくりと飲んだ。

ルミニアが用意してくれたお茶は、焚き火の傍に置かれていた為温かく、一口飲んだだけでも口から喉へ、そして胃へと流れていき、そこから全身を温めてくれるようだった。


なんとなく先程までの不安が紛れたような気がして、ファラスアルムがほっと息をつく。


「眠くない?」

「えっ、あ、はい。

 大丈夫です」


早朝とも言えない早過ぎる時間。

いつもと違う生活を気遣ったのか、それとも先程から何もしゃべらないファラスアルムが気になったのか。

ただ、レキがファラスアルムを気にしていることに代わりはなく、それがまたファラスアルムを落ち込ませる要因になりえたりするわけで。


「そっか~

 まあ、朝早いししょうがないよね」

「うぅ・・・」


更には眠くても仕方ないなどと慰めの言葉もかけられ、いよいよ居心地が悪くなるファラスアルムである。


「フランなんかぐーぐー寝てたけどね」

「えっ?」


そんなファラスアルムに、レキがフラン達の失敗談を語り始めた。

ファラスアルムを慰める為、などと言う意図はなく、ただ眠たそうなファラスアルムを見て思い出したのだろう。


見張りにおける最も注意すべき点と言えば、やはり眠らない事である。

普段なら眠っている時間。

日中は歩き続け、肉体的にも十分疲れている。

少しでも気を抜けば、あっさりと夢の世界に旅立ってしまうだろう。


それを防ぐには誰かと会話するのが一番である。

誰かと話をしていれば多少は眠気も覚めるし、仮に寝てしまっても相手が気付いて起こしてもらえるからだ。


見張りの最中、それまで元気良く会話をしていた相手が急に黙り込み、どうしたのだろうかと顔を覗き込んでみたらぐーすか寝ていたという経験がレキにはあった。

相手はもちろんフランである。


その時のレキは、リーニャの眠る天幕にフランを放り込み、そのまま見張りを続けた。

雑談していたからこそフランが眠ってしまった事に気づけたと考えれば、何気ない会話も大切と言えるのかも知れない。


「無理して起きて無くても良かったのにね。

 フランが「どうしてもやるのじゃ~!」って言うから」

「ふふっ、そうなのですか」

「昼間だって疲れて歩けないって途中からミリスが背負ったのに、ご飯の時だって半分寝ながら食べてたんだよ?

 それなのに起きてるって聞かなくて」

「まぁ。

 でもフラン様らしいです」

「そうだね~」

「はい」


こういった雑談も見張りをするには大切である。

ファラスアルムにとっては、眠気を紛らわせる効果と同時に、先程までの弱気をも紛らわせる効果があった。


「ルミニアだって最初は寝ちゃったんだよ。

 馬車に乗ってたのに「私もフラン様と歩きますっ!」とか言って」

「でもルミニア様らしいです」

「そっかな?

 二時間もしない内に疲れて馬車に戻っちゃったんだよ」

「えぇ、ルミニア様がですか?」

「うん」


会話の相手はファラスアルムが敬意と好意を抱いている少年。

本来なら二人っきりで過ごせるだけで嬉しかった。


話題も、学園で仲良くなった友人フランとルミニアの事。

レキが共通の話題として持ち出したのだ。

まだ知り合って一月しか経っていないが、ファラスアルムにとって二人はかけがえのない友人である。

だから、自分の知らない二人の話をしてくれるのはとても嬉しかった。


「フランもルミニアも最初はホントダメダメだったよ。

 フランは中々起きないし、ルミニアは魔物を解体するの怖がってたし」

「そうなのですか・・・」

「うん、ホント大変だった」


ふと、レキが昔を思い出す為か空を見上げた。

釣られてファラスアルムも空を見れば、そこには満天の星空が広がっていた。


「ふわぁ~・・・」


今まで気づかなかったのが不思議なくらいの星空。

焚き火よりも明るいくらいの空に、それまでの暗い気持ちにすら光が差し込むようだった。


「綺麗です・・・」

「ん?」

「いままで気付きませんでした」

「そうなの?」

「はい。

 自分の事に夢中で・・・」

「ふ~ん。

 でも見張りしてれば何時でも見れるよ?」

「はい。

 でも気づかなければ無いも同じですから」

「?」


傍らにはレキがいて、焚き火とお茶の温もりがあって、天幕には大好きな友人達がいて・・・。

ふと空を見上げればそこには満点の星空が広がっていた。


こくりとお茶を一口。

先程より多少温くなっていたが、それでも十分な温もりをファラスアルムに与えてくれた。

友人が自分達の為に用意してくれたお茶。

先程までの不安がまるで嘘のように、温かい気持ちで一杯になった。


「眠くない?

 大丈夫?」

「えっ?

 あ、はい。

 大丈夫です」


しばし見とれていたファラスアルムに、レキが確認するように声をかけた。


「疲れは?

 歩きっぱなしだったけど」

「はい。

 意外と大丈夫です」

「頑張ってたもんね」

「えっ、そんなこと・・・」


突然褒められ、嬉しさよりも恐縮してしまう。

一日中歩いていたのはみんな一緒で、それどころかレキ達は周囲の警戒をしながら歩いていたわけで、地図しか見ていないファラスアルムなどより大変だったはずだ。

にも関わらず自分を気遣ってくれるレキに、申し訳ない気持ちが再び湧いてきそうになった。


「武術も魔術も毎日頑張ってるし」

「いえ、それは私が出来ないからで」

「座学だってちゃんと起きてるし」

「いえ、授業ですから」


武術はからっきしで、だからこそ皆の足手まといにならぬよう頑張ってる。

魔術は落ちこぼれで、だからこそ皆に置いていかれないよう頑張っている。

座学は唯一自信があるもので、だからこそ自信を失わない様頑張っている。


どれも後ろ向きな気持ちで、だからこそ必死になって頑張っているのだ。


「今日も最後まで歩いたし」

「え?」

「フランはミリスにおんぶされてたし、ルミニアは馬車に引っ込んじゃうし」

「そんな、それは二年も前のお話で」

「今のファラより頑張ってなかったよ?」

「えっと・・・」

「「疲れたのじゃ」とか「もう無理です」とか言って。

 ファラみたいに大丈夫ですとか言わなかったよ」

「それはその・・・」


自分が落ちこぼれだから。

これ以上落ちこぼれないよう頑張るしか無いのだ。

そう言おうとしたファラスアルムだが、それより先にレキが言葉を発する


「ファラはちゃんと頑張ってる。

 うん、偉い」

「そんな・・・」


そうレキが褒めてくれた。

多分、あまり深く考えていないのだろう。

ただ、ファラスアルムが頑張っている事は間違いなく、それが後ろ向きだろうが前向きだろうがレキには関係なかった。

ただ、昔のフランやルミニアの様に、不平不満を口にせず頑張っているファラスアルムを褒めたかっただけなのだ。


「偉い偉い」

「・・・はい」


まるで幼子を褒めるようなレキの言葉。

そう言われて素直に喜べるほど、ファラスアルムは単純ではない。

そもそも二年前の、八歳のフランやルミニアと比較されて喜べるはずもないのだ。

だが、それでも・・・。


気がつけば、申し訳の無い気持ちなど欠片も残っていなかった。

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