第186話:交代時の一幕
「おいレキ、起きろ」
「ん~?
交代~?」
「そうだ」
「特に異常は無かったよ。
ルミニア様の入れてくれたお茶もあるし」
「お茶~?」
「ああ、皆で飲んで下さいって。
ちゃんとレキ達の分も残してあるさ」
「うん~、ありがと~」
「申し送りはこんなものかな?」
「ふんっ、異常無しだけで十分だろ」
「まあまあ。
じゃあボク達はコレで。
見張りよろしく」
「うん~」
簡単な引き継ぎを終え、最後の見張り役であるレキが天幕の外へと出た。
フランと違って寝起きは良い方なのだが、、多少ぼんやりしていたのは周囲に危険がないからだろう。
以前にもミリスや騎士団に交じって見張りをやった事もある。
体力は人一倍、楽しみ過ぎてはしゃぎ過ぎた分の疲労はあれど、睡眠も十分取れて好調である。
周囲はまだ暗く、いつもより短い睡眠時間ではあってもバッチリだった。
「よく寝た~」
まだ昇っていない朝日の代わりにと、大分傾いている月に向かい伸びをする。
もう一時間もすれば日も昇り始め、あの月も見えなくなるのだろう。
それでも起きた以上は朝であり、レキの新たなる一日が始まるのだ。
「・・・あれ?
ファラは?」
爽やかな、限りなく朝に近い新鮮な空気を目一杯吸い込み、眠気もすっかり取れた。
ふと辺りを見渡せば、そこには焚き火とルミニアが入れてくれたお茶と、見張り役が座る為の倒木(野営用にとレキが取ってきた)があるだけで、もう一人の見張りであるファラスアルムの姿はどこにも無かった。
もちろん、ガージュとユーリが女子の天幕へ入るのを嫌がり、ファラスアルムを起こす事無く男子の天幕へ引っ込んだせいである。
本来なら揃って交代するべきだが、あいにくとそう言った規則を二人は知らず、知っていても無視しただろう。
とりあえずレキに引き継ぎをしてしまえば後はレキがなんとかするだろうと、二人は既に夢の中。
申し送り事項にすら入れていないのだから、どれだけ女子の天幕に入るのを躊躇ったかが分かるというものだ。
「まだ寝てるのかな?」
そうとは知らないレキである。
こちらも、揃って交代という規則を知らなかった。
と言うか、騎士団と一緒に見張りをしていた時は当たり前の様に揃って交代していた為、これまで意識した事が無かったのだ。
「う~ん・・・」
起きてこないファラスアルムに対し、少しだけ「このまま寝かせてあげようかな」などという考えが浮かんでしまう。
正直、見張りなどレキ一人いれば十分なのだ。
確かに二人以上が基本で、多ければ多いほうが死角は無くなるが、気配やら魔力やらを察知できるレキにはそもそも死角など存在しない。
一人がその場にとどまり、もう一人が他の人に異常を知らせるという基本も、レキがこの場で大声を上げつつ魔術の一発でも放てば済んでしまう。
そもそもレキが対処できないような問題などそうはない。
どれほど強大な魔物が襲ってこようとも、野盗の集団が襲ってこようとも、レキがいれば大丈夫なのだ。
今日は朝からずっと歩きっぱなしで、体力の無いファラスアルムは人一倍疲れているだろう。
夕食を食べている時も、食事中にもかかわらずそのまま寝てしまいそうだったほどだ。
「でもなぁ・・・」
見張りも含めて学園の行事、つまりはこれも授業の一環である。
疲れているからといって見張りをサボって良いという話は無い。
疲れているのは皆同じ。
朝から歩きっぱなしなのも同じなのだ。
見張りをサボった場合、待っているのは担任であるレイラスの拳だろう。
あれは正直痛い。
身体能力に優れ、少しくらいの打撃など効かないレキであっても、レイラスの拳は何故か響く。
なにかこう、心に響くのだ。
「うん、しょうがない」
という事で、仕方なくファラスアルムを起こす事にした。
女子の眠る天幕へとつかつか近づいていくレキ。
そして・・・。
「ファラ~。
起きてる~?」
躊躇う事無くレキが女子の天幕の中へと入って行く。
他の男子と違い、レキは野営もそうだが女子の天幕に入るという行為にも慣れていた。
などと言うといかがわしい行為に慣れている様に聞こえるが、交代の為に女性騎士の眠る天幕へ起こしに行く担当として、ちょくちょくレキが指名されていたのだ。
理由は単純、レキがまだ子供だからである。
フランやルミニアが一緒なら彼女達に頼むというのも有りだろうが、レキと違い彼女達は王族、貴族である。
騎士達が気軽に雑用を頼むわけにはいかなかった。
反面、レキはフラン達の恩人ではあるが平民であり、何よりレキ本人が役に立とうと張り切っていた為、このような雑用も気軽に頼む事が出来た。
女性騎士達の中でレキの人気は高く、レキが天幕に入ってくる事を歓迎し、中にはそのまま抱きつき一緒に寝ようと誘ってくる者すら出てくる始末。
成人した男性なら喜ぶべき状況なのだろうが、子供であり一応真面目に見張りをしていたレキとしては、嬉しいと言うより困るという心境だった。
そんな経験を経て、レキは女子の天幕に入る事に躊躇いを露ほども感じなかった。
そもそもフランやルミニアと良く一緒に寝ていたレキである。
今更何をと言う話だ。
「ファラ、起きて」
「ん?
ん~・・・」
「見張りの時間だよ?」
天幕の中、あどけない寝顔を見せる女子達に見向きもせず、それでも一応他の子達を起こさぬよう注意しながらファラスアルムを起こす。
フランやルミニアの寝顔など今更で、ユミやミームもいるが気にはならない。
慣れない環境だからか、疲れているとは言えそれほど深くは眠っていなかったようで、レキが軽く揺するだけでファラスアルムは目が覚めた。
ベッドのない地面、外套にくるまれているとは言え寝心地は最悪なのだ。
「あ~、レキさま~」
「うん。
見張りだから。
起きて」
「はい~・・・レキ様?」
「うん?」
暗い中ファラスアルムが目覚める。
重たい瞼をこじ開けてみれば、そこには心から尊敬するレキの顔があった。
夢現な状態ながらもレキの顔が見れた事に笑みを浮かべ、頷きながら無意識に体を起こした。
それが頭を働かせるきっかけとなったのか、レキの顔を改めて認識し、続いて今の状況、すなわちここは女子の天幕でありフラン達と一緒に眠っていたという事を思い出し・・・。
「レキさぐっ」
「し~!」
「ふぐぐっ」
思わず叫びそうになったファラスアルムの口を、レキが慌てて塞いだ。
――――――――――
「えっと、ごめん」
「い、いえ、私の方こそいきなり声を上げそうになって・・・」
あれから。
ファラスアルムが落ち着いたのを見計らい、二人は天幕の外へと出た。
天幕内ではファラスアルム以外の女子達が眠っている為、騒がしくするのは迷惑だろうと判断したからだ。
まあ、説明する事などほとんど無いが。
見張りの番が来たのでレキがファラスアルムを起こしに来た。
言うなればそれだけ。
足りないのはレキのデリカシーくらいだろう。
まだ十歳でも女の子である。
寝所に忍び込まれ、驚かない女子はいない。
それが異性であればなおさらだ。
相手が心から尊敬し、好意すら抱いている場合でもそれは変わらない。
異性に対する恐怖ではなく、ありえないという状況からの驚きだった。
比較的朝の苦手なファラスアルムですら、一瞬で覚醒するくらいにはインパクトがあったようだ。
レキに起こされた事に驚き声を上げそうになったファラスアルムと、そんなファラスアルムの口を慌てて塞いだレキ。
ルミニアが入れておいてくれたお茶を飲みながら、一先ず謝罪した。
「見張りの時間だというのになかなか起きず、お手数をおかけして申し訳ございませんでした」
レキの謝罪を受け、今度はファラスアルムが頭を下げ返した。
ファラスアルムとしては、今回の件は悪いのは自分だと考えている。
レキがデリカシー無く女子の天幕につかつか入ってきた事は確かに問題だが、ファラスアルムがちゃんと起きていれば回避できたからだ。
一日中歩き通しの上に慣れない野営、体力の低いファラスアルムには確かにきつかった。
女子の誰かに起こしてもらうわけにもいかず、自分で起きてくる事も出来ず。
ファラスアルムがレキに起こされるのは、ある意味仕方のない事だった。
もう少し野営や見張りの経験を積めば、あるいは侍女や騎士のような生活を送っていれば、誰にも頼らず起きたい時間に起きる事も出来るようになるのだろう。
だが、ファラスアルムはそんな経験の無いただの子供である。
毎朝ちゃんと起きてはいるが、それも起床の鐘のお陰で目覚めているに過ぎない。
鐘も無く、ただでさえ前日の疲れを抱えた体で、更にいつもより早い時間に起床するなど出来るはずも無いのだ。
もちろんそれでレキの手を煩わせて良い理由になどならない事は、ファラスアルムも分かってはいるが。
コレばかりは体力と経験と、あと慣れが必要だった。
実際、ルミニアとユミはカルクとガドが天幕の外でごそごそしている音だけで目覚めている。
レキほど体力もなく、見張りの経験も少ない二人であっても、日頃の習慣などからこのように不規則な時間にもあっさり目覚める事が出来るのだ。
ファラスアルムとて経験さえ積めばきっと・・・。
もちろん昨日今日で解決する問題ではなく、ファラスアルムは申し訳ない気持ちで一杯になっていた。




