第183話:初日の終わり
誤字報告感謝です。
賑やかな昼食も終わり、レキ達は再び歩き始めた。
お腹も膨れ、体も休めた事で、レキ達の足取りは軽い。
魔物の気配も無く、気分はもはや演習ではなくただの遠出だった。
地図の確認に余念のないファラスアルム、代表である事から警戒を怠らないルミニアと、今一つ輪に入り切れていないガージュを除いてだが。
道中は何事もなく時間は過ぎていき、日は大分傾いていた。
「そろそろ野営の準備にとりかかりましょう」
『お~!』
「・・・ふんっ」
ルミニアの宣言に皆が応え、レキ達はそれぞれ与えられた役割に応じて行動を始めた。
レキが背負っていた荷物を下ろし、カルク達と簡易的な天幕を設置する。
フラン達もまた、竈になりそうな石や薪になりそうな木々を手分けして探しに行く。
以前も良く手伝っていたフランと、故郷では良く親の手伝いをしていたと言うミームの二人が手分けする事で、一時間もしない内に十分すぎるほどの薪が手に入った。
「ふふん、わらわの方が多いのじゃ!」
「あたしの方が燃えやすいしっ!」
どうやらここでも勝負をしていたらしい。
二人は友達であると同時にライバルでもあるのだ。
「ふふっ、お二人ともありがとうございます。
カルクさん、竈に火をお願いします。
ファラさんは鉄鍋に水を」
「おう!」
「は、はい!」
「あ、お二人とも出来れば無詠唱で」
「「えっ・・・?」」
「ほら、野外ではできるだけ声を抑えた方が良いですから」
今まで散々賑やかに移動してきて、今更声を抑えるも何も無いだろうが。
そんなガージュの呟きをサクッと無視し、コレもまた演習ですとルミニアがにこやかに指示を出す。
うんうんうなりながら魔術を放とうとするカルクとファラスアルムだったが、残念ながら二人の手からは火も水も出る事は無かった。
環境を変えたところで、そう簡単にはいかないようだ。
結局、お手本ということでフランが火を、ルミニアが水を無詠唱で出し、皆が持ってきた食材を元にユミが調理を始める。
食材と言っても干し肉や乾燥させた野菜と調味料くらいで、精々味を調整しながら煮る程度しか出来ないのだが。
それでも野外の星空の下で食べるにふさわしい、若干の野性味を帯びた見事な料理が出来上がった。
「ど、どうかな?」
焚き火を囲いながらの食事。
恐る恐るそんな事を尋ねたのは今回の食事を担当したユミだ。
いつも朗らかな彼女にしては珍しく、どこか緊張気味である。
友達に料理を振る舞うのはこれが初めて。
学園で用意された食材を使った、あまり手の込んだものではなくとも料理は料理。
一応、侍女見習いとして炊事や洗濯なども一通り行っていたユミではあるが、彼女はあくまで見習い。
誰かの補佐だったり指示どうりに作業しただけで、自分だけで作業した事は無かったのだ。
「うん、おいしいよ」
「良かった~」
一番気になる相手を見ながらの問いかけに、レキが笑顔で応えた。
こういった野性味溢れる料理、特に干し肉はレキが魔の森で作っていた事もあって、好物とは言わずとも慣れ親しんだ食べ物である。
そこに調味料が加わっただけで、レキにとっては十分立派なご馳走なのだ。
王宮ではもっと豪華な食事をしてきたとはいえ、レキの根本にあるのは魔の森での生活である。
基本的にはその日に狩った魔物をただ焼いて食べていたレキにとって、肉以外の味がしただけで十分満足なのである。
「うむ、美味いのじゃ」
「ええ、とても美味しいです」
そんなお手軽なレキとは違い、日頃から豪華な食事を食べているフランとルミニアが続けて太鼓判を押した。
日頃から街の散策、すなわち買い食いを頻繁にしているせいか、簡素な食事にも慣れ親しんでいる二人である。
他の領地へ赴く事が多いのも、ユミの料理に満足している理由だろう。
移動中は魔物が狩れない場合も多く、こういった干し肉などを使った簡単な食事で済ます事もあるのだ。
レキが魔の森で作っていたという事もあってか、フランは干し肉をめったに食べられない特別な食べ物の様に思っていたりする。
ルミニアはルミニアで、干し肉は王都や他領へ赴く際に食べる物であると同時に、狩りの最中に食べる武人や狩人の食べ物だと父親から聞かされている。
魔物や野盗の討伐へと向かう騎士団が食べる物としても一般的で、ルミニアの父親も慣れ親しんだ食べ物なのだ。
父親から槍を教わる際、そう言った話も聞かされていたせいか、フランほどではないにしろ干し肉を若干神聖視しているきらいがあった。
「普通に美味ぇよ」
「あたしが作るより美味しい」
「む」
こちらは庶民の代表各であるカルク、ミーム、ガドの三人。
村での質素な暮らし、その際食べていた食事を思い出しつつ、同じ程度には美味いとカルクが評した。
武術一辺倒で料理などあまりしないが、母親の手伝いで作った食事と比べながらミームは美味しそうに食べる。
満足げに頷くガド。
三者三様の反応をしつつ、誰も不味いと言わないのだからユミの腕は確かなようだ。
「・・・ふん」
「おや?
こんなもの、とか言わないのかい?」
少し離れた場所では、ガージュが相変わらずの仏頂面で食事をしていた。
不味くはないが、最高に美味しいわけでもない食事。
学園に来る前まで食べていた料理とは比べるまでもなく、学園で出されている料理よりも粗末な物ではあるが、文句一つ言う事無く食べている。
ガージュの性格ならば「こんなもの貴族の僕が食べられるかっ!」などと言って器をひっくり返すくらいしそうなもの。
そんな想像がたやすく浮かんだのか、ユーリがガージュをからかったのだが。
「食べねば明日から辛くなるだけだ。
それに、干し肉くらい僕だって食べた事がある」
ガージュもまた、フランやルミニアほどではないが他の領地へ赴いた事がある。
その際食べるのは、フラン達同様移動中に食べるのは干し肉などの保存性のある食べ物だ。
食べなければ明日が辛い、と言うのも経験からくる事なのだろう。
野営時にも一悶着起きるのではないかと危惧していたファラスアルムが、こっそり胸を撫で下ろした。
ガージュはまだ苦手なのだ。
この一月これと言った揉め事は起きていないが、やはり初対面の印象というのは何かと影響するのである。
・・・フランやレキのように、覚えていなければ話は別だが。
――――――――――
一日中歩き続け、お腹も空いていたのだろう。
少食のファラスアルムですらいつもより多く食べた夕食も終わり、レキ達は就寝の用意を始めた。
準備、と言っても食事の片付けと男女が交代で着替えたくらいだが。
数日歩き続けたなら服も洗うところだが、今日はまだ一日目。
下着だけはしっかり五日分用意してある為、着替えるだけで終わった。
着替えと洗い物が終われば後は寝るだけである。
夜は天幕の中外套にくるまって寝る事にしている。
天幕もちゃんと男女で分かれられるよう二つ用意してあり、五人で眠るには十分な広さがあった。
野外演習である以上見張りを立てる必要がある為、全員が一度に寝る事は無い。
見張りは基本的に複数、最低でも二人で行わなければならず、レキ達は事前に日ごとの見張りの順番と組み合わせを話し合っていた。
その場で話し合い、もめてしまえばその分睡眠時間が減ってしまうからだ。
就寝する順番や、喧嘩をしない為の組み合わせ、何かあった時に対処できるよう実力なども考慮に入れ、十分に話し合った結果、本日の見張りの順番は以下の様に決まっている。
1組目:フラン、ミーム
2組目:カルク、ガド
3組目:ルミニア、ユミ
4組目:ユーリ、ガージュ
5組目:レキ、ファラスアルム
野営の経験が無く、戦闘能力も乏しいファラスアルムをレキと組ませる事は満場一致で決定した。
ファラスアルムが恐縮する中、残りの組み合わせは能力よりも相性で判断した結果である。
戦闘力で言えばレキとフラン、ルミニアの三人が特出しており、性格的にもこの三名なら誰と組ませても特に問題はない。
むしろガージュと誰を組ませるかの方が問題で、ガージュと打ち解けているらしいユーリに任せるしかないのが現状である。
フランとミームが些細な事で対立しないか、無口なガドにカルクが眠りやしないか等、細かく言えばいろいろあるのだが、一先ずはこの組み合わせで見張りを行う事にした。
問題が発生した場合、二日目以降の見張りの組み合わせをその都度見直すという事になっている。
そんな訳で、一組目のフランとミームを残し、レキ達は天幕へと入って行く。
朝から歩き通しなだけあって、少しでも早く眠りにつきたいのだろう。
「う~・・・わらわも眠いのじゃ」
「あたしも・・・」
「見張りなどとっとと終わらせるのじゃ!」「そうよっ!」と、最初の見張りを名乗り出たフランとミームである。
久しぶりにミリスと会ってはしゃぎすぎたフランと、それとは関係なく街の外へ出てはしゃぎすぎた二人。
早々と既に眠たそうではあったが、そこはなんとか頑張って起きている。
いつもならまだ起きている時間だというのも幸いしたのだろう。
「見張りと言うても何かあるわけでも無いしのう」
「それはそれで退屈よね」
ルミニアが置いていった時間確認用の砂時計を眺めながら、二人は雑談に興じた。
「何かあったら大変なのじゃがな」
「それはそうだけど・・・」
見張りをするのはこれが初めてというミーム。
このまま何もせず過ごすというのは、退屈で仕方ないようだ。
反面、これまで何度も見張りを経験しているフラン(と言ってもあくまで見張りのレキや騎士達に付き合っただけだが)としては、このまま何事も無く過ぎるのが一番だと理解している。
実は以前、魔物の襲撃に遭い夜中に叩き起こされた事があった。
レキやミリス達騎士が対処したが、万が一に備えてフランやルミニアは馬車へと避難させられていた。
その時の緊張感や慌ただしさ、何より夜中に起こされた事への不満などから、何事も無く朝を迎えるのが一番だと身をもって理解したのだ。
「この辺りは大丈夫そうじゃがな」
見渡す限りなだらかな平原。
自分達以外には何も見えず気配も無い。
就寝前にレキが確認したところ、少なくとも見える範囲に魔物はいないらしい。
いたらいたでレキがひとっ飛びで討伐しただろう。
つまりは平和そのものである。
そして・・・
「・・・うにゃ」
「・・・う」
平和であるからこそやってくる大敵。
つまりは睡魔との戦いが幕を上げた。
「・・・眠いのじゃ」
「う~・・・見張りってこんななの?」
「うむ、こんななのじゃ」
幾度も経験しているからこそ分かる、睡魔という強敵。
その戦いに打ち勝つ者が見張りの勝者である。
フランの戦績はこれまで0勝。
いずれも日中騒ぎすぎた事と、それ以前にお子様だからというのが敗因である。
なお、レキは寝ていても魔物の気配がすれば起きるという特技を持っている為、わざわざ見張りに立つ必要も無かったりする。
それでも以前はフランやルミニアと一緒に見張りをする為に起きていた。
今回もまた、みんなと合わせる為ちゃんと起きるつもりである。
「まだ三十分も経ってないし・・・」
「こういう時はお茶じゃな。
お茶とおしゃべりで時間を潰すのじゃ」
一応見張りの心得としていつもよりかは声を抑えているフランとミームだが、それが余計に眠くなる要因でもあった。
それでも黙っていれば即眠ってしまうだろうからと、二人はとりあえずなんでもいいから話し始めた。
「あの騎士の人、あの人がミリス?」
「うむ、ミリスじゃ」
幸い話題には事欠かず、似た者同士だからこそ噛み合えば話も弾む。
噛み合わなければ噛み合わないで言い争いになるのだが、それはそれで話しが続くという事でもある。
「剣姫だっけ?
やっぱ強いの?」
「うむ、剣術だけなら王国一なのじゃ。
レキも敵わぬのじゃ」
「うそっ!」
「本当じゃ。
何せミリスはレキの剣術の師匠じゃからのう」
「へ~・・・あのレキがねぇ」
ミリスの話に始まり、フランやレキの王宮での話、ミームの獣人の国での過ごし方など。
出会ってからまだ一月。
お互い知らない事は多く、お陰で最後まで眠らずに見張りを勤め上げた二人である。
――――――――――
フランとミームがなんとか見張りを勤め上げ、確認用の砂時計が落ちきったところで二人の番は終了した。
二組目はカルクとガドである。
野営の見張りはどちらも初めてな為か、何をすれば良いか正直分からないでいる。
経験者であるレキからは「魔物とか注意してればいいよ」と教わってはいたが、この平原において注意するようなモノなど何もなく、だからこそどう過ごせば良いか考えてしまう。
先行のフランとミームに話を聞こうにも、二人共眠気の限界が来ていたようでそそくさと天幕に引っ込んでしまっている。
ルミニアが用意しておいてくれたお茶を飲みつつ、二人はどうするべきが話し合った。
「見張りってもなあ」
「む」
「真っ暗だし、なんもねぇし、魔物なんて出んのかここ?」
「む?」
「大体魔物出たら先生がなんとかすんじゃねぇの?」
「む」
「剣姫ミリスて人もいるし、フィルニイリス先生だって凄ぇし、サリアミルニス先生も凄ぇ。
凄ぇ人ばっかだよな」
「む!」
引率と言うよりお目付け役として同行している担任のレイラス。
護衛役として同行する、フロイオニア王国騎士団の中隊長となった剣姫ミリス。
宮廷魔術士長であり無詠唱魔法の使い手フィルニイリスと、その補佐サリアミルニス。
誰もがこの国有数の使い手であり、この四人ならおそらくオーガとも渡り合えるだろう。
「レキもいるしな~」
「む!」
何より、生徒の中にはレキがいる。
魔の森に住んでいたという話は信じがたいものがあるが、レキの実力を知った後ではあるいはと思い直してもいる。
魔の森の危険性については、カルク達も伝え聞いた話でしか知らない。
だが、レキの実力ならどんな環境でも生き抜く事が出来るはずだ。
それこそオーガが群れを成して襲ってきても、レキなら容易く仕留められるに違いない。
「オレだってゴブリンくらいなら・・・」
「む?」
学園に来る前、カルクは村にいた冒険者から手ほどきを受けている。
その冒険者から「ホーンラビットなら問題ない」、「ゴブリンでも一匹くらいならまあ大丈夫だろう」と言われていた。
魔物の強さで言えば下から数えた方が早いゴブリンだが、それでも魔物である事に変わりはない。
基本的には複数で行動するゴブリンは、フォレストウルフと同じく単独と群れを成した状態とで強さは段違いとなる。
そのゴブリンが「単体」なら勝てると言われたカルクの実力は、正直に言えば心もとないレベルであった。
それが分かっているのか、少しずつ声が小さくなっていくカルクの肩に、慰めるようにガドが手を置く。
見張りの仕事はあくまで周囲に異変が無いか確認する事で、異変があれば二人で対処するのではなく皆を起こすのが役割でありそれが最善の行動である。
決して一人で立ち向かってはならない。
ホーンラビットくらいなら別に・・・。
などと思ってしまうカルクは、やはり見張りの初心者であると同時にただの子供だった。
とは言えそんな異変が起きるはずもなく、カルクとガドの見張りも何事もなく終わり、交代の時間となったのだが・・・。
その交代こそが、カルクとガドの最大の試練でもあった。
何故なら次の見張りはルミニアとユミの二人。
そう、カルクとガドは今から女子の眠る天幕へと、二人を起こしに行かねばならなかった。
まだ十歳の二人だが、それでも異性というのを多少なりとも意識してしまっている。
女子の天幕の前まで来たは良いが、どうしても足を踏み入れられなかった。
「ガ、ガドが起こせよ」
「む?
・・・む!」
「いや、でもよ・・・」
「むぅ・・・」
譲り合い、押し付けあいながらどうしようかと、女子の天幕の前で揉める二人。
村にいた頃は幼馴染の女の子と一緒に寝た事もあるカルクだが、カルクにとってその女の子は妹のような存在だった。
その子であれば遠慮なく叩き起こせたのだが、ルミニア達に同じ事が出来るはずもない。
村の女の子とルミニア達では何もかも違うからだ。
ガドはガドで、幼い頃から父親の下で鍛冶一辺倒の生活を送っており、あまり同年代の子供と遊んだ記憶は無い。
ましてや女の子となれば、会話自体数回あるか無いか程度だ。
幼馴染以外の女の子の扱いを知らないカルクと、扱い以前に女の子と接した事がほとんど無いガド。
ルミニア達の眠る天幕の前で「さてどうしよう」と悩みながら、このままでは何時までたっても交代出来ないからと意を決して天幕の中へと入り込もうとしたその時である。
「起きてますよ」
すっ、と天幕が開き、中から準備万端なルミニアとユミが出てきた。




