第182話:出発
「紹介に預かったフロイオニア王国騎士団中隊長のミリスだ。
五日間、君達の演習に同行する事となった。
と言っても基本的には見守るだけとなるが、それでもよろしくお願いする」
フロイオニア王国の騎士にして、フランを初めとした王族の護衛を幾度も務め、剣姫の二つ名でも知られている騎士ミリス。
フランの剣術指南役であり、レキの剣術の師匠でもある騎士だ。
レキ達が学園に通うようになり、護衛や剣術指南役としての仕事が減った事で、いつの間にか中隊長へと昇格を果たしていたらしい。
元々実力だけなら大隊長クラスと言われ、人望も厚く実績も豊富なミリスである。
護衛や指南役として方々へと赴く事も多く、フラン達が王宮にいた時は小隊長に留まっていたが、ようやくの昇進となったようだ。
久しぶりのミリスにレキやフランが声をかけようとしたが、そこはレイラスが拳で黙らせた。
お馴染みとなったフィルニイリスとサリアミルニスも並び、レキ達はいよいよ野外演習に出発する。
「学園の門を出た瞬間から野外演習の開始となる。
準備は良いな?」
『はい!』
「よろしい。
それでは出発!」
レイラスの号令に、レキやフランが勢い良く駆け出・・・そうとしてルミニアに止められ、そして。
「では行きましょう」
「うん」
「うむ!」
「うん!」
「うん」
「おう!」
「は、はい」
「ははっ、うん」
「む」
「・・・ふんっ」
改めて、ルミニアの号令で皆揃って歩き出した。
レキ達一年生最初の学園行事、野外演習がいよいよ始まった。
――――――――――
「で、なんでミリスがいるのじゃ?」
学園を出たレキ達はそのままアデメアの街を通り抜け、既に街の外までやってきていた。
一応野外という事もあって事前に考えていた隊列を組んでは見たものの、開口一番レキが「このあたりに魔物はいないよ」と報告した為、今はのんびりと森へ向かい歩いているところである。
そんな中いい加減我慢できなかったのか、フランが護衛として王宮からやってきたミリスに声をかけた。
「一応護衛だ。
毎年学園の野外演習には王国から騎士が派遣される事になっているのでな」
「へ~、そうなんだ」
王族に対していささか無礼な口調ではあるが、今の両者は学生と護衛の騎士という関係である。
学園にいる間は爵位を持ち出してはならないという規則もあり、ミリスもこうして騎士として接しているのだ。
もっとも、王宮にいた頃のミリスはフランの剣術指南役でもあった。
指南している間、あえて厳しい態度を取っていた事もあり、こういった口調にも慣れている。
それはフランも同じで、ミリスの口調に気にしたそぶりを見せていない。
レキも気になったのか、フランの横で同じくミリスに声をかけた。
「ですが、中隊長であるミリス様がわざわざ派遣されるなど・・・」
隊列の関係で皆の後方にいたルミニアもまた、ミリスがこの場にいるのを気にしている一人だ。
好奇心から尋ねるフランやレキと違い、ルミニアの場合は確認の意味合いが強い。
「なに、たまたま私の手が空いていたというだけだ。
決して陛下や王妃様に言われたからではないぞ?」
「え、ええと・・・」
「陛下がフラン様の学園生活を気にしていただとか、王妃様がフラン様の様子を知りたがっているとか。
ああ、そう言えばリーニャもこちらに来ているが、もちろん今回の件には関係ない」
「・・・そうですか」
ミリスの答えにルミニアは何も言えなかった。
当初、ルミニアはミリスが派遣された理由を王族であるフランと公爵家の娘であるルミニアがいる為だと考えていた。
いくらレキがいるとは言え、万が一という事もある。
二年前の王都での事件の様に、フランとルミニアがはぐれてしまった場合、レキ一人では守りきれない可能性があるのだ。
だからこそ剣姫と名高いミリスが派遣されてきたのだとばかり思っていたのだが・・・。
「おおっ!
リーニャも来てるのか!?」
「ああ。
一応私の付き添いという形ではあるがな」
ルミニアの考えをよそに、ミリスの口から出た名前にフランが反応した。
ミリスが王宮から学園に派遣される際、ミリスの付き添いとしてリーニャも着いてきたのだそうだ。
今は一人、宿で待機しているとの事。
「リーニャも来ればよかったのにね」
そんな事を言うレキだが、リーニャはあくまで王宮の侍女であり、ミリスやフィルニイリスのように護衛として戦えるわけではない。
護衛二人の世話はサリアミルニスがいれば十分で、万が一戦闘に巻き込まれた場合も、実力なら魔術が得意なサリアミルニスの方が上なのだ。
よって、野外演習の間はフランに付き添う事は無く、アデメアの街の宿で野外演習が終わるまでのんびり待機しているそうだ。
「野外演習などとっとと終わらせてリーニャに会いに行くぞっ!」
「お~!」
「え、あの・・・」
リーニャが来ていると分かり、いてもたってもいられなくなったフランとレキが張り切りだした。
残念ながら今は野外演習中、しかもその初日である。
会えるのは早くて五日後。
どんなに急いだところで、その日程が変わる事は無い。
あれほど楽しみにしていた野外演習。
出発して早々に早く終わらせようとするフランとレキに、ファラスアルムが戸惑うように周りを見渡した。
ルミニアやユミは苦笑し、その他の面々は戸惑ったり呆れたりと様々だ。
ガージュなどは明らかに不満気である。
ガージュ以外の面々は、リーニャがどういう人なのかフランやレキから何度も聞かされていた。
身を挺してフランを救い、自分の命よりフランを助けて欲しいとレキに懇願するほどの女性。
フランやレキにとって、姉のような母のような、かけがえのない存在である事を知っている。
「どれだけ急いでも野外演習の日程は変わりませんよ?」
「むぅ、急げばなんとかならんのか?」
「急いだらその分滞在する時間が長くなるだけですので」
「むむぅ・・・」
駆け出そうとするフランとレキを、ルミニアが諫めた。
どれだけ急いでも、野外演習の日程が短縮される事は基本的に無い。
早く着けば、その分森でゆっくり過ごす事になるだけである。
その事実・・・事前に通達されている為単に忘れただけなのだが、改めて知ったフランとレキが足を止めた。
いつの間にか先頭に躍り出ていた二人は、再び隊の後方、ルミニアの後ろまで戻ってきた。
がっかりしつつ、急いでも意味が無い事を理解したのだろう。
すぐさま気を取り直し、今は野外演習を楽しもうと、再び並んだミリスの横で元気よく歩き出すレキとフランであった。
――――――――――
アデメアの街から目的の森まではなだらかな平原が続く。
天気も良く、野外演習と言えどもつい気が緩んでしまいがちである。
先頭を歩くレキは、そんな状況でも索敵を怠る事は無かった。
魔の森にいた頃は獲物を狙う野生動物のように、フラン達と出会ってからは彼女達を守る護衛としてその能力を活かしてきたレキである。
そのレキの能力を持ってしても、この辺り一帯に魔物や敵意のある存在は見当たらなかった。
「そろそろお昼の休憩をとりませんか?」
時刻が正午を迎える頃、腹具合もちょうどよいだろうとルミニアが皆に声をかけた。
太陽もレキ達の真上で輝いている。
「ご飯っ!」
「うむ、お昼じゃ」
ルミニアの言葉に先頭を歩くレキが真っ先に反応した。
続くフランもルミニアの隣で大いに頷く。
「おい、まだ休憩には早いんじゃないか?」
そんな二人とは違い、ガージュからは反対の声が上がった。
先程から、ガージュは一人で気を張っていた。
索敵班のレキ、カルク、ミームが楽しそうに歩いていた為か、少しばかり機嫌も悪そうだ。
「まだ初日なんだ。
今からそんなのでどうするつもりだ」
先程まで以上に賑やかに、それこそ学園での食事よりも楽しげに昼食の準備を始めたレキ達にガージュが苦言を漏らした。
ガージュとしては体力のある内に距離を稼いでおきたいのだ。
先程までの皆の様子から、自分達があまり進んでいないようにも感じていた。
にも関わらず昼食と休憩を兼ねて地面に座るレキ達を見て、我慢ができなかったのだろう。
馴れ合いを好まず、口も態度も悪いガージュだが、授業自体は真面目に受けている。
武術の授業ではユーリやカルクに手合わせを願う事もあるし、魔術の授業では舌打ちこそ多いが話自体はしっかりと聞き、言われた通り練習もしている。
だからこそ、学園を出発してからのレキやフランの不真面目な態度に思うところがあり、つい口を出してしまったのだろう。
「問題は無いと思いますよ?
ねぇファラさん」
「は、はい。
予定どおり進んでいます」
そんなガージュの苦言に対し、ルミニアはなんの問題もないと返した。
索敵はレキがいるし、進路についても常にファラスアルムと二人で確認しながら歩いていた。
カルクやミームにも周辺の確認を任せてはいたが、他の者にも何かあれば教えてもらうよう伝えてある。
今のところ、これと言った異変は見受けられない。
だからこそルミニアはガージュの苦言に問題ないと返したわけだが。
「予定どおり進めばそれでいいというわけではなかろう。
むしろ安全な内にできるだけ進んでおくべきだ」
ガージュの意見はルミニアの言葉を踏まえた上でのものだった。
「今は問題無いかも知れないが、今後もそうとは限らない。
むしろ森が近づけばそれだけ危険は増すんだ。
だったら今のうちに進めるだけ進んだほうがいいに決まってる」
どうやら、皆の様子だけでなくガージュなりの考えを持った上での発言だったらしい。
ガージュの言うとおり、進める内に進んでおくというのも手だろう。
野外では何が起きるか分からない。
この先突然魔物が現れるかも知れないのだ。
今回の野外演習の目的地は森の奥である。
平原と違い、森には動物や魔物が潜んでいる可能性が少なからずある。
ガージュの意見もあながち間違いではないだろう。
「あまり初日から急いでは後が辛いだけですよ?
数日に及ぶ移動は、何より体力を維持するのが大事なのです」
もちろんルミニアにはルミニアの考えがある。
今回の野外演習のように、馬車ではなく徒歩で移動する場合などは一定のペースで進む事が大事なのだとルミニアは考えている。
レキのような無尽蔵な体力の持ち主ならまだしも、ファラスアルムのように体力に難がある者なら、飛ばしすぎては後半歩く事もままならなくなってしまう。
ファラスアルムだけでない。
レキ以外の者は、数日間歩き続けた経験などほとんど無いのだ。
経験者など、二年前魔の森から一番近いエラスの街まで歩き続けたフランくらいだろう。
レキとフラン以外の者にとって、数日どころか丸一日歩き続けるという事すら初めての経験なのである。
徒歩での移動が五日間も続く。
加えて野営の支度に夜の見張りなど、野外演習中は基本的に何もかもを子供達だけで行わなければならない。
体力を温存するに越した事はないのだ。
「疲れていれば野営の支度もままなりませんし、夜の見張りにも支障が出ます。
先の事が分からないというなら、なおさら体力を温存しておくに越した事は無いはずです」
そう言ってガージュの意見に対抗するルミニアである。
ガージュ自身に思うところが無いわけではない。
入学前のファラスアルムとのいざこざや、光の祝祭日の宴でフランに手を挙げようとした事もルミニアは覚えている。
普段の口調や態度に関しては、ガージュはそういう男の子だと割り切ってはいるが、フランやファラスアルムにした事は許せるものではない。
ガージュの全てを否定するつもりは無い。
打ち解けてはいないものの、普段のガージュは授業も真面目に受けているし、今回の野外演習の話し合いでも時折意見も述べてくれた。
それも、カルクやミームのような疑問や要望を述べるのではなく、懸念事項や自分達の気づかないような些細な問題点などをだ。
今回の苦言だって、自分とは違うガージュなりの考えを発言しているだけなのだろう。
だからこそ、ルミニアもガージュの意見を受け止めた上で自分の意見を返したのである。
「・・・ふん。
ルミニア=イオシスがそう考えているなら別にいい。
ただし、油断はするなよ。
魔物がどこから現れるかわからないんだからなっ!」
ルミニアの意見に、ガージュはあっさりと自分の意見を引っ込めた。
やはりガージュは自分なりに今の状況を懸念し、意見を呈しただけのようだ。
ルミニアがちゃんと考えている事を知り、安心したのだろう。
最後に一言伝え、皆と少し離れたところに腰掛けたガージュに苦笑するルミニアである。
「・・・ガージュさんらしいですね」
「ふふっ、本当に」
入学前のいざこざからガージュに苦手意識を抱いていたファラスアルムも、普段のガージュの授業態度などから多少は見直すようになっていた。
具体的に言えば「嫌な男の子」から「嫌味ったらしい男の子」に変わっているのだ。
ガージュの懸念も晴れ、一行は昼食を兼ねて休憩をとる。
食事は学園を出る際に用意してもらったお弁当だ。
日持ちしないお弁当は、初日だけのある意味御馳走である。
明日からはお弁当とは別に用意してもらった干し肉や乾燥させた野菜等が主な食事になるだろう。
レキが背負っている鉄鍋を使えばもう少しまともな食事を作れるが、食堂の人達が用意してくれたお弁当の味には敵わない。
お日様の下、レキ達は初日だけの御馳走に舌鼓をうった。




