第179話:最初の行事
「今日はお前達に連絡事項がある」
最後の授業である二度目の座学の授業が終わり、後は連絡事項などを通達する時間を残して一日の授業は終わりとなる。
普段はそれほど連絡する事はなく、寝坊するな遅刻するな授業中寝るなといった注意を受けて終わるのだが、本日はいつもとは違うようだ。
因みに、一日の授業は座学が二時間、武術と魔術が一時間ずつという構成となっている。
順番は日によって異なり、今日は座学、武術、魔術、座学という順番であった。
「十日後に野外演習を行う。
場所はこのアデメアの街から徒歩で二日ほどの距離にある森だ。
もちろん移動は馬車など使わず全員歩きとなる。
移動に二日、森で一日過ごし、また二日かけて戻ってくるという予定だ」
レキ達が入学してはや一月。
学園生活にも随分と慣れてきた。
そんな頃合いを見計らっての、特別演習の通達であった。
「おぉ!?」
「野外演習?
なにそれ?」
「お泊りじゃ!
お泊まりなのじゃな!」
「野営なの?」
「でしたら私達は慣れたものですね」
「私もっ!
私も野営したことある!」
「この学園に来る時にみんな経験したんじゃないか?」
「む」
にわかに騒ぎ出すレキ達。
入学して一月、毎日座学に武術に魔術にと、真面目(?)に大人しく(?)授業を受けてきた生徒達には、そろそろ慣れと共に若干の緩みも生まれ始める頃だ。
幸い今年の最上位クラスにはレキという刺激に満ちた存在がいる為、慣れはすれど緩みやたるみが発生する事はなかったが、こういったイベントはそれとは別の刺激がある。
「静かにしろ。
野外実習については基本的に事前準備から実際の野営まで全てお前達だけで行ってもらう事になっている。
必要な物の用意や配分、野営場所の設置から食料の調達まで全てだ」
「にゃ!?」
「先生、それは私達だけで森へ向かうという事でしょうか?」
「いや、森には私達学園の教師も同行する。
同行はするが、余計な口出しは極力しないつもりだ。
目的地までの道順や野営の準備に取り掛かる時間など、全てお前達で考えるようにな」
「お~」
因みに、フロイオニアの王都から馬車で三日ほどの距離にあるこのアデメアの街は、学園の為に作られた街である。
アデメアの街出身という者は少なく、この学園に通う生徒の殆どは他の街から来た子供だ。
つまり、この学園の生徒は多かれ少なかれ移動と野営の経験があるという事になる。
もちろん移動は馬車がほとんどだろう。
フラン達のような王侯貴族は専用の馬車で、カルクやミーム、ファラスアルムのような平民は格安の乗合馬車などでこの街へ来ている。
当然野営の経験もあるが、乗合馬車の面々は専属の者が行うか、あるいは乗り合わせた者達で協力して火を起こしたり寝床を確保したりする。
食料に関しては途中立ち寄る街などで各自干し肉などを購入し、道中はそれを食べていた。
レキのようにその都度魔物を狩って、という手段が取れるのは冒険者や騎士団くらいだろう。
「後ほど目的地までの簡単な地図を渡す。
確認の後、役割分担などを決めるようにな」
そう言いながら、レイラスは最上位クラスの面々を見渡した。
一応は真面目に聞いているようだが、殆どの者が目を輝かせている。
レキやフラン、そしてカルクの三名は特に落ち着きが無かった。
こういった場合、誰か一人を纏め役としてレイラスの補佐あるいは全体の補助をさせるのが良いのだろうが、あいにくと最上位クラスの纏め役はまだ選出していない。
「ふむ、そうだな。
折角だからこのクラスの纏め役、クラス長を決めておこうか」
レキ達が入学して一月。
今まではこういった行事もなく、クラスの纏め役を決める必要も無かった。
今年の最上位クラスは纏まりも良く、これまで大きな騒ぎも起きていない。
小さな騒ぎに関してはレイラスの鉄拳で静まるので、やはり問題は無いと言えた。
だが、こういった行事では纏め役はいた方が良いだろう。
特に今回の野外演習は地図を頼りに子供達だけで考え目的地へ移動するという行事だ。
全員が同じ意見であれば問題はない。
だが、意見が食い違った場合、待っているのは集団の分裂だろう。
今回のような移動を目的とした場合、集団の分裂は目的達成を困難とするばかりか、最悪途中ではぐれたり遭難する恐れもある。
何せレキ達はまだ子供である。
知識も経験も足りない子供が全員バラバラに行動してしまえば、目的など達成できないだろう。
それを防ぐ為には、やはり集団の纏め役を立てるのが手っ取り早い。
もちろんその纏め役が頼りない者であればさらなる反発を生むだろうが。
「さて、誰か立候補はいるか?」
「その前にクラス長って何する人なの?」
「ん?
ああ、今回の野外演習含めた行事ごとの纏め役、あるいは教師や生徒全員の補佐など、まあ雑用だ」
「雑・・・」
「なんか面倒くさそうじゃな」
「クラスの代表として他の生徒と交渉したり、あるいはクラスの意見を纏めて教師に報告したり、さらに全員の面倒を見たりと、やる事は多いぞ」
「余計面倒くさそう・・・」
「オレはパスだな」
「む」
代表としての役割は当然多いが、それを「雑用」の一言に纏めてしまうレイラスである。
「代表」という言葉に多少やる気になっていたフランも、レイラスの説明を受けてやる気を無くしたようだ。
カルクやミーム、ガドと言った面々もまた、早々に辞退した。
「僕はやらないぞ。
誰が雑用など」
「皆の意見を広くそして平等に聞き、都度的確な判断が出来る者。
あるいは皆を説得できる者。
クラスの代表として常に皆の為に行動できる者。
そう言った者が代表としてふさわしいわけだが・・・」
「ん~・・・」
「私も無理かな~」
カルク達に続いてガージュも拒否を示し、レキやユミも続いた。
自信が無かったり知識が足りなかったりと、理由はそれぞれだが本人にやる気がない以上代表は務まらないだろう。
残るのはルミニアとファラスアルムの二人のみ。
「まあ、話し合いで解決しない場合武力で、というのもありだな」
「わ、私には無理です・・・」
時には強硬手段を取る事も、と言われてファラスアルムがあえなく脱落する。
穏やかで優しく、頭も良いファラスアルムだが、武術の腕は相変わらずからっきし。
そもそも性格的に皆の代表など到底無理だった。
消去法とも言える結論により、代表はルミニアに決まった。
「良いか?」
「はい、微力ながら誠心誠意勤めさせて頂きます」
「うむ、ルミなら安心じゃ」
「そだね」
理由はともあれ、ルミニアのクラス長就任には誰も文句が無いようだ。
このクラスの代表にはある能力が必要となる。
すなわち、王族たるフランに言う事を聞かせる能力だ。
フランが言う事を聞かないのではない。
フランというこの国最高位の爵位を持つ者に命令するのが憚れるのだ。
もちろんこの学園の理念は誰もが承知している。
だからと言ってそれを盾に命令出来る者など、このクラスにはいないのである。
フランとて正しい命令ならば素直に(渋々な時もあるが)従うが、なんでも言う事を聞くかと言えばもちろんそんな事は無く、そもそもが自由奔放な性格をしている。
必要なら言う事も聞くが、必要でなければ聞く耳を持たないのがフラン=イオニアという少女なのだ。
最上位クラスの内、そんなフランの性格を理解しているのはおそらくレキとルミニアだけだろう。
それは同時に、フランに言うことを聞かせられるのもこの二人だけという事になる。
ただ、レキの場合はどちらかと言えばフランのお願いを叶える方で、フランにあれこれ指示を出す事は滅多に無い。
フランにお願いするくらいなら自分でなんとかしてしまうからだ。
その点、ルミニアならフランにも指示を出せる。
フランが我儘を言い出したとしても、上手に宥めつつ最後までやらせる事が出来る。
伊達にリーニャを初めとした王宮の侍女達にみっちりと習ってきてはいない。
という理由も含めて、満場一致でルミニアが最上位クラスのクラス長に決定した。
――――――――――
クラス長が決まった後、レイラスから野外演習に関する詳しい説明が行われた。
目的地は学園のある街アデメアより徒歩で二日程行った場所にある森。
期間は五日。
予定どおり進めなかった場合は当然延長も有り。
基本全員参加、ただしやむを得ない理由によっては欠席や途中離脱も許可する。
例えば怪我や病気などで移動が困難になった場合である。
アデメアの街から森までの道中に村等は無く、夜は当然野宿となる。
馬車も無い為天幕等の荷物にも制限が発生するだろうが、どうするかは皆で相談しろとの事だ。
それを聞かされた際、最も強く反応したのはガージュであった。
「貴族たる僕が天幕もない場所でなど寝られるはずがない」と言うものだ。
それに対するレイラスの回答は「ならどうすれば良いか自分達で考えろ」であった。
確実に大荷物になる事を覚悟の上で天幕を持っていくか、潔く諦めるか。
ガージュを初めとした貴族側と、天幕など普段は使わない平民側で分かれるかと思われたその対立は、実際には野宿に慣れている者とそうではない者とで分かれた。
すなわち、レキやフラン、ルミニアと言った野営の経験の豊富な者達と、ガージュやカルク、ファラスアルムと言った生まれ育った街や村から出た事がない、野営の経験に乏しい者達とである。
レキやフラン、ルミニアは天幕のない状況での野営も経験しており、天幕などいらんのじゃ等と言う意見すら出した。
対してガージュ側は「雨でも降ったらどうするのだ」という、至極まっとうな意見で反論した。
移動で疲れた体を雨で濡らせば体力の低下に繋がり、最悪の場合病気になる恐れすらある。
そうなれば全員離脱する可能性すらあり得るだろう、と言うものだった。
ガージュにしては至極まっとうな意見に、第三者的な立場にいたユーリも思わず納得したほどである。
結局、この問題は他の荷物との兼ね合いもある為、後日改めて相談する事になった。
天幕以外にも持っていく物は多い。
今回の野外演習では、その全てを自分達で持って歩かねばならない。
何を当たり前な事を。
とカルク達は思ったが、それはカルク達が平民だからだろう。
貴族は基本、自分の荷物を抱えての移動などしない。
普段は馬車で、徒歩での移動も荷物は使用人や召使い、あるいは下男などに持たせるのが普通である。
貴族が横着だとかそういう話ではなく、それが彼らの仕事なのだ。
だが、学園にいる間は貴族も平民も関係ない。
よって誰かの荷物を他の誰かが持つような事は許されない。
怪我などの理由で手助けするのは問題ないが、貴族の子供が平民の子供に自分の荷物を持たせると言った行為は、この学園では認められないのである。
そういった理由から、持てる荷物には限りが有る。
「荷物の量はみなさん大体同じくらいにしましょう」というルミニアの提案もあり、持っていく荷物は厳選される事になった。
レキなら全員分の荷物を持っても余裕があるだろうが、それはそれでレキを下男のように扱っているようで気が引ける。
「本人が良いと言っているのだ」とガージュがレキに荷物を持たせようとしたが、女子全員の反対により却下された。
天幕含め、荷物に関してはまず必要なものをピックアップしなければならず、流石に今すぐは出来ないだろうという事で後回しになり、改めて今回の野外演習の目的についてルミニアがレイラスに確認を取った。
野外演習の目的は、ずばり子供達だけでの移動と事前準備を含めた野営の体験。
移動から食料の調達、野営の支度とやる事は多く、それら全てを子供達だけで行う事で団結力を高め集団行動の重要性を理解させるのが今回の目的である。
その裏には、学園が始まって一月、そろそろ学園生活にも慣れ、気も緩んでくるこの時期にこういった行事を行う事でやる気を起こさせるというものと、ここらで一つ気を引き締めさせようというもの、そして生徒達には言えないとある目的があった。
なお、十日後に向かうのはレキ達最上位クラスだけである。
他のクラスはレキ達の野外演習が終わり次第順次向かうらしい。
と言っても、別にレキ達が今年の野外演習の試金石とかそういう話ではなく、まだ学園に来て間もない一年生全100名が一度に行動してしまえば収拾がつかなくなるという理由からである。
その言葉に「なるほど」とルミニアが納得した。
先程の天幕の問題でも、わずか十人しかいないにも関わらず議論になってしまったのだ。
十人でこれなら三十人となれば果たしてどうなったか・・・。
他のクラスの代表者には申し訳ないと思いつつ、十名しかいない最上位クラスに入れた事を改めて嬉しく思うルミニアだった。




