第17話:レキの育てた野菜
「じゃあもっと小さくするね」
「う、うむ」
フランが切りやすいよう、レキが大きく切り分けたオーク肉を更に小さく分けた。
今度の肉はフランでも十分切りやすい。
片手で肉を抑え、もう片方の手で恐る恐る切ろうとするフラン。
「あっ、もっとちゃんと持った方がいいよ」
「こ、こうかのう?」
「うん。
後ね、短剣ももっとグッって」
「ぐっ、じゃな」
「ふふっ」
まるで、初めてのお手伝いを頑張る妹と、そんな妹に優しく教える兄のような姿に、リーニャが笑みを漏らす。
王女であるフランは、当然ながら料理などしたことが無い。
好奇心は旺盛で、野営などでも手伝おうとはするものの、万が一怪我でもされたらと周りが許さなかったからだ。
王宮の厨房なら尚更。
火傷や怪我もさることながら、変な物を混入されても問題である。
幸い、フランは王宮で剣術の鍛錬をしている。
短剣の扱いなら多少は心得があった。
レキの教え方も、理論的とは言えないがフランには合っているらしい。
今までさせて貰えなかったお手伝いに張り切るフランは、普段なら出来ない作業を楽しんでいる様子だった。
「だいぶ解体も進んだようですね」
「おぉ、リーニャ!」
「うん!
後はね、お肉切るだけだよ」
「そうですか、さすがですね」
「わらわもっ!
わらわも頑張ったぞ!」
「ふふっ。
ええ、よくがんばりましたね、フラン様」
「うむっ!」
「ふふっ、レキ君もご苦労様です」
「うん!」
肉片を片手に胸を張るフラン。
手足はおろか、頬すらも汚し、とても王族とは呼べない姿だが、本人が満足しているのならそれで良いのだろう。
自慢げなフランの頭を撫でつつ、フランの面倒を見てくれていたレキをリーニャが労った。
「それで、リーニャはどうしたのじゃ?」
「ああ、そうでした。
小屋の裏手にある野菜についてなのですが・・・」
「ん?」
「いえ、どれが食べられる野菜なのか」
「どれも食べれるよ?」
「そうですか・・・」
レキが嘘をついているようには見えなかった。
だが、宮廷魔術士長であり研究家でもあるフィルニイリスが嘘をついているとも思えない。
恩人であるレキと、王国一の知恵者にして自分達の導き手でもあるフィルニイリス。
どちらも疑えず、かといって両方を信じるわけにもいかず、さてどうしたものかとリーニャは頭を働かせる。
「えっと・・・レキ君、念のため確認しますね」
「うん?」
「レキ君の言う野菜というのは・・・」
「畑のやつ?
全部食べていいよ」
「・・・そうですか。
いえ、ありがとうございます」
「うん!」
気前の良い言葉と笑顔に、リーニャはそれ以上何も言えなかった。
畑らしき物は先ほどの場所以外に見当たらず、つまりレキの言う野菜はフィルニイリスの言う毒草に他ならない。
どれも食べられる、全部食べて言いなどと言うくらいだから、少なくともレキにとっては野菜なのだろう。
だが、フィルニイリスはそれを毒草だと断言している。
フィルニイリスの知識は王国のみならずこの世界でも随一。
書物から得た知識のみならず、自らの目と耳と足で得たものも多い。
王国に仕える前は冒険者として大陸中を渡り歩き、様々な土地を旅して得た知識と経験は、先王の時代から王国の助けとなっている。
リーニャもその知識にはさんざん助けられた身である。
今更フィルニイリスを疑うなど出来るはずもなく、かといってレキの純粋な目を疑うような真似もしたくなかった。
フランの安全を考えれば得体の知れない植物を食べるわけにもいかないのだが、直接的に断ればレキに嫌な思いをさせてしまうだろう。
(何か理由をつけて、やんわりと断るべきでしょうね)
そう判断したリーニャは、その理由を探す為にも話を続ける事にした。
「ちなみにどんな味ですか?」
「えっとね、赤黒いやつはピリッてする」
「ピリッ、ですか」
「うん、ピリッて。
辛いの」
「辛いのか?
わらわは辛いのは苦手なのじゃ・・・」
「え~、でもおいしいよ?」
「む~・・・」
「わかりました。
それで他のは?」
「あとはね・・・」
一つ一つ味を教わり、いくつかはフランを理由に断る事にした。
仕えている主をだしに使うのもどうかとは思うが、これも万が一の為だ。
「最後の桃色っぽいのはね~、凄い甘いんだ」
「甘いのか!
甘いのは良いのう」
「・・・甘い、ですか」
一通り聞いてはみたが、やはりどれも問題なく食べられるらしい。
らしい、というのはいまだに判断が付かないからだ。
(・・・大丈夫、なんですよね)
レキを疑うつもりは無い。
無いのだが、やはりフィルニイリスが毒草と断言した以上疑わざるを得ない。
味を理由に断るつもりは無かったが、判断理由は多くあった方が良いだろう。
そう考え、念の為に聞いてみれば特に問題のない返答が返ってきた。
分かったのは、少なくともレキは畑に生えている植物全てを食べているという事と、今なお元気でいるという事。
レキには毒が効かない。
そんな事でも無い限り、現時点では畑にあるのは毒草ではなく食べられる野菜と判断せざるを得なかった。
(・・・いっその事私が味見をし、無事だったらフィルニイリス様の勘違いという事に)
そんな一か八かの考えすら浮かんだリーニャだったが
「あっ、そうだ」
「はい?」
「えっとね、あの野菜なんだけど」
「はい」
「その・・・初めて食べた時、お腹痛くなっちゃって」
「お腹・・・ですか?」
腹を壊した・・・。
その言葉に、もしかしたらという考えがリーニャの脳裏に浮かんだ。
初めて食べた時と言うなら、慣れない食べ物に体が反応したと考えるのが普通である。
だが、目の前の少年は少なくとも身体能力に関しては普通ではない。
魔の森で暮らしているという点を考えれば、存在自体普通ではないが。
そんな、普通ではない少年がお腹を壊す食材。
それが本当なら、毒でなくとも食べるのは遠慮すべきだろう。
明日にはこの森を抜けなければならず、万が一にも体調を悪くするような真似は許されないからだ。
「ふふん、情けないのう」
「だって今まで食べた事無い野菜だったし。
それにオレ・・・野菜苦手だし・・・」
「なんじゃ、レキは野菜嫌いなのか?
わらわは平気じゃぞ?
レキはお子様じゃのう」
「フランだって辛いの苦手だって!」
「か、辛いのは仕方ないのじゃ!
好き嫌いなど誰にでもあるのじゃ!」
「でもオレ辛いの好きだし!
野菜だって今は食べれるし!」
「わらわだって平気じゃ!」
「まあまあ」
好き嫌いでけんかをはじめたお子様二人をリーニャが止めた。
というかけんかしている場合ではない。
こちらは命がかかっているのだ。
多分レキ以外の・・・。
「レキ君」
「うん?」
「お腹が痛くなった、というのはあの野菜を食べて、ですよね?」
「う~ん、多分」
「そうですか・・・では申し訳ありませんが私たちは今回遠慮させていただきますね」
「なぜじゃ?」
「私たちは一刻も早く城へ戻らねばなりません。
陛下をはじめ皆様心配なさっておいででしょうから。
その野菜を食べてお腹を壊してしまった場合、その分城へ着くのが遅れてしまいますので」
「・・・そっか~」
「ええ、折角のレキ君のご好意なのですが・・・」
お腹を壊した思い出というのは、子供でなくともあまり良いものではない。
当然それを語るのも気が引けるのだろう。
それでも話してくれたレキに感謝しつつ、回避できた事で内心ほっとしたリーニャだった。
「むぅ・・・。
せめて甘いのだけでも食べてみたかったのじゃが」
「その内食べる機会もありますよ」
残念がるフランをよそに、リーニャはレキにお礼を述べつつ再び畑へと戻った。
「じゃあ残りの解体もやっちゃおう!」
「うむ!
わらわに任せるのじゃ!」
「えっ、でも結構硬いよ?」
「大丈夫じゃ!」
――――――――――
畑には、相変わらず植物の観察に余念の無いフィルニイリスと、そんなフィルニイリスに呆れたような眼差しを向けるミリスがいた。
「ただいま戻りました」
「ああ、それでレキはなんと?」
「それなのですが・・・」
レキから聞きだした野菜(?)について、リーニャが報告を始める。
「まずその赤黒い植物ですが・・・」
「これか?」
「これは竜殺しの毒草。
その名の通り一口で竜も殺せるほどの強い毒がある」
「・・・そうですか」
「それはまた・・・すさまじいな」
「ちなみに普通はこんな場所になど生えていない。
毒性を帯びた土地、そこに偶然存在する洞窟の奥深く、地中と大気中全ての毒が溜まる場所に僅かに生える幻の草」
「幻か・・・」
「調合次第ではこの世のあらゆる毒に対して有効な薬になる」
「おおっ、それは凄い」
「小屋を建てた者もそれが理由で育てていたはず」
「なるほど」
とりあえず何故そんな毒草がこんな場所に生えているかはわかった。
問題はそれをレキが野菜といった理由である。
「それで、レキはなんて言ってた?」
「それがその・・・」
「ん?」
「辛いそうです」
「「辛い?」」
「ピリッと辛い、そうです」
「「・・・」」
「あとおいしいとも言っていました」
「・・・そうか」
「・・・さすがレキ」
「そ、そういう問題か?」
リーニャが聞いたレキの説明に、二人が一瞬黙り込んだ。
一口で竜を殺せる植物に対して、辛くておいしいなどと言うレキは間違いなくおかしい。
まあ、あくまでこれが竜殺しの毒草だったら、の話だが。
「あの・・・それは間違いなく毒草なのですよね?」
「そう、竜殺しの毒草。
昔一度だけ見た事がある。
この毒草から抽出した毒、それを塗った矢でワイバーンを仕留めた者も知ってる」
「そうですか・・・」
もしかしたらフィルニイリスの勘違いの可能性も・・・と疑ってはみたものの、こちらはこちらで断言され、さらには過去の経験も語ってくれた。
元よりフィルニイリスの知識を疑うつもりは無かったが、こうなるとおかしいのはレキということになってしまう。
いや、まだ一つ目。
他は毒草ではない可能性も・・・
「それで?」
「えっ?」
「他はなんて言ってた?」
「他・・・ですか」
一つ目は毒草だが、二つ目はもしかしたら。
そう考え、リーニャは説明を続けた。
「そうですね・・・そちらの紫の花ですが」
「コレは狂豚眠花。
この花を燃やして出る煙は発情期のオークすら眠らせる効果がある」
「これまた凄いな」
「とある島にひっそりと咲いている、と聞いた事がある」
またしてもすごい植物のようだ。
大陸中を渡り歩いたフィルニイリスですら見た事がない植物、という時点で希少性はかなりの物。
そこに発情したオークを眠らせるほどの睡眠効果となれば、やはり毒草と言っても過言ではない。
ちなみに、発情したオークは一週間ほど眠らず交尾に至るらしい。
そんな植物、狂豚眠花に関してレキの意見は・・・。
「普通、だそうです」
「「何が?」」
「味です」
「「・・・」」
「まぁ普通の野菜、という事でしょう」
「・・・なぁフィル、この花は燃やさないと効果ないのか?」
「そんな事は無い。
燃やした煙ですらオークを眠らせるのだから、直接食べれば一生眠り続ける可能性もある」
「・・・普通なのにか?」
「味じゃない」
発情オークを燃やした煙だけで眠らせ、直接摂取すれば永遠の眠りにつくかも知れないほどの植物。
そんな花を食べて普通とのたまうレキは、どう考えても普通ではなかった。
そんなレキから聞いた植物(の味について)、リーニャが更に説明を続ける。
「こちらの橙色の植物ですが」
「死狂い草。
一口食べれば己すら見失い、目に映るもの全てを破壊しつくし、最後は己をも滅ぼす」
「厄介さではかなりのものだな。
それで?」
「すっぱい、そうです」
「・・・そうか」
「こちらの鮮やかな青い薔薇」
「青い薔薇とはまた・・・」
「死戻花。
死者を生き返らせる薔薇」
「おぉ!」
「ただし知性や理性、いや魂は蘇らない。
すなわち生ける屍」
「だめだろ・・・」
「それで?」
「不味いと言ってました」
「まずいんだ」
「確かにまずい、食べない方がいい」
「それは味ですか?
それとも効果ですか?」
「・・・どっちも?」
「こちらの灰色の花」
「・・・コレも植物なのか?」
「石灰花。
石の様に硬く、砕くと灰のようになる花。
摂取すれば体の内側から石化する」
「そ、それはまた・・・」
「ちなみに味はしないそうですよ」
「石・・・だからか?」
「・・・多分そう」
「この緑色の植物ですね」
「見た目は普通だな」
「効果もそれほどでもない。
食べると麻痺する」
「・・・まぁ、普通だな」
「オーガの心臓すら麻痺させる、鬼止草」
「おい」
「苦いそうですよ?」
「ああ、うん」
「最後にこちらの桃色の花ですが、こちらは甘いとの事です」
「そうか、なんかまともだな」
「・・・酔情花。
浸した水を飲む事で、酒を飲んだ時のような酩酊感に襲われる」
「酒?」
「酒の成分は無い。
でも酔ったような症状が出る」
「なんだかよくわからんが、とりあえず害はなさそうだな」
「そして発情する」
「おい」
「発情したオーク以上に発情する」
「いやいや」
「三日三晩その状態が続く、そして発情が治まると・・・」
「治まると?」
「元に戻る。
発情した時の記憶も無くなる」
「た、性質悪いな・・・」
「でも一応安全」
「そういう問題じゃないだろう」
「ミリス飲む?」
「いらん」
「甘いそうですよ?」
「関係ないっ」
結局、まともな植物は一つも無かった。
それどころか、存在自体危険な物がほとんどだった。
最後など、ある意味他の物より厄介である。
「他はともかく、この桃色のはレキが食べて平気なのか?」
「いえ、他の植物のほうが平気では無いかと・・・」
「酩酊感に陥らないのはレキの状態異常に対する抵抗値が高いからだと思う。
発情しないのは・・・」
「レキ君が幼いからでしょうか?」
「多分そう」
「なるほど・・・」
「でも確証は無い。
だからミリス飲んで?」
「断る!」
「甘いんですよ?」
「うるさいっ!」




