第170話:フランの理由
「大丈夫?」
「・・・申し訳ありませんレキ様。
油断しました」
「ルミっ、ほっぺたが赤いのじゃ」
「あ、はい。
ちょっと掠っただけですから」
「レキっ」
「うん」
「あっ、レキ様っ、あのっ」
武舞台から下りてきたルミニアをユミとフラン、そしてレキが囲んだ。
「ル、ルミニアさん・・・あの」
「あっ、えっと、だ、大丈夫ですよファラさん。
このくらいいつもの事ですから」
一歩遅れたファラスアルムが、心配そうにルミニアに声をかける。
治療の為なのか、レキに頬を触られながらルミニアがファラスアルムに応じた。
少々たどたどしいのも、剣が当たっていない方の頬まで赤いのも、おそらく気の所為だろう。
「さすがは槍のイオシスと言ったところか。
特に最後の連撃は見事だった。
まだまだ甘い点は有るがな」
勝利したルミニアを、レイラスはそう評価した。
十歳という年齢を考えれば十分すぎるだろうが、最後に一撃もらってしまう辺りまだまだ甘いと言わざるをえない。
リーチの差もあるが、何より圧倒的な実力差があったのだから。
「ガージュ=デイルガは、まぁダメだな」
「くっ・・・」
一方、ガージュに対するレイラスの評価は辛辣だった。
「刺突武器である細剣をがむしゃらに振るい、相手の槍に当てるなど武器を壊してくれと言っているようなものだ。
ヤケになったとしか思えん」
「くっ・・・」
二度も剣を落としたあげく無茶苦茶に振るう。
激高して切りかかったのだという事は、ガージュも分かっている。
試合中は無我夢中だったが、終わって見れば何とも稚拙な戦いだったと本人も思ったようだ。
「鍛錬と試合は違うという事だな」
「は?」
「攻撃するのは自分だけではない、という事だ」
実を言えば、ガージュの剣も十歳にしてはそこそこなのだ。
フランやルミニアと同じく、実家で勉強に魔術に剣にとそれなりに努力していたのだろう。
ただ、剣も魔術も勉強も、フランやルミニアに遠く及ばなかっただけの話。
ガージュに才能が無いわけではない。
ただ、ガージュを指南した者達が、彼を通じて伯爵家に取り入ろうとするあまり、ただひたすら持ち上げ褒めそやす者ばかりだったのだ。
剣の鍛錬ではガージュに怪我を負わせないようひたすら手加減するか、あるいはガージュが一方的に攻撃し指南役はそれを受けるだけという鍛錬を繰り返してきた。
そういった鍛錬を積み重ねたガージュの剣は、攻撃こそそれなりに鋭いが防御は全くおろそか、自分から攻撃する事はあっても相手が攻撃を仕掛けた事はほとんどなく、故にルミニアの一撃に尻餅を付いてしまったのである。
ガージュの放った一撃はルミニアにあっけなく切り払われ、今までの鍛錬とは全く異なる展開に頭がついていかず、挙句頭に血が上りあんな稚拙な攻撃を繰り返してしまった、という事だった。
「・・・」
「さて、とっとと次に行くぞ」
レイラスの言葉に思うところがあったのだろう。
黙り込むガージュをよそに、試合は次へと進んでいく。
――――――――――
「フラン=イオニア」
「うむっ!」
「ミーム=ギ」
「はいっ!」
続いて第三試合。
フラン対ミームの試合である。
「ふっふっふ、レキが相手をするまでも無いというのを教えてやるのじゃ」
「何よ、王族だからって手加減しないからね」
「ふふん。
わらわは三位、ミームは四位。
手加減するならむしろわらわの方じゃな。
どうじゃ?
手加減してほしいか?」
「いらないわよっ!」
試合開始前から何やら舌戦を繰り広げるフランとミームである。
昨日の様子を見るに、仲が悪いわけではないのだろうが・・・。
「大丈夫かな」
「ん~、性格的に似ているところがありますから。
どうしてもぶつかってしまうのでしょうね」
女子寮の様子を知らないレキが、おそらくは一番把握しているであろうルミニアに確認するも、ルミニアとてまだ出会って二日。
推測は出来るが、それが正しいかどうかは不明である。
ただし。
「今回に関して言えば、原因はレキ様なのですけどね」
「え~・・・」
舌戦の内容を聞けば誰でも分かる事だ。
「そろそろいいか?
「うむっ!」
「いつでもいいわよっ!」
「良し、では双方構え」
そんな舌戦、というかじゃれあいをレイラスが止める。
今は武術の時間である。
文句があるなら試合で決めれば良い。
と言う事でとっとと試合を始めるレイラスだった。
レイラスの合図でミームが構え、フランは両手の短剣をだらりと下げる。
もちろんこれはレキの構えを真似したものだが、いつの間にかフランの構えにもなっていた。
「始めっ!」
「にゃ!」
開始の合図にフランが飛び出した。
フランとミーム、お互い素早さを武器に至近距離からの攻撃を得意とする者同士、勝つのはおそらく手数の多い方。
それが分かっているのか、フランが先制すべくミームの間合いに突っ込んだ。
対するミームは、どうやら相手の様子を見る事を選んだらしい。
この二日間、レキという上位者との対戦に思うところがあったのだろう。
フランの武器が短剣二本という、レキの双剣とほぼ同じというのも、ミームが攻撃ではなく防御を選んだ理由の一つかも知れない。
まだ二日とは言え、フランがレキに懐いている事は見れば分かる。
そんなフランの従者であるルミニアの実力も先程見る事が出来た。
試験官に勝ったというのも納得である。
そんなレキやルミニアと仲が良く、共に鍛錬を重ねてきたというフランを相手に、油断など出来るはずもない。
「やあっ!」
「くっ!」
フランが繰り出した短剣を、ミームが小手で受ける。
上手く弾いたように見えたが、ミームの様子からそれが辛うじての事だと分かった。
フランは、その小柄な容姿から予想出来るとおり力こそ無いが、その分素早さには自信があった。
レキには勝てずとも、今のフランは獣人であるミームに匹敵する程にすばしっこいのだ。
「まだまだじゃ!」
「なっ、ちょっ!」
剣技もこの二年間必死になって鍛えてきた。
剣姫と称されるほどの剣技を持つミリスと、そんなミリスに実力で勝るレキ。
この二人に教わり、更には槍のイオシスの娘であるルミニアと切磋琢磨し続けた二年間。
試験官には勝てなかったが、フランの実力も十歳の子供にしては相当なものだ。
対するミーム。
試験の順位で自分に勝り、レキと同じ構え、同じ二本の剣を持つフランに対し、レキと初めて相対した時のような油断は欠片も持ち合わせていない。
それでも、試合開始から攻め続けるフランの攻撃を、ひたすらかわし続ける事しか出来ないでいる。
油断はしていない。
だからこそ様子見を選んだ。
その選択こそが誤りだったのだ。
「う~りゃりゃりゃっ!!」
「あっ!ちょ!まっ!」
縦横無尽に振るわれるフランの短剣。
リーチが短いからこそ可能な高速での連撃に、攻めに転じる事も出来ずミームはただ受け続ける。
それでも心なし余裕があるように見えるのは、相手がレキではなくフランだからか。
レキの双剣とフランの双短剣、同じ二本ながらリーチはレキの方が長く、それでいて速度もレキの方が上。
昨日はその双剣を振るわれる事無く敗北したミームだが、今朝は何度か撃ち合った。
レキが十分に手加減し、どちらかと言えばミームの攻めの隙をレキがつく形での攻撃であったが、それでも剣が振るわれた事に変わりはなく、ミームはその剣をかわす事も防ぐ事も出来ずまともに食らった。
つまり、その身をもってレキの双剣を受けたという事に他ならない。
その剣に比べれば、フランの剣は速度も威力も足りていない。
レキの剣は剣姫ミリスが認める程に鋭いが、フランはまだその域に達していない。
十歳という年齢を考えれば十分だが、それでもレキの足下にも及ばないのだ。
だから、防戦一方でありながらも、ミームにはどこか余裕があった。
それに気づいたのはレキとレイラスくらいだが。
「うにゃ!
なかなかっ!
硬いのじゃ!」
「ふん!
舐めないでよ、ねっ!」
幾度もの攻防を繰り広げながら、時折言葉を交えるフランとミーム。
フランは攻める手を休めず、ミームもフランの攻撃をひたすら捌き続ける。
このまま、どちらかの体力が尽きるまで続くのだろうかと思われた攻防だが、勝ちを焦ったのかフランが攻撃のリズムを若干崩した。
「うにゃあ!」
「くっ・・・ここっ!」
力を込めた分速度が落ちたフランの一撃も、残念ながらミームの防御を崩すには至らず、それどころかミームに攻め入る隙を作ってしまった。
「たぁ!」
「にゃ!
ぐっ!」
フランの双短剣に対し、ミームの武器は肉体そのものである。
基本的には身につけた小手を用いての攻撃を主とするミームだが、ミームの武術はなにも拳だけではない。
フランの一撃を見事に受け止めたミーム。
お返しとばかりに放ったのは、蹴りであった。
短剣をミームの小手に叩きつける様に攻撃したフランの、その絶好の隙に繰り出された蹴りの一撃が、見事フランの腹に直撃した。
「ぐうぅ・・・」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・どう!」
たまらずフランが距離を取る。
その隙に呼吸を整えつつ、勝ち誇る様に胸を張るミームである。
状況的には、フランの攻撃を見事耐えきり、一瞬の隙をついたミームの作戦勝ちと言える。
あと少し、ミームの蹴りに威力が乗っていれば、あるいはこの一撃で勝負も決まっていたのかも知れない。
「う~・・・油断したのじゃ」
「ふんっ、思ったより頑丈じゃない」
「当たり前じゃ。
わらわは倒れるわけにはいかんからのう」
「なによそれ?」
それでも倒れなかったのは、直撃の瞬間フランがとっさに身を引いたから。
叩きつけた双短剣、その反動を利用して重心を後ろへと移動し、蹴りの衝撃を僅かに受け流したのである。
それが出来たのは、フランがこの二年間で身につけた「負けない強さ」のおかげだった。
二年前、魔の森でオーガに襲われ、ミリスやフィルニイリスがその身を挺してフランを守ろうとしたあの時。
オーガの咆哮で気を失い、食われそうになっていたフランは、リーニャの願いによって駆けつけたレキの手によって救われた。
その後、魔の森の小屋で意識を取り戻したフランは、死に別れたはずのリーニャとの再会に感涙し、更にはミリスやフィルニイリスの無事も喜んだのだが・・・。
同時に、三人の自分は死んでもフランを守ろうとしたその決意と、ただ守られるだけの自分に歯がゆさを覚えたのだ。
何も出来ない悔しさ。
レキもまた、己が何も出来ない弱い存在であるが故に父と母を失っている。
自分を逃がそうと野盗に立ち向かった父、レキを魔の森の小屋へ逃がす為に囮となった母。
あの時の自分が今ほど強ければと、レキは幾度も夢想した。
そんなレキの想いを聞いて、フランもまた弱い自分に悔しさを覚えたのだ。
無事に王宮へ戻ってからというもの、フランはレキと共に毎日鍛錬を重ねた。
強くなる為、もう守られるだけの存在でなくなる為に。
そうして鍛錬を重ねる日々を過ごすうち、フランは知ったのだ。
皆がフランを守るのは、フランが弱いからではなくフランが王族だからなのだと。
皆がフランを守るのはそれが使命であり、時に命を賭けてでも守ろうとするのは、それほどの忠義を王国に捧げているから。
その事を知ってフランは悩んだ。
まだ子供のフランである。
皆が守りたいのが「フラン個人」なのか「フロイオニア王国王女」なのかが分からなくなったのだ。
別に自分じゃなくても良いのではないか?
フロイオニア王国の王女ではなくただのフランだったら、皆は自分を守ってくれただろうか?
そんな事を考えたフランを諭したのは、レキやルミニア、そしてリーニャ達である。
レキは当然、フランが王族だろうとただの平民だろうと助けただろう。
少なくとも、魔の森で助けた時はフランが王女だとは知らず、知った後もレキにとってフランただの友達なのだから。
ルミニアは「私がお慕いしているのはフラン様個人であり、フロイオニア王国王女ではありません」と告げた。
「私が風邪を引いた時に、一も二もなく駆けつけてくれたのはフラン様です。
そんなフラン様だからこそ、私はお慕いしているのです」と。
リーニャ達はレキやルミニア以上に単純で分かりやすい理屈を述べた。
すなわち「同じ王族でもフラン様とアラン様なら自分達はフラン様を選びます」と。
アランを守る事に不満が有るわけではないが、どちらかを選べと言われれば迷わずフランを選ぶそうだ。
それは、リーニャ達がフランを王女としてだけでなく、フラン個人として慕っているから。
正直それはどうかと思ったフランだが、「アラン様も自分とフラン様どちらを守れば良いですか?と聞かれれば、自分は良いからフランを守れとおっしゃられるでしょうね」と言われ、確かにと納得した。
同時に、アランを含めて皆フロイオニア王国王女ではなくフランという少女を守ろうとしてくれている事を知って、フランの心は完全に晴れた・・・かに思えたが。
皆がフランを守ろうとする事に変わりはなく、それはフランがどれだけ強くなっても変わらない。
ならば強くなる意味は無いのではないか?
と、今度は別の悩みが生じたのだ。
フランが鍛錬に勤しむのは、守られるだけの存在でいたくないから。
強くなればもう誰も自分の為にその身を危険に晒す事も、命を落とす事も無くなるだろうと思ったから。
でも、皆はフランが好きだから守るのだと言い、そこにフランの強さは関係ないらしい。
ならフランが強くなる意味は?
その疑問に答えたのは、ミリスやフィルニイリス等護衛の面々だった。
フラン様が強くなれば自分達も安心して戦う事が出来ます。
フラン様を最前線に立たせるわけにはいきませんが、フラン様が強ければ目の前の敵に集中する事が出来ます。
仮に自分達ではどうする事も出来ない程の強大な敵が現れても、フラン様が強ければ最悪逃げて頂けます。
私達の使命はフラン様を守る事。
どんな戦いでも最悪フラン様が無事ならば、私達はそれだけで満足なのです。
無論、フラン様の手を煩わせるような真似はしないつもりですが、と。
自分が強ければ皆が安心出来る。
ならば強くなる意味はある。
もちろんフランとて死ぬつもりはないが、自分が生き残る事で皆が安心できるなら、最後まで生き残れる強さを身に着けようと思ったのだ。
そうして、フランは生き残る為の鍛錬を重ねた。
敵の攻撃を避ける事が出来る程の素早さと、不意の一撃を食らっても倒れないタフさ。
更には、相手が攻撃する隙を与えない程の剣技を身につけた。
と言ってもまだ十歳の子供であり、その技術はまだまだ完全ではない。
それでも、レキと出会った二年前に比べれば随分とマシにはなった。
その強さは、一応今回の模擬戦でも見せる事が出来ただろう。
ミームを上回るほどの素早さと、ミームが防戦一方になるほどの攻撃。
更にはミームからの不意の一撃を食らっても倒れないタフさ。
どれもフランが望み、欲した強さである。
まあ、不意の一撃など食らわないに越した事はないが。
そこら辺、まだまだ未熟と言わざるを得ない。




