第169話:レキとファラスアルム、ルミニア対ガージュ
「えっ?」
「ファラ、もっかい」
「あ、はい」
思いっきり振り下ろした反動と、避けられず当たってしまった事が意外で硬直していたファラスアルムに、レキが攻撃を促した。
これが模擬戦であれば、隙だらけのファラスアルムは直後に倒されていただろう。
だが、今のレキは模擬戦の最中でありながら指南役になっている。
どれほど拙く避けやすい攻撃だろうと、しっかりと受け止める必要があった。
「やぁ~」
「うん」
力の抜ける声と同時に振り下ろされた杖を、レキは今度も受け止めた。
それから何度か真正面から受け止め続けたレキが、今度はファラスアルムの攻撃をかわして見せた。
「あ、あれっ?」
「こっちこっち」
「えっ、い、いつの間に・・・」
ファラスアルムの振り下ろした杖が地面につくより先に、レキは彼女の背後に回ってみせる。
直前まで目の前にいたレキが自分の後ろにいるという状況に、ファラスアルムが目を瞬かせた。
「攻撃している時だよ」
「えっ?」
「だってファラ、攻撃する時目瞑ってるし」
「ええっ?」
「気づいてなかったの?」
「は、はい」
レキがかわしたのをファラスアルムが気付かなかったのは、攻撃の際に彼女が目を閉じてしまっていたからだ。
その事にレキが気づいたのは、実は入学試験の時だった。
試験官との実力差もあり、ファラスアルムは一度も攻撃を当てる事が出来なかった。
下手に受けては手首を痛めかねないと、試験官が判断したからだ。
盾を狙って攻撃したならまだしも、ファラスアルムは狙いもつけずただ杖を振るっていただけ。
試験官すら見ずに、一人で杖の素振りをしているような、そんな風に見えたのだ。
武術が不得手だと言ったファラスアルムは、手合わせはおろか鍛錬すらまともにした事は無かったのだろう。
相手を見ずに攻撃するなど、よほどの実力者か何らかの考えがある時だけ。
ファラスアルムが狙って行うとは思えない。
なんで明後日のところにばかり攻撃してるのかな?
そう思い、よ~く見たレキが、目を固く閉じながら杖を振るっているファラスアルムに気づいたのだ。
座学は苦手でも、武術ならレキもそれなりに頭が働くのだ。
今回の模擬戦。
レキはそれを確認する為、ファラスアルムの攻撃を真正面から受け続けた。
それをファラスアルムに教える為、あえて大きく避けたのである。
流石のファラスアルムも、目の前にいたレキがいつの間にか背後にいた事で、自分が目を閉じている事に気付かされたようだ。
「ミリスが言ってた。
攻撃が苦手な人は、攻撃するのに精いっぱいで目を閉じちゃったり、攻撃するのが怖いから目を閉じちゃうんだって」
「あ、あの・・・」
「あ、あと相手を傷つけるのが怖い人もいるって言ってた」
「あっ・・・」
心優しいファラスアルムは、自分の攻撃で相手を傷つけてしまう事を怖れたのだろう。
ファラスアルムが持っている杖は、多少頑丈な分、当たればそれなりに痛い。
痛いのが嫌なのは誰だって同じ。
ファラスアルム自身が嫌な事を他人にするのは気が引けるのだろう。
例え試験や手合わせでも、他人を傷つける行為に恐怖を感じてしまうのだ。
「目を瞑ってると俺の攻撃も避けれないよ?」
「そ、それは分かっているのですが、でも・・・」
ファラスアルムの身体能力では、相手からの攻撃を避けるのは難しい。
おそらく、避けたくても体が硬直して動けないに違いない。
これに関してはもはや慣れるしかなく、現状ではどうする事も出来ないのだ。
「じゃあもう一回、今度は目を閉じないで攻撃してみよ?」
「えっ?」
「大丈夫。
絶対当たんないし」
それでも何とかしたいと考えたレキは、とりあえず攻撃させてみる事にした。
「ほら、オレ強いし」
「は、はい」
「だから大丈夫。
思いっきり攻撃してみて」
「は、はい」
「俺ちゃんと避けるし。
見てないと当たんないよ?」
「は、はい!」
返事をし、杖を両手でしっかりと握りしめたファラスアルムを見て、レキが笑顔で頷いた。
どれだけ攻撃しても、ファラスアルムの攻撃など当たる筈がない。
だがらこそ安心して攻撃できる、安心して当てようとするはずだと、レキは考えたのだ。
それからしばらく、舞台上ではただひたすらに杖を振るうファラスアルムと、それをあえて大きく避けてみせるレキという攻防が繰り返された。
最初は攻撃する度にレキを見失っていたファラスアルムも、繰り返す内に、見失っても即座に見つけて攻撃出来るようになり、やがて見失う事無く追いかけられるようになった。
レキがあえて遅く移動していた事もあるが、当たらないと確信したファラスアルムが目を閉じるのを止めたのだ。
「じゃあ次。
思いっきり」
「はっ、はいっ!」
先程からずっと、休む事無く攻撃し続けたファラスアルム。
息も絶え絶え、汗もかいて足もフラフラだった。
「やぁ~!」
それでもしっかりと杖を握りしめ、レキに力いっぱい殴り掛かった。
カァーン
「っと」
「えっ?」
ファラスアルム渾身の一撃。
それをレキは、両手の剣でしっかりと受け止めた。
――――――――――
「よし、それまで」
最後の一撃を持って、レキとファラスアルムの模擬戦という名の指南は終了となった。
「ちゃんと目を開けてたし、もう大丈夫だと思う」
武舞台から降りて、レキはファラスアルムに微笑んだ。
「ああああの、あ、ありがとうごじゃいまひた」
「ん?
うん」
その笑顔に、ファラスアルムの頬が赤く染まった。
自分の武術をバカにする事なく最後まで付き合ってくれて、攻撃の際に目を閉じてしまうという、自分も知らなかった欠点を解決してくれた。
元々貴族に絡まれているところを助けられ、武術の試験では試験官を圧倒し、魔術など無詠唱で上級魔術を放つという奇跡のような事を魅せつけられた。
そんなレキを、ファラスアルムはただ尊敬していた。
今はそこに、敬意とは別の感情が宿ったのをファラスアルムは自覚してしまったようだ。
「レキ」
「あ、はい」
「貴様の剣はミリスに習ったのだな?」
「うん!
知ってるの?」
「ん、まあ有名だからな」
「そっか~・・・」
元は我流であったレキの剣は、王宮でミリスに習う事で洗練された。
と言っても、剣と盾という王国騎士の剣術であるミリスに対し、レキは森で身につけた双剣を磨き上げただけだ。
それでも指南してくれたのがミリスである以上、レキの師匠はミリスである。
「剣術はともかく、指南役としては申し分ないようだな」
「へへ~・・・」
「ファラスアルムの杖術は護身用としても頼りないが、最後までやり抜いただけマシだ」
「あぅ・・・はい」
「よし、では次」
それぞれに一言告げ、レイラスは次の試合に移行する。
「ルミニア=イオシス」
「はい」
「ガージュ=デイルガ」
「はい」
「双方、武舞台へ」
武術の試験二位のルミニアと、九位のガージュの対決である。
二位と九位。
一見すれば差があるように思われるが、二人とも最上位クラスに合格した生徒同士であり、何よりまだ十歳の子供である。
言うほどの差は無いだろう、というのがレイラスの考えだった。
差があるのが問題と言うなら、今終えたばかりのレキとファラスアルムの方が差があった。
だが、レキは強者としてファラスアルムを導いた。
二位であるルミニアもまた、強者として弱者であるガージュを上手く相手してくれるだろうと、レイラスは密かに期待してもいるのだ。
「双方、構え」
レイラスの合図に、ルミニアが穂先の丸まった槍を構え、ガージュもまた刃先の丸い細剣を構えた。
どちらも刺突武器。
間合いと武器の重量ではルミニアが有利だが、小回りと言う点ではガージュの方に分がある。
ガージュが勝つには槍の間合いの内側に入らねばならず、それを可能にするほどの実力がガージュにあるかどうかが、この勝負の行方を決めるだろう。
「始めっ!」
「行きますっ。
はぁ!」
「なっ!」
先に動いたのはルミニアだった。
試験の順位としてはルミニアの方が上だが、今までルミニアは常に弱者であり、挑戦者であった。
ルミニアの周りにいたのは、レキや父ニアデル、更には王宮やフィサスの騎士達と言った強者ばかり。
ルミニアはそんな強者に挑み続けてきたのだ。
だからこそ、模擬戦となればいつもルミニアの方から攻めていた。
それこそが挑戦者のあるべき姿なのだ。
だが、今回の相手はガージュである。
試験の順位はルミニアより低い九位。
武器もルミニアの槍に対していささか不利な細剣。
何より、武人の父を持ち、その父より遥かに強いレキに何度も指南を受けたルミニアと、貴族として最低限の指南しか受けていないガージュとでは、実力以前に大きな差があった。
「うわぁ!」
「・・・あらっ?」
ルミニアの突きを辛うじてかわしたガージュだったが、体勢は思いっきり崩れ、武舞台上に尻餅を付いてしまった。
「えっと・・・」
「まて」
「あ、はい」
「ガージュ=デイルガ。
まだやれるか?」
「・・・くっ」
予想外の事態に戸惑うルミニアにレイラスが一旦制止をかけ、ガージュを立ち上がらせる。
一応は避けた為、怪我は無い。
手放してしまった細剣を拾い上げ、ガージュは再び構えをとった。
その剣先はかすかに震え、ついでに膝も震えている。
ファラスアルム程ではないが、ガージュの実力も大したものではないようだ。
その事に今更ながら気付くルミニアである。
今までの手合わせでは、ルミニアの攻撃を相手が受けるなり避けるなり、逸したり打ち払ったりして、そこから試合が始まる事が多かった。
まさかその攻撃で相手が尻餅をつき、試合が止まってしまうなど思ってもいなかったのだ。
対峙しただけで相手の力量が分かるほどルミニアは強くない。
ファラスアルムに対してあのような態度を取り、教室でもあれほど自信満々なガージュを見て、自分と同じく幼少の頃から鍛錬を重ねてきたのだろうと勘違いしたのだ。
開始早々槍を突き、ガージュの実力を見極め、同時に自分の実力を見せつけ、ファラスアルムや他の友人への態度を改めさせようと思ったのだが・・・。
「く、くそっ!」
「はっ」
「くっ!」
真っ直ぐ突き出されたガージュの細剣を、ルミニアが冷静に切り払う。
相手がニアデルならルミニアの切り払いなど当たらないだろう。
レキなら、逆に打ち払っただろう。
だが相手はガージュである。
細剣は再びガージュの手から離れ、武舞台上に転がった。
「えっと・・・」
あまりにも手応えの無い相手に、ルミニアがどうしようかと悩むそぶりを見せた。
ルミニアの一撃で尻餅を付き、ガージュの一撃は簡単に切り払えてしまう。
今までは誰が相手でも全力を出してきたルミニアだからこそ、初めて戦う自分より弱い相手に、どう対処すれば分からず戸惑ってしまったのだ。
そんなルミニアの態度が、ガージュの逆鱗に触れてしまった。
「くそぉ~!」
もはや相手が女の子だとか公爵家の子女だとかは関係ない。
自分より圧倒的に強い相手に対し、貴族の矜持なのか逃げる事を良しとしなかったガージュは、細剣を拾うと全力で切りかかった。
「だぁ~!」
「はっ!」
真正面からバカ正直に振り下ろされるガージュの攻撃を、槍を下段から突きあげるようにして切り払う。
今までレキやニアデルと言った強者と戦ってきた経験から、この程度の一撃に対処するのは容易かった。
三度目ともなれば少しは慣れたのか、今度は細剣を手放す事なく後方へわずかに下がったガージュ。
突きは通じず、切りつけても払われ、隙を見せれば自分より遥かに鋭い突きが来る。
正直今のガージュに勝ち目など無い。
だが。
「くそおっ!」
刺突武器である細剣を横なぎに振るう。
そんなガージュの攻撃を、ルミニアは冷静にさばいた。
防戦一方にも見えるルミニアだが、ガージュの細剣は欠片も届いていない。
槍を巧みに動かす事で、先ほどからガージュの攻撃を誘導すらし始めた。
「あぁ、ルミニアさんが」
「お、おい。
あれ止めたほうがいいんじゃねぇか!?」
「あ、ああ。
あれはもう武術じゃ・・・」
「む」
ただし、それが分かるのはある程度実力を持つ者だけ。
レキやフラン、ミーム以外の者達には、ガージュが一方的に攻撃しているように見えたようだ。
止めないのはこれが試合だからか、あるいは自分達ではどうすることも出来ないからか、それとも・・・。
「せ、先生っ!」
「ん?
なんだ?」
「と、止めないんですか?」
「何故だ?
試合はまだ続いている」
「そ、そんな・・・」
ユーリの抗議に対し、レイラスは静観を続ける。
一方的に攻撃しているように見えて、ガージュの細剣は一度もルミニアに届いていない。
どうせならこのままルミニアに勝ってもらい、ガージュの言動を改めさせられればなどとすらレイラスは考え始めていた。
「だぁ~!」
「うっ!」
「あぁ~!」
そんなレイラスの思いも虚しく、ガージュががむしゃらに振るった細剣がルミニアの頬を掠めた。
今のルミニアの実力では、レキの様に完全にさばくのは難しかったのだろう。
もちろんただ掠めた程度、ルミニアには何ら支障はないのだが・・・。
「は、ははっ
当たった!
当たったぞ!」
初めて一撃当てられた事で、ガージュが威勢を取り戻してしまった。
細剣を振るうのを止め、試合中にもかかわらずガージュが指を差して喜び出す。
試合は今だ続いており、ルミニアも戦意を失っていない。
対するガージュは、勝ちを得たかのように無防備な姿をさらしていた。
「見たかっ!
僕だっ」
「ふっ!」
「てばっ!」
「はぁっ!」
「がふっ!」
ただでさえ実力の劣るガージュが見せた隙。
その隙を見逃すほど、ルミニアは甘くはない。
穂先とは反対側、石突きを跳ね上げる形でガージュの顎にまず一撃。
下からの攻撃に顔を上げさせられ、ただでさえ無防備だったガージュの上体が空いた。
そこに、槍を回転させたルミニアの容赦ない一撃が届いた。
「がっ・・・くっ・・・」
鎧を着ているわけでもなく、レキやニアデルの様に鍛えているわけでもない。
身体強化こそしていたがその技術は拙く、何より隙だらけだったガージュはルミニアの一撃であえなく沈んだ。
「・・・それまで、勝者ルミニア=イオシス」
ため息交じりに、レイラスがそう宣言した。




