第168話:最初の授業
「では最初の授業を行う」
その他、施設などの説明を終え、いよいよレキ達の授業が始まろうとしてた。
フロイオニア学園では各クラスに担当となる教師が専属で付き、日々の連絡事項を伝えると共に座学を教える事になっている。
武術や魔術に関しては、それぞれに指南役が用意され、生徒はその都度場所を移動して授業を受ける。
初日である今日は、全ての授業をレイラスが行うようだ。
「今日はまずお前達の実力を見せてもらう事になっている。
要は確認だな。
誰がどの分野に秀でているか、自分より優れたものは誰かを把握する事は今後の学園生活に置いて重要だろう。
お前達は仲間であると同時に競争相手でもあるのだからな」
要はレキ達の知識、武術、魔術それぞれの現時点での実力を互いに確認し合うという事だ。
入学試験の順位は座学、武術、魔術の総合で、例えばファラスアルムのように武術はからっきしでも座学の試験が良ければ順位は上になる。
ミームの様に現時点で魔術が使えない者も、他の項目で補えれば高い順位を取れるのだ。
学園では身分も種族も関係なく基本平等ではあるが、全く同列に扱うわけではない。
そもそも最上位、上位、中位、下位と区別している時点で同列ではない。
つまり、この学園は完全な実力主義なのだ。
「まずは武術からだな。
場所は第一武術場だ。
各自鍛錬着を持ってついてくるように」
そう言って部屋を出るレイラスの後ろを、レキ達が慌ててついて行った。
第一武術場はレキ達のいる建物から少し離れたところにあった。
途中、幾つかの部屋を通り過ぎ、その都度レイラスが部屋の説明を行った。
レキ達のいる建物を第一学舎と呼び、そこにある幾つかの部屋を教室と呼んでいる。
先程までレキ達がいた部屋も最上位教室という名称が付けられているらしい。
そう言った説明を受けながら、レキ達は第一武術場へとやってきた。
レキ達が二日前に武術の試験を受けた場所である。
ミームもここで武術の試験を受けたらしい。
「僕は第二武術場だったかな?」
「む」
「オレは第三だったぜ」
ユーリとガドは第二武術場で、カルクは第三武術場だったそうだ。
この学園にある武術場は全部で五つある。
第一から第四までの通常の武術場と、大武術場という他の武術場より大きな武術場である。
第一から第四までの武術場は武術の授業や鍛錬に使用し、大武術場は何か大きな催しの際に使用される。
例えば武闘祭などだ。
「あそこに控室があるのは分かるな?
各武術場にはあのような控室が用意されている。
武術の授業を受ける場合、まず最初に控室で着替えと武器の用意をする事になる。
では着替えた後武器を持って再びここに集合しろ」
第一武術場につくなりレイラスが指示を出した。
今レキ達が着ている服は学園にて用意された制服である。
仕立てが良く動きやすい服ではあるが、武術には適さない。
その為、レキ達には制服の他に運動に適した服なども支給されている。
控室は二つ。
それぞれの入り口に「男」、「女」と大きく書かれており、男女で分けられているのがひと目で分かるようになっている。
控室で着替えを済ませたレキ達は、各々が武術の試験にて使用した武器(ミームは武器というより小手だが)を手に、再びレイラスの前に並んだ。
「これからお前達の実力を見せてもらう」
そう宣言したレイラスの手には何も無い。
また服装も先程までと同じ、王宮の文官が着ていそうな動き辛そうな服である。
「ん?
ああ、対戦相手は私ではないぞ。
まぁ、お前達程度なら・・・レキ以外ならなんとかなるだろうがな」
どうやらレキの実力については聞き及んでいるらしく、途中で言い変えるレイラスである。
レイラスが実力者である事はレキ達にも分かった。
特に、ガージュは身をもって味わっている。
それでも剣姫ミリスや王国最強の騎士ガレムより強い、という事は無いだろう。
「折角十人いるんだ。
適当に二人組を作り、順番に試合をしろ」
最初に言ったとおり、この授業は生徒達の実力を生徒達自身が知る事にある。
その為には実際に戦ってみるのが一番、という事なのだろう。
確かに、誰が誰より強いかを知るには実際に戦ってみるのが一番だというのは分からなくもないが・・・。
「先生」
「ん?
なんだユーリ=サルクト」
「せめて武術の試験の順位を教えては頂けませんか?」
闇雲に戦っても埒が明かない。
現時点で分かっているのは、一番がレキである事、ルミニアが試験官に勝てるくらいには強いという事くらいだろう。
昨日の対戦でミームもそれなりに強いと言うのは分かったが、それでも試験官には勝てなかったそうなので、ルミニアより弱いはず。
ユーリが分かっているのはこのくらいである。
「ん?
まあそうだな」
ユーリの意見にレイラスも納得を見せた。
そこら辺も考慮に入れた上で対戦相手を生徒達自身に決めさせたかったのだが、さすがに何の情報もなしに決めるのは難しいようだ。
実際、レキを除けばそれほど実力差は無いのだが。
レイラスが手元にある資料を広げた。
そこには、入学試験の各順位が記載されていた。
「では順番に呼んでいくぞ。
まず一位はレキ」
「あ、はい!」
「二位はルミニア=イオシス」
「はい」
「三位、フラン=イオニア」
「うむっ!」
「四位、ミーム=ギ」
「うっ、はい」
「五位、カルク」
「お、おう!」
「六位、ユミ」
「はいっ!」
「七位、ユーリ=サルクト」
「はい」
「八位、ガド=クラマウント=ソドマイク」
「む」
「九位、ガージュ=デイルガ」
「くっ・・・はい」
「十位、ファラスアルム」
「は、はい」
「以上だ」
レイラスが発表した順位に、何人かが納得の行かない顔をした。
入学試験の順位は座学・武術・魔術の三項目の総合で決定されていた為、総合結果は低くとも武術や魔術だけなら誰にも負けていないと考えていた者もいたのだろう。
例えばミームとか。
「ふふん、やはりわらわの方が上じゃったのう」
「く~・・・」
ミームの順位は四位。
ルミニアだけでなくフランにも負けている。
「あ~、そこ。
一先ず落ち着け」
笑顔で胸を張るフランと、悔し気なミーム。
放っておけばいきなり試合を始めかねない二人を、レイラスが先んじて止めた。
「武術の試験結果を元に組み合わせを決めるとなると・・・。
やはり一位と二位、三位と四位という感じか?」
「あ・・・う・・・」
「ん?
どうしたファラスアルム?
不服か?」
「い、言えその・・・なんでもありません」
「ふむ・・・そうか」
何でもないとファラスアルムは言ったが、それが嘘であることくらいレイラスにも分かる。
レイラスの手元の資料には試験の順位だけでなくその内容も記載されている。
それを見れば、ファラスアルムが何故あんな顔をしているかなど嫌でも分かるというものだ。
それでも試合を行わないと言う選択肢はないのだが。
今から行うのは皆の実力を全員が把握する為の試合である。
それにはお互いが全力で戦うのが一番であり、組み合わせも実力の近しい者同士が望ましい。
手元の資料では、レキは試験官に圧勝、ルミニアもルールを上手く利用した上での勝利とある。
その他の面々も、勝てはしないものの流石最上位クラスに合格するだけあって、それなりの実力を持っているようだ。
唯一、ファラスアルムを除いて。
順位の上では十位だが、九位のガージュとの実力差は正直大きい。
それでもこの十人の中でファラスアルムに一番近い実力を持っているのがガージュである以上、この二人を組ませるしか無い。
他の者と組ませても、ただ実力差が開くだけなのだから。
最悪、怪我さえしなければ大丈夫だろう。
レイラス自身、こればかりは仕方ないと割り切っていた。
「あの、私とレキ様では実力に差がありすぎますので、私は他の方と手合わせしたいと思います」
「ほう?」
異論は思わぬところからやってきた。
――――――――――
「資料ではレキもルミニア=イオシスも同じ試験官に勝利したとあるが?」
「はい。
ですが私のはあくまでルールを上手く利用しての勝利。
レキ様は実力で勝利しています」
「だが勝ちは勝ちだ」
「レキ様のは圧勝、私のは辛勝といったところ。
実力差は歴然です」
「ふむ・・・ならばどうする?」
「そうですね・・・」
頬に手を当て、ルミニアが軽く首を傾げた。
レキと手合わせするのが嫌なわけではなく、むしろ光栄な事だとルミニアは思っている。
王国最強の騎士であるガレムや、槍のイオシスの異名を持つルミニアの父ニアデルですら敵わない相手なのだ。
武人として、いや、武人であるニアデルの娘として、圧倒的強者であるレキとの手合わせは、常に感謝を持って挑むべき相手なのである。
にもかかわらず、敬意と好意を抱いているレキの相手をルミニアが何故辞退するのか。
「レキ様にはぜひファラさんの相手をして頂けないかと」
「「えっ?」」
「ふむ、なるほど」
それは、友人であるファラスアルムの身を案じたからだ。
「レキ様はフラン様の武術指南役でもあります。
ファラさんは武術の経験がほとんどありませんから、手合わせをするより指南という形の方が良いかと」
「それではファラスアルムは良くともレキの実力が見れないではないか?」
「レキ様の実力など、この場にいる殆どの方が把握しております。
順位順の組み合わせは実力が近しい者同士で、という事でしょうが、レキ様と近しい実力の持ち主などこの場にはおりませんので、誰が相手でもレキ様の実力など分からないかと」
「なるほど」
実際、レキの実力を見た事が無いのはガージュだけだ。
そのガージュも貴族の間に伝わっている話は聞いているし、何よりガージュの順位は九位。
順位だけでも、大分差がある事くらい分かるだろう。
レキの実力を知るという事であれば、試合する必要などないのである。
「それでも、と言うのであれば後ほど私が全力で持ってレキ様のお相手を勤めさせて頂きます。
まあ一瞬で終わってしまいますが・・・」
ただの手合わせや指南という事であれば、ある程度は打ち合えるのだろう。
もちろんそれはレキが思いっきり手加減をした上での話であり、お互いが全力を出した場合はルミニアなどレキの足下にも及ばない。
ルミニア以外が相手をした場合でもそれは同じで、そもそもレキに全力を出させるなど誰にも不可能なのだ。
出せて一瞬。
誰にも把握できない程の刹那の全力など、正直意味が無い。
「私とフラン様二人で挑めば・・・」
「うむっ!」
「あまり変わりませんね」
「にゃあ・・・」
武術の試験順位二位のルミニアと三位のフラン。
この二人で同時に挑んだところで何も変わらない。
それは二人が良く知っている。
王宮では何度か二人で挑んだことがあり、毎度一撃も当てる事が出来ずに終わっているのだから。
「じゃああたしも参加するっ!」
「いえ、ミームさんが加わっても変わらないかと」
「ミームは邪魔じゃ」
「なんですって!」
「いえ、連携という意味で、ですよねフラン様」
「うむっ!」
「うっ」
狩りを行う際、獲物によっては連携をとらねばならない場合もある。
狩りを重んじる獣人であるが故に、フランやルミニアの言う「連携の邪魔」という言葉にミームは納得してしまった。
レキの強さは昨日今日でその身を身をもって知ったミームである。
拙い連携などむしろ逆効果である事は嫌でも理解できるのだろう。
「今回の目的は互いの実力を見せ合う事だ。
レキの実力が抜きんでているなら仕方ない。
他はどうする?
誰か戦いたい相手がいるなら構わんぞ?」
武術の素人であるファラスアルムとガージュとの組み合わせは一先ず回避された。
その事に、ファラスアルムだけでなくレイラスも内心ホッとしている。
折角なので、このまま生徒達の自主性に任せて組み合わせも決めさせようと、レイラスはルミニア達に任せる事にした。
話はどうにかまとまり、対戦相手は以下のように決定した。
・第一試合:レキ対ファラスアルム
・第二試合:ルミニア=イオシス対ガージュ=デイルガ
・第三試合:フラン=イオニア対ミーム=ギ。
・第四試合:カルク対ユーリ=サルクト
・第五試合:ユミ対ガド=クラマウント=ソドマイク
加えて。
・レキ対フラン=イオニア&ルミニア=イオシス
という変則試合も行われる事になった。
何度も言うが、今回の試合の目的は生徒の実力を生徒達が把握する事である。
その為、極力全力を出す様に、とのお達しがレイラスからもたらされた。
試合のルールは以下の通り。
・魔術は無し
・身体強化は有り。
・武器は学園が用意した模擬戦用の武器(全て刃引きされた物)を使用。
(ミーム=ギのみ自前の小手)
・制限時間は特に無し。
・負けを認めるか、あるいは戦闘不能だとレイラスが判断した場合、試合終了とする。
魔術無し、と言うのは武術の技量を見る為で、身体強化はそれを含めて武術の実力としているからだ。
武器は当然万が一を想定しての事。
多少の怪我は仕方ないとしても、命を落とすような事態は流石に問題が有りすぎる。
その他については単純に実力を出しきる為だ。
全力を出せずに試合が終わっては、今回の趣旨が達成できないのだから。
まあ、この場にいるのは全員十歳の子供であり、レキとファラスアルム以外は実力に大差無い。
武器の相性や身体強化の練度で差が出るだろうが、それも踏まえて実力である。
「では早速始めるか。
レキ、ファラスアルム。
二人は武舞台へ」
「はい!」
「は、はい」
先に武舞台へと上がっていたレイラスが、レキとファラスアルムの名前を呼んだ。
「ファラさん、頑張って下さいね」
「レキに一撃食らわせるのじゃぞ」
「あはは、頑張ってねファラ」
まるで二日前の試験のように、ルミニア達からファラスアルムへと声援が送られた。
レキに送らないのは、今回のレキは指南役だからだろう。
「レキ」
「はい」
「ファラスアルム」
「は、はい」
「双方、構え」
いつもどおり両手に剣を持つレキと、魔術を使用する際にも使えそうな杖を両手で持つファラスアルム。
杖術が使えるわけでは無い。
ただ、ファラスアルムは杖くらいしか扱った事が無いのだ。
「始めっ!」
レイラスが合図を出した。
だが、指南役であるレキは当然として、ファラスアルムも動こうとはしなかった。
命のやり取りをするわけではなく、ただの手合わせ。
相手はレキである。
レキの強さは十分理解しているつもりのファラスアルムだが、それでも自分から攻撃する事が出来ないでいた。
性格的に、友達に攻撃する事への忌避感があるのだろう。
「ファラ」
「ははは、はい」
「大丈夫?」
「は、はい」
レキが話しかけてくれた事で、ファラスアルムの緊張が若干ほぐされたようだ。
レキほどの実力があればファラスアルムの攻撃を避けるなど容易い。
それが分かったのか、ようやくファラスアルムが仕掛けた。
「い、行きます!
や、やぁ~・・・」
杖を両手で振り上げ、ファラスアルムが真っ直ぐレキに攻撃を仕掛ける。
ミームの攻撃すらかすりもしなかったレキである。
ファラスアルムの攻撃など、目を閉じていても避けられるに違いない。
そう誰もが考えたのだが、
「ほいっ」
「あっ」
ファラスアルムの攻撃を、レキは避けずに受け止めた。




