第167話:改めて自己紹介
『・・・』
教室内が沈黙に支配された。
伯爵家を名乗ったガージュに容赦のない鉄拳。
それを二度も食らわしたレイラス。
見ているレキ達も、思わず黙り込んでしまった。
「ん?
手加減したつもりだが・・・今度こそ死んだか?」
そんな沈黙を破ったのは、やはりレイラスであった。
先程と同じく、かなり辛辣な言葉で。
その言葉を投げかけられたガージュはと言えば、こちらはピクリともしていない。
「よし、放っておこう」
『えぇ~・・・』
一向に顔を上げる気配を見せないガージュに、レイラスが下した結論はまさかの放置だった。
先程は突っ伏していたガージュに拳を持って起き上がらせたと言うのに、今度は拳で起き上がれない状態に持ち込んだレイラスに、レキ達から小さく驚いたような声が漏れた。
「あの・・・大丈夫なのでしょうか?」
ファラスアルムからもそんな声が出た。
「ん?
ああ、手加減はちゃんとしたつもりだ。
と言うかこのくらいで人は死なん」
「え、えぇと」
ファラスアルムとてガージュが死んだとは思っていない。
それでも十分痛そうだと、ガージュの身を案じたのだ。
二日前に身勝手な言いがかりをつけてきた相手であろうと、つい先程一方的に責めてきた相手でも、それでもガージュは今日からファラスアルムと同じ教室で学ぶ仲間だ。
仲間なら、それが例えガージュでも仲良くしたい、ファラスアルムはそう思っているのだ。
「大丈夫なの?」
「ん?
だからこいつは生きているぞ?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
そんなファラスアルムもレイラスの言い分に何も言えず引っ込んだ。
代わりに、今度はミームがレイラスに確認した。
「あたしが言うのもなんだけど、そいつって一応貴族なんでしょ?
そんな相手に暴力振るって、先生はその、大丈夫?」
もちろんミームはガージュの身など心配していない。
心配したのはレイラスの方だ。
フロイオニアの貴族など関係ないと言ったミームだが、直接手を出したとあっては話は違ってくる。
見たところ、レイラスは純人の女性である。
同じフロイオニア王国の国民であれば、伯爵家の跡継ぎであるガージュに手を出した事はさすがに問題になるのではないかと心配したのだ。
「ん?
それならなにも問題はない。
何故ならここは学園であり、こいつは私の生徒だ。
教師が生徒に手を上げるのは指導であって暴力ではないからな」
「え、えぇ~・・・」
ミームの心配を他所に、レイラスは実にあっけらかんと暴論を説いた。
確かにここは学園であり、以前も説明されたとおり身分も種族も関係無い場所である。
だからと言って貴族の嫡男を一方的に殴って良いかと言われれば、正直ミームには分からなかった。
それを、レイラスは暴力ではなく指導だと言い切った。
フラン達とは違い、それなりに豊かな胸を張ってだ。
そんなレイラスに、ミームもまた何も言えなくなった。
「と言うかいい加減起きろ!」
「がっ!」
『えぇ~~・・・』
放っておくんじゃないの?
だとか
やったの先生だよね?
といった言葉がレキ達の脳裏に浮かんだ。
その言葉を何とか飲み込むレキ達である。
殴られた反動でガージュが頭を上げた。
「良し、起きたな」
「く、くくぅ~・・・」
ガージュが頭を上げた事に満足したのか、レイラスが教卓へと戻っていく。
頭を押さえつつ、これ以上殴られたくないのだろう根性で顔を上げているガージュである。
目には思いっきり涙が浮かんでいた。
「さて、余計な時間を食ったが、とりあえず自己紹介をしてもらおう。
そうだな、まぁ順位順で良いか。
ルミニア=イオシス」
「は、はい」
そんなガージュをよそに、実にマイペースに事を運ぶレイラスである。
試験の順位順という事で最初に呼ばれたルミニアが、若干戸惑いつつも立ち上がり、気を取り直し皆の方を向いてまず軽く礼をする。
スカートの端を摘んでの貴族がするような礼ではなく、両手を前に組んだ簡素な礼である。
「ルミニア=イオシスです。
フィサスの街を治めるイオシス公爵家の娘です。
趣味は読書とお茶を入れる事。
武術は主に槍を使用します。
魔術の系統は青、それと黄が使えます。
まだまだ未熟な身ではありますが、皆様どうかよろしくお願いいたします」
「お~・・・」
おそらくは学園生活に置いて重要な点を語ったのだろう。
簡潔で分かりやすい自己紹介に、レキが思わず感心した。
続いて入試二位のフラン。
「フロイオニア王国王女フラン=イオニアじゃ。
ここではただのフランだがのう。
短剣を二本用いての剣術と、魔術は赤と緑が得意じゃな。
目標はレキから一本取る事じゃ!
皆もよろしく頼むぞ!」
ただのフラン、と言い直した通り、学園では王族であるフランもただの一生徒である。
それをフラン本人が宣言した事で、以降は多少の無礼も許されるだろう。
昨日から付き合いのあるミーム達からすれば今更だろうが。
「うむ、本人も述べたとおりこの学園では例え王族であろうと特別扱いはしないつもりだ。
フラン以外にも貴族出の者がいるようだが、そのつもりでいるようにな」
レイラスが念を押す様に宣告する。
まあ、先程のガージュとのやり取りを見ればこちらも今更だろう。
「さて、次はレキだな」
そして三位のレキ。
「オレはレキ。
ブレイグ村出身で、この間までは王都で暮らしてた。
武器は双剣で、魔術はとりあえずなんでも使えて、好きなものは鍛錬と狩りと、後は旅とか?
分からない事だらけだけど、よろしくお願いします」
昨日のカルクの自己紹介を覚えていたのだろう、生まれ故郷の村の名前をレキは最初に言った。
当時五歳だったレキは村の名前を知らず、村はその後滅んでしまい今はもう何も残っていない。
それでもレキにとっては生まれ故郷であり、両親や幼馴染、村の人達との思い出は今も胸に残っている。
二年前、フィサス領から魔の森へ向かう際に偶然立ち寄った事で、村がフィサス領内にあった事が判明した。
その後、領主であるニアデルに村の名前を教えてもらったのだ。
村の名前はブレイグ。
レキが生まれ、五歳まで育った村である。
「いろいろ聞きたい事はあるが、まぁ良いだろう。
次、ユミ」
「はいっ!」
聞きたいのは魔術の事だろうか。
あるいは五年前に滅んだ村の出身である事や、王都に住んでいながら狩りが好きな事とか。
残念ながら今はまだ自己紹介の途中であり、まだ終えていない者が七人もいる。
質問は後回しだ。
「ユミです。
カランの村出身です。
エラスの領主様のお屋敷で侍女見習いをしていました。
好きなものはお母さんのご飯とお散歩。
武器は領主様に習った大剣と、魔術は青系統が使えます。
一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします」
ユミの身長はフランやファラスアルムより高いがルミニアより低く、大剣を振るうには正直足りていない。
それでも大剣を選んだのは・・・単純にそれしか無かった、と言うより領主が教えられるのが大剣だけだった、という理由だった。
それでもユミは愚直に頑張った。
大剣だけではない。
魔術においてもただひたすら頑張った結果、レキやフィルニイリスがいないにもかかわらず無詠唱で使えるようになったのだ。
ユミの最大の長所は、一生懸命努力する事だろう。
「次、ユーリ=サルクト」
「はい」
「僕はユーリ=サルクト。
一応はサルクト子爵家の子供だけど、まあ三男だから家を継ぐ事は無いかな。
武器は細剣、魔術は一応青と緑の系統が使えるかな。
将来は・・・そうだね、冒険者にでもなろうかと思ってるよ」
「えっ!?」
ユーリの自己紹介にレキが声を上げた。
貴族であるユーリが、自分と同じ冒険者を目指している事に驚いたのだ。
レキが自己紹介でそれを言わなかったのは、言うとフランやルミニアが良い顔をしないからである。
貴族でありながらも気さくで接しやすいユーリ。
同じ冒険者を目指す者同士、更に親近感を抱いたレキである。
「貴族でありながら冒険者を目指す者も、実際に冒険者になった者もそれなりにいる。
ユーリも努力次第ではなれるだろう」
「ありがとうございます」
「よし、次、ファラスアルム」
「なっ!?」
「えっ?」
「おいそこ、変な声を出すな。
ファラスアルム、自己紹介を」
「は、はい」
ファラスアルムが呼ばれた時に、変な声とやらを上げたのはガージュだった。
自分より順位が上である事が信じられないのか、あるいは気に食わないのか・・・だが、結果が全て。
「ファ、ファラスアルムです。
森人族の国フォレサージより参りました。
武術はその、あまり得意ではありませんし、魔術も正直苦手です。
・・・で、ですが、その分勉強は得意です。
本も沢山読みました。
ですから、どうかよろしくお願いします」
そんなファラスアルムの自己紹介は、やはり自分を卑下したものだった。
元々フォレサージ森国では落ちこぼれと称されていたファラスアルムである。
その環境が嫌で、こうして純人族の国であるフロイオニア王国の学園に入った。
そんなファラスアルムも、ここ数日のフラン達との生活で少しは変わっている。
苦手な事は苦手と言い、得意な事をはっきりと言える程度には。
「武術も魔術もこれから鍛えれば良いだろう。
もちろん知識もだ。
お前も最上位クラスなのだからもう少し自信を持て。
でなければ落ちた者に失礼だ」
「は、はい」
「よし、次。
カルク」
「おうっ!」
そしてカルク。
「えっと、ラーシュ村出身のカルクだ。
武器は剣で、魔術は一応赤系統が使える。
オレも冒険者になるぞ」
拙い自己紹介に終わったが言いたい事は言えたようだ。
冒険者は貴族だろうが平民だろうが、どの種族だろうがなれる職業である。
必要な物は腕っ節のみ。
それが剣でも槍でも、そして魔術でも、魔物と戦える力さえあればなれるのが冒険者である。
もちろん頭の良さもそれなりには必要だが。
そう言った理由から、ユーリのように後を継がない貴族の子供や、カルクのようなただの平民が目指す職業として冒険者はごく一般的と言えるだろう。
自己紹介は続き、次はいよいよ試験順位八位のガージュの番である。
「デイルガ伯爵家の嫡男、ガージュ=デルイガだ。
武器は細剣、魔術は赤系統。
・・・ふん、僕は別に貴様らと馴れ合うつもりなどないからなっ!
よろしくなどしてやるもんかっ!」
試験の順位が気に入らないのか、あるいはここにいる面子が気に入らないのかは分からないが、自己紹介だと言うのにガージュはそんなことを言い放った。
自己紹介で何を言おうが本人の自由ではあるが、最上位クラスという一種の集団に属しておきながら誰とも仲良くしないと言うのは、今後の学園生活に確実に支障をきたすだろう。
「馴れ合う馴れ合わないは勝手だが、野外演習やらで皆と協力する必要はあるのでその時はちゃんとするようにな」
「・・・ふんっ」
「では次、ミーム=ギ」
「はいっ!」
そしてミーム。
「キ族のミームよ。
武器は小手、魔術は使えないけど身体強化は得意だから、舐めないでよね。
目標はこの学園で最強になる事。
手始めにレキ、絶対勝ってやるから覚悟しなさいよねっ!」
「あ、うん」
フランのように(無い)胸を張りつつレキに向かって、ミームが力強く宣言した。
手始め、と言いつつ実質はそれこそがミームの最終目標になるだろう。
現段階での戦績はミームの二戦二敗である。
「お前の目標がどうあれ上を目指すのは良い事だ。
さて次、いや最後か?
ガド=クラマウント=ソドマイク」
「む」
そして最後。
ドワーフのガドである。
これまで名前以外では「む」としか言わなかったガドであるが、流石に自己紹介くらいはまともに話すようだ。
「ガド=クラマウント=ソドマイク。
武具、斧。
魔術、赤、黄。
剣職人。
以上」
と言っても、やはり必要以上は話さないようで、正直理解し辛かった。
フィルニイリス以上に淡々とした喋りは、もはや会話と言うより単語である。
ガドとしてはこれでも頑張った方なのだが、他の者と比べれば間違いなく足りていない。
「自身が斧を使うのに剣の職人を目指すというのも面白い話だが、この学園にも剣を扱う者は多いから参考にはなるだろうな」
それでも言わんとしている事は分かったようで、レイラスがこれまで同様簡単なまとめとアドバイスを送った。
「さて、自己紹介は終わったな」
一通りの自己紹介が終わったところで、レイラスがこの学園に関する様々な注意事項などの説明を始めた。
「先に言っておくが、この学園では貴族の権威も他種族の掟とやらも関係ないのでそのつもりでな」
教壇に立ったレイラスが改めてそう宣告する。
何度も聞かされた話であり、レイラスに言われずとも、皆理解しているつもりでいる。
「王族だろうが公爵だろうが皆等しく私の生徒だ。
生徒は教師の言う事を聞くように。
聞かない時は・・・分かるな?」
そう言って、拳を見せながらにこやかに言うレイラスである。
その笑顔にフラン達が思わず身震いし、ガージュは無意識にたんこぶを押さえた。
「この学園はフロイオニア王国立総合学園という名前だ。
武術、魔術、学問を総合的に学ぶ場所、という事だな。
知識には算術や歴史、商学、教養など様々ある。
と言っても一年時は基本的な内容ばかりだから付いてこれないという事は無いはずだ。
もし付いてこれない場合は早めに言うようにな。
"個人的"に"みっちり"と"その体に"教え込んでやろう」
「うっ・・・」
後半を、やはりにこやかに言うレイラスと、その笑顔に体を震わすガージュ以下数名。
レキは既に慣れた。
ミリスやフィルニイリスと言った個性的な指導者に恵まれたおかげである。
「武術は己の得意な武器を用いての戦闘訓練になるだろう。
既に得意な武器が定まっているものはそれを伸ばし、今だ決まっていない者はこれからゆっくりと決めるように。
ああそうそう、武術が苦手な者も最低限己の身を守れるようになれ」
「は、はい」
真顔でそう言うレイラスに、ファラスアルムが神妙に頷いた。
ファラスアルムとて武術が苦手なままで良いとは思っていない。
戦闘において呪文の詠唱が間に合わない時は多い。
フォレストウルフの様に足の速い魔物と対峙した場合など、こちらが詠唱する前に攻撃される場合もある。
そんな時に頼れるのは、やはり武術、体術なのだ。
剣を振るえずとも、最低限攻撃を避けたり防いだり出来れば命を落とさずにすむからだ。
「魔術に関しては己の適正を見極めつつ、己の系統を伸ばすなり不得意な系統に挑戦するなり好きにすればいい。
使えない者も己の魔力を伸ばしたり身体強化を高めれば戦闘においても有利になるだろう」
「はい!」
種族的に魔術が不得手なミームだが、魔力を用いた身体強化は問題なく使える。
例え魔術が使えなくとも、相手が魔術を使う前に攻撃すれば良いのだ。
今はまだその域に達していないミームだが、この学園で武術を磨き、いずれはその高みへと達するつもりである。
幸いにして、学園には目標となる存在レキもいる。
レキを目標に、クラスの仲間と切磋琢磨し、いずれはその高みへ・・・。
レイラスの言葉を受け、ミームはやる気を漲らせた。
「初年度は大まかにいってそのくらいか?
来年からは鍛冶やら錬金学やら商学といった専門的な知識も学べるようになる。
冒険者に必要な魔物の知識もな」
「おぉ!」
その言葉に反応したのはカルクだった。
冒険者に憧れ、自分も冒険者になる為学園にやってきたカルクである。
武術だけでなく冒険者に必要なさまざまな知識が得られると聞かされてはいたが、こうして言葉にされれば期待もひとしお。
カルクの反応に隠れてはいたが、レキも目を輝かせている。
「ふっ。
ああそれと、通常の授業とは別に野外演習やら武闘祭やらもあるので、そのつもりでな」
そんなカルク達の反応に微笑しつつ、レイラスの話は続いた。
「野外演習と言っても一年生は近場で野営するだけだ。
武闘祭に関しても、本来の目的は武術や魔術の評価を付ける為のものだ。
勝ち進めば本戦にも出られるが、一年生が出場できるほど甘くはないだろう。
だからと言ってどちらも手を抜くなよ。
怪我だけでは済まないからな」
野外演習は、簡単に言えば学園の外で野営をするという物である。
街から街への移動に二~三日を要するこの大陸では、夜を徹しての移動を行わない限り野営をする必要がある。
その時の為、生徒のみで野営を体験するのが野外演習の主な目的である。
レキやフラン、ルミニアなど既に野営を経験している者もいるが、それでも子供達だけという経験は流石に無い。
いや、レキは微妙だが。
他の者達も、この学園のあるアデメアの街へ来る際に少なからず野営を経験してはいるものの、誰もが護衛の騎士や冒険者などと一緒であり、子供達だけと言うのは流石に無かった。
武闘祭と言うのは、全生徒で競う大会の事である。
内容は武術と魔術両方を用いた試合。
個人戦とチーム戦があり、年に一度のお祭りのような物だ。
武闘祭はまず一年生のみで行われる予選と、各学年で勝ち進んだ上位二名/二チームがぶつかる本戦、更には六学園合同で行われる大武闘祭がある。
大武闘祭に出られる生徒は各学園の代表二名、および二チーム。
勝ち進めば本戦や大武闘祭にも出られるが、流石に一年生が学園の代表に選ばれるほど甘くはないのだろう。
「学園の説明はこのくらいか?
まあ実際に経験していけば嫌でも分かるだろう」
一通りの説明が終わったのか、レイラスが生徒達を見渡す。
皆の目は輝いており、これからの学園生活に対する期待で満ちていた。
そんな生徒に、レイラスが満足気に頷く。
レキ、フラン、ルミニア、ユミ、ファラスアルム。
ミーム、カルク、ユーリ、ガド、ガージュ。
以上十名が、今年のフロイオニア王国立総合学園、一年生最上位クラスの生徒である。




