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黄金の双剣士  作者: ひろよし
八章:学園~入学編~
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第164話:初日の朝の出来事

起床の鐘が鳴るより先に目覚めたミームは、早朝の鍛錬へ行こうとして・・・ここが学園の寮である事を思い出した。


ミームの朝は早い。

今までなら朝食の時間まで母親の狩りの支度の手伝いやら鍛錬やらをして過ごすのだが、ここが学園である以上手伝いをする必要は無い。

それでも早く起きたからと、ミームは鍛錬する為着替える事にした。

昨日のレキとの手合わせを思い出し、無性に体を動かしたくなったのだ。


悔しいという気持ちは確かにある。

昨日はその感情のままに再戦を挑もうとして、寮母オーガからお説教を食らったのだ。


一晩経ち、冷えた頭で振り返ってみたところ、分かったのはレキが圧倒的に強いという事だった。

同年代で負け知らず、大人にだって簡単には負けなかったミームが、何もできずに敗北した。


そこにあるのは圧倒的な実力差。

レキはミームの何倍も強い、という事が分かったのだ。


それを仕方ないと諦めるつもりは無い。

むしろ、いつかは勝ってやると心に誓った。

同時に、やはりこの学園に来て良かったと思った。


そうして迎えた翌朝。

身支度を済ませて中庭に出たミームが見たのは。


「あ、おはよミーム」

「え、ええ、おはようレキ」


昨日知り合い、そしてミームを負かした相手、レキの姿だった。


――――――――――


ミームの気配を察知したのか、声をかけるより先に振り返り、手を止めたレキがにこやかに挨拶をする。

ミームから挨拶が返ってきた事に満足したのか、レキはすぐさま鍛錬を再開した。


ミーム同様動きやすい服に身を包み、昨日とは違う金属製の剣を両手に持ち、レキはひたすらに剣を振り続ける。


洗練されたその動きに、ミームはしばしの間魅入っていた。


「剣舞」という物がある。

どちらかと言えば踊り、舞に分類される物だが、その流れるような動きは見る者を魅了しかねない美しさがあった。


レキの型はその剣舞のように流麗で、同時に見る者を圧倒するほどの力強さも持ち合わせていた。

更には、一歩でもその間合いに入れば一瞬で切り刻まれるのでは、という畏怖を抱かせるほどの鋭さをも感じさせた。


その剣を見て、昨日のレキは実力の半分も出していなかった事にミームは気付いた。

昨日のレキは体捌きのみでミームを圧倒したのだ。


もしレキがかわす事なくあの剣で応戦していたら・・・そう考え、ミームの体が震えた。

拳はレキを捉えず、あの剣で切り落とされるだろう。

一瞬で間合いに入り込まれ、そのまま首を切り落とされたかも知れない。

昨日のレキは木剣だったが、それでも怪我の一つは確実に負っただろう。

最悪、骨の数本は折られたかもしれない。


体捌きのみで相手をしたのは、おそらくミームに怪我をさせないよう手加減をしたから。

そう考えたミームだが、実際のところレキが体捌きのみで相手をしたのは、どのくらい加減をすれば怪我をさせずに勝てるか分からなかったからだ。

相手がガレムや王国の騎士達、あるいはルミニアの父ニアデルなら、身体強化しない限り全力で相手をしても問題はない。

ガレムは異常なほど頑丈だし、騎士団もここ最近ではガレム並に打たれ強くなっている。

ニアデルに至っては怪我もまた武人の勲章だとか言って、笑顔で膝を叩いただろう。


王宮での鍛錬時は治癒魔術を使える者が常に控えている為、怪我を負っても治せば良い。


そう考えれば、昨日の手合わせも別に体捌きだけで相手をする必要は無かった。

レキにルミニア、それにユミやファラスアルムも治癒魔術を使えるからだ。

だが、初対面の相手に遠慮なく打ち込めるほどレキは脳筋ではないし、「怪我には十分注意してくださいね」というルミニアの言葉もあった。

騎士団やニアデル以外でレキが手合わせをした事があるのはフランとルミニア、あとは精々フランの兄アランくらい。

三人共、どちらかと言うと手合わせというより指導という形で、同年代の者との本格的な手合わせや試合などは実のところ経験した事が無かったのだ。


そういう意味では、昨日の手合わせはレキにとっても良い経験となった。


もちろん良い経験となったのはミームも同じ。

むしろミームの方が得難い経験を得たといって良いだろう。


同年代ではここ数年負け知らずだったミームの久しぶりの敗北。

同時に、ミームが他国の学園に来た理由である「自分より強い人に会う」という目的も早々に達成できた事になる。

敗北の悔しさはあれど、それを味わう事こそがミームの目的だったと言っても良いのだから。


流石に、あれほど圧倒的な敗北を味わう事になるとは思っていなかったが。


しばらくの間、ミームはレキの剣舞に魅入っていた。

レキが一息ついたと同時に我を取り戻し、自分が何の為にこの中庭に来たのかを思い出した。

ついでに、今こそが再戦を申し込む絶好の機会である事にも気づいた。


現時点ではどうあがいても勝てないだろう。

だが、勝てないからと言って勝負から逃げるのは獣人失格である。

別に獣人にそういう掟など無いが、負けるからと言って逃げ出すような真似はしたくないのだ。

むしろ、勝ち目のない勝負に挑んでこそ獣人であるとすらミームは考えている。


勝ち目が無ければ逃げるのが基本で、狩人なら狩れない獲物は相手にするだけ無駄なのだが、狩り以外ではミームのような思考の持ち主も多い。

獣人が脳筋と言われる所以であった。


目の前には圧倒的な強者がいて、自分も相手も準備は万端。

昨日の再戦という大義名分もある。

もはや、勝負を挑まない理由は無かった。


「レキっ!」

「ん?」


ガンッ、と拳を打ち鳴らし、ミームが気合を入れる。

その音に、あるいはミームの闘志に気がついたのか、レキがミームの方を向いた。


「再戦よっ!」


そう宣言し、昨日同様レキへと飛びかかる。

本格的に学園が始まろうとしている早朝、それより先にミームの再戦が始まった。


――――――――――


「ん~、飯までまだ少し時間あるなぁ・・・おしっ!」


ベッドから起きたカルクは、そう言って村から持ってきた鍛錬用の木剣を片手に中庭へと向かった。

今日は学園初日。

見事入学試験に合格、しかも最上位クラスへ入る事をカルクは果たした。

座学の試験は正直自信が無かったが、その分武術には少しばかり自信があったのだ。


カルクの故郷であるラーシュ村は、森に囲まれた平凡な村だった。

ただ、他の村に比べて魔物の被害が多かった。


周りの森にはフォレストウルフやモスエイプがうろつき、森の奥に存在する洞窟にはゴブリンが巣を作っていた。

ラーシュの村人にそれらの魔物と対峙する力はなく、村人は基本的に森へ近づかない生活を送っていた。


対策をしなかった訳ではない。

領主に訴え、冒険者ギルドに相談し、冒険者を派遣してもらい、村の護衛として常駐してもらっていた。

浅い場所ならば村人だけでも入れたが、森の奥へ向かう際には冒険者に付き添ってもらい、魔物が村に入ってきたら討伐をお願いした。


もちろん冒険者側にもメリットはある。


第一に、これは冒険者ギルドを経由した領主からの依頼であり、報酬はそれなりに高額だった。

平凡な村であるラーシュ村が支払えるお金は微々たるものだったが、足りない分は領主が負担した。


第二に、討伐した魔物の素材は、当然ながら討伐した冒険者の物にする事が出来た。

フォレストウルフなら牙と毛皮、モスエイプや稀に出るソードボアならそれに加えて肉も高値で買い取って貰える。

ゴブリンは、残念ながら素材となる部位は少なく、売れても二束三文だったが、討伐報酬は貰えたので無駄にはならなかった。


第三に、常駐する際の家が用意され、村にいる間は何不自由のない生活を送る事が出来た。

冒険者ギルドからの正式な依頼である以上、村や村人に狼藉を働く事は厳禁である。

反すれば依頼の失敗、最悪は冒険者資格の剥奪もあり得る為、冒険者が村や村人に何かする事はなく、村人も安心して冒険者を受け入れる事が出来た。


そのような村で育った為か、カルクは自然と冒険者に憧れるようになっていた。

幼い頃から木の枝を剣に見立てて振り回し、家の手伝いが出来るようになった頃には常駐する冒険者に付きまとい冒険の話を聞いたりもした。


冒険者側も、普段から良くしてくれる村の子供には気さくに接し、カルクのような子供には自分達の話を面白おかしく聞かせたりもした。

それどころか、木の枝を剣に見立てて冒険者の真似事をするカルクに、剣を教えてくれる冒険者もいたほどだ。


そんな冒険者達に感謝すると同時に、カルクは冒険者への憧れを強くした。

だが、残念ながらカルクの家族はカルクが冒険者になる事を良く思わなかった。

理由は単純、危険だからだ。


そもそもラーシュ村が冒険者を常駐させるのは、自分達では対処出来ないからだ。

フォレストウルフやモスエイプ、ソードボアは当然として、魔物の中では比較的弱いゴブリンですら、ただの村人にとっては脅威である。

冒険者になればそういった危険な魔物を相手にする、それは死と隣り合わせの日常に身を置く事に他ならない。

カルクを愛する家族であれば、当然そんな危険な仕事に就かせたくないと思うのは当たり前であった。


冒険者に憧れるカルクと反対する家族達。

そんな両者に、ラーシュ村の村長はこんな提案をした。


「フロイオニア王国立総合学園。

 そこに入れば剣と魔術、更にはこの世界の様々な知識を得る事が出来るだろう。

 冒険者に成りたいのであれば、まずその学園に入れるだけの武術と知識を見せてみよ」


この提案はカルクと家族、そのどちらにとっても良いものだった。


カルクにとっては、冒険者に必要な知識が得られ、同時に剣どころか魔術までも習得できる。


家族にとっては、冒険者を諦めさせる為の良い口実になる・・・はずだった。


学園の試験にすら合格できない者が冒険者になれるはずもないと、カルクが合格できずに村へ戻ってきたらそう言うつもりだったのだ。

だが、残念ながらその言葉をカルクに告げる事は出来なかった。


家族にとっての誤算は、カルクの剣の腕前が想像以上に上がっていた事だろう。

村に常駐する冒険者から手ほどきを受け、更には暇を見つけては鍛錬を重ねたカルクは、気がつけば村一番の腕前になっていた。

また、フロイオニア学園は武術や魔術よりも知識を優先すると聞いたカルクが、村長や常駐する冒険者達に頼み込んで勉強を教わった事も、家族にとっては誤算であった。


何より、カルクの冒険者への憧れの気持ちを軽く見すぎていた。

「どうせ諦めるに違いない」、「剣はともかく算術などカルクが身につけられるはずもない」と。


実際、それまで算術どころか文字すらまともに読めなかったカルクである。

学園に入学できるだけの知識を得るのは、正直ひどく困難であった。

それでも諦めずに勉強を続けたのは、それだけ冒険者への憧れが強かったからだ。


こうしてカルクは剣と知識を身に着け、見事学園への入学を果たした。


朝食まであと三十分ほど。

食事前の鍛錬をする為、中庭に出たカルクが見たのは。


「お?

 レキと・・・ミーム?」


早朝の鍛錬だろう、剣を振るうレキと、少し離れたところで大の字になって倒れているミームの姿だった。


――――――――――


「どうなってんだ?」


どれだけ寝相が悪かろうとも、さすがに中庭でなど寝ないだろう。

そもそも倒れているだけで眠ってはいないようだ。

仰向けになっている為ミームの顔は見えたし、先程から忙しなく胸が上下しているところを見ると、おそらくは疲れて寝転んでいるだけだろう。


「あっ!

 おはようカルク」

「おぉ、おはようレキ!」


近づいてくるカルクに気づいたのか、レキが剣を止めて挨拶をしてきた。

レキに応えつつもやはり気になるのはミームで、レキもそんなカルクに気づいたのか何故ミームが寝転んでいるのかを簡単に説明してくれた。


「また勝ったっ!」

「なっ、ずりぃ!」


昨日とは違い、レキは普段フランやルミニアとやっているような、指導に近い手合わせをミームと行った。


昨日の勝負でミームの実力は大体把握できた。

飛びかかってきたミームの拳を手にした剣で逸したり、剣の腹で撃ち落としたり。

繰り出す拳の全てがレキに当たらず、それどころか途中で撃ち落とされる攻防に、ミームはむしろ喜々として攻撃し続けた。

蹴りすら交えて攻め立てるミームに、レキは変わらず両手の剣を用いてその全てを打ち払った。


どれだけ打っても当たらず、それどころか攻撃の合間に剣を振るってくるレキに、ミームはむしろ笑みを浮かべた。

まるで母親と戦っているようだと、そんな錯覚すら覚えたのだ。

どれだけ打っても通じない、どれだけ蹴っても当たらない。

だからこそ、思う存分攻撃する事が出来た。


そうして、ただひたすらに全力を出し続けたミームは、朝食前という事もあってか早々に体力を切らし、ふいに繰り出されたレキの剣に頭を打たれた後、起き上がれずに大の字で寝転がる事になったのだ。


「どんくらいやってたんだ?」

「ん~・・・さあ?」


武人であり狩人である獣人は、身体能力に秀でている種族である。

それは筋力や瞬発力のみならず、体力面でも他の種族を大きく上回っており、狩りの為丸一日走り続ける者もいる程だ。


学園に入る為、カルクも他種族の事は多少学んでいる。

武術に秀でた獣人の特性は、羨望も含めて把握していた。


そのミームの体力が尽きるまでレキは手合わせをしていたという。

おそらくは同い年の子より体力もあるに違いない。

もしかしたらレキも獣人なんじゃ?などと勘違いしそうになったカルクであったが、それより重要な事があった。


「ミームばかりずりぃじゃねぇか!

 なあ、オレともやろうぜ!」


昨日は寮母オーガに怒られてしまい手合わせが出来なかったカルクである。

自分より先に再戦を果たしたミームに思うところはあるが、それ以上にレキと手合わせ出来る絶好の機会を逃すまいと詰め寄った。


「うん、いいよ」


そんなカルクとの手合わせを、レキは笑顔で承諾した。


もうすぐ朝ごはんの時間である。

寮での生活については入学の際説明を受けており、中でも食事の時間は過ぎれば食事抜きになってしまう為、レキはしっかりと覚えている。

それによれば、朝食の時間まであと三十分も無いはずだった。

少しくらい遅れても問題ないとは言え、一応食事は一緒にとフラン達とも約束している為、出来れば間に合うように食堂へ行きたい。

それでも一回くらいなら大丈夫だろうと、レキはカルクの申し出を受けた。


「よっし!」


レキが承諾した事にカルクが笑みを浮かべ、そのまま僅かに距離を取り、手に持った木剣を構える。


レキの強さは昨日で理解したつもりだ。


自分が勝てないどころか一撃も与える事が出来なかった試験官にレキは勝利している。

その言葉を疑うつもりはなかったが、それでもギリギリ勝ったのだろうと思っていた。

少なくとも、昨日のミームとの手合わせを見るまでは。


カルクが目標とする冒険者とは、つまりは強者の事である。

魔物から村を、村人を守る事が出来る力を持つ者、それこそがカルクが憧れ、そして目指す冒険者の姿だ。

そんな冒険者になりたくて、カルクも剣の腕を磨き、そしてこの学園を目指した。


昨日のレキは、そんなカルクが憧れる冒険者そのものだった。


襲いかかるミームを体捌きのみでかわし、剣で仕留める。

あれほど流麗で圧倒的な力を持つレキを、カルクは素直に尊敬した。

ミームが魔物で、レキはそれを圧倒する冒険者。

カルクには昨日の手合わせがそう見えたのだ。


自分もあのくらい強くなりたい。

昨日のレキは、カルクに強い憧れを抱かせるには十分だった。


そんなレキとの手合わせである。

カルクが興奮しないはずが無かった。


今のカルクとほぼ同じくらいの長さの木剣、それを両手で握りしめる。

魔物と対峙する時に大切なのは、ひと時も魔物から目を逸らさない事。

自分と魔物の間に剣を置き、魔物がどんな動きをしても反応できるようと、冒険者に教わった正眼の構え。


「行くぞっ!」


レキが構えたのを確認し、カルクがレキに向かっていく。

朝食前の僅かな時間、カルクとレキの初対戦が始まった。

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