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黄金の双剣士  作者: ひろよし
八章:学園~入学編~
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第163話:ミームと手合わせ

「行くわよッ!」


フランの合図と同時にミームが飛び出した。


獣人であるミームがその身体能力を活かし、素早くレキの懐へと入り込んだ。

対するレキは今だ自然体の構えを崩さず、ミームの攻撃を真っ向から受けるかのようだ。


「たあっ!」


跳び込んだ勢いを利用しミームが拳を突き出す。

その拳がレキの顔面を捉えるかと思いきや、レキが上体を斜め前方に倒し拳をかわした。


「っ!」


絶好のタイミング。

確実に入ったと思った自分の拳を、横や後ろでは無く前に出る事でかわしたレキにミームが一瞬驚きつつ、かわされた為距離を取るべく後方へ下がろうとしたが・・・。



「えっ!?」


気が付けば、ミームの首筋にはレキの木剣が当てられていた。


「それまでじゃっ!」

「ふふっ」

「はぁ~・・・」

「・・・ふぅ」


フランが終了の合図をし、ルミニアが満足気に微笑む。

魅入っていたのか、ユミとファラスアルムがそろって息を漏らし、胸を撫でおろした。


「・・・おぉ」

「お、おぉ、おおお~!」

「む!」


少し遅れて、ユーリとカルクから歓声が上がった。


一瞬の攻防だった。

獣人の身体能力を活かしたミームの攻撃。

それを横や後ろではなく前方へ体を傾ける事でかわし、更にはそのまま体を回転させ、後方に移動したミームをレキが剣で捕らえた。

剣技以前の、いわば体捌きのみでの勝利だった。


ガドが深く頷く中、カルクが喜々としてレキに駆け寄った。


「凄ぇ、レキ凄ぇよ」

「ああ、いや確かに素晴らしかった。

 流石剣姫の愛弟子だ」


遅れて駆け寄ったユーリもレキを絶賛する。

剣姫ミリスの愛弟子、その名に恥じない見事な勝利であった。


「くっ・・・」


敗者であるミームが悔しがる中、勝者であるレキが剣を収める。


「勝ちっ!」


唐突に始まった手合わせであったが、レキも手合わせの類は嫌いでは無い。

普段は騎士団とばかり手合わせをしていた為、徒手空拳の相手は初めて。

間合いや体捌きなどレキにも得られるものがあったようだ。


「さて、これで勝負は着いたわけですが・・・」


ルミニアがレキとミームの二人に近づき、手合わせの終了を告げようとしたが。


「まだっ!

 もう一回っ!」

「・・・やはりですか」


負けた悔しさからしゃがみこんでいたミームが、顔を上げてそんな事を言い出した。

予想していたのだろう、ルミニアが嘆息する。

ミームのような脳筋な者達の言動など、自分の父親で慣れきっているルミニアである。

一度の敗北で納得しない事くらい予想済みだった。


「それで、どうされます?」

「ん~」

「もう一回っ!

 今度は絶対負けないからっ!」


喚くミームを無視し、ルミニアがレキに問いかける。

この場合、決定権は勝者であるレキにある。


レキとしては後一回くらいならと思わないでもない。

薄暗くはあっても時間的に余裕はあるし、あと数回くらいなら出来るだろう。

徒手空拳の相手は初めてでも、ミームの実力は先程の攻防でほぼ見切っている。

仮に、ミームが全力で、それも身体強化を施した上で挑んできても、レキなら問題なく勝てるだろう。


問題があるとしたら。


「勝つまでやるんだからっ!」


一回では終わりそうにないという事と。


「なぁ、次はオレとやろうぜ!」


ミームだけでは終わらない気がした事だろう。


――――――――――


「ちょっと聞いてるのっ!?

 もう一回やるわよっ!」

「次オレっ、オレだよなっ!」

「もてもてだね、レキ」

「ん~・・・」


ミームとカルクに挟まれ、ユーリにからかわれながらどうしようかと悩むレキ。

手合わせ自体は問題ないが、ミームを相手にしたならもう一回くらいでは終わりそうにないし、かと言ってカルクを相手にするなら「次はわらわじゃ」などと言い出しかねない誰かがいる。


「ちょっと、横入りはやめてよね!」

「なんでだよっ!

 お前今負けたじゃねぇか!」

「ま、負けてなんか・・・」

「い~や、負けだね。

 完っ璧にお前の負けだ」

「くっ、さ、さっきのはその」

「なんだよ?」

「その、あれよ、あれ。

 ちょっと油断したっていうか」

「へん。

 負けたやつは皆そう言うんだぜ。

 油断したとか本気じゃなかったとか。

 村でもそうだったからな~」

「なによっ!」

「なんだよっ!」


悩むレキをよそに、ミームとカルクの言い争いが始まった。


言い分としてはカルクが正しく、ミームもそれは理解しているのだろう。

子供と言えどそこは武を重んじる獣人である。

油断して負けたなど言い訳にもならない。

先程のが命をかけた試合なら、ミームは既に死んでいるのだ。

試合ではなく狩りならば、ミームが狩られた事になる。


だからと言って素直に引く事も出来ず、カルクと子供じみた、お互い子供なのだからある意味年相応の言い合いを続けるミームである。


ここまで言われたなら後一回位、と思ってしまうのがレキの甘さだろう。

ついでに言えばカルクとも手合わせしてみたいと思うレキは、やはり脳筋の気があるのかもしれない。


「いい加減にしなさいっ!

 何時だと思っているのですかっ!」


どうせならこの場にいる者全員まとめて・・・などとレキが考え始めたその時。

寮の建物、それも使用人の部屋の裏口にあたる扉が開かれ、中から怒り顔の女性が現れた。


寮に着いた時、レキ達を案内してくれた寮母だった。


「いくら消灯時間になっていないとは言え、限度があります。

 疲れて寝ている子もいるというのに、中庭でいつまでも騒いでいては他の子の迷惑ですっ!」


レキ達の前に仁王立つ寮母は、レキを中心に言い争っていたミームとカルクに言葉の雷を落とした。

貴族だろうと平民だろうと、子供であれば夜は早く眠るのがこの世界の一般的な生活習慣である。

平民であれば朝は家やら畑の手伝いがあるし、貴族の子供なら早起きこそ規則正しい生活だと言って躾けられる。

侍女見習いとして働いていたユミならば、それこそ屋敷の主人達が起きるより先に仕事を始めなければならなかった。


まだ学園生活が正式に始まっていない為、生徒の多くはこれまでの生活習慣で過ごしている。

昨日の試験と今日の発表で心身ともに疲れ、既に眠っている子供も少なからずいるだろう。


そんな中、寮の中心にある中庭で騒ぎ、手合わせをしているレキ達は実に良い迷惑だった。

実際に手合わせをしたレキとミーム、終了後に言い争いをしていたカルクだけでなく、見守っていたフランやルミニア達も同罪だ。


「わ、わらわは騒いでおらんかったのに・・・」

「連帯責任ですっ!」


フランの涙混じりの訴えも寮母の一言で却下された。


寮の一切を取り仕切る寮母には、王族であるフランの権威も通じない。

そもそも寮内における全ての権限は寮母達にあり、それを認めたのは他ならぬフロイオニア国王、つまりフランの父親である。

いくらフランがごねたところで、国王が許可した以上フランの訴えが通じるはずもない。


レキ達は、中庭で仲良く叱られたのだった。


――――――――――


学園が始まるその前日に叱られたレキ達。

幸い、ただ騒いでいただけで何か破壊したとかではなかった為、小一時間のお説教だけで解放された。


お説教も終わり、レキ達は中庭から談話室へと再び場所を移動した。


「うぅ・・・疲れたのじゃ」

「さ、流石リーニャ様が決して逆らってはいけませんと言うだけの事はあります」


談話室につくなりグデッとなるフラン。

いつもはシャンとしているルミニアも、流石に疲れたのか僅かに姿勢を崩していた。


「あんたが横入りしようとするから・・・」

「お、オレのせいかよ?」


事の発端は間違いなくミームがレキに挑んだ事で、騒ぎの原因は負けたミームが再戦を挑もうとしたから。

カルクが乗っかったのも確かに悪いが、だからと言って全てが自分のせいだと言われても納得など行くはずもない。


「お前が負けを認めねぇから」

「別に認めなかったわけじゃないわよ。

 ただもう一回やろうとしただけで・・・」


その点をミームに突っ込めば、やはり先程の言い合いが尾を引いているのかミームも素直に認めなかった。

まだやるのか、と周りがゲンナリと二人を見ていたその時。


「・・・お説教が足りないようですね」

「「ひっ!」」


談話室の扉が静かに開かれ、静かに怒る寮母が現れた。

その気迫はオーガのごとく。


「間もなく消灯時間です。

 それまでには各自お部屋に戻るように」

「「は、はい!」」


しばらくじっと見つめ、騒ぐのを止めたのを確認したのか、寮母オーガは静かに去って行った。

寮母オーガの去った談話室は、しばし沈黙に包まれた。


「・・・今日はもう寝ましょうか」

『賛成~』


誰もが疲弊し、これ以上雑談する気にもならなかったようで、ルミニアの提案に反対する者はいなかった。


「それではレキ様、皆様も。

 また明日」

「おやすみなのじゃ~」


談話室を出て男子寮と女子寮へと別れていく。

ルミニアは談話室の片付けがあると残り、フランはそんなルミニアと一緒に戻るからとやはり残った。


「では片付けてきますね」

「うむ、わらわも手伝うぞ」


普段なら、王族であるフランの手を煩わせるなどありえないのだろうが、学園の生徒である以上そう言った事を持ち出すわけにもいかない。

ルミニアとしては学園であろうとフランが仕えるべき主である事に変わりはないが、他ならぬフランが対等である事を望んでいるのだ。

主の望みを叶えるのも臣下の務めだと、ルミニアは渋々フランの言葉に従った。

ほんの少し、主と臣下という垣根を超え、対等の親友になれたような気がしているのはここだけの話。

フランが初めからそう思っている事は、ルミニアも分かっている。


片付け、と言っても特にする事はない。

用意した茶器を持ち帰り、テーブルの汚れを布で拭きとるくらいだ。

床の汚れなどは寮母達が掃除するらしく、あまりにひどい場合を除いてそのままで良いと言われている。


ルミニアが茶器を持ち、フランが茶菓子の器を持って、二人で寮の部屋へと戻った。


今日はとても楽しかった。

レキとは男女で別れてしまったが、そのかわり新しい友達が出来た。


獣人族のミーム。

明るく前向きで、ちょっと脳筋気味だが悪い子ではない。

フランを王族と知った後でも、物怖じせず普通に接してくれる珍しい少女だ。

他種族だからという事も多少はあるのだろうが、ファラスアルムは森人であってもフランやルミニアに敬意を持って接している為、単純にミームの性格なのだろう。

それが不快ではなくむしろ心地よいと思えるのもまた、ミームの人柄に違いない。


流石に初対面のレキにいきなり手合わせを挑んだのはどうかと思うが、騎士団やルミニアの父親であるニアデルの例もある。

負けて悔しがり、すぐさま再戦を挑むのもフランやルミニアには好意的に思えた。

負けを認めず下手な言い訳をしたり、ふてくされるより遥かにマシだろう。


実力も、同い年の子供の中では強い方だろう。

レキに勝てないのは仕方ないとして、一瞬で詰め寄った脚力とその勢いを活かして突き出された拳は、まともに喰らえば一撃で昏倒させられるかも知れない。

「試験官に勝てなかった」と言っていたが、相手は金属の鎧と盾を持つ元騎士。

体術だけで勝てないのも無理はない。


総合的に見て、武術はおそらくフランと互角と言ったところか。

拳と短剣、どちらも小回りと手数で勝負する武器であり、フランの方が背は低いがその分ミームは素手であり、リーチの差はほぼ無いと言えるだろう。

魔術も込みで勝負すれば間違いなく勝てるだろうが、武術のみなら正直どう転ぶかは分からない。

同年代の獣人族では負け無しという、ミームの言葉も納得できるというものだ。


「ふふん、次はわらわが倒してやるのじゃ」

「ふふっ、がんばって下さいフラン様」


「レキを相手にするならまず自分を」という台詞は、何も自分が混ざりたかったからというだけではない。

レキは、フランとルミニアにとって目標であり師である。

フランにはミリス、ルミニアには父親のニアデルという指南役がいるが、それとは別にフランもルミニアも良くレキと手合わせをしており、この二年間で強くなれたのはその手合わせのお陰でもある。


「師匠と戦うならまず弟子から」という事なのだろう。

レキが自分達の護衛であるという点はあまり関係ないらしい。


ついでに言えば、同年代で自分達に近い実力の持ち主がいる事も嬉しかった。

フランはルミニアとも手合わせしており、ルミニアの方が勝率は上だが実力的にはほぼ互角と言って良く、ある意味ライバルでもある。

とは言え、二年もの間頻繁に手合わせしていれば互いのクセも分かるというもので、正直マンネリ化しているのも事実だった。


学園に入れば新たな相手が見つかると思ってはいたが、まさか初日からとは思って無かった二人である。

過去、自分の弱さに悲嘆した二人。

ミームとの出会いは、今より強くなれるきっかけとなるだろう。


談話室からルミニアの部屋へと移動しても、二人のおしゃべりは続いた。


消灯時間は過ぎていたが、それはあくまで食堂や談話室など共有施設の話であり、個人の部屋までは対象ではないらしい。

あまりに遅ければ確認と注意くらいはするだろうが、基本的には自己責任なのだ。


話の内容は同じクラスの仲間となる男子達の話へと移る。

と言っても、夕食時やその後の談話室で多少話したくらいで、そこまで深く知り合ったわけではないが、ある程度の人柄は理解できたように思う。


貴族のわりに気さくなユーリ=サルクト。

平民であるがゆえに身分を気にしない(あるいは良く分かっていない)カルク。

寡黙な山人のガド=クラマウント=ソドマイク。


皆気の良い者達ばかり。

レキが仲良くなるのも分かる。


彼ら彼女らと共に、明日からいよいよ学園生活が本格的に始まる。

それが何とも楽しみで、フランはルミニアと一緒に明日を迎えるべく、そのままルミニアの部屋で仲良く眠りについた。

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