第16話:みんなでお料理
時刻は夕方になろうとしていた。
狩りに時間をかけていたわけでは無く、単純に狩りを始めた時間が遅かったと言うだけの話だ。
「・・・この短時間で」
「食べきれるのでしょうか?」
そもそもレキが狩りにかけた時間など一時間ほど。
その一時間で四頭ものオークを狩ってきたレキに、ミリスが唖然としていた。
騎士団総出で狩りをしても、一時間で四頭のオークを狩るのは難しい。
ましてや一人でなど、騎士団長ですら無理だろう。
なお、レキの実力にミリスが改めて感心している横では、リーニャが的外れな心配をしていた。
レキを含め、皆お昼を食べていない為かお腹はペコペコ。
だが、今から食事の支度を始めても、料理が出来るのは夜になってしまうだろう。
それまでのつなぎとして、フラン達はレキが作ったという干し肉をごちそうになる事にした。
「このお肉おいしいですね」
「こちらは・・・何の肉だ?」
レキの村では、獲物の解体から毛皮の鞣し、余った肉の加工などは村人全員の仕事であった。
レキの父親が狩ってきた獲物を、皆で協力して解体し加工する。
そんな村の仕事を見、少しだけお手伝いもしていたレキも一通りは出来るようになっていた。
もちろん完璧に出来るわけではない。
森に来たばかりの頃に鞣した毛皮は、ところどころ剥げていたり穴が開いていたりと散々な物だ。
干し肉に関してもそうだ。
最初はやはり失敗したり腐らせたりと散々で、失敗作の多くはウォルフ達の胃の中に納まっていたりする。
何とか作れるようになったのは、村での作業を忘れたくなかったレキの意地かも知れない。
なんだかんだでこの三年、毛皮の加工から干し肉づくりに頑張ってきたレキである。
その成果は、小屋の裏手にある倉庫のような建物に収まっていた。
「えっとね、それはソードボアのお肉」
「わらわこれ好き」
「レキ、この黒いのは?」
「う~ん、なんだっけ・・・あ、ゴブリン!」
「なっ!」
「た、食べられるのですか?」
「わずかに毒がある。
何よりとても不味い」
「うん、おいしくなかった」
「何故作った・・・」
小屋の裏手、それなりに広い面積に広がる野菜(?)畑の横に建っている倉庫。
干し肉加工の技術を上げる為か、あるいはどの肉が美味しくてどの肉が不味いか分からず、手当たり次第に加工してきた為か、倉庫内はそれはもうありとあらゆる魔物の肉で溢れかえっていた。
「この、なんでしょう。
盾にでも出来そうなお肉は・・・」
「う~ん、あのおっきな奴?」
「おっきな・・・オーガか?」
因みに、レキの魔物の知識はほとんど無い。
知っているのは村にいた頃父親が狩っていたソードボアと、肉が非常に美味だというオーク、そして魔物の代表格であり母親の敵であるゴブリンくらいだ。
フォレストウルフやオウルベア、モスエイプと言った魔物等は、見た事も狩った事も食べた事もあるが名前は知らない。
共に暮らすシルバーウルフですら、魔物としての名は知らないのだ。
「しかし・・・良くまぁこれだけの肉を」
「へへ~」
「レキ、レキ。
これは何の肉じゃ?」
「えっとね、なんか熊みたいな奴」
「オウルベア?」
「分かんない」
賑やかしくも楽しい間食の時間。
それぞれが気に入った干し肉を齧りつつ、レキ達は夕食の支度にとりかかった。
肉はレキが狩ってきた新鮮なオーク肉。
四頭あったはずの肉は、気づけば二頭になっていた。
犯人はウォルフ達である。
レキ達同様、ウォルフ達も昼を食べていないのだろう。
瞬く間になくなった二頭分のオーク肉。
その周囲には、四頭のシルバーウルフが満足そうな表情で寝転がっていた。
もっとも、レキ達五人なら一頭分あれば十分である。
残りの一頭は・・・おそらくウォルフ達の明日の食事になるだろう。
「では夕食の支度をしましょうか」
「おおっ、わらわも手伝うぞ!」
「うん、俺も頑張る!」
「そういえばレキ君。
小屋の裏手に畑がありましたけど、あのお野菜は頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
オーク肉の切り分けはレキとお手伝いに手を挙げたフランに任せ、リーニャ達はひとまず小屋の裏手にあった畑へと向かった。
いかに魔物の肉が美味しく栄養価も高いからと言って、そればかりでは体がもたない。
明日、魔の森を抜ける事が出来れば次の街までおよそ三日。
保存食である干し肉はあっても、野菜や果物などはそうそう手には入らないだろう。
今のうちに出来るだけ野菜の類を確保しておきたかったのだ。
小屋の裏手にある畑。
レキが育てているらしい色とりどりの野菜。
元は小屋を建てた何者かが植えた植物で、魔の森の魔素の影響でろくに手入れもせず勝手に育ったという。
一応水やり程度はレキも行っていたが、おそらくはそんな事せずとも育っただろう得体の知れない植物。
レキは野菜だと思って食べており、リーニャもまた小屋の裏手にある畑に生えているからと勘違いしていた。
「リーニャ、私も同行する」
「ええ、お願いします」
どの野菜も、リーニャが見た事の無い物ばかりだった。
にもかかわらず野菜だと判断したのは、それが畑に生えていたから。
レキも食べていたという証言もあり、リーニャは特に疑っていなかった。
もし、フィルニイリスを同行していなかったら・・・。
今頃、リーニャ達はどうなっていただろうか。
深くは考えない方が良いだろう。
――――――――――
「レキ、何か手伝おうか?」
「うん!」
「ふふん、わらわもお手伝いくらいできるのじゃ」
オーク肉の前に残った三人。
レキとフラン、そしてミリスはそれぞれ解体用の短剣を手に肉の処理を始めた。
騎士団の遠征などで魔物の解体には慣れているミリスと、三年ほど狩猟生活を送っていたレキはともかく、稽古で短剣は振るえど解体や料理をした事ないフランは、それでも何故か胸を張っていた。
「姫様。
まずは私とレキで解体しますので、姫はそれを食べやすい大きさに切ってください」
「うむ、分かったのじゃ」
何もするなと言えば間違いなく拗ねる。
リーニャがいればうまい事言いくるめるだろうが、今はフィルニイリスと小屋の裏。
剣術指南役とはいえ騎士であるミリスには、フランを説得する事は難しかった。
まあ、人手の少ない現状ではフランの手伝いも多少の役には立つだろう。
最初は教えながらになるだろうが、慣れれば任せられる作業も出てくるに違いない。
野盗に追われてからずっと過酷な状況続きで、今こうして和気あいあいと出来るのは偶然というより奇跡に近い。
そんな状況でフランをいじけさせるのもどうかと思い、ひとまずは失敗し辛い作業をフランにお願いしたミリスだった。
「私は臓物の処理をしよう。
レキ、解体した肉はどこに置けばいい?」
「えっとね、これ」
切り分けた肉を置く為に用意された大きな葉っぱ。
食器代わりのそれは、魔の森ではいくらでも採取できるものだ。
そこにレキが肉を、ミリスが臓物を並べていく。
「リーニャは血を失っているからな。
肉より肝臓などの方がいいだろう」
「そうなの?」
「ああ」
レキも臓物は嫌いではないが、肉と違い臓物は血抜きした程度では臭くて美味しくもない。
心臓は洗っても洗っても血が落ちないし、小腸や大腸などは血以外にも様々な物がついている。
ウォルフ達は肉も内臓も好き嫌いなく食べてくれる為、これまで肉ばかり食べていたレキだが、ミリスに言われて自分も今日は臓物も食べる事にした。
「洗うのは私がしよう。
レキは姫様と肉の切り分けを頼む」
「分かった!」
水場は小屋の裏手、倉庫や畑などと同じ場所にある。
水場と言っても小屋の傍にある小さな川の、流れを若干変えて水場として利用できるようにしたものだ。
やったのはレキではなく前任者である誰か。
この川があるからこそ、この場所に小屋を建てたのかも知れない。
そんな事を考えつつ、ミリスがオークの臓物を抱えて小屋の裏手へ向かった。
今でこそ騎士団の小隊長の地位にいるミリスだが、新米の頃はこういった雑用もこなしていた為、それなりに手慣れたものだ。
「あら、ミリス様。
フラン様とレキ君は?」
「リーニャか。
二人は向こうで肉の切り分けを任せている」
「フラン様にもですか?」
「ああ。
まあレキが切った肉を更に切るだけだからな」
新米の頃を思い出しつつ臓物を洗っていたミリスに、畑で野菜(?)を見ていたリーニャが近づき声をかけた。
畑に目を向ければ、何やらフィルニイリスが畑の野菜(?)を見ながらブツブツと何かしゃべっている。
「この植物は通常森では育たないはず・・・
こちらは存在自体が希少・・・
これにいたっては書物でしか見た事が無い・・・」
「あの・・・」
「先ほどからあんな感じでして・・・」
「そうか・・・。
ところで野菜はどうした?」
「いえ、フィルニイリス様が見てるのが野菜だと思ったのですが・・・」
「違うと?」
「・・・ええ」
フィルニイリスの様子を見れば、おそらくは野菜ではないのだろう。
とはいえ畑らしき物はここ以外になく、故にフィルニイリスが見ているのがレキの言う野菜である事に間違いはない。
「フィルニイリス様。
申し訳ありませんが少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なるほどコレが賢者の・・・何?」
「その、こちらの野菜は・・・」
「野菜?
ここにあるのは全て毒草」
「「毒っ!?」」
「食べても良いけど命の保障は無い」
「そ、そうですか」
おそらくは野菜ではないのだろうとまでは察した二人だが、さすがに毒草とは思わなかった。
食べても良いと言われたところで食べるつもりは無いが、だとすればレキの言う野菜はどこだろうか?
もしかしたら・・・と思いつつ、さすがにそれは無いだろうとも思う・・・思うのだが
「・・・レキに聞いたほうがいいな」
「そうですね。
別の場所という可能性もありますし」
「賢者が結界を張ってでもここにとどまったのはこの植物が理由?
でも結界は魔素も遮断して・・・地中は別?」
毒草だという植物の観察に戻ったフィルニイリスを横目に、リーニャは今一度野菜についてレキに確認に向かった。
「すいませんレキ君、野菜なのですが・・・あらあら」
「うにゃ~、なかなか切れないのじゃ」
「う~ん、硬いかな~」
表側に回ったリーニャが見たのは、オーク肉を前に四苦八苦するフランと、そんなフランをまるで兄のように優しく見守るレキの姿だった。




