第157話:寮とユーリ
「フロイオニア王国立総合学園」
純人族の国フロイオニアに存在するその学園は、身分も種族も関係なく誰もが平等に公平に学べる学園として設立された。
幼い頃に故郷の村を失い、この世界で最も危険な場所である魔の森で生き抜いてきた少年レキ。
野盗に追われていたフロイオニア王国王女フラン=イオニアを助けた功績により、フロイオニアの王宮に住む事を許されたレキは、同い年であったフランと共に王宮で勉学や剣術、魔術を学んできた。
それから二年。
先日行われたフロイオニア学園の入学試験に見事合格したレキは、共に受けたフランやその友人達と共に学園に入学する事になった。
レキ達は今日から学園の寮で暮らす事になる。
寮は学年ごとに建物が分かれている。
皆が平等に学べる場所であるフロイオニア学園だが、己の身分を持ち出し、自分に都合の良い生活を送ろうと考える生徒は少なくない。
それは相手が年上であろうとも同じで、むしろ年上であり学園の先達でもある上級生に爵位を持ち出して言う事を聞かせようとする新入生と言うのは毎年必ず現れるのだそうだ。
逆に、先に入学した生徒が己より身分の低い後輩に言う事を聞かせようとするケースも存在するらしい。
そう言ったトラブルを極力減らすため、学年別に寮を設けたというわけである。
学園は全寮制であり、身分や種族こそ平等に扱われるが流石に男女は分かれている。
一緒に試験を受けた中で唯一の男子であるレキは、寮の入り口で分かれる事となった。
レキと共に試験を受けたのは
・フロイオニア王国王女フラン=イオニア
・フィサス領領主ニアデル=イオシス公爵の娘ルミニア=イオシス
・この街で出会った森人の少女ファラスアルム
・二年前、カランという村の近くでゴブリンに襲われているのをレキに救われ、学園での再会を誓った少女ユミ。
以上四名である。
彼女達は身分も種族も違う。
出会った時期すら異なる彼女達だが、共に試験を突破したからか、まるで数年来の友人の様に仲良くなっていた。
その輪にレキも含まれてはいるが、男女別という寮の制度によって泣く泣く分かれる事になったのだ。
まあ、実際に泣いたわけではない。
多少フランが拗ねた程度だ。
男女で分かれてはいるが建物の入り口は共通で、入ってすぐ目の前には寮の使用人達の部屋がある。
子供達だけで何もかもこなせるはずもなく、下手をすれば着替えすら出来ない子供もいるかも知れない。
試験を受けた者の多くは貴族の子供なのだ。
料理や洗濯などの雑事をこなしつつ、部屋の掃除等の指導するのも寮の使用人の務めである。
手伝うわけではなく、貴族だ何だと言ってゴネる子供を躾ける役目を担っているのだ。
各貴族の親どころかフロイオニア国王の了承を得ている為、どれだけ子供がゴネようと、その際に爵位を持ち出そうとも無駄である。
寮に住む以上、使用人に逆らう事は国王に異議を唱える事と同義なのだ。
寮の使用人は全て女性であり、ついでに言えばある程度年配な者達ばかりが揃っている。
男性の使用人の場合、万が一にも女子生徒に手を出す怖れがあるからだ。
また、年若い女性なら男子生徒が手を出す怖れもある。
過去には、将来性を見越してか、あるいは単純にそういう趣味だからか、使用人の女性が男子生徒に手を出したという事例もあったらしい。
そんな過去のあれこれがあり、今では寮の使用人はある程度経験を重ねた女性のみとなっている。
生徒の親以上の年齢の女性も多く、彼女達は生徒から寮母と呼ばれていた。
ルミニアとユミに手を引かれて行くフランを見送り、ペコリと会釈してくれたファラスアルムに笑顔を返して、レキも男子寮へと入った。
渡された鍵を片手に、レキは教えられた部屋へと向かった。
部屋は全て個室で、全て同じ造りをしているらしい。
試験結果も関係なく、試験の上位十名であり特待生でもあるレキだろうと割り当てられた部屋は他の生徒と全く同じ造りの部屋。
しいて言うなら、部屋の並びが試験の順位順である事くらいだろう。
割り当てられた部屋の場所を見れば試験の順位が分かってしまうので、気にする者は気にするかも知れない。
もちろんレキは全く気にしない。
男子で一位、総合でも三位のレキが気にする必要など無く、気にするのはむしろレキより順位が低かった者だろう。
「こ、この僕がこのような質素な部屋などに・・・」
少し離れた場所から聞こえた、おそらくは貴族の子供であろう彼らのような者は多分、自分の順位も気にするのだ。
貴族は偉い。
と言うのは爵位の制度がある以上間違ってはいない。
だが、偉いからと言って優秀とは限らず、やはり上には上がいるのだ。
自分より優秀な者が爵位でも勝っている者ならば、不満はあれど何も言わないのだろう。
だが、相手が自分より爵位の低い者だったり、更には爵位を持たない平民であれば話は変わってくる。
素直に負けを認め、相手を称賛する事で己の価値を高める者もいるが、子供の内からそれが出来るほど成熟した者は少ない。
試験の内容や試験結果にいちゃもんを付ける者や、中には自分より上の子供を権力で排除しようとする者もいる。
もっとも、この学園は貴族平民問わず平等に学ぶ為の場所であり、当然貴族の子供の権力が通じるはずも無い。
実力で排除しようにもその実力で負けているのだからどうする事も出来ないだろう。
もちろん試験には座学もあったので単純に強い弱いでは測れないが、それでも負けを認められない貴族の子供は多い。
とは言え、実力も権力もない子供に出来る事など、精々「次は勝つ!」と負け惜しみを言う程度だが。
まあ、それがレキに関係あるかと言えば、正直どうでもいいというところ。
という事で、部屋の前で何か喋っている貴族の子供を丸っと無視し、レキは自分の部屋へと入っていった。
――――――――――
割り当てられた部屋は、一言で言えば普通だった。
大人一人が眠れそうな大きさのベッド。
学習用の机と椅子。
教材やら服やらをしまう為の棚が二つ。
空の水桶と簡易的な竈。
以上。
床には絨毯などは無く、ソファーも無い。
学習用の机以外にテーブルも無く、剣を振るう程度の広さはあるものの、五~六人も入れば窮屈になりそうな、その程度の部屋。
王宮であてがわれた部屋と比べるのもおこがましい、そこらの宿と同程度の部屋である。
とは言えそこは平民のレキ。
元々王宮の部屋は豪華で持て余していたくらいなので、むしろこの位の方が落ち着けて良いとすら思っている。
持ってきた荷物を早々に整理し終え、やる事が無くなり暇となった。
折角だから寮内を探検しようかと思っていたところ、部屋の扉がノックされた。
「誰?」
「隣の部屋の者だが、今いいだろうか?」
「うん、いいよ」
レキが部屋の扉を開けると、そこにはいかにも貴族っぽい服装をした少年が立っていた。
薄茶色のサラサラとした髪の毛が肩の辺りまで伸び、顔立ちも穏やかそうに見える。
「初めまして。
僕の名はユーリ=サルクト。
サルクト子爵家の三男だ」
胸に手を当てながら軽く会釈する少年。
見た目もそうだが、仕草もまた貴族っぽかった。
「えっと、オレは・・・」
ともかく挨拶されたのだから返さねばと自分も自己紹介をしようとしたレキだったが。
「いや、君の名前は知ってる。
レキだろう?
フラン王女の護衛の」
「へっ?」
そう言い、レキの自己紹介をユーリが遮った。
「レキの話はいろいろ聞いてるよ。
フラン王女の命を救い、王都ではルミニア公爵令嬢を救った事。
王国最強の騎士であるガレム様を倒し、剣姫ミリス様の愛弟子である事。
他にもいろいろあるが、まあレキは本人が思っている以上に有名という事だね」
初対面の相手が自分を知っている事より、どちらかと言えば自己紹介を遮られた事に戸惑っていたレキである。
そんなレキの戸惑いに気づかず、レキがどれほど有名なのかをユーリは教えてくれた。
フランが野盗に襲われ、危うく命を落としかけた事は、レキの活躍とともに言い広められている。
野盗に対する牽制と、レキがどれほど王国にとって有益な存在であるかを知らしめる為だ。
ガレムとの御前試合の結果も合わせ、レキの実力は貴族の中ではそれなりに伝わっていた。
王宮では毎日のように鍛錬をしていた為か、レキの剣術指南役がミリスである事もまた、ミリスの名声もあって広まっている。
最年少かつ女性初の小隊長になったミリス。
剣姫の二つ名で知られ、フランやフランの母である王妃フィーリア=フォウ=イオニアの専属護衛として他領へ赴く事も多く、その見た目と実力から国内外にファンは多い。
そんなミリスがほぼ専任で教えているレキは、ミリスファンの間で羨望と若干の嫉妬の目を向けられていたりするのだ。
「ん~」
「とりあえず、入って良いかな?」
「うん、いいよ」
ここではなんだからと、部屋の中へとユーリを招いた。
あいにくとソファーが無い為、床に座りながら改めて自己紹介をする事になった。
「と言っても語る事など殆どないのだけどね。
サルクト家はフロイオニア王国の子爵家で、一応は貴族だがあまり力のない家だよ。
しかも僕はその家の三男。
家を継ぐ必要のない、気楽な身分さ」
「ふ~ん」
「という事で僕のことはユーリと気楽に呼んでくれ」
そう言ってユーリが右手を差し出した。
レキの知る貴族の子供など、フランとルミニアを除けばガージュやサマクと言った無駄に偉そうな者ばかりしかいない。
彼らと違い、ユーリはとてもフランクであり、言いかたは悪いが貴族らしくなかった。
他に貴族の知り合いと言えばルミニアの両親くらいだが、ルミニアの父ニアデル=イオシスは貴族と言うより武人で、母ミアーリア=イオシスはおっとりしていてやはり貴族らしくない。
なお、レキは忘れているようだがエラス領の領主も一応は貴族である。
と言っても彼の場合は領主である前に冒険者らしいので、貴族の知り合いとは言い辛かった。
知り合いとまでいかずとも、フランの護衛として他領に赴いた際にその地の領主と会った事もあるが、流石に一緒にいるのが王族のフランな為か、ガージュやサマクのような態度をとる者はいなかった。
もちろんユーリのこの態度が悪いはずもなく、レキとしては接し易くありがたかった。
「貴族にも色々いるんだな~」
というのがレキの感想であり、結局はそれが全てなのだろう。




