第15話:おかえりという言葉
「礼をする為にもレキは城に連れて帰らねば」
「私も命を救われましたし、何よりフラン様をお救い下さったわけですから・・・」
「私も賛成。
レキの魔力を調べる為にも、レキは連れて帰る」
「しかしだな・・・」
一方、レキのいない森の小屋では、レキを城へ連れ帰るべく四人が作戦会議を開いていた。
命を救われた以上、王族としてそれ相応の礼をしなければならないと主張するフラン。
同じく命を救われ、さらには二度と会えないと思っていたフランと再び合わせてくれたリーニャも、国としての礼とは別に個人的にも恩を返したいと考えている。
フィルニイリスに至っては、恩義や礼とは別に目的があるようだった。
命を救われたのはミリスも同じ。
だが、ミリスだけは難色を示していた。
「ミリス様は何がご不満で?」
「いや、レキを王宮へ連れて行きたいのは私も同じだが、無理強いは良くないだろう」
「無理強い?」
「レキにはレキの生活があります。
王宮へ連れて帰りたいのは私達のいわば我儘のようなものですから、レキが拒否すればそれまでです」
「じゃが礼はせねばならんぞ?」
「お礼をする為とは言え嫌がるレキを城に連れて帰るのは、それこそ恩をあだで返すようなものでしょう」
「むぅ・・・」
お礼がしたいという気持ちは本物。
だが、それ以上にフランはレキを王宮へ連れて行きたかった。
こんな危険な森で出会った同い年の少年を、フランはとても気に入っているのだ。
知り合ってからまだほとんど言葉を交わしていないが、出来れば友達になりたいと思うし、仲良くしたいと思っている。
王宮へ連れて行こうとしているのもそれが理由だ。
魔の森の危険性はフランも十分理解した。
そんな危険な森で出会った少年。
自分達だけではこの森を歩けない以上、ここでお別れしたら二度と会えないかもしれない。
強く、自分とリーニャ達を助けてくれた少年。
ぜひとも仲良くなりたいし、きっと仲良くなれるだろう。
一緒に王宮へ行って、城下街を一緒に歩きたい。
自分の両親にも紹介したいし、他領に住む親友にも紹介したい。
だから、ここでお別れなんて絶対に嫌なのだ。
「私とて礼はしたいです。
ですが、レキがそれを望まない以上、それは私達の我儘なのです」
「そ、それはそうじゃが・・・」
ミリスの言い分も理解できる。
人の嫌がることはしないというのは最低限のマナーなのだ。
王族だからと言って何をしても良いなどと考えてはだめだと、両親にもリーニャやフィルニイリスにももきつく言われている。
レキを王宮に連れて行きたいというのはフランの希望であり、それをレキが拒むならそれはレキの嫌がる事。
すなわちフランの我儘である。
お礼をするからと言って無理やり連れて行けば、レキに嫌われてしまうかも知れない。
仲良くなりたい、友達になりたい相手に嫌われるのは、絶対に嫌だった。
「むむ・・・」
「ふふっ」
そんな王族らしくない悩みに唸るフランを、見守るリーニャが笑みを漏らした。
魔の森に住んでいるとはいえ、レキは平民に違いない。
王族であるフランの申し出を断るのは、通常なら不敬に当たる。
申し出を断った程度で処罰するような真似はしないが、だからと言って断られたらどうしようなどと悩む事もしないだろう。
ましてや嫌われたらどうしようなどと、王族が考えるような事ではない。
これから仲良くなりたい、友達になりたいと思う相手に嫌われたらと悩むフランは、王族である前にただの子供だった。
そんなフランが愛らしく、だからこそリーニャ達はフランの願いを叶える為にも話し合いを再開した。
「とりあえずお礼の内容を考える。
レキが自分から付いて来たいと思えるような」
「騎士にするというのはどうだ?」
「フラン様を救った功績だけなら十分でしょうが、いかんせんまだ子供ですから」
「では姫様の傍付きではどうだ?」
「う~ん、レキ君が喜んでくれるといいのですが・・・」
「うにゃ!?
わらわの傍付きは嫌なのか!?」
「いえ、光栄なことですよ?
でもレキ君がどう思うかですし・・・」
問題なのはお礼の内容、すなわちこちらが提示する物にレキが興味を持ってくれるかどうか。
王族を救ったという功績は多大な物である。
それに見合う報酬となれば、騎士への抜擢どころか爵位授与すらあり得るだろう。
だが、それをレキが喜ぶかは別の話。
第一、十歳にも満たないレキに爵位を与えるのはいろいろと問題もある。
他の貴族との兼ね合いもさる事ながら、爵位にはそれに応じた義務も発生する。
さすがに領地を与える事はないが、貴族としての務めはそれなりに存在するのだ。
いくら名誉な事とは言え、それをレキが理解するかは分からず、仮に理解したところでレキが嫌がった場合、爵位の授与もまた押し付けに過ぎない事になる。
レキが騎士に憧れているのであれば、フラン専属の騎士にするというのも手だろう。
フランは天真爛漫で好奇心こそ旺盛だが、素直で優しい心根の持ち主である。
フラン付きの侍女リーニャ、専属護衛兼剣術指南役のミリス、教育係兼魔術指南役のフィルニイリスも、フランに仕える事をとても名誉に思っているし、不満もない。
むしろフランの為ならいつでもその命を捧げる覚悟すらあるほど。
それほど、フランという少女は仕えるに足る主なのだ。
共に過ごせば、レキもフランの事をきっと気に入るだろう。
フランはフランでレキの事を気に入っている様子だし、間違いなく二人は親友になれるに違いない。
それどころか、将来的には男女の仲にすら発展するかも知れない。
フランは現時点でも愛らしく、成長すれば間違いなく可愛らしくも美しい王女となるだろう。
レキもまた見目は十分整っている。
幼いが故に格好いいより可愛いと称した方が似合っているが、こちらも成長すればきっと格好良い男になるだろう。
そんな二人が今から共に過ごせば・・・。
幸いにして、フロイオニア王家の婚姻は何より本人の意思を尊重している。
ここ数十年王家は安泰で、対抗する貴族もおらず、王位継承権を持つ公爵家も王位を簒奪するような野心も無く、むしろ王家の槍を自称する武人である。
何より、フランには二つ上の兄がいる。
若干性格に難はあるが十分に優秀で、間違いなく王位を継ぐだろう。
そうなれば、フランの婚姻はかなり自由が利く。
王族を救った功績と、魔の森のオーガを倒すほどの武人であれば、フランを娶るのに十分である。
もちろん本人達次第ではあるが、例え婚姻を結ばずともレキほどの実力者と懇意にするのは王族としても十分利にかなっている。
抱え込むと言えば言葉は悪いが、そうするだけの価値がレキにはあるのだ。
受けた恩を返す、礼をする。
単純にレキと仲良くなりたいが故に、一緒に王宮へ帰りたいと願うフラン。
フランを救い、己が身をも救ってくれたレキに、その身をかけてでも恩を返したいと思うリーニャ。
騎士として、主君を救い己をも救ってくれたレキに恩を返したいと考えるミリス。
対外的な理由とは別に、フロイオニア王国の利益をも考え、何としてもレキを王宮に連れて行くべきと我策するフィルニイリス。
理由は様々だが、レキを王宮へ連れて行きたいという点で、四人の考えは一致していた。
「寝てるレキを縛って・・・」
「騎士団に入れると言えば・・・」
「おいしい物で釣るというのは・・・」
「わらわのお菓子をあげれば」
こうして、レキを連れて帰るべく四人は会議を続けた。
――――――――――
ぶるるっ
「?
なんだろ?」
「ウォフ?」
森の中、何やら寒気を感じレキが身震いした。
丁度、森の小屋で四人がレキを王宮へ何としてでも連れて行こうとあれこれ我策している時だった。
ついでにその方法がだんだんと危険なものになっていた時である。
そんな事になっているとは欠片も思わず、そんな四人に食べてもらおうとレキはシルバーウルフのウォルフと共に一生懸命オークを狩っていた。
「あっ、あそこにもいたっ!」
「ウォフっ!」
現時点で既に二頭ほど狩っているレキが、三頭目のオークを見つけた。
一家族につきオーク一頭もあれば一食分には十分。
とはいえ、食べ損ねた昼と夜の分と、更には明日の朝の分を考えれば狩り過ぎという事は無いだろう。
もちろんレキは計算して狩っているわけではなく、単純に張り切りすぎているだけなのだが。
「たあっ!」
「プギー!」
また一つ、森の中にオークの悲鳴がこだました。
倒したオークを簡単に血抜きし、ウォルフの背に乗せるレキ。
いかに体躯の大きいウォルフとて、三頭ものオークを乗せればさすがに動き辛くなる。
「じゃああと一頭狩ったら帰ろっか?」
「ウォフ!」
そして、四頭ものオークをわずか一時間ほどで狩ったレキとウォルフが、意気揚々と小屋へと帰還した。
「おかえりなさい、レキ君」
「おお、レキおかえりなのじゃ」
「あっ・・・」
「ん?
どうしたレキ?」
「疲れた?」
音で分かったらしい、レキが小屋に着くと同時にフラン達が出迎えてくれた。
二人の出迎えに、レキが一瞬息をのんだ。
リーニャとフラン、二人からの「おかえり」の言葉。
人と接し会話する事自体三年ぶりだったレキ。
誰かと一緒に過ごすのも、言葉を交わすのも、それだけで十分嬉しかった。
だが、家に帰ってきた時の「おかえりなさい」は別格だった。
それは、三年間レキ以外誰もいなかった家に、初めてレキ以外の誰かがいて、レキを出迎えてくれたという事なのだ。
いつもの「ウォフッ!」というウォルフ達の吠え声とは違う、ちゃんとした言葉にレキが思わず涙ぐみ・・・。
「な、何でもない。
えっと、ただいま!」
男の子は簡単に泣いてはダメだという両親の言葉を思い出し、必死に笑顔を繕いながらフラン達の言葉に「ただいま」と返した。
「うにゃ?」
「・・・なるほど」
「何がなるほどなんだ?」
「ふふっ、おかえりなさい、レキ君」
「うん!」
レキの様子に、フランとミリスが首を傾げた。
フィルニイリスは何となく察し、四人の中でおそらくは最も事情を理解しているであろうリーニャは、そんな事をおくびにも出さず再度笑顔でレキを労わった。
その言葉に、あるいは小屋に誰かがいる事に、レキはリーニャ以上の笑顔で元気よく返事をした。




