第152話:試験を振り返る
「それで、ファラスアルム様は何故ご自身が落ちたと思われているのですか?」
子供達が揃って困った顔をする中、見るに見かねたのかリーニャが口を挟んだ。
「えっと、それは・・・」
侍女であるリーニャは、本当なら主であるフランとその友人達との会話に口を挟むつもりはなかった。
いくらフランやルミニア達が悩み困っていたとしても、子供達だけで解決して貰うつもりだった。
それが侍女でありフランの教育係であり、そしてフランの姉のような存在であるリーニャの普段の姿勢である。
「聞けば、座学の試験は完璧。
武術の試験も最後まで諦めず、魔術の試験では初級魔術を使用しフィルニイリス様からそれなりの評価を受けたとか。
正直落ちるとは思えないのですが・・・」
今回ばかりは見るに見かねたのか、主とその友人達を助けるべく口を挟む事にした。
主が困っているのなら、助けるのも侍女の務めなのだ。
「で、ですが・・・」
「・・・う~ん、ルミニア様?」
「は、はい」
「ファラスアルム様の座学はほぼ満点とお聞きしましたが」
「はい。
試験の後ファラさんと答え合わせしましたけど、まず大丈夫だと思います」
昨日の夕食時を始めとしたフラン達の会話はリーニャも把握している。
座学の試験はルミニアとファラスアルムがほぼ満点、フランがそれに続きレキとユミは半分くらいの出来と言うのが大体の予想である。
武術の試験はといえば。
「内容はともかく最後まで諦めなかったのは評価されていると思います」
「で、ですがサマク様達が・・・」
「サマク様・・・ああ、一緒に試験を受けられたというダーガ子爵のご子息様ですね。
その方が何か?」
森人という種族的にも、また性格的にも自身には向いていなかった武術の試験。
それでも最後まで諦めなかったファラスアルムを、レキ達は頑張ったと心から称賛した。
試験官であるゴーズも同様、最後まで諦めなかったという点は大きく評価されているはずだ。
「サマク様達は、時には潔く諦めた方が良いと・・・」
「はぁ」
「き、貴族は時に、勇気ある撤退を選ぶものだと、そうおっしゃっていました」
ただ杖を闇雲に振り回し、一撃も当てる事も出来ずファラスアルムは無様を晒し続けた(と自分では思っている)。
対して、サマク達は一応ゴーズ(の盾)に当ててはいた。
サマクは最後まで、その取り巻き達は途中で(疲れて)試験を終えていたが、それですら貴族としてみっともない姿を晒すよりマシだ、という判断だったようだ。
それがどう評価されたかはファラスアルムには分からないが、確かに自分はみっともなく、フラン達は当然として、サマクやその取り巻きよりも下なのだろう。
そんなサマク達に言われた言葉が、ファラスアルムが自分の結果を必要以上に低く見ている理由であった。
「なるほど・・・」
ファラスアルムの言葉を聞き、リーニャがファラスアルムの考え違いを理解した。
「武術の事は武人に聞いたほうが良いでしょうね」
そして、自分よりも適任者に話を振る事にした。
「と、言う事です。
どう思いますか?」
「ふむ、どうと言われてもな・・・」
リーニャに連れてこられたのは、護衛として別の場所で食事を取っていたミリスだった。
フロイオニア王国騎士団小隊長にして、フランやレキの武術指南役でもあるミリス。
剣姫の二つ名を持ち、剣術だけなら騎士団長であるガレム以上とも言われているほどの武人である。
「まずそのサマクという子爵令息の言葉を正しておこうか」
リーニャに話を振られたミリスは、ファラスアルムが納得し易いように説明を始めた。
「貴族が時に撤退を選ぶのは、自分が死ぬ事で領地や領民への被害が大きくなるのを防ぐ為だ。
貴族は民を治める者。
領主なら領地や領民を第一に考えるべきだからな」
「は、はい」
「相手が魔物なら領民全てが餌食となる。
その場合、領主だけでも生きて戻り、領民を逃がさねばならん。
だから領主は時に撤退を選ぶのだ。
武人ならば戦場で死ぬ事も誉れだが、領主はあえて生き恥を選ぶもの。
分かるな?」
「・・・はい」
サマク達の言う勇気ある撤退と言うのは、つまりは生き恥をさらす覚悟の事。
配下の騎士を見殺しにしてでも、領主は生きて領地へ戻らねばならない時があるからだ。
その選択は時に多くの者達に恨まれ、後ろ指を指される結果となる事もある。
それでも被害を最小限に押さえるべく、領主は撤退を選ばなければならないのだ。
それこそが勇気ある撤退。
「武術の手合わせを早々に諦める事は勇気ある撤退ではない、という事だな」
「・・・はい」
武術の試験であるなら、最後まで戦う事の方が重要である。
試験官が手を出さないというなら尚更。
例えこちらの攻撃が当たらずとも、諦めずに最後まで攻め続ければいつかは届く事もある。
勝てないからと早々に諦めてしまえば、届くものも届かないのだ。
「大切なのはどういう状況であるか、という事だ。
武術の試合なら武人として最後まで戦い抜く。
もちろん勝つつもりでな」
「は、はい」
「ファラスアルムは最後まで戦い抜いたのだろう?
それは武人として当然の姿勢だ。
武術の試験としては大いに評価される点だと思うぞ?」
「あ、ありがとうございます」
「うむ」
最後にファラスアルムの評価点を述べて、ミリスは説明を終えた。
貴族は生き延びねばならない、そうサマクは言った。
それは確かに正しい。
だが、昨日のはあくまで武術の試験であり、見るべきは武術の実力と武人としての心構えである。
勇気ある撤退などと称して途中で諦めるより、無様でも最後まで戦い抜いたファラスアルムの方が評価は高いのだ。
――――――――――
「武術の試験については以上ですね。
肝心の魔術の試験ですが・・・」
武術の試験については、専門家とも言えるミリスに説明してもらい、ファラスアルムも十分納得出来た様子だった。
魔術の試験も同様にしたかったが、生憎とこの場にふさわしい者はいない。
フィルニイリスがいれば言うに越した事はないのだろうが、あいにくと彼女はその魔術の試験の試験官であり、本日の試験結果が張り出されるまで学園に留まる必要がある。
不正防止、あるいは発表される前に結果が漏洩しないよう、警戒しているのだろう。
不合格者の中には、試験の結果に納得がいかず学園や試験官を責める者もいる。
もちろんそんな抗議が通じるはずもないが、それでも諦めきれない者の中には、何としてでも入学しようと強硬手段に出る場合がある。
すなわち、合格者を排除し、代わりに自分が入学しようと考えるのだ。
それが権力を利用したモノなら学園には通じない。
学園が王家の設立した施設である以上、どんな権力も王家には無意味だからだ。
問題なのは、権力ではなく物理的な力で合格者を排除し、空いた枠に入ろうとする者である。
例年、何らかの理由により合格したにも拘わらず入学しない子供がいる。
だが、それで空いた枠に不合格者が繰り上げ入学する事は無い。
不合格は不合格であり、その結果は何があろうとも覆る事は無いのだ。
それを知らない不合格の子供が、合格した生徒を襲うという事件が過去にはあった。
そう言った事態を避けるべく、試験の結果はギリギリまで秘匿され、大体的に発表される。
試験官であるフィルニイリスは試験の結果を知っている。
彼女を襲い、試験の結果を聞き出そうとする愚か者はそうはいないだろうが、万が一を考え、合格発表まで学園に留まっているのだ。
フィルニイリス以上に魔術に詳しい者などいるはずもなく、仕方なくリーニャが説明をする事にした。
「と言っても魔術そのものに対する解説など私には出来ませんが・・・」
もちろんフィルニイリスに比べての話だが。
それでも万が一間違った解説をしてしまい、それをレキやフランが信じてはまずいと考えたリーニャは、試験についてのみ説明する事にした。
「魔術の試験で重要視される点はいくつかあります。
まずは魔術が発動するかどうか。
獣人は種族的に苦手な傾向にありますが、他の種族でも生まれつき苦手な人はいます。
才能、と言い変えても良いでしょうね。
もちろん才能が無くても努力次第で使える人もいますし、才能があっても磨かなければ使えるようにはなりません。
十歳という年齢を考えれば、使える方など半数にも満たないのではないでしょうか」
実際、試験ではレキ達以外ではサマクともう一人しか使えなかった。
才能と指導者、更にはレキというこれ以上ない手本がいた為、フラン達もこの年で難なく使えるようになったが、本来なら使えない子供の方が多いのだ。
学園に入り、魔術の講義を受け、更には練習を重ねてようやく使えるようになるのが普通である。
「魔術が使えない場合でも、魔力を練る事が出来ればある程度評価は得られるでしょうね。
魔力自体は誰でも持っているわけですし、魔力が練られるという事はある程度魔力を制御できるという証明になります。
身体強化が出来ればなお良し、でしょう」
魔術は使える者と使えない者がいるが、魔力自体はこの世界の人ならば誰でも持っている。
その魔力を用いて己の肉体を強化する事を身体強化と言い、魔術が使えない者でも努力次第では出来るようになる、魔力の基本的な使用方法の一つだ。
獣人は魔術が苦手な分、身体強化に特化した者が多く、元々の身体能力と合わせる事で武術に関しては他の種族を寄せ付けないのである。
「魔術が使える方なら、呪文の正確さと詠唱速度などが評価対象となりますね。
後は使用した魔術の等級、威力、精度といったところでしょうか」
魔術の試験での評価対象は大体この辺り。
実際サマクともう一人、そしてファラスアルムの三名は上記の点で評価を受けている。
「さて、以上の点から判断して、ファラスアルム様の魔術は何も問題が無いと思いますが・・・」
ファラスアルムで言えば、魔術は問題なく発動し、呪文も正確で詠唱速度も申し分ない。
等級こそ初級だが威力と精度も及第点で、同じ初級のサマクともう一人よりあらゆる点で上回っている。
それはファラスアルム以外の四人が昨日の夕食時などで語っており、リーニャも把握している話だ。
「そ、それでも私などの魔術で合格できるとは思えないのです」
「う~ん、そもそも魔術の試験はあまり重要視されないのですが・・・。
因みに、何故そのように思うのか詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
何度も言うが、魔術が使えない者もいる。
受験者は十歳の子供であり、例え才能があっても年齢的に使えない者の方が多いだろう。
むしろ、今使えないからこそ、学園で努力していつかは使えるようになろうと意気込んでいる子供がほとんどなのだ。
そういった点から見ても、魔術が使える分ファラスアルムはなんの問題はないはずである。
「それはその・・・」
「?」
それでも、どうしてもファラスアルムは自分の魔術に自信が持てなかった。
リーニャの追求に、無意識にレキの方を見てしまった。
「ああ、なるほど。
レキ君と比較してしまったのですね」
「・・・はい」
それだけで、リーニャは全てを察したようだ。




