第14話:小屋での一幕
「さて、ご両親への挨拶も済んだことじゃし・・・。
リーニャ、これからどうするのじゃ?」
「そうですね・・・まずは」
くぅ~~
森の中、なんとも可愛らしい音が鳴った。
「うにゃ・・・」
誰がその空腹の虫の音を鳴らしたかは、言うまでもない。
もちろん音を鳴らした事を咎める者はおらず、というか鳴らさないだけで皆空腹だった。
野盗に追われ、森の中を駆けずり回り、さらには幾度となく戦闘をこなした。
リーニャに至っては血も大分流しており、体力も皆限界だった。
「あっ!」
そしてレキは思い出した。
自分が森の中にいた理由を。
「俺、狩りに行くとこだったんだ!」
狩りに行く途中でリーニャと出会い、なんやかんやで今に至る。
お昼ごはんもまだで、このままでは夜ご飯も無くなってしまう。
幸いにして干し肉は山ほどある、小屋の裏手には野菜のような植物も生えている。
名前も知らない植物ではあるが、レキが食べても問題ないし、味も様々で飽きもこない。
レキ一人なら、今日一日くらい無理に魔物を狩らずとも何とかなるのだが。
「狩り、とはやはりこの森ですよね?」
「?
そうだよ」
「まあレキの強さならこの森でも問題ないだろうがな・・・」
「レキは今までもずっとこうして来た?」
「うん」
レキの強さを知りつつも、場所が場所だけに心配してしまうのは仕方ない。
「大丈夫だよ、ウォルフも一緒だし。
ねっ、ウォルフ!」
「ウォフ!」
そんなリーニャ達を安心させようと、レキが相棒であるウォルフを呼んだ。
小屋の外、森の中から現れたのはリーニャ達をここまで運んでくれたシルバーウルフだった。
「「「ウォフっ!」」」
「「「えっ?」」」
「おおっ!」
更には、ウォルフの家族であるシルバーウルフのシロ、ギンロー、ギンコの三頭までもが、フラン達の前に姿を現した。
「えっと、レキ君・・・」
「彼らは?」
「ん?
えっとね、シロとギンローとギンコ!」
「可愛いのじゃ」
レキと共に暮らすシルバーウルフの一家である。
「シロはウォルフの奥さんで、ギンローとギンコはその子供」
「おお、奥さんと子供じゃな」
「「「ウォフ!」」」
「うむ、よろしくじゃ」
言葉は分からずとも、自分の言葉に反応してくれたらしいシロ達にフランもご機嫌になった。
シロ達も、レキのお客という事もあってか最初から友好的である。
元々、シルバーウルフはこちらから手を出さなければ危険のない魔物であり、その神々しい姿から森の神と言われているほどの魔物なのだ。
子狼であるギンローとギンコは好奇心も旺盛で遊び盛り。
初めて会うフラン達に臆する事なく、しきりにじゃれついている。
「ふふっ、かわいいですね」
「ああ・・・」
フランと二頭のシルバーウルフとのじゃれ合いを微笑ましそうに見守るリーニャ。
子供とはいえシルバーウルフ、大きさだけなら成人した犬程度はある。
とはいえ森で遭遇したフォレストウルフより一回り程小さく、ウォルフ達よりさらに小さい。
ついでに姿も犬っぽく、まさにペットという感じだった。
――――――――――
「じゃあオレ狩りに行ってくる」
フラン達とシロ達との顔合わせも終わり、レキはウォルフを伴って狩りに向かう事にした。
この場は魔石による結界もあり、さらにはシロやギンロー達もいる。
レキがいなくともまず問題はないだろう。
「ちなみに何を狩るのじゃ?」
「んとね、オーク!」
「オーク!
オーク肉じゃな!」
「うん」
ギンローとギンコを撫でまわしながら、フランが無邪気に質問した。
レキの強さを直接見たわけでは無いフランだが、フィルニイリスが言うのだからと特に疑問に思っていない。
「オーク肉はわらわも好きじゃぞ」
「うん、俺も!
じゃあ行ってくる!」
「うむ、気をつけるのじゃぞ」
「姫、レキにその心配は無用。
おそらくこの森でもっとも強い生物だから」
「生物って、フィル・・・」
さすがに魔の森での狩りに付き合うわけにもいかず、フラン達は見送る事しか出来ないでいた。
気をつけろなどと言う言葉も、レキの実力からすれば挨拶のようなものだ。
自分達より遥かに強く、あのオーガすら倒してしまうレキの身を案じるなど、ある意味失礼にすら当たる。
とはいえさすがに恩人であり子供でもあるレキに対し、生物と称するのは間違っていないにしてもどうかと思うミリスである。
「ぬぅ、そんなに強いのか」
「そう、間違いなく強い。
魔の森のオーガすら瞬殺したのだから」
「う~、わらわも見たかったのじゃ」
オーガを瞬殺したというレキの強さを語るフィルニイリスに、気を失ったが為に肝心の場面を見れなかったフランが不満そうに頬を膨らませた。
だが、この件に関しては意識を取り戻さなかった方が良かったに違いない。
何故なら。
「姫は気を失っていたから仕方ない。
ちなみに姫はあと少しでオーガのお腹の中に入るところだった」
「うにゃ?
そ、そうなのか?」
「そう、まさに危機一髪だった。
レキがあとほんのわずかでも遅れてたら今頃は・・・」
「にゃ~、聞きたくない!」
もう少しで、フランはオーガに丸のみされるところだったからだ。
意識を失わず暴れていれば、鬱陶しいと感じたオーガが握り潰す恐れがあった。
そうでなくとも、暴れる事でオーガの手が緩み、レキが助けるより先に胃の中へと落ちて行った可能性もある。
後少しレキが遅かったなら、フランは今頃オーガの胃袋の中。
その場面を詳しく語ろうとするフィルニイリスと、自分が食べられる場面など聞きたくないのじゃと耳を塞ぐフラン。
フランの抵抗が功を奏したのか、フィルニイリスが話の内容を変えた。
「姫を持ち上げてた腕をレキがこうすぱっと切って、姫を抱きかかえて降りてきた」
「おおっ、すごいのじゃ!」
「そう、抱きかかえつつ」
「何故二度も言うのじゃ?」
「・・・まだ早かった」
フランが心底嫌がる事はしないフィルニイリスではあるが、揶揄う事は止めない。
フランがもう少し成長していれば、見知らぬ異性に救われた事やその際抱きしめられた事などを意識しただろう。
だが、残念ながらフランはまだ八歳。
そういった方面にはまだまだ疎かった。
「さすがにまだ八歳ですから」
「へ~、フランも八歳なんだ」
「なんじゃ、レキも同じ年なのか?」
「うん、多分」
フランの年齢が同じと知り、レキが親近感を抱いた。
フランはフランで、自分と同じ年でありながらオーガをも倒してしまうレキの強さに、改めて感心を抱いた。
「あの黄金の光」
「ん、どうしたフィル?」
レキの強さ。
フランとレキのやり取りを聞いていたフィルニイリスが、ふと呟いた。
「レキの強さの秘密はあの黄金の光にある」
「あれは魔力では?」
「黄金の魔力など今まで聞いた事が無い」
八歳の子供がオーガを蹴り飛ばせるはずが無い。
可能性があるとすれば、膨大な魔力を用いた身体強化だろう。
だがそれも、ある程度の体躯と筋力、つまり下地が無ければ意味が無いはず。
体躯の大きな者と小さい者、ぶつかり合えば吹き飛ぶのは小さい方。
だが、レキは己の何倍もの大きさのオーガを思いっきり蹴り飛ばしている。
通常の身体強化では到底不可能なはずだった。
「非常に興味深い」
「ほへっ?」
オーガを蹴り飛ばす力。
オーガの鋼より硬い腕を些末な剣で切り飛ばす力。
どれもただの身体強化では不可能な話だ。
小隊長であるミリスはおろか、王国騎士団の団長ですら不可能だろう。
それをわずか八歳の子供が成し遂げたとあって、宮廷魔術士にして魔術研究家でもあるフィルニイリスの興味が更に深まった。
「あの光は何?
どうすれば出せる?
いつから出せるようになった?
魔力とは違う?
レキは魔術を使え」
「えっと・・・」
「待つのじゃ、フィル。
あまりレキを困らせるでない」
両手をわきわきさせながら迫るフィルニイリス。
困惑したレキが思わず後ずさりしたところで、まるでレキを庇うかのようにフランが割って入った。
臣下を止めるのは主の役目か。
ほっと一息ついたレキだったが、事態は何故かややこしい方向へと進もうとしていた。
「姫、なぜ止める?」
「レキが嫌がっておる。
止めるのは当たり前じゃ」
「でもレキの強さの秘密が分かれば姫も強くなれる」
「おぉ!
確かに」
「ほえっ・・・」
簡単に言いくるめられたフランを見て、レキがおかしな声を上げた。
知識と経験、そして話術。
どれをとってもフランがフィルニイリスに勝てるはずが無かった。
昔からこうやって、フィルニイリスの良いようにフランは操作されてきたのだ。
「レキの強さの秘密はその黄金の光にある」
「黄金の光?」
「そう。
レキが力を使う際、体から漏れている光。
おそらくは魔力」
「ほう、レキの魔力は金色なのじゃな?」
「そう、とても綺麗」
「おぉ~・・・わらわも見てみたいのじゃ」
あっさりとフィルニイリス側に立つフランである。
味方が一瞬で敵に回り、フィルニイリスとフラン、二人に詰め寄られたレキは・・・。
「行ってくるっ!」
そういって森へと飛び込んで行った。
――――――――――
「あっ!
逃げたのじゃ!
フィル、追いかけるのじゃ!」
「了解」
「ちょ、姫、フィル!」
黄金の光を纏い、レキが森の中へと消え去った。
逃がさんとばかりに後を追おうとしたフランとフィルニイリスだが、レキの姿は既に遠く、二人の視界から消え去っていた。
「むぅ、素早い」
「フィル、追うのじゃ」
「それは無理」
それでもレキの体からあふれる黄金の光は見る事が出来た。
後を追おうとフィルニイリスに声をかけるフランたが、返ってきたのは無理の二文字。
「何故じゃ?」
「ここは魔の森。
私達だけで出歩くのは自殺行為」
「むぅ・・・」
そう、ここは魔の森。
小屋の周囲は魔石による効果で魔素も薄く、魔物も寄り付かなくなってはいるが、少しでもその範囲外に出ればそこは死と隣り合わせの世界。
つい先ほど死にかけた森を、レキの助けなく歩くなど出来るはずもない。
ここにはシルバーウルフの一家がいる。
その内の、おそらくウォルフだろう一頭はレキについて行ったようだが、三頭もいればよほどの事が無い限り大丈夫だろう。
何せシルバーウルフの脅威度は冒険者ギルド指定「7」である。
強さだけならオーガ以上の魔物が三頭もいるのだから、それこそドラゴンでも襲ってこない限り問題は無い。
「「ウォフっ!」」
「なんじゃおぬしら?
遊んでほしいのか?」
「「ウォフっ!」」
「おお、そうか。
うむ、では遊ぶのじゃ!」
そんなシルバーウルフの内、比較的小柄な二頭がフランにすり寄った。
子狼だからだろうか、人見知りする事も無い二頭がフランに近づき、鼻頭をこすりつけたり後ろからつついたりする様子は、魔物というより犬だった。
――――――――――
「あ~、びっくりした」
「ウォフ」
フランとフィルニイリスの魔の手から逃げたレキは、ウォルフの背に揺られながら森の中を移動していた。
「でも、楽しかったなぁ~」
「ウォフ・・・」
人と接するのが三年ぶりなら、言葉を交わすのも三年ぶり。
レキが救ったのがきっかけとは言え、友好的な相手との会話は純粋に楽しかった。
女性ばかりではあるが、そこら辺を意識するほどレキは大人ではない。
むしろリーニャには母性すら感じているくらいだ。
今日は皆レキの小屋に泊まるという。
お昼ご飯も夜ご飯も、寝る時だって今日は一人では無い。
これからの事を考え、レキはとにかく楽しみで仕方なかった。
「行こう、ウォルフ!
オーク狩ろう!」
「ウォフ!」
レキの張り切りが伝わったのか、ウォルフが速度を上げた。
オーク。
豚の頭をした二足歩行の魔物。
体躯は平均的な大人より一回り程大きく、力に優れる魔物である。
その分素早さは低いが、筋肉と脂肪に包まれた体は並の刃物では切断できないほどに分厚い。
ゴブリンほどの数はいないが群れを形成し、知能もゴブリンより高いと言われている。
冒険者ギルドが定めた魔物ランクは「5」
山や森、平原と環境を問わず生息し、一流の騎士や冒険者でも苦戦するほどの強さを持つ魔物である。
その肉は非常に美味であり、家畜の豚とは比較にならないほど。
ランクこそ高く討伐は容易くないが、それでも冒険者ギルドからの討伐依頼が絶えないのは、その肉を求める者が多いからか。
そんなオークも、レキとウォルフにかかればただの歩くごちそうである。
しばし後、魔の森にオークの悲鳴が響き渡った。




