第142話:武術の試験~フラン、ユミ、ファラスアルム
「うわぁ~、フラン凄いね~」
「頑張ってたからね」
「はい、流石フラン様です」
フランの実力に驚くユミに、レキとルミニアが誇らしげにした。
「ふぁ~・・・」
同年代の、それも自分より小柄なフランの想像以上の戦いぶりに、見守るファラスアルムの口から感嘆の声が漏れる。
「「「「「・・・」」」」」
先に試験を終えたサマクとその取り巻き達は言葉もなかった。
「にゃあっ!」
「ぬおっ!」
時折聞こえるフランの力の抜けそうな掛け声も、同時に聞こえるゴーズの声や、彼の剣や盾とフランの短剣がぶつかる音にかき消される。
フランの攻撃は、確かにゴーズを捉えていた。
だが・・・
「それまでっ!」
「にゃあ~・・・」
砂時計が落ちきり、フランの口からがっかりした様子の声が出た。
「む~・・・
勝てなかったのじゃ」
「惜しかったよ」
「はい。
何度か当たってましたし」
「そうだよっ!
凄いよフランっ!」
「はいっ!
凄かったですっ!」
結局、フランはゴーズに勝てなかった。
何を持って勝利とするかは決められていないが、フランが攻めきれなかったのは事実である。
フランの短剣に対してゴーズは剣と盾。
体格や純粋な技量の差もあり、フランの攻撃は最後までゴーズの体を捉える事が無かった。
それでも何度かのけ反らせたりかわさせたり、それどころか剣や盾で防がせる事は出来ている。
サマクやその取り巻きに比べればフランの評価は圧倒的に上だろう。
「はっはっは、いや素晴らしかった。
特にその身長差を逆手に取った攻撃。
相手の盾を死角に使うなどそうそう出来る事ではないな」
ゴーズの称賛が、そのままサマク達との違いを明確にしていた。
身長差を逆手に取りつつ、フランは最後まで攻め続けた。
足元を狙う、盾で防げば生じた死角を利用して回り込む、あるいは盾の動きにそって移動する等、フランは小柄な体格を活かしてゴーズを翻弄し続けたのだ。
攻めきれなかったのは、それだけゴーズの実力が上だったというだけの話。
伊達に試験官を務めていないという事だろう。
「さ、次は誰だ?」
「あっ、私だっ」
子供にしては手ごたえのあったフランとの試合に、ゴーズも満足気だ。
お次はユミ。
二年前は戦う事など出来ない、ゴブリンから逃げるだけで精一杯なただの村の少女だった。
たまたま通りかかったレキに、命と、そして村を救われたユミは、二年後の再会を誓い今日まで努力してきた。
学園に入るには知識と実力が必要だとフィルニイリスや領主達に言われ、勉強に鍛錬にと頑張ってきたのだ。
全てはレキとフランに再会する為。
そしてレキに、あの時自分と村を救ってくれてありがとうと告げる為。
村の人達もちゃんと感謝しているのだと伝える為に。
屋敷に移り住んだ後も、ユミは何度か村へ戻っている。
あの時は様々な要因からレキを責めるような陰口を叩いていた村人達も、時間が経つにつれ冷静さを取り戻したのか、あるいは領主や村長に諭されたのか、ユミやユミの母親に謝罪とレキへの感謝を述べていた。
ユミがレキ達と学園で再会する約束をした事を知り、自分達も感謝している事を代わりに伝えて欲しいと、そう村人達に言われたのだ。
試験を受けるべくエラスの街を発ったユミと領主に、カランの村人達はユミを応援しつつレキ達によろしくとわざわざ見送りに来たほど。
その際、旅の費用にと村人達で集ったわずかばかりのお金すら渡されている。
そんな村人達の想いも背負い、今日ユミはここにいる。
「受験番号187番、ユミですっ!」
「おうっ!」
武舞台上にユミが立つ。
手に持つのはユミの身の丈を越える大剣。
普通の子供なら持つ事すら敵わないだろう武器を持つユミに、あの頃のか弱い少女の印象はどこにも無かった。
「フ、フン。
あんな剣などまともに振れるはずもない」
「そ、そうですよ。
どうせ見た目だけで選んだに違いないですよ」
「試験官が大きいから、大きな武器で戦おうって考えなのでしょう。
浅はかですね」
「まぁあのくらいの武器じゃなきゃ相手に届かないのでしょうけどね」
「僕達みたいにちゃんと武術を習った事がないのでしょうね、平民は」
見た目にそぐわない大剣を見たサマク達が、先程のフランの時同様ユミを小馬鹿にした。
自分達とは明らかに違うフランの実力を目の当たりにした後からか、その勢いは正直弱っている。
「ユミ~!
頑張れ~!」
「頑張るのじゃユミ!
わらわのカタキを取るのじゃ!」
「フラン様は負けたわけではありませんよ?」
「ユ、ユミさん~。
がんばってください~」
レキ達も当然ユミを応援する。
ユミの実力は正直分からないが、武舞台上で大剣を構えるユミの姿からは、少なからず武術を学んでいる事が見て取れた。
「始めっ!」
「やぁあっ!」
合図とともにユミが突撃する。
身の丈以上の大剣を両手で構え、体ごとぶつかっていくかのように、真っ直ぐゴーズに突っ込んだ。
「て~いっ!」
勢いのまま、ゴーズの盾めがけてユミが思いっきり大剣を振るった。
ガアァン!という金属同士が激しくぶつかる音と共に、空気が振るえた気がした。
「うぉっ!」
「まだっ!」
予想以上の衝撃にゴーズが一瞬怯み、その隙を逃すまいとユミが更に大剣を振るう。
衝突した反動を利用し、僅かに引いた大剣を横薙ぎに振るう。
「とっ」
「はぁ~っ、てやぁ~!」
ユミの大剣とゴーズの盾が何度もぶつかり、その都度激しい音が武術場に響き渡る。
ユミの攻撃はその見た目にそぐわない荒々しいものだった。
フランのような速度を活かした剣ではない、一撃一撃に全力を込めた必殺の剣。
連続で打ち続けるユミに、レキ達は大声で声援を送り続ける。
受け損なえば間違いなくゴーズにダメージを与えられるだろうユミの攻撃だったが。
「そこまでっ!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
最後までゴーズの防御を崩せず、フラン同様時間切れを迎えてしまった。
「はぁ~・・・ダメだった」
軽く呼吸を整えた後、言葉とは裏腹にやりきった表情を見せるユミ。
二年間の鍛錬の成果を思う存分発揮出来たのだろう。
その笑顔はとても満足そうだ。
「凄かったぞっ!」
「うん、かっこ良かった!」
「もう少しで試験官の防御を崩せたのでしょうが・・・」
「す、凄かったです」
武舞台から降りてきたユミにレキ達の賛辞が飛ぶ。
ユミの剣を見るのはこれが初めてだった。
見た目にそぐわない大剣と、そこから繰り出される荒々しい剣術は皆の目を釘付けにした。
騎士のような洗練された剣ではない、相手を打ち倒す為の一撃必殺の剣。
おそらくは冒険者でもある領主に習った剣なのだろう。
ルミニアの言うとおり、ゴーズの防御がわずかでも崩れたなら間違いなくユミが勝利したに違いない。
もっとも、ゴーズが攻撃しなかったからこそユミが攻め続けられたわけだが。
「うむ、なかなか良い攻めだった。
ただ、私の盾を意識しすぎて攻めが単調になりがちだな。
もう少し成長すれば、あるいは盾ごと打ち倒せたのかも知れんが・・・。
今はまだ相手の体勢を崩すことを考えた方が良いな」
試験官であるゴーズも、フランに続いてユミを褒めた。
フランの様に武器と自分の体型を活かした攻めではなかったが、身の丈を超える大剣を振るい続けたのは見事であった。
課題は多いが、それでもユミの剣は称賛に値するものだった。
「よし、次だっ!」
フランとユミ、思いがけない実力を持った受験生を相手にしたゴーズが嬉しそうに次を促す。
次はファラスアルム。
「は、はははいっ」
呼ばれただけで声が震えているファラスアルムを見て、おそらく誰もが思っただろう。
ダメそうだと。
――――――――――
「ひゃ、188番。
ファラスアルムです」
「う、うむ。」
ぶるぶると振るえながら、ファラスアルムが武舞台に上がった。
武器として選んだ杖を抱くようにして立つファラスアルムは、まるでオーガを前にした子供のようだ。
「あ~、そんなに緊張することはないぞ?
先程も言ったが、私から攻撃はしないからな」
「は、はいっ」
その震えが緊張から来るものだと見抜き、試験が安全である事を改めて伝える。
見た目が厳ついゴーズだが、学園に勤めているだけあって子供の相手は慣れているのだ。
武術の経験が全く無く、性格的にも向いていない子供は少なくない。
そんな子供相手に武術の試験官を務める為には、実力以外の要素も必要なのだろう。
「準備は良いか?
とりあえずあの砂が落ちきるまで攻撃すれば良いからな?」
「は、はいっ!」
緊張を解す為、雑談を交えながら試験の内容を改めて伝えるゴーズである。
武術において、委縮する最大の理由は相手の攻撃による痛みを味わうかも知れないと言う恐怖心だろう。
誰だって痛い思いなどしたくは無い。
ましてや怪我を負うなど、理由がなければ避けたいものだ。
いくら薬や治癒魔術があるからと言って、痛みまでは無くせない。
武術の経験のない子供なら尚更だろう。
幸い、この試験でゴーズから攻撃する事は無い。
滅多な事では怪我を負う心配は無いはずだ。
安心して、好きなだけ攻めてくればいい。
そうファラスアルムに伝えたゴーズである。
効果があったかどうかは、この後すぐ証明される。
「ファラ~。
頑張れ~」
「攻めるのじゃ!
攻め続ければよいのじゃ!」
「ファラさん~。
まずは落ち着いてください」
「深呼吸だよ~。
ファラ~」
見守るレキ達から声援が飛ぶ。
ユミ同様、ファラスアルムの実力をレキ達は知らない。
ただ、武舞台上で怯えるファラスアルムを見ればその実力はなんとなく分かってしまう。
そう、多分ダメだと。
「ふ、ふふっ。
見ろ、あの情けない姿を。
所詮は森人だな」
サマク達にもそれが見て取れたのだろう。
フランとユミの試験を立て続けに見せられ意気消沈気味だったサマク達だが、ファラスアルムの情けない姿に威勢を取り戻してしまった。
「うぅ・・・」
「あ~、そろそろ良いか?」
「ひゃっ、はい!」
「うむ、では始めっ!」
そんなサマク達の声が聞こえてしまったのか、ファラスアルムが更に縮こまった。
流石にこれ以上は待てないと判断したのだろう、ゴーズから発せられた開始の合図も、今のファラスアルムには死刑宣告のように聞こえたに違いない。
「う・・・」
「どうした?
好きなように攻めてきなさい」
「は、はいっ、行きますっ!」
気合を入れ、ファラスアルムが突撃する。
両手で杖を持ち、体ごとゴーズにぶつかっていく。
それはまるで先程のユミのよう。
ただ違うのは、ユミほどの速さも力強さも無いという事だ。
「やぁ~!」
それでも全力でゴーズへと突っ込んでいくファラスアルム。
しかしてその攻撃は・・・。
「きゃうっ!」
「「「「あっ」」」」
ゴーズの手前、武舞台に顔面ごと突っ込む結果となった。
――――――――――
「うぅ・・・」
「だ、大丈夫か?」
「は、はいっ」
試験官であるゴーズが思わず心配してしまうほど、思いっきり顔面から武舞台に突っ込んだファラスアルム。
杖で両手が塞がっていたのもその要因なのだろうが、何もないところで転んでしまうほどにファラスアルムの運動神経は鈍いようだ。
もはや武術以前の問題である。
「や、やぁっ!」
「っと」
それでもめげず、立ち上がったファラスアルムが全力で杖を振るった。
先ほどの突撃もそうだが、ファラスアルムの攻撃はフランやユミとは比べるまでもないほど貧弱なもの。
そんな攻撃がゴーズに通じるはずもない。
盾で防ぐまでもないと、半歩引いただけで難なく避けられてしまった。
「頑張るのじゃファラ~」
「目を閉じちゃだめだよ~」
「もっと近づいて大丈夫ですよ~
相手は攻撃しないのですから~」
「思いっきりやっちゃえ~」
レキ達の声援も虚しく、ファラスアルムの攻撃が空を切る。
盾で防いでも良いのだろうが、下手に受ければファラスアルムの手を痛める可能性がある。
衝撃で武器を落としたり、あるいは体ごと盾に激突しかねない。
何せ、ファラスアルムは目を閉じたまま杖を振り続けているのだ。
それで攻撃が当たるならまだしも、先程から距離感すらろくにつかめていないようだ。
「それまでっ!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
結局、一撃も当てる事も出来ないまま、ファラスアルムの試験は終了した。




