第137話:ファラスアルム
「先程は我が国の貴族が失礼をいたしました。
彼に代わり、私、イオシス公爵が娘ルミニア=イオシスが謝罪いたします」
「えっ、いえ別にそんな・・・」
あの後、謝罪する事無く立ち去ったガージュを見送った後、レキが店の前でしゃがみこんでいた森人の女の子に手を差し出した。
レキの手をおずおずと取り立ち上がった少女に対し、ガージュの代わりにルミニアが頭を下げた。
「ガージュ様の言い分は我が国の貴族として看過できるものではありません。
それに、我が国の貴族が皆ガージュ様のような者だと思われる訳にはいきませんから」
「け、決してそんな・・・」
この国の貴族に対する偏見を持たれぬよう、国を代表してルミニアが謝罪したのだ。
王族を除けば最も爵位の高い貴族である公爵家の娘として、他種族である彼女にこの国を誤解されるわけにはいかなかった。
フランがいるこの状況では特にだ。
ルミニアの謝罪にどう返せば良いか分からず、森人の少女が先ほど以上におどおどし始めた。
ガージュの言い分は完全な言いがかりで、もちろん少女に非など無い。
だが、相手が貴族である以上逆らう事も出来ず、彼女の性格も手伝いひたすら謝罪し続けてしまったのだ。
誠心誠意頭を下げればきっと相手も引いてくれるはず、そう考えたというより、謝る以外に出来る事が彼女には無かったのだ。
その態度がガージュをつけあがらせ、最終的には叩かれそうになってしまった。
身が竦み、避ける事も受け止める事も出来ずに、目を閉じて来るであろう痛みに備えた彼女。
そこにレキがさっそうと現れて止めたのだ。
更にはルミニアとフランがガージュを追い払ってくれたので、彼女としては感謝こそすれ謝罪を受ける理由などどこにも無い。
「あの、私は本当に・・・」
「ですが」
「そこまでじゃ!」
なんとしても謝罪を受け取ってもらいたいルミニアと、助けてもらっておきながら謝罪を受け取るわけにはいかない森人の少女。
そんな両者のやり取りに、フランが割って入った。
「ガージュの件は我が国の貴族の無礼である故、フロイオニアの貴族として謝罪をせねばならんのじゃが・・・」
「はい」
「で、でも・・・」
「その本人が不要というのなら、これ以上はただの押しつけになるのじゃ。
謝罪も押し付けてしまえばそれは強要と違わぬ」
「・・・はい」
「うむ」
「お~・・・」
突然割り込んできたフランがルミニアと森人の少女双方を諌めるのを見て、レキが感心したような声を漏らした。
普段の、無邪気で脳天気な姿からは想像もつかないフランの姿に、今更ながらフランが王族である事を思い出したのかも知れない。
「ガージュにはわらわの方から言うておく。
それで勘弁願えぬか?」
「えっ、あの私は別に」
「うむ、そなたの心の広さに感謝するのじゃ」
「は、はい・・・」
そんなレキをよそに、フランは森人の少女に謝罪ではなくお願いと感謝を述べた。
若干強引ではあるが一応は受け取ってくれた森人の少女に、フランとルミニアがようやく一息ついた。
「ん?
なんじゃレキ?」
「フランが貴族っぽく見えた」
「ぽいではないっ!
わらわはれっきとした王族じゃ!」
「そうだっけ?」
「そうじゃ!」
「・・・ふふっ」
フランが見事に納めた事態。
レキが心から感心し、一応は褒めたつもりだったが、そんなレキにフランが頬を膨らませる。
フランはこの二年間で王族らしい作法を身に着けていた。
自分を守る為に傷ついていく仲間と、ただ守られるだけの存在である自分に嘆き、最初は純粋に戦える力を欲していた。
レキの強さに憧れはしたものの、共に鍛錬を重ねる内に武力ではレキに追いつけない事を悟り、それでも守られるだけの存在でい続けるのは嫌だと考えたフランが、武力以外でレキを守れる力として学んだのが王族としての振る舞いだった。
いずれ剣でも魔術でもどうにもならない相手がレキの前に立ちふさがった時、王族としてレキを守ろうと考えたのだ。
リーニャや王妃である自分の母親、更には貴族としての作法を身に着けつつあるルミニアにお願いして、この二年フランも一生懸命勉強したのである。
ようやくその成果をお披露目することが出来たわけだが・・・。
自分が思っていたのとは違う反応を見せたレキに、ただただ頬を膨らませるフランであった。
先程までの、レキの言う貴族っぽい様子から一転していつもどおりに戻ったフラン。
森人の少女が笑顔を見せてくれたので、結果的には良かったのだろう。
「さて、いつまでもこの場にいてはお店の方にもご迷惑がかかりますね」
「むぅ、と言っても流石に今から店の中に入るのものう・・・」
「えっ?
なんで?」
「ガージュ様と彼女とのやり取りでお店側にも少なからずご迷惑がかかってますし、お菓子屋さんでは落ち着いてお話できませんので」
流石にいつまでも店の前で話しているわけにも行かず、かと言ってこのまま店に入るのは店側に迷惑がかかってしまう。
レキ達は近くの喫茶店へと移動した。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
店内に入った四人は、まず自己紹介から始めた。
森人の少女以外は一応名乗ってはいるが、形式というのは必要なのだ。
「はい、私はファラスアルムと言います。
ファラとお呼びください」
「ファラ様ですね」
「様だなんてそんな・・・ファラでいいです」
「ではファラさんで」
ルミニアの貴族らしい仕草に加え、敬称付きで呼ばれてファラスアルムが恐縮する。
「ならばわらわはファラと呼ぶのじゃ。
宜しくじゃな、ファラ」
「あ、はい。
こちらこそよろしくお願いします、フラン様」
「むぅ、わらわもフランで良いのに」
「そんな、それは流石に・・・」
「む~・・・」
更には人懐っこいフランが友人のようにファラと呼ぶ。
貴族どころか王族であるフランにそう呼ばれ、更には自分も呼びすてにしろなどと言われ、更に恐縮してしまうファラスアルムである。
「オレ、レキ。
貴族じゃないよ」
「えっ?」
「レキはわらわの護衛じゃ」
「私とフラン様の大事なお方です」
「えっ、えっ?」
続くレキの自己紹介に、ファラスアルムは混乱した。
爵位こそ持ち合わせていないが、レキはフランの護衛という立場であり、王族や公爵家とも親密な仲である。
フランとルミニア、二人の恩人にして騎士団長や宮廷魔術士長を超える実力の持ち主。
下手な貴族より立場は上かも知れない。
それでもレキは平民であると主張し、フランとルミニアも不承不承引っ込んだ。
「わ、私も別に貴族とか族長筋とかではありません」
「よろしくねファラ」
「あ、はいレキ様」
「あれっ?」
同じ平民だと理解してもらったはずなのに、何故か敬称を付けて呼ぶファラスアルムにレキが首を傾げた。
あの場を収めたのはルミニアとフランだが、直接的に助けたのはレキである。
ファラスアルムとしてはこの三人の中で一番感謝している相手であり、故に敬称を付けてしまうのだろう。
「呼び方はファラさんのお好きなようにして頂ければ」
「はい、ありがとうございます、ルミニア様」
「ふふっ」
結局、ファラスアルムは三人を敬称付きで呼ぶ事にしたようだ。
基本的には相手を敬称付きで呼ぶルミニアと、性格的に近いものがあるのかも知れない。
「それで、ファラさんも明日の試験を受けに?」
「あ、はい」
「えっ、そうなの?」
自己紹介も終わり、四人はこのまま喫茶店で雑談に興じる事にした。
話題はこの四人の共通である明日の試験や学園の事。
そうですよね?という半ば確証を持ったルミニアの聞き方に、ファラスアルムも頷いた。
「はい」
「じゃあオレ達と一緒なんだね」
「はい、よろしくお願いします」
「うむ、よろしくじゃな」
レキは気付かなかったらしく、同じ受験生としてフラン共々改めて宜しくと頭を下げた。
「良く分かったね?」
「学園の生徒であれば、学園で用意された服を着ていなければなりませんから」
「そうなの?」
「あ、はい。
確かこの街にいる間は制服の着用が義務付けられているはずです」
「へ~・・・」
学園ではどの生徒も同じ服、制服と呼ばれる服を着る事が義務付けられている。
その理由の一つに「学園の生徒は貴族も平民も平等である」というものがあった。
貴族と平民ではあらゆる点で違いがあるが、分かりやすい違いとして外見というか服装がある。
貴族はやはり貴族らしい格好をしており、平民のそれと比べてどうしても華美になってしまうのだ。
見た目に拘らない貴族もいるにはいるが、ある程度は貴族らしい格好をするのも貴族の務めなのだろう。
先程のガージュとの揉め事も、もしガージュが貴族らしからぬ格好をしていればあれほどファラスアルムを責める事は出来なかった。
ガージュが貴族らしい格好をしており、自分は貴族であると見た目で主張していたからこそ、邪魔したファラスアルムの行動を咎めたのである。
もちろんガージュの一件は完全な言いがかりだが、ガージュが貴族らしい格好をしている以上、そもそも近づかなければいいという選択肢もとれたのだ。
ガージュの件を含まずとも、貴族は貴族として相応の格好をしている事が多く、それが故にまず見た目で差が出来てしまう。
だが、学園は基本的に平等であり、身分と共に見た目も平等にする為に用意されたのが学園指定の服装、すなわち制服なのだ。
在学中は学園側で用意された制服を着用する事で、少なくとも見た目は平等になるのである。
平民と同じ服装をする事に反発する貴族も中にはいるが、そういった貴族は入学をお断りするか退学してもらうのが学園の方針である。
貴族としての権力を振るおうとすれば即座に注意され、それでも辞めなければ退学という措置を取る。
学園は貴族としての権力が一切通じない、ある意味特別な場所なのである。
もちろん制服を着るのは入学後であり、入学前のファラスアルムはレキ達同様普通の服を着ている。
だからこそルミニアはファラスアルムが学園の生徒ではない事が分かったのであり、学園の生徒でなければ受験生だろうと当たりを付けたのだ。
その後、意気投合した四人はそのまま日が暮れるまで街を堪能した。
喫茶店を出て、先ほど行けなかったお菓子屋に立ち寄り、更にはルミニア希望のお茶の葉を取り扱う店や、ファラスアルムがおどおどしながら希望した書店、お腹が空いたとレキが飲食店に行きたがったりと、とても明日試験に望むとは思えないほどの満喫ぶりだった。
アデメアの街が学園に通う生徒達の為に用意された街だというのも、レキ達がこの街を楽しめた理由だろう。
行く店行く店がレキ達の気に入る品物ばかりで、店自体もレキ達くらいの年齢の子供でも利用しやすい作りとなっている。
「学園の生徒になれば、また何時でも来られますから」
大分日が傾いた頃、ルミニアがこうでも言わなければ夕食の時間が過ぎても遊び続けたかもしれない。
レキ達はすっかりこの街を気に入っていた。
その後、まだ宿を決めていないと言うファラスアルムをフランが強引に自分達の宿へと引きずり込み、更にはガージュの件を持ち出して宿代まで払ってしまった。
貴族ばかりか王族であるフランが利用するような宿である。
宿代だけでも金貨が必要になる程高級な宿に、恐縮しっぱなしなファラスアルムであった。
宿で待機していたリーニャとミリスにファラスアルムを紹介し、レキ達は皆で仲良く食事をとった。
侍女であるリーニャや護衛の騎士であるミリスも一緒の席に着いた事に若干驚きつつも、フランの人柄ならばとファラスアルムはむしろ納得していた。
そのまま、レキを除いた女子三人で同じ部屋に泊まり、それどころかお風呂までも一緒に入った。
王族であるフランと公爵家の娘であるルミニアが、他国のそれも平民である自分とこんなに仲良く接してくれる事に恐縮しっぱなしなファラスアルムだったが、それでも楽しく過ごしたようだ。
彼女達は明日試験を受けるのだが、とてもそうは見えなかった。
――――――――――
一方その頃。
フラン達が宿泊した宿とは別の高級宿。
そこには、昼間ファラスアルムを一方的に攻め立てたあげくフラン達に言い負かされたガージュ=デイルガ少年が、男の前で跪いていた。
「街で揉め事を起こしたそうだな」
ガージュを叱責しているのはデシジュ=デイルガ伯爵。
ガージュの父親である。
「店の前で他種族の娘に手を挙げたと聞いているぞ」
「ぼ、僕は別に・・・」
父親であるデシジュの言葉にガージュが冷や汗をかく。
デイルガ伯爵家の当主デシジュは剣も魔術もそれなりに優秀で、領地の運営にも問題がない。
ある意味取り立てて目立つもののない、どこにでもいるような貴族である。
そんな男であっても、ガージュにとっては決して逆らう事の出来ない父親なのだ。
「別にその事自体を責めている訳ではない。
そもそも学園に、いやフロイオニア王国に他種族を招く事自体私は反対なのだ。
他種族は他種族の学園に通えば良いものを・・・」
「父上・・・」
目立つ事のない貴族であるデシジュはしかし、フロイオニア王国でも数少ない「他種族排斥派」という一面を持っている。
現王が他種族との交友を推奨しており、また他種族もそんなフロイオニア国王に賛同している現状、デシジュのような者はフロイオニア王国だけでなくこの大陸でも少数派である。
それでもこういった者達がいなくなる事はないのだろう。
種族が違えば文化が違う。
文化が違えば価値観もまた違ってくる。
他種族は純人族に比べて様々な点で勝っている。
魔術なら森人が、身体能力なら獣人が、技術なら山人が。
もちろん純人族の中にも優秀な者はいる。
森人より優秀な魔術の使い手、獣人族より強い武人、山人より優れた鍛冶士。
それでも彼らは極一握りの存在で、全体的にみれば純人族はそれぞれの分野で劣っているのだ。
そういった種族的な能力差や文化、価値観の違いから、他種族を認められず、排斥という行為へと繋がっていくのだろう。
「他種族の者などどうでもいい。
問題は王女と揉めた事だ」
「・・・」
「公爵家の娘もその場にいたそうだな」
「そ、それは・・・」
森人の少女を叱責した件は「他種族排斥派」であるデシジュからすれば問題ではない。
問題は、その行為を王族であるフランと公爵家の娘であるルミニアに咎められたという点にある。
「学園での目的は覚えているな」
「は、はい。
王族であるフラン王女に近づき、友好的な関係を築く事、です」
「そうだ。
伯爵家である我らが王族と親しい関係を築くには、学園という環境は絶好の場所なのだ。
しかもお前はフラン王女と同い年。
これを利用しない手はない」
「・・・はい」
デシジュのような考えを持つ貴族は多い。
ルミニアのような王族に次ぐ身分の公爵家で、かつ王族と縁戚の者ならともかく、ただの貴族が王族と親しくなる機会などそうは無い。
何か特別な功績を挙げたならあるいは名を覚えて貰えるのだろうが、そのような機会など滅多に訪れないのだ。
だからこそ、フランと同い年に生まれたガージュは、王族に取り入る為に実に都合の良い存在であった。
「フラン王女は宮廷魔術士長であるフィルニイリスに師事している。
剣でも剣姫ミリスから直接指導を受けているらしい。
おそらくは最上位クラスに入るだろう。
だからこそ貴様も最上位クラスに入れるよう、幼い頃から剣と魔術を鍛えてやったのだ。
それもこれも全てはフラン王女に取り入る為、フラン王女と友好的な関係を築く為だ。
分かるな?」
「はい・・・」
「昼間の失態はなんとしても挽回せよ。
学園での四年で、なんとしてもフラン王女に取り入るのだ。
良いな」
「はい」
一通り叱責し、まず明日の試験で結果を出せと念を押してガージュを下がらせる。
使用人をも下がらせた部屋で、デシジュは一人呟いた。
「なんとしてもフラン王女を手に入れねば・・・」
その呟きを聞き止める者は誰もいなかった。




