第13話:レキとフラン
「フラン様っ!」
「姫様っ!」
「姫っ」
「ん~、リーニャか。
今何時じゃ?」
「ああ、フラン様・・・」
「ん、どうしたリーニャ。
何故泣いておる?」
「フラン・・・」
「変なリーニャじゃな。
ところでこ・・・リーニャ?」
「はい、フラン様」
「リ、リーニャ・・・」
「はい・・・フラン、様」
「・・・リーニャ!」
「フラン様っ!」
まるで昼寝から目覚めたように、呑気に目をこすりながら目覚めたフラン。
オーガほどの魔物の威圧をまともに受けたなら、あるいは心臓が止まっていた可能性もあった為か、無事起きた事にリーニャ達も安堵した。
リーニャに至っては、死に別れる覚悟すらしていただけに、無事の再会に涙すら流し始めた。
そんなリーニャの涙に、目覚めた事で意識を失う前の事を思い出したのだろう、フランもまたリーニャとの再会に喜び、抱き着いた。
胸に飛び込んできたフランを、リーニャもまた強く抱きしめ返した。
お互いが大事で、だからこそ別れた二人は、ただひたすらお互いの温もりを確かめ合うかのように、しばらくの間抱きしめ合っていた。
「ぐすっ、良いかリーニャ。
もう二度とあんな真似はするでないぞ」
「はい、分かっております」
「わらわの事を大事に思うのなら、最後の時まで一緒にいるのじゃ。
良いな」
「ええ、次は決して離れません」
「うん、分かれば良いのじゃ・・・ぐすっ」
「・・・フラン様」
ぐずつきながらも、もう二度と同じ過ちを犯さぬ様軽く叱責するフラン。
それを聞くリーニャは、涙を浮かべながらも笑顔だった。
「フィルとミリスも良いか。
わらわはここにいる皆が一人でもかけたら嫌じゃ。
じゃから最後まで一緒にいるのじゃぞ」
「・・・姫様」
「大丈夫、分かってる」
「うむ」
オーガと相対した際、自分を犠牲にしてフランを逃がそうとしたミリスもまた、フランの言葉を受け止めた。
フィルニイリスの方はと言えば、こちらは何を言われようとも常に最善を模索する性質である故、いまさらフランに何を言われようとも自分を変えるつもりは無かったりするのだが。
「それはそうと・・・あれからどうなったのじゃ?
そもそもここはどこで・・・お主は誰じゃ?」
オーガの威圧を受けて以降、ずっと意識を失っていたフランである。
死別したはずのリーニャに驚き、泣いて喜び、ふと周りを見渡せばそこは見知らぬ小屋。
ミリスもフィルニイリスも無事で、それはとても嬉しい事ではあるものの状況はさっぱり分からず。
そんな中、フィルニイリスを背負いながらぽつんとたたずむ同い年くらいの少年に。フランが気づいた。
「えっとね。
オレはレキ!」
「レキか・・・それでレキは何者じゃ?」
「何者?」
「レキはどこから来たのじゃ?
何故フィルを背負っておるのじゃ?」
初対面のレキに対し、フランが矢継ぎ早に質問した。
場所も分からず状況も分からず、目の前には見知らぬ少年がいて、しかもフィルニイリスを背負っている。
ただでさえ寝起きのフランが混乱するのも無理はない。
「そもそもここはどこじゃ?
あのオーガはど・・・」
「フラン様、そこまでです」
「にゃ?」
「いろいろと知りたいのは分かりますが、少し落ち着いて下さい。
レキ君が困っています。」
「にゃ、でも・・・」
「それではフィルニイリス様みたいですよ」
「うにゃ!?」
「「ぷっ」」
「リーニャ、それは失礼」
「ふふっ、申し訳ありません、つい」
「あと、レキも失礼」
「ごめん」
「ミリスは覚えておく」
「なっ!」
リーニャに止められた事で一息ついたのか、フランもようやく落ち着きを見せた。
とりあえず現在の状況と、目の前の少年について改めて問いただす。
「えっとね、オレはレキ。
この小屋に住んでて、あっ、住んでるのはオレだけじゃなくてウォルフとシロとギンローとギンコと」
「ま、待つのじゃ。
そんな一度に言われても分からんのじゃ」
「え~」
そっちこそ一度に質問してきたくせに・・・。
とでも言いたそうに、レキが頬を不満げな顔を見せた。
「ふふっ、先ほどのフラン様もあんな感じでしたよ」
「うにゃ!」
言われて気づく自分の醜態。
フランの場合は聞きたい事が、レキの場合は話したい事がたくさんあるのだ。
そんなお互いの失敗を認め合い、少年と少女は今度こそ落ち着いて話し合った。
「レキはここに住んでおるのか?」
「そうだよ?」
「何故フィルを背負っておるのじゃ?」
「なんでだっけ?」
「良い乗り心地」
あまりにも自然に背負いすぎていた為か、レキの方は背負っている事すら忘れかけていたらしい。
フィルニイリスはフィルニイリスで、高速でさえ動かなければ楽ちんだとご満悦である。
「それでここはどこなのじゃ?」
「えっと、魔の森だっけ?」
「にゃ!?
だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、オレ強いし」
「うにゃ・・・」
気が付いたら小屋にいたフランである。
レキを含めた四人の落ち着き用から、てっきり森を抜け、どこかの村にでも辿り着いているとでも思ったのだろう。
因みに、レキはここが魔の森と呼ばれている事をリーニャ達に聞くまで知らなかった。
魔の森の恐ろしさは、フランも十分理解した。
あれほどの目に遭ったのだ、子供と言えど恐怖を感じるのは当然だろう。
むしろ、その魔の森の中に住んでいるレキの方がおかしいとすら思った。
「オーガだって倒したし!」
「・・・オーガ?
オーガとはあのオーガか?
わらわたちを襲ってきた・・・」
「うん、そだよ」
「・・・あれをレキが?」
「うん!」
胸を張るレキ。
たった一人で魔の森に住み、ミリスやフィルニイリスでも倒せなかったオーガを倒したと言われても、普通なら信じられないだろう。
だが、天真爛漫でかつまだ幼いフランは、人を疑うという事を知らなかった。
「そうか、レキは強いのじゃな」
「うん!」
フランの目の前にはリーニャもミリスもフィルニイリスもいる。
皆が無事なのが何よりの証拠だった。
目の前の少年が言う事は正しいのだろう。
特に疑問に思う事も無く、フランは納得した。
――――――――――
「確かにあのオーガはレキが倒した」
「うむ。
レキよ、皆を助けてくれた事、礼を言うのじゃ」
「へへ~、どういたしまして」
これまでの経緯を、特に気を失ってからの事をフィルニイリスから聞き、フランが改めてお礼を言った。
王族であっても、いや王族だからこそ、恩人には礼を尽くさねばならないのだとフランは教わっていた。
オーガを倒し、自分達を救ってくれたレキに感謝するのは、人として当然なのだ。
「それでここは魔の森じゃったな」
「うん!」
「で、レキの家なのか?」
「うん!」
「ふむ、それではご両親にご挨拶をせねばならんな」
「っ」
「いいよ、こっち」
フランの何気ない言葉にリーニャが息を呑む。
レキがこの森に一人で住んでいる理由、自らを犠牲にしてフランを逃がしたリーニャに見せた怒りの感情。
それらを考えれば、レキが一人で森にいる理由など容易に察する事が出来た。
それを知らないフランは、レキがここに一人で住んでいるなどとは考えもしなかった。
レキの両親がいないのは、席を外しているだけだと。
例えここが魔の森でも、いやむしろ魔の森だからこそ、自分と同い年くらいの少年が一人で暮らせるはずもない。
フランでなくとも普通ならそう考える。
ましてやレキの異常ともいえる力を知らないフランである。
魔の森以前に、子供が一人で生きているという事すら想像できなかった。
もちろんこの世界にも孤児はいくらでもいる。
魔物や野盗の蔓延るこの世界で、親しい人を亡くす者など珍しくもない。
レキも、そうした者の一人だというだけの話だ。
ようやくフィルニイリスを下ろしたレキを先頭に、フラン達は小屋の外へと出た。
さすがに両親へ挨拶に向かうレキに背負われるのは、さすがのフィルニイリスでも遠慮するようだ。
たどり着いたのは小屋の裏手。
周囲の木々とは明らかに違う、神々しい雰囲気の木がそびえたつ空間だった。
その木は、三年前レキが両親の墓標代わりに突き立てた母親の形見の杖。
それが周囲の魔素を吸い上げ、ともに立てた父親の剣をも飲み込んで成長した大木だった。
「これは・・・」
世界樹の木の枝から作られたというその杖は、周囲の魔素を吸収し魔力へと変換する力を持っていた。
世界樹。
とある森にそびえたつ大樹。
まるで天を支えるかの如く巨大なそれは、世界中の魔素を循環させる役目を持っているという。
根は地中から魔素を吸い上げ、幹や枝は大気中に漂う魔素を吸収し、葉からそれらを放出する。
この世界が誕生した時から聳え立っているとも言われる大樹であり、とある国では信仰の象徴として貴ばれている。
世界樹の枝から作られたその杖にも世界樹の特性が残っているらしく、地面に突き刺した事で地中から魔素を吸い上げ、自身の成長を促したのだろう。
小屋の中にある魔石の影響で、小屋の周囲の魔素はそれほどでもないが、地中は魔石の影響を受けていないようだ。
魔の森の魔素を存分に吸い上げたその杖は、わずか三年で周囲の木々に劣らぬほどの大木へと成長していた。
「レキ君、これはご両親の?」
「うん、お墓」
「にゃ!?」
世界樹の木ともいうべき大木を黙って見上げるフィルニイリスをよそに、リーニャが静かにレキへと問いかけた。
レキの両親が何時、どのようにして亡くなったか、正確なところをリーニャは知らない。
だが、レキが両親を心から愛し、失った事を悲しんでいる事は知っていた。
普段は無邪気な、年相応というより若干幼い感じすら覚えるレキだが、リーニャの自己犠牲な行いに両親を重ね、激情した。
だから、おそらくはそうだろうと思っていた。
レキの両親は、先ほどのリーニャ達のようにレキを守り、そして亡くなったのだと。
「レ、レキの父上と母上は、死んだのか?」
「うん、俺を守って死んじゃった」
「レキを守って・・・」
「うん」
フランは近しい者の死を知らない。
両親は健在だし、言葉遣いに影響を受けた祖父母も王都とは別の領地で元気に生きている。
傍に控えるリーニャ、護衛騎士にして剣術指南役のミリス、教育係にして魔術指南役のフィルニイリス。
王宮で仲の良い侍女や騎士達、魔術士達。
他領に住む、今回の旅の目的でもあった同い年の親友も、体が弱く病気がちながらも死ぬような事は無い。
だから、こんな時隣にたたずむ少年に、なんて声をかけてよいか分からないでいた。
「フラン様、レキ君のご両親にご挨拶を」
この世界ではレキのように両親を失った子供というのは少なからずいる。
さすがに魔の森に住んでいる子供はレキくらいだが、孤児院はどこの街にもあるし、スラムのような場所で暮らす子供もいる。
その多くが魔物や野盗に襲われ、あるいは病気や怪我で両親を失った子供達だった。
たまたま自分達の恩人がそうであり、その少年がフランと同い年くらいだった、というだけの話だ。
気を取り直したフランがレキの両親の墓の前に立ち、リーニャ達はその後ろに並び揃って目を閉じた。
「・・・レキの御父上、御母上。
初めましてなのじゃ。
わらわはフロイオニア王国の王女、フラン=イオニア。
此度はお二人のご子息であるレキに、我が身と我が従者たちを救ってもらったのじゃ。
厚く、御礼申し上げる」
王族として、こういう場合にどう言葉を告げれば良いかは、両親を見て知っていた。
だがまさか、それをお墓に向かっていう事になるとは思ってなかった。
それでもこれは救ってくれた恩人に対する礼儀である。
礼儀の大切さは、傍に控えるリーニャからこれでもかというほど教わっている。
だから、相手が故人だろうとお墓だろうと、ただ礼儀を尽くすのみだ。
「お二方のご子息は大層強いそうじゃな。
わらわは実際に見たわけではないが。
ミリスやフィルが敵わぬほどの魔物を倒したのじゃから、きっと王国で一番強いはずじゃな。
わらわ達がこうして無事でいられるのも、ご子息であるレキを育てられたご両親のおかげでもある。
心より感謝する」
レキがいなければ自分達は死んでた。
見上げるほどの大きさの魔物、オーガの咆哮で意識を失った事は思い出している。
魔物を前に意識を失うというのが、どういう事かなど嫌でも分かる。
だが今、フランはこうして無事にいる。
傍には自分を最後まで守り戦っていたミリスとフィルニイリスが。
森の入り口で自分を庇って怪我を負い、今生の別れとなるはずだったリーニャもいる。
全てはレキのおかげ。
「そのレキのご厚意で、本日はレキの家に泊めてもらう事になったのじゃ。
命を救ってもらったばかりか、一晩の宿もお世話になるのは気が引けるが、何せわらわ達だけで森を抜けることも叶わぬ事態じゃからのう。
有難くご厚意に甘える事にしたのじゃ。
もちろんこのお礼は必ずするのじゃ。
一晩の宿だけではないぞ。
わらわ達の命を救ってくれた恩、このフラン=イオニアの名に懸けて必ず返すのじゃ」
それはある意味偶然である。
だが、フラン達は決してそう考えない。
フランと同じような目にあいながら、フランとは全く逆の結果を辿ったレキ。
両親を失い、村を失い、こうして一人、魔の森で生きている。
もし自分だったら。
リーニャを失い、ミリスとフィルニイリスを失い、それどころか両親も家(王宮)も失って、一人この森で生きていかねばならなくなったとしたら。
自分は耐えられるだろうか。
多分、いやきっと無理だろうと、フランは思う。
王族という事もあり、フランは生まれてから一度も一人でどこかへ行った事が無い。
お転婆な性格で、リーニャ達の目を盗んで王宮内を探検した事はあるが、あくまで王宮内に留めている。
城下街や他領へ赴く時は必ずリーニャやミリス、フィルニイリス達が同行するし、他にも護衛の騎士や魔術士達がフランを護るべく常に同行している。
今回の旅も、ミリス達以外にも護衛の騎士団が数名同行している。
襲撃の際、野盗を足止めすべくその場に留まった彼らとは離れ離れになってしまったが、王国騎士団の中でも精鋭を集めた護衛部隊だ。
必ず王都で再会できると、フランは心から信じている。
そんなフランと違い、レキはたった一人で生きている。
人のいないこの森で、たった一人で・・・。
そのレキのおかげで助かった自分達。
ならばこそ、その恩は何が何でも返さねばならないだろう。
そう、レキの両親の墓に誓うフランであった。




