第128話:魔の森に行く理由
「お父様。
私もフラン様達に同行したいと思います」
善は急げ。
屋敷に戻ったルミニアは、フランとレキに見送られながら屋敷の執務室に入って行き、父であるニアデルに対し開口一番同行の許可を求めた。
フィサスの街の歩く傍ら、レキ達は魔の森の話で盛り上がっていた。
初めてのお墓参りという事もあり、レキが懐かしむように森での暮らしを語り、フランもまた自分が魔の森でどのような体験をしたかを、それはもう楽しそうにルミニアに語ったのだ。
魔の森の危険性は理解しているつもりのルミニアも、二人の語る内容にすっかり魅了されてしまったらしい。
危険であると同時に、楽しげな森でもあるという認識に変わってしまったようだ。
「・・・ふむ」
そんな気持ちが見透かされたのか、ニアデルがルミニアに訝しげな目を向ける。
「ダメ、でしょうか」
良しともダメとも言わず、ニアデルはただルミニアを見続ける。
それはまるで、ルミニアの真意を暴かんとする審議官のような目であった。
「あの、お父様?」
「・・・魔の森の危険性は理解しておるな?」
「は、はい。
それはもちろんです」
ニアデルの視線に耐え切れず、ルミニアはつい俯いてしまった。
そんなルミニアに、ニアデルは魔の森の危険性を改めて問う。
「あの森はこの大陸で最も濃い魔素に覆われ、常人ならば半日ほどで魔素酔いに陥る場所だ」
「はい」
「更にはその魔素の影響か、そこに住む魔物は通常の個体より数段強い。
ゴブリンですら、あの森の個体ならオークとも渡り合えるだろう」
「はい」
ニアデルの語る内容は正しく、魔の森に対する世間の共通認識でもある。
レキ以外の者は半日ほどで魔素酔いにかかり、そのまま魔物の餌食となるだろう。
あるいは半日とたたず魔の森に住む強力な魔物に襲われ、その生命を落とすだろう。
今更説明されるまでもなく、ルミニアも知っている話である。
フィサスの街から魔の森までは馬車で四日ほど。
道中、街や村などは存在しておらず、フィサス領内に限ればフィサスの街こそが魔の森に一番近い街となる。
その為、万が一魔の森から魔物が現れた場合、対処するのはフィサスの街の役目なのだ。
フィサス領の領主は、代々魔の森の監視役も担っているのである。
フィサス領だけが監視しているわけではない。
エラスの領主を含め、魔の森に接する領の領主達は等しくその役を担っており、皆魔の森を監視しつつ何かあったら対処するのを務めとしている。
エラスの街を覆う壁は、魔の森の魔物に備えた物でもあるのだ。
魔の森とはそれほど危険な場所である。
それを知ってなお魔の森に行こうというルミニアの真意を、ニアデルは問いただそうとしていた。
「良いかルミニア。
魔の森はある意味不可侵の領域なのだ。
立ち入った者は魔素酔いと凶悪な魔物にやられ、決して生きては帰ってこれぬ場所なのだ。
本来なら何人たりとも近づいてはならぬ場所なのだぞ」
「はい」
「レキ殿は別だ。
あれほどの強さを持つお方なら、魔の森とて生きて帰れるのであろう。
フィルニイリス殿曰く、レキ殿は魔素酔いにすらかからないのだからな。
それに・・・レキ殿とて何も無かった訳ではない。
聞いておるのだろう?
魔の森で何が遭ったか、そしてレキ殿が何を失ったか」
「・・・はい」
レキの過去についてはニアデル達も聞いていた。
レキを知る為には必要だからと、本人の許可の下宰相が語ったのだ。
その壮絶な過去と、それを経験してなお強く明るく、何より真っ直ぐなレキに対し、ニアデル達はレキに対する敬意を強めている。
「フラン様は魔の森で危険な目に遭っておられる。
つまり、魔の森の危険性をその身をもって知られたという事だ。
それでもなお行かれるというのであれば、我々に止める理由はない」
「はい」
ニアデルはこう言うが、実のところオーガに襲われた時の記憶はフランには無い。
遭遇した直後、オーガの咆哮で気を失っているからだ。
意識を取り戻したのは何もかもが終わった後。
レキに救われ、生き別れたはずのリーニャが目の前にいる状態であった。
つまり、フランは魔の森の危険性などほとんど体験していなかったりするのだ。
それでもリーニャを失いそうになり、ミリスやフィルニイリスが自分を守りながら必死に戦っているのは見ていたわけで、危険な場所であるという認識はしっかり持っている。
ただ、それ以上にレキの活躍やシルバーウルフの親子と遊んだ記憶の方が強い為、ニアデル達が思っているより危険視していないだけなのだ。
「我々は違う。
魔の森の危険性は認識しておるが、それは知識でしか知らぬ事だ。
そんな我らがレキ殿頼りに森に入って、それで何をするというのだ?」
「それはその・・・」
ニアデルが問うのは「何の為に魔の森へ行くのか」その目的である。
フランはともかく、レキやフィルニイリスには明確な目的があり、ミリスは護衛として、リーニャやサリアミルニスは主に同行するという理由がある。
ルミニアだけが危険を犯してまで魔の森に行く理由を持っていない。
フランやレキに誘われたから。
フラン達が語る内容で興味を持ったから。
その程度の理由で立ち入って良いほど、魔の森はお気楽な場所ではない。
「レキ様のご両親に挨拶とお礼を述べたい、というのではダメでしょうか?」
「弱いな。
むしろそのような理由では逆に迷惑をかけるだけであろう。
ただでさえ足手まといなのだ。
もっと強き理由が無ければ」
「強き理由・・・」
恩人であるレキのご両親のお墓にお礼と挨拶を。
その程度の理由では、ニアデルも頷くわけにはいかない。
レキの両親の墓参りに行くつもりが、自分が墓の住人になりかねないのだから。
「自身の身を危険にさらしてでも成し遂げたい目的。
行かねばならぬ理由。
それらが無ければ、とてもではないが許可は出せぬな」
「・・・お父様」
「出直してまいれ」
「・・・はい」
ニアデルの説得は失敗に終わり、ルミニアが肩を落として執務室を出て行く。
「・・・聞き分けが良いのは誰に似たのやら」
ルミニアが出ていった扉を見ながら、ニアデルが嘆息気味にそう呟いた。
――――――――――
「どうじゃった?」
「・・・ダメでした」
「えっ!」
執務室を出たルミニアは、レキとフランの待つ部屋へと向かい、二人に先程の話し合いの結果を告げた。
あっさりとした様子のルミニアだが、先ほどのような内容では許可が下りない事は自分でも分かっていたのだ。
ダメ元でお願いしてみたものの、結果は予想どおり。
とりあえず意思を伝えるだけ伝え、戻ってきたのである。
「理由?」
「目的?」
「はい」
父親に言われた事を、ルミニアはそのまま二人にも伝えた。
聞かされたレキとフランは、その内容に首を傾げた。
「えっと、魔の森のような危険な場所に興味本位で近づいてはダメだと、そういう事だと思います」
「「ん~・・・」」
二人にも分かるようルミニアが言い直したが、レキ達の理解は得られなかった。
レキにとって魔の森は三年間過ごした第二の故郷のような場所であり、フランにとってはそんなレキと一緒に遊んだ森だからだ。
「お墓参りじゃダメなの?」
「はい」
「危険などレキがおれば大丈夫なのじゃがのう」
「あまりレキ様を頼り過ぎるのはダメなのです」
「む~・・・」
レキはあくまでフランの護衛であり、ルミニアは本来護衛対象ではない。
フランとルミニア両名が危険な状況に陥った場合、レキが優先的に助けるべきはフランであり、同行者でしかないルミニアは場合によっては見捨てざるを得ない。
王都での一件は、フランの安全が確保されていた為、つまりは余力があったので助けたに過ぎない。
と言うのがニアデルの言い分だった。
もちろんレキにそんなつもりはなく、というかレキの実力ならフランとルミニア両名を助けてもなお余力がある。
王都での話も、ルミニアは自由市場の入り口にいると思ったからこそフランを優先したに過ぎないのだ。
まさか王都のど真ん中で人攫いに遭うなど、誰も考えていなかったのだ。
その事件こそがニアデルが渋っている理由とも知らず、なんとかニアデルの許可を得ようと、レキ達はあれこれ頭を悩ませた。
「お墓参りだけじゃダメかあ・・・」
「他にする事などないのじゃが・・・」
今回の目的はあくまでレキのお墓参りで、それ以外に目的は無い。
フィルニイリスには魔の森の小屋に残していった書物を持ち帰るという目的はあるが、レキ達には関係ない。
どう考えてもお墓参り以外に行く理由は無く、それでもレキ達は、どうやってルミニアを連れて行こうか作戦会議を始めた。
「馬車に隠れてじゃな」
「見つからないかな?」
「お見送りにいなかった時点でおそらくは・・・」
「うにゃ~・・・」
所詮はお子様。
出てくるのはどう考えても許可が下りない物だったり、それどころか許可を得ずに行こうという物だったり・・・。
バレないようこっそりついて行く、あるいはレキが背負って強引に連れて行く、というのがダメなのは分かっているらしい。
レキがニアデルをボコボコにして、気を失っている間に連れて行こうなどと、まるでどこぞの野盗のような案も出たが、もちろんダメである。
フランばかりか娘のルミニアまでもがその案に乗り気だったが、肝心のレキが難色を示した為却下された。
「ん~・・・どうしよ」
お子様三人の限界であった。
こうなったら仕方ないと、先程ボツにしたニアデルボコボコ案を採用すべく、レキがいろんな意味で覚悟を決めようとしたその時である。
「失礼致します。
明日の事でフィルニイリス様から少々お話があるそうです」
三人寄っても碌な知恵にならず、さてどうしようかと悩める子供達に、救いの手が差し伸べられた。




