第127話:フィサスの街を楽しもう!
翌日、ミアーリアの容態について、フィルニイリスはニアデルに説明を行った。
ミリスは護衛部隊と打ち合わせや馬車や武具のメンテナンスの指揮を執り、リーニャとサリアミルニスは食料の買い出し等を担当した。
残ったレキ達はと言えば。
「ここがフィサスの街一番の武具屋です」
「お~」
「おぉ、短剣もあるのじゃ」
三人仲良く、フィサスの街を歩いていた。
生まれ故郷の街。
体調が良い時はフランとも良く出歩いていた街をレキにも知ってもらいたいと、ルミニアが案内を買って出たのだ。
王都では誘拐された経験のあるルミニアだが、フィサスの街で領主の娘に蛮行を働く者などまずいない。
賑わいでは王都に引けを取らないフィサスの街ではあるが、自由市場のような混雑した場所もあまり無い。
裏路地を含め、そういった場所にさえ近づかなければ大丈夫だろうと、領主であるニアデルも許可を出している。
もちろん王都での事件を踏まえ、一定の距離を置いて護衛が付いている。
フィサスの街は王都並みに治安が良く、ルミニアも領主の娘として知られている。
白昼堂々領主の娘を襲うような者はいないだろうと、離れた場所から見守る形で護衛しているのだ。
残念ながら、レキには気付かれているようだが。
フィサスの街歩きに一番乗り気だったのもルミニアである。
多少改善されたとは言え、まだまだ引っ込み思案気味なルミニアにしては珍しい提案だと言える。
それだけ、フィサスの街を三人で出歩けるのが楽しいのだろう。
「槍ばっか?」
ルミニアが最初に案内したのは武具屋だった。
初めて訪れるレキが最も興味を惹かれそうな場所から案内したのだ。
フィサスの街には何度も訪れているフランも街の武具屋には来た事は無く、それなりに楽しんでいるようだ。
「槍のイオシス家のお膝元だからな。
フィサス領の武器っつたら槍しかねぇだろ」
「そうなの?」
レキの疑問に武具屋の店主が答えた。
フィサス領を治めるイオシス家は武門の家である。
戦場での槍働きを認められ、隣国との国境近くにあるここフィサス領を与えられた後は、その槍で国境を守護し続けた一族なのだ。
歴代の当主は一族の中で最も槍に秀でた実力者が着くという習わしすらあった。
現当主であるニアデルもまた、幼少の頃より槍を振るい、その実力を認められて当主の地位についている。
そのイオシス家が治める土地なだけあって、フィサスの街にある武具屋は槍ばかり並んでいる。
槍以外の武器もあるが、その数は王都に比べてかなり少ない。
フランが扱うような短剣は控えの武器として懐なり腰なりに備えておく者も多い為、店内にも一定数並んでいる。
だが、レキが持つような剣は少なかった。
「坊主も剣より槍を持ったらどうだ?
槍なら坊主のちっこい体でも相手に届くぜ?」
「ん~・・・」
槍の特徴であり利点でもある武器の長さ。
間合いの長い槍ならば、相手の攻撃が届かぬ距離から攻撃出来る。
もちろん、間合いの内側に入られてしまえば取り回しの点で不利になるが、レキ達の様な間合いの短い者なら有用である。
なお、ニアデルとの手合わせでは、常にレキがニアデルの懐に一瞬で入り込み、無防備となった体に一撃を叩き込み勝利している。
レキの戦い方は魔の森で身に着けたものだ。
森のような木々が密集している場所では、槍のような長い武器は取り回しの点で厳しい。
ゴブリンならまだ良いが、フォレストウルフのように連携して襲ってくる魔物相手では、小回りの利かない槍で対処するのは難しいだろう。
レキが剣を、それも双剣を身に着けたのはある意味必然だった。
日頃の鍛錬も、レキは森での戦いや一対多の戦いを想定して行っている。
槍に興味が無い訳ではないが、やはり自分には双剣が合っていると思う。
何より、双剣は格好良いのだ。
「剣なんざ槍の前じゃ何も出来ねぇだろ?
一方的に突かれて終わりだぜ?」
「ん~~・・・」
店主の言う事も分からないわけではない。
ニアデルと王宮の騎士との手合わせでは、ニアデルが勝利する事が多い。
実力もあるのだろうが、最大の理由はやはりその間合いにある。
他者の手合わせも勉強になる。
そうミリスに言われて良く見学させてもらっているので、なんとなくではあるが槍の利点もそれなりには理解しているつもりだ。
それでもレキは槍より剣が良かった。
案内してくれたルミニアには悪いが、この店に用はなさそうだ。
「剣なんか槍使い相手じゃどうにもならねぇぞ?」
店主の負け惜しみじみた声を聞きながら、レキ達はおとなしく店を出た。
案内したルミニアがレキに謝ったが、別に気を悪くした訳ではない。
レキの好む武器が少なかったので、ちょっとがっかりしただけだ。
反面、槍の副武装とでも言うべき短剣の品揃えはそれなりだったので、フランはそれなりに満足していた。
「ここは槍なんだね」
「えっ?
あ、はい。
イオシス家の治める街ですので、どうしても剣より槍の方が・・・」
「そっか~」
それがフィサスの街の特色なのだろう。
レキはなんとなく理解した。
立ち寄る街には街ごとに様々な特色があり、レキはそういったものを知るのが好きになっていた。
さしずめ、フィサスの街は槍と交易の街と言ったところか。
武器こそ槍ばかりだが、それ以外の品物は下手をすれば王都以上である。
隣国との交易のお陰なのだろう。
野盗の件もあり、いつもより活気が薄れているらしいが、それでも十分過ぎるほどの賑わいを見せている。
そんな中、三人は再びフィサスの街を歩き始めた。
武具屋の次はフランがフィサスの街に来たら必ず寄るらしいお菓子屋さんへ、その次はルミニアお勧めの洋服屋である。
お菓子は好きだが、レキは服には興味がない。
それでもフランとルミニアを放って置くわけにも行かず、レキも渋々と服屋へと入った。
正直に言えば、レキは服など着られればなんでも良いと思っている。
魔の森に住んでいた時のような、フォレストウルフの毛皮をそのまま羽織る方が楽で良いとすら。
王都で暮らし始めてから既に数ヶ月経っているが、感性は野生児のままだった。
服屋では、フランとルミニアがお揃いで色違いの服を買っていた。
次はお揃いの服を着て王都で遊ぶのだそうだ。
それまで服は着ずにとっておくとフランとルミニアが笑顔で約束を躱し、三人は服屋を出た。
街の広場で、三人は先程買ったお菓子を食べながらのんびりと過ごしていた。
今日は天気も良く、街の人達もレキ達同様広場で思い思いに過ごしている。
これもまたフィサスの街の特色なのだろう。
農業が盛んなだけあって、交易で栄えつつもどこかのどかな雰囲気があった。
「ふ~、疲れたのじゃ」
「だいぶ歩きましたからね」
朝からずっと歩きっぱなしな三人である。
レキはともかく、まだ子供のフランとルミニアは少々疲れたのだろう。
広場に用意された休憩所にで、三人はお菓子を食べながら談笑していた。
「フラン様達は明日魔の森へと向かわれるのですよね?」
「レキのお墓参りじゃ」
「うん」
フィサスの街に立ち寄ったのは魔の森へ向かう為である。
ついでにフランを再度フィサス領へと向かわせる事で、以前襲ってきた野盗達をおびき出す、あるいは野盗がいない事を証明するという目的もあったが、本来はあくまでレキの両親の墓参りなのだ。
「ルミは来ないの?」
「そうじゃ、ルミも来れば良い」
お墓参りは元々レキだけで行くつもりだった。
そこにフランが同行を希望し、フィルニイリス達が護衛として付き添う事になった。
今のところルミニアはお留守番である。
レキもフランも一緒に行こうと誘ったのだが。
「お父様の許可が頂けたら、私もご一緒したいのですが・・・」
ルミニアとて行きたくない訳ではない。
だが、フィサスの街は魔の森にほど近い場所にある。
その為、フィサスの街に住むルミニアは、幼い頃より魔の森の危険性について聞かされていた。
魔素が濃く、そこに住む魔物は他の場所より数段強い。
基本的には魔の森からは出てこないらしいが、それとて絶対とは言えず、実際魔の森の近くを通った商人などが魔物に襲われ命を落とした事もある。
フランとて魔の森のオーガに危うく食べられそうになっているのだ。
そういった様々な話を聞かされているルミニアは、フラン以上に魔の森を危険視していた。
「大丈夫だよ?」
「うむ、レキがいれば大丈夫なのじゃ」
だが、実際に危険な目に遭い、死ぬところだったフランは、むしろ魔の森に行くのを楽しみにしている。
レキがいれば大丈夫だと笑顔で言うその表情からは、命を落としかけた恐怖など微塵も感じさせなかった。
確かにレキがいれば大抵の危険など問題ではないのだろう。
ルミニアとて一度は助けられた身である。
レキの凄さはルミニアも良く理解しているつもりだ。
そもそもレキはその魔の森に住んでいた少年である。
今回の話も、魔の森という事を除けばレキのお墓参りでしかない。
ルミニアにとっては危険極まりない場所でも、レキからすればただの里帰りなのだ。
そんなレキが一緒なら、そこがどんな場所だろうともきっと大丈夫なのだろう。
フランに負けず劣らず、ルミニアもレキを信頼している。
敬愛するフランとレキから誘われてしまえば、ルミニアに断る理由は無かった。
「屋敷に帰ったらお父様にお願いしてみますね」
「うん」
「うむ、頑張るのじゃぞルミ」
「はい」
二人からのエールを受け、ルミニアは気合を入れた。




